第1話 ようこそ、異世界人生交換ゲームへ
新連載、はじめます。
何でも売れる。何でも買える。
そんな異世界に、六人の男女が同時に放り込まれたらどうなるのか。
欲望、代償、助け合い、そして人間性。
少しずつ広がっていく世界を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
最初に届いたのは、ただの通知だった。
六人とも、それぞれ別の場所にいた。
かすみは会社帰り、節約のために立ち寄ったスーパーで、値引きシールの貼られた野菜をかごに入れていた。
一人暮らしの部屋で少しでも食費を抑えるため、特売品を選ぶのはもう当たり前になっている。
久美子は洗面台の前で、自分の顔を見ていた。
前髪を直し、横を向いて、少し離れてまた見る。見慣れているはずなのに、今日も好きにはなれなかった。
レイナはスマホを片手に、SNSで自分の名前を検索していた。
誰が何を書いているのか、自分はどう見られているのか。見なければ落ち着かないのに、見れば気分が悪くなる。
翔はソファにもたれ、スマホに届いた女の子たちからの誘いのメッセージを流し見していた。
返事をするかどうかは、相手ではなく、その時の気分で決めることが多い。
誠司は机に向かい、資格試験の参考書を開いていた。
付箋の貼られたページ、書き込みの多いノート、冷めかけたコーヒー。今日もやることは山ほどある。
優はポテトチップスを食べながら、だらだらとゲームをしていた。
片手でコントローラーを持ち、もう片方の手で菓子をつまむ。画面を見つめる目にも、あまり本気は入っていない。
その瞬間だった。
六人のスマホに、同じ文が表示された。
『あなたの人生を交換しますか?』
白い文字が、やけにはっきりと光っていた。
下には三つの選択肢が並んでいる。
『はい』
『あとで』
『拒否する』
かすみは足を止めた。
「なに、これ……」
閉じても消えない。戻ってもまた出る。
不気味なのに、どこか広告らしくない静けさがあった。
久美子は画面を見つめたまま、小さく息を止める。
「人生を、交換……?」
その言葉が胸にひっかかった。
顔も、名前も、何もかも変えられるなら。そんな考えが、ほんの一瞬だけよぎる。
レイナはつまらなそうに言った。
「変な広告」
けれど、その指は画面の上で止まっていた。
翔は少しだけ口元を上げる。
「人生交換ゲーム、ね」
冗談にしては妙に作り込まれている。
安っぽさがないぶん、かえって不気味だった。
誠司は眉を寄せた。
嫌な感じがする。だが消えないままでは、それも落ち着かない。
優はゲーム画面から目を離し、通知を読み返した。
「なんか長そうだな……」
誰かと相談したわけではない。
六人とも別々の場所にいたのだから当然だった。
それでも、なぜか全員がその通知を見つめていた。
そしてほとんど同じタイミングで、『はい』に触れた。
理由は少しずつ違っていた。
かすみは、消えない通知が気になったから。
久美子は、もし本当に変われるならと思ったから。
レイナは、退屈な現実より少しは面白そうだと思ったから。
翔は、興味本位だった。
誠司は、確認だけのつもりだった。
優は、『あとで』を押すのも面倒だった。
画面が白く染まる。
次の瞬間、足元が消えた。
床ではなかった。
部屋でもなかった。
落ちる、という感覚だけが一気に全身を抜けていく。
光の中で、どこからともなく言葉が降った。
『ようこそ、異世界人生交換ゲームへ』
声ではなかった。
けれど、確かに聞こえた。
◇
気づくと、かすみは白い床の上に立っていた。
天井は高く、どこまでも白い。
壁らしいものは見えないのに、空間だけが静かに区切られている。磨かれた床には淡い青の線が流れ、足元でゆっくり明滅していた。
「え……」
喉がからからだった。
少し離れたところに人影がある。
久美子だった。その向こうに誠司。さらに優が、半分眠そうな顔で辺りを見回している。振り返れば、レイナと翔もいた。
六人とも、自分と同じように状況が飲み込めていない顔をしていた。
「なにこれ」
最初に口を開いたのはレイナだった。
「全員、あの通知のやつか」
翔が一歩前に出る。
「たぶん……」
誠司が答える。まだ整理はついていないが、自分たちだけではないことはわかった。
優は頭をかいた。
「夢じゃないの、これ」
「夢で済む感じしないんだけど」
久美子は自分の腕を軽くつかむ。温度がある。床の冷たさも、服の感触も現実だった。
その時、空間の中央に透明な画面が浮かび上がった。
六人全員の前に、同じものが現れる。
『初期登録メンバーを確認しました』
画面の下に、六つの名前が並んでいた。
かすみ
久美子
レイナ
翔
誠司
優
久美子が小さく息をのむ。
「名前まで……」
『異世界人生交換ゲームへようこそ。
本ゲームでは、金貨・結晶・交換権限を用いて、人生に関わるさまざまな要素を売買できます』
文字が静かに流れていく。
『購入可能項目:容姿・才能・武器・住居・衣装・食事・生活環境・各種スキル・その他』
『売却可能項目:記憶・名前・涙・感情・思い出・身体的要素・一部権利・その他』
「は……?」
優が間の抜けた声を出した。
誠司の表情が変わる。
「記憶を売るって、どういう意味だ」
『表示通りです』
どこからともなく、説明だけをするための声が響く。
『本ゲームでは、努力による獲得と、交換による獲得の両方が可能です。
労働、採取、栽培、戦闘、合成、料理、販売などで金貨を稼ぎ、必要なものを手に入れてください。
また、保有する一部要素を売却し、即時の利益へ交換することも可能です』
レイナの目が変わる。
「顔も買えるの?」
『可能です』
あまりにも軽い答えだった。
久美子の指先がわずかに震える。
翔はその表示を見たまま、小さく笑った。
「面白いじゃん」
誠司は横顔を見た。
「面白いで済ませる話か?」
「でも、もう来てるし」
翔は肩をすくめる。
怖がったところで何も変わらない。そう言いたげだった。
次の瞬間、それぞれの前に個別画面が開いた。
かすみは恐る恐る視線を落とす。
『プレイヤー名:かすみ』
『所持金:500』
『住居:未設定』
『容姿スキル:4 / Lv.42』
『戦闘スキル:1 / Lv.5』
『知識:2 / Lv.28』
『生活スキル:3 / Lv.36』
『人間性:3 / Lv.38』
「所持金……五百」
ゼロではない。
けれど安心できる額でもなかった。
久美子も自分の画面を見ている。
『プレイヤー名:久美子』
『所持金:500』
『住居:未設定』
『容姿スキル:2 / Lv.21』
『戦闘スキル:1 / Lv.6』
『知識:1 / Lv.13』
『生活スキル:2 / Lv.22』
『人間性:1 / Lv.2』
視線は容姿スキルの数字に吸い寄せられた。
高いのか低いのかもわからないのに、ただ心だけがざわつく。
レイナはすでに画面を開ききっていた。
『プレイヤー名:レイナ』
『所持金:500』
『住居:未設定』
『容姿スキル:5 / Lv.52』
『戦闘スキル:1 / Lv.9』
『知識:1 / Lv.12』
『生活スキル:1 / Lv.8』
『人間性:0 / Lv.1』
その数字を見て、口元がわずかに上がる。
翔も自分の画面を見る。
『プレイヤー名:翔』
『所持金:500』
『容姿スキル:5 / Lv.51』
『戦闘スキル:2 / Lv.15』
『知識:2 / Lv.18』
『生活スキル:1 / Lv.9』
『人間性:1 / Lv.12』
「へえ」
驚きより、納得したような声だった。
誠司の表情が険しくなる。
『プレイヤー名:誠司』
『所持金:500』
『容姿スキル:2 / Lv.20』
『戦闘スキル:1 / Lv.12』
『知識:2 / Lv.17』
『生活スキル:2 / Lv.17』
『人間性:2 / Lv.22』
優は少し遅れて自分の画面をのぞき込む。
『プレイヤー名:優』
『所持金:500』
『容姿スキル:2 / Lv.19』
『戦闘スキル:1 / Lv.8』
『知識:2 / Lv.18』
『生活スキル:2 / Lv.15』
『人間性:2 / Lv.20』
「人間性まで数値あるのかよ……」
優が言うと、少しだけ場の空気がゆるむ。
だが、その画面の下に並んだ別項目を見て、久美子は息を止めた。
『簡易売却一覧』
『右頬のホクロ:30』
『皮下脂肪100g:20』
『ムダ毛1本:1』
「え……」
思わず声が漏れる。
レイナも覗き込み、眉を上げた。
「ホクロまで売れるんだ」
その声音に戸惑いはなかった。
むしろ面白がっているように聞こえた。
翔は別の画面を開いていた。
『簡易購入一覧』
『身長補正 +1cm:10000』
『胸部補正 小:10000』
『胸部補正 本格:200000』
『輪郭補正 小:3000』
「高いな」
そう言いながらも、翔の目はすでに計算しているようだった。
久美子は『右頬のホクロ:30』の文字から目を離せなかった。
普通なら、お金を払って取りたいものだ。
それが、この世界では売れる。
ラッキー。
一瞬だけ、本当にそう思ってしまった自分がいた。
『注意:一度売却した身体的要素は、自然には回復しません』
『買い戻しには売却額の十倍以上の対価が必要です』
その一文で、空気が変わった。
誠司が低く言う。
「……冗談じゃないな」
優が画面をのぞき込みながら言う。
「毛も売れるのか」
『売却可能です』
「一回売ったら生えないってこと?」
『その通りです』
久美子の指が止まる。
ムダ毛一本なら、軽い気がした。
でも髪の毛まで同じ感覚で売れるとしたら、それはもう違う。
レイナは別の項目を見ていた。
「胸、小で一万……?」
口にしたあと、すぐにその下へ視線が落ちる。
『胸部補正 本格:200000』
その数字に、さすがに黙った。
かすみは自分の画面を見つめながら、小さく息を吐いた。
何でも売れる。何でも買える。
でも、欲しいものを手に入れるには、想像以上に大きなものを払う必要がある。
『初期登録メンバー同士は相互リンク状態です。
リンク相手とは一定条件下で救援要請・支援呼び出し・共同依頼が可能です』
文字が続く。
『ただし、初期リンク枠は売却可能です』
かすみは目を止めた。
『初期リンク枠を売却した場合、権利および関連する一部記憶・思い出を失います』
「思い出まで……?」
誰に向けたでもない声が漏れる。
『本ゲームでは等価交換が原則です』
淡々とした答えだった。
その時、六人の足元に光の円が広がった。
『初期居住区へ転送します』
『選択:開拓初期圏アウラ』
『初期メンバーは同一エリアに配置されます』
「ちょ、待っ――」
レイナの声が途中で切れた。
白い光がもう一度視界をさらっていく。
◇
次に立っていたのは、さっきまでの白い空間とはまるで違う場所だった。
土の匂いがした。
風が吹いている。
遠くで水の音がする。
低い丘の向こうに、森と畑が見えた。
木造の小さな建物が並んでいる。
宿舎というより、開拓地の簡易住宅に近い。空は高く、陽射しは明るいのに、見知らぬ世界の静けさだけが広がっていた。
「……田舎じゃない」
レイナが言った。
翔は辺りを見回し、小さく笑う。
「最初から都会じゃないのか」
優は伸びをした。
「寝る場所あるなら、とりあえずいいけど」
「よくないでしょ」
久美子の声はまだ落ち着かない。
こんな場所で本当に暮らすのかと思うと、不安が込み上げてくる。
誠司は全員を見回した。
「とにかく状況を確認しよう。勝手に動くのは危ない」
「そうだね」
かすみも頷く。
正直、怖い。けれど誰かが落ち着いて言葉を出すだけで少し違う。
その時、端末に新しい表示が出た。
『開拓初期圏アウラへようこそ』
『初期所持金500は電子端末に付与されています』
『三日分の最低限の生活支援が支給されます』
『生活スキルの詳細は次回開示可能です』
「次回開示……?」
優がぼんやり読み上げる。
「ゲームっぽいな」
翔が言う。
「ゲーム、ね」
誠司は小さく繰り返した。
現実味のない景色の中で、その言葉だけが妙に軽く響いた。
かすみは自分の端末をもう一度見た。
『初期メンバーリンク:5件』
その表示が、なぜか少しだけ温かく見えた。
まだ、六人は一緒にいた。
この時はまだ、誰も知らなかった。
この世界では、顔も才能も家も買える。
けれど、上へ行くために思い出まで売れることを。
ムダ毛一本から始まった売却が、やがて髪や名前や涙にまで及ぶことを。
最初に結んだこのリンクが、いつか取り返しのつかない形で失われる日が来ることを。
第1話を読んでくださってありがとうございます。
ここから六人それぞれの価値観と欲望が、少しずつ分かれていきます。
次回は初期小部屋と生活スキルの詳細、そして最初の選択に入っていく予定です。
少しでも続きが気になっていただけたら嬉しいです。




