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いざ、サリバン家へ

『取引?私は、貴方にあげられるものなんて一つも持っていないわよ?』

『これは、ただの予想だ。だけど、おそらく僕の妹がこの世界のどこかにいる。』

『もし君が権力というものを取り戻せたら、人を動かせるようになるだろう?だから、手伝ってくれないか?』

『それまでの道筋は、僕が一緒に歩もう。だから、お願いだ。』

そんな翔の言葉に、エレノアは今にも泣きだしそうな顔をこらえ、消えそうな言葉でつぶやいた。


『なんで、なんで貴方はそこまで・・・私は、私はもう何もないのよ!なのに、何で優しく・・・何で・・・』

翔はエレノアの頭を撫で、そっと抱き寄せた。それは親が子にするような、温かいものであった。


エレノアは泣いた。その瞳から、今までせき止めたものがなくなったかのように。ただ、ただ黙って泣いていた。翔はそんな彼女をじっと見ていた。その背中が落ち着くまで、ずっと。月は、そんな彼らを優しく、無言で見つめていた。



エレノアが泣き止み、彼女の目に生気が再び灯ったのを見て、翔は安心すると同時に、少し自分の行動に恥ずかしさを感じた。もしかしたら、少しキザだったかもしれないと。


『さて、今のは忘れなさい。王は涙なんかみせないのだから。』

エレノアは少し恥ずかしそうに言った。顔には微笑みが戻っていた。


『それで、妹さんの話に戻るけど、どうしてあなたはそう思ったの?その・・・この世界にいるかもしれないという話。』

『話すと長くなってしまうかもしれないし、また時間があったときに話すよ。取り敢えず今日は、もう休もう。色々あったんだ。本当に、色々。』

エレノアは翔にそれ以上踏み込まず、そうね、といった風の様相で崩れかかった小屋へと入っていった。中には何もなかったが、辛うじて雨風はしのげそうな場所であった。


エレノアは壁にもたれながら座り込むと、寝息を立てて瞳を閉じた。その寝顔を見て、翔は、彼女を守りたいという感情を、ひそかに胸の中にしまい、彼も瞳を閉じた。


翌朝、翔が目覚めると、エレノアは翔にもたれかかるように寝ていた。翔の衣服には彼女のよだれがついていた。翔が起きたと同じころに、エレノアも目覚め、よだれをつけてしまったことに少し赤面しながら謝罪した。


『ごめんなさい・・・普段はこんなこと絶対しないのに・・・』

『いいよ、別に。王は涙を見せなくても、よだれならいいんじゃないか?』

翔は冗談交じりにそう言い放つと、エレノアが少し小突いた。


『それで、これからどうするんだ?行く当てはあったりする?』

『それが・・・あるにはあるのだけれど・・・ないといえばないというか・・・』

『えっ?昨日あるって言ってなかった?もしかしてあれって嘘だったりする?』

エレノアは気まずそうに小さくうなずいた。昨日のあの発言は、翔を体よく開放するための方便だったらしい。


『いい?そういうのは今度からよしてくれ。僕と、君の間で嘘はなしにしよう。』

『分かったわ。ごめんなさい。ねぇ、すこしいいかしら?』

エレノアがもじもじとしだした。翔は不思議そうに見つめながら、どうした?っとジェスチャーをした。

『あの、貴方の名前、藤田翔よね?カケルって呼んでいいのかしら?』

なんだそんなことか、と翔は笑いながらそれを了承した。エレノアは微笑みを浮かべると、とある方向に指をさした。


『今から私たちは、四大貴族の一人、サリバン家の領地へと向かうわ。』

『貴族か・・・すまないが、この世界の権力について詳しくないんだ。どんな感じの構造になっているんだ?』

『そうね、簡単に言うと私たちの国は王族と貴族の持っている領地を合併したような形よ。中心に王都があって、回りを取り囲むようにそれは分割されているわ。』

『そして、とりわけ強大な権力をもっている四つの貴族を四大貴族、そして今強権を持っている王族は五人いるわ。彼らは“五指”とも呼ばれているわね。』

『エレノアはその中に入っていないのか?』

『私は六番目。領地も王都から離れたところにしか持っていなかった田舎の王族よ。』

エレノアは一息つくと、携帯用の水を口に含み、歩きながら続けた。


『その四大貴族達は王族の後ろ盾となっているの。しかし、一人だけ王族の後ろ盾になっていない貴族がいるの。それが、サリバン家よ。』

『拒絶って・・・どうしてそんなところにわざわざ向かうのさ。』

『そんなの裏切られたからに決まってるじゃない。私が元々協力していた貴族が裏切ったから、私の大切な人は死んでしまったの。だから、私は今後ろ盾のない裸の王様よ。』

『どう?裏切るなら今が一番いいタイミングよ?どこぞに売れば金にはなるでしょう。』

翔はなんとも言えない冗談に困り顔で返した。どうやら、もともとは強かな女性であったらしい。その本調子が出てきたということなのかと翔は密かに思った。


『ってなわけで、新しい後ろ盾としてサリバン家に協力してもらうのは必須なのよ。他の大貴族はもう決まった王族がいるからね。まぁ、無策ではないわ。安心しなさい。』

『領地の端まではここから馬車を使って三日ほどよ。もう少し歩けば小さな町があるから、そこから送ってもらいましょう。追っ手が来る可能性は低いけど、早めに行くに越したことはないわね。』

エレノアが足を早めたが、まだ疲れがとれていないらしく、その足取りは決して早いものではなかった。だが、着実にその足取りは未来へと向いていた。翔はそんな彼女の後姿に光のようなものを見た。


しばらく歩くと、こじんまりとした街が見えてきた。

エレノアは門番をしていた傭兵に軽く挨拶をすると、傭兵は慌てた様子で門を開いた。さすがは王族というべきであろうか、翔も疑われずに町へと入ることが出来た。


その町はまさに中世ヨーロッパと言ったような風景だった。翔はファンタジーの世界をその肌に感じ、少し高揚感を得ていた。エレノアは少し興奮している翔を見ると、少し微笑みながら小金を渡した。翔は最初は断ったが、食料と衣服の駄賃だと言われ買い出しへと向かった。


『へいまいど。お兄ちゃん、何が食べたい?』

翔がどのようなものを買おうかと店の先を右往左往していると、店の店主が見かねて翔に話しかけた。翔は保存のききそうな果実と干し肉を指さした。


『ほいほい、ククル鳥の燻製にモスコの実ね。併せて銅貨二枚だ。』

『ありがとうございます。あと、この町に福屋さんはありますか?』

『服屋ならその通りを曲がった先にあるよ。そんな高くないしおすすめさ。』

翔は深々とお辞儀をし、服屋へと向かい服を一式そろえた。そこそこ時間もたったので、エレノアが指定した場所に戻ると、すでに交渉を終えたのかエレノアは馬車に乗って翔を待っていた。


『あら、いい格好じゃない。違和感ないわ。』

エレノアは翔の服装を一瞥し、少し笑いながらそう言った。


「なかなかいい素材だと思うよ。じゃあ、そろそろ出発する?」

翔が肩越しに問いかけると、エレノアは一瞬だけ空を仰いでから、小さく頷いた。朝靄がまだ地面を這っている。空は淡い雲に覆われ、馬車の影がぼんやりと草原に溶け込んでいた。


「そうね。ここにいてもあまりやれることはないし、先へ急ぎましょう。」

彼女が業者に合図を送ると、車輪が軋む音とともに馬車がゆっくりと動き出した。風に揺れる帆布の音が、静けさを破るように響く。


「こっから先は三日間の旅になるわ。追っ手もここまでは追ってこないでしょう。少しの間だけれども、ゆっくりしましょう。」

エレノアはそう言って、窓の外を眺める。けれど、翔はどこか落ち着かない様子で、馬車の揺れに身を預けながら眉をひそめた。


「それなんだけど、なんで追っ手が来ないってわかるんだ? ゲイルとか、そういうやつらが襲ってきてもおかしくないだろ?」

エレノアは目を伏せ、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「まぁ、可能性はなくはないけれど、あの森までが第二王子の領地だったのよ。そこから離れるには、いろいろ相手側も準備しないといけないわ。」

その言葉に、翔は無言で答えた。


「時間もあるし、少し話しましょう。私たちを襲ったゲイル、そして彼が所属しているノヴァ・オブラティア教についてね。」

エレノアの声が、馬車の中に落ち着いた響きで流れた


「まず最初に、ノヴァ・オブラティア教は第二王子と通じているわ。そして、その教団で最も恐れられている存在が、教神父――ゲイル・エルリックよ。」

その名を口にするたび、彼女の声にかすかな緊張が混じる。翔も思わず姿勢を正した。


「彼らは過激な思想を持つ集団で、十年前には元四大貴族の一つ、サルート家を武力で滅ぼしたの。その時に台頭してきたのがゲイルだった。サルート家は確かに圧政を敷いていたけれど、それでも武力で貴族を潰すなんて前代未聞よ。」

エレノアの視線は遠くに向けられたままだ。馬車の窓越しに流れる景色には、何の感情も映さない。


「その行動によって、一部の民衆からは英雄のように崇められた。そして、それに目をつけたのが第二王子。教団に力を与える代わりに、自分の権力基盤を築こうとしたの。」

翔は黙って頷きながら、果実の皮を指先で転がしていた。自分たちが巻き込まれた騒動の裏に、そんな深い策謀があったとは。


「だから、私たちが襲われたのも偶然じゃない。権力闘争に巻き込まれた、それだけのことよ。」

エレノアの声音には、どこかあきらめにも似た苦味があった。


「けど、そんなの認めてはいけない。そう私たちは思って抵抗したのだけど、結果がこれよ。」

彼女はわずかに視線を落とし、沈黙した。馬車の揺れが、その言葉の余韻を引き延ばすようだった。

翔は数秒沈黙したあと、ふと思い出したように問いかけた。


「ところで、サリバン家っていうのは?なんで今まで協力を仰がなかったんだ?」

その問いに、エレノアは小さく苦笑した。


「“サリバン家が王権嫌いの貴族”だからよ。彼らはずっと王族の要求を突っぱね続けてきたわ。そんな彼らに協力を求めるのは、正直に言えば賭けに近い。」

翔は果実を一口かじると、その甘酸っぱさに眉をしかめた。


「そこに今から協力を仰ぎに行くの。どう? 絶望した?」

「マジか……でも、手はあるんだよな?」

エレノアは肩をすくめ、視線を窓の外へ戻した。


「まぁ、あるにはあるけど、望みは薄いわよ? これからもそれが続くと思いなさい。」

「大変な旅になりそうだ……」

翔の呟きに応えるかのように、馬車は再び大きく揺れた。空は灰色に覆われ、遠くで雷鳴のような音が微かに響いていた。果たしてその先に希望が待つのか、それともさらなる混迷か――翔は果実をかみ締めながら、目を閉じた


4話目です。いまだに適正な文字数というのが分かっていませんが、もう少しコンパクトにまとめれたらなと思っています

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