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第15話 足りないままの戦場

今回は、初期グループも欲望区も、それぞれ戦いへ向かう回です。

装備が整っても足りないものは何か。逆に、足りないまま手を出したものが何を呼ぶのか。

それぞれ違う形で、その答えが見えはじめます。

 今日は戦いの日だった。


 朝から空気が違う。

 共同食堂に集まった顔ぶれも、いつもより言葉が少ない。

 食器の触れ合う音だけが、妙にはっきり聞こえた。


 初期グループだけじゃない。

 このエリアへ上がってきた合同グループ全体で、今日は現れた敵を討つ日になっていた。


「指定の区域に出た敵を、班ごとに分かれて倒す」

 見張り役の男が言う。

「無理はするな。危ないと思ったらすぐ下がれ」

「連携優先。単独で追うな」


 誠司は槍の柄を握り直した。

 かすみは薬箱の中身を確かめる。

 優は自分の短剣を軽く抜いて、刃を見た。


 久美子も、自分で作った防具の留め具を確かめる。

 初期エリアの頃より、ずっとまともな形になっていた。

 布と皮だけじゃない。

 小さな金属板まで打ち込んである。

 武器も前よりましになった。

 自分たちで少しずつ作り、直し、積み上げてきたものだ。


 その分だけ、このエリアでは今の自分たちに合った敵が出る。

 簡単ではない。

 でも、何もできずに終わる相手でもない。


 そういう場所まで、ちゃんと来ているはずだった。


     ◇


 戦闘区域へ向かう途中、かすみは何度か久美子の方を見た。


 匂いは、昨日より少し薄い。

 でも消えてはいない。

 甘いような、獣っぽいような、妙に落ち着かない匂いだった。


 誠司も気づいていたが、何も言わない。

 久美子も、目を合わせようとしなかった。


 昨日の夜、猫や犬が部屋の近くで鳴き続けていたことを、かすみはまだ忘れられない。

 でも、今日の戦いの前にここで言い争っても仕方ないと思っていた。


 まだ、その時は。


     ◇


 最初に現れた敵は、このエリアでは標準的な相手だった。


 硬い甲殻を持つ四足獣。

 前足の爪が長く、まともに受ければ防具ごと裂かれそうな形をしている。


「来るよ!」

 かすみが声を上げる。


 誠司が前へ出る。

 優が横へ回る。

 合同グループの男たちも左右から囲む。


 前より動けていた。

 誠司の槍は迷いが少ない。

 優の足運びも、初期エリアの頃より軽い。

 かすみの判断も早い。

 久美子も、ただ下がっているだけじゃなかった。

 敵の注意が逸れた瞬間に横から打ち込み、浅くても確実に傷を重ねる。


 数体倒したところで、端末に討伐表示が出る。


 経験値。

 金。

 素材。


 少ないけれど、ちゃんと前へ進んでいる実感があった。


 その時だった。


 奥の茂みが、大きく揺れた。


「……え?」

 誰かが声を漏らす。


 本来なら、この班が相手にする区域じゃない。

 少し強い敵の気配だった。


 しかも一体じゃない。


 ざわ、と空気が動く。

 その奥から、もう一匹。

 さらに、別の影まで現れた。


「何でこんなに来るの?」

 かすみが言う。


 強い敵たちは、迷わなかった。

 まっすぐ久美子のいる方へ向いた。


 久美子の背中が冷える。


 自分に来る。

 わかってしまった。


「久美子、下がって!」

 かすみが叫ぶ。


 でも遅い。

 一体が飛び出す。

 誠司が割って入り、槍で受け止める。

 優が横から足元を払う。

 合同グループの別班も異変に気づいて駆け寄ってきた。


「何でそっちばっかり寄るんだよ!」

 優が声を荒げる。


 久美子は答えられなかった。

 敵はまた久美子の方を見る。

 まるで匂いを追ってくるみたいに。


「……まさか」

 かすみの顔が強ばる。


 昨日の虫。

 猫。

 犬。

 そして今日の強い敵。


 全部が一本につながった気がした。


 誠司は低く舌打ちして、敵を押し返す。


「話はあとだ! 今は倒すぞ!」


 その声で、みんなが動いた。

 戦いは長引いた。

 今のレベルに合った敵だけを相手にするはずだったのに、それより強いものまで混じったせいで、班全体が崩れかける。


 それでも何とか持ちこたえた。

 合同グループの支援が入り、かすみが回復薬を回し、誠司と優が前で踏ん張る。


 最後の一体が倒れた時には、全員かなり消耗していた。


     ◇


 戻ってすぐ、かすみが久美子を見た。


「久美子」

 声が硬い。


 久美子は顔を上げられない。


「あれ、何」

「……」

「虫も寄ってた。猫も犬も寄ってた。今日の敵まで、久美子の方に集まってた」


 久美子の指が震える。


「……ちょっと、試しただけ」

「試しただけで済んでないよ」

 かすみが言った。

「個人で楽しむのは勝手だよ。綺麗になりたいとか、何を買うかとか、そこまでは久美子の自由」

 そこで一度息を切る。

「でも、敵を引き寄せてみんなに迷惑かけるのはやめて」


 誠司も低い声で続けた。


「自分一人の問題で済むなら何も言わない」

「……」

「でも、もう済んでない」

「次は誰か死ぬかもしれない」


 その一言で、久美子の顔色が変わる。


「……そんなつもりじゃなかった」

 小さく絞り出す。


「わかってるよ」

 かすみはすぐに返した。

「でも、結果がもうそうなってるの」


 久美子は何も言い返せなかった。


 その夜、部屋に戻るなり端末を開く。

 値段なんて気にしなかった。

 高く買ったものでも、安く手放す。


 虫を呼んだもの。

 獣を寄せたもの。

 その先へ進もうとしていたものも、全部。


 確認欄を押す指が、何度も震えた。


 フェロモン作戦は、完全に失敗した。


     ◇


 一方その頃、欲望区でも今日は戦いの日だった。


 レイナと翔は、とうとう装備を揃えきっていた。


 剣。

 防具。

 回復薬。

 最低限の補助道具。

 闇の仕事と時給上昇で、やっとここまで来た。


「これでやっと参加できるかもね」

 レイナが言う。

「装備だけはな」

 翔が返す。


 だが、端末上の募集一覧には、なかなか二人の名は拾われない。


 戦闘レベル。

 戦闘スキル。

 実績。

 連携経験。


 そこを見られると、二人はまだ弱かった。


「全然誘われないんだけど」

 レイナが舌打ちする。

「装備見てないんじゃない?」

「見てるだろ」

 翔が画面を見たまま言う。

「見てて、そこ以外も見てるんだよ」


 その時、街角で別の小規模パーティーに声をかけられた。


「お、装備ちゃんとしてるじゃん」

「回復薬も持ってるし、ちょうど二人足りなかったんだよね」

「来る?」


 レイナと翔は一瞬だけ顔を見合わせた。


 レベルやスキルを確認された感じはない。

 装備と持ち物だけを見て、入れたようだった。


「行く」

 レイナが先に言った。


     ◇


 戦闘が始まると、すぐに差が出た。


 同じ装備を着けているはずなのに、他の連中みたいな強い一撃は出ない。

 同じ剣を持っていても、刃の乗せ方が違う。

 同じ防具でも、受け方が違う。


 しかも、装備についているはずの補助スキルがうまく発動しない。


「え、何で出ないの」

 レイナが焦る。


 横では翔も、剣を振るたびに動きが遅れる。

 強化済みの武器を持っているのに、ただ重いだけだった。


「そっち引いて!」

「下がって、下がって!」

「そこじゃない、連携ズレてる!」


 怒声が飛ぶ。


 二人とも完全に何もできないわけじゃない。

 前よりは戦えている。

 雑魚相手なら多少は動ける。

 でも、パーティー戦の基準では全然足りなかった。


 戦闘が終わるころには、空気がはっきり冷えていた。


「……悪いけどさ」

 リーダー格の男が言う。

「レベルやスキル、確認してなかったこっちも悪い」

 そこで一度区切る。

「でも、せめてレベル上げとかスキル上げしてから参加してくれる?」


 レイナの顔が固まる。


「装備は悪くないんだけどね」

 別の女も言った。

「悪くないけど、それだけじゃ足りないんだよ」

「特別な技も出ないし、装備スキルも乗ってないし」

「その状態だと、正直きつい」


 翔は何も言わなかった。

 言い返せないからだ。


 やっと揃えた装備。

 やっと届いたと思ったのに。

 それでもまだ足りない。


 レイナは唇を噛んだ。


 街へ戻る道で、翔が低く言う。


「……前の方が良かったのに」

「は?」

「顔」

 翔はそれだけ言った。

「今の方が欲望区じゃ褒められるんだろうけど」


 レイナはすぐには返せなかった。

 自分も同じことを思っていたからだ。

 翔の顔も、前の方がよかった。


 でも、前のままじゃここまで来られなかった。

 今のままでも、まだ足りない。


 欲望区は、届きかけたところでまた別の不足を教えてくる。

読んでくださりありがとうございます。


今回は、初期グループでは地道に積み上げた力に合った戦いがあり、欲望区では装備が揃っても届かない現実がありました。

久美子の近道も、レイナと翔の近道も、それぞれ違う形で壁にぶつかりはじめています。

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