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近づく距離

 真衣央は空たちとお茶とお菓子を食べていた。鯛が象られた落雁は神饌なのだと言う。神饌を食べる、と言う行為はそれだけ神界に近づくと言うことなのだが、真衣央は特に頓着せず、普通の菓子として賞味していた。左衛門が真衣央の後ろに寝そべり、尻尾を振っている。

 空のにこやかな顔がふと止まる。

「どうしたの?」

「暁が来た」

「え」

「お出迎えに参ります」

 慌ただしく朔と満が部屋を出て行く。

「正面から律儀に来る。珍しいな。……? 誰かと一緒だ」

「私、いて良いのかな」

 真衣央は自分の小袖姿を思わず見回す。ふ、と空が笑んだ。

「僕がいるから。あいつに好き勝手はさせない。大丈夫だよ」

 やがて複数の足音が聞こえてくる。

 朔たちに先導される形で姿を現した暁を見て、真衣央は驚いた。彼の手は、しおりの手を握っていたのだ。しおりも目を丸くしている。

「早瀬さん? どういうこと?」

「私、こちらでお世話になっているの」

 必要のない後ろめたさを若干、感じながら、真衣央は説明する。暁はそんな真衣央を不服そうに見る。

「お前たちは知り合いか」

「お友達……です」

 言ってから、真衣央は早まったかもしれないと思う。しおりから、そんな関係ではないと否定されることを恐れたが、しおりはそれについては何も言わなかった。

「暁。客として来たのならお座り。彼女も一緒に。お茶をしよう」

 空が落ち着き払った口調で言えば、暁は素直に座った。その間も、しおりの手を握ったままだ。しおりは流石に恥ずかしくなり、そっと振りほどこうとするが、暁がさせない。まるでお遊戯会に出る前の園児が母親の手を離さないように、ずっとしおりの手を握っている。

 しおりは満からお茶を受け取りながら、真衣央についての家庭事情の噂を今更ながら思い出していた。家庭内暴力。そこから逃げて、今は何等かの縁があるこの宮にいるのだろうか。雰囲気の変化はその為だったのか。薄いピンク色をした落雁は優しい甘さでしおりの舌の上で溶けた。

「真衣央に謝りに来たのかい?」

 空の口調は質問ではなく、事実の念押し。確認だった。そうでなければ許さないと言う意思表示の現れ。ぐ、と暁が言葉に詰まる。

「貴方、早瀬さんに何かしたの?」

 しおりが驚き尋ねると、暁が親に叱られた子供のような顔になった。そう言えばこの部屋に入ってからずっと、真衣央の前に立ちはだかる犬が、暁に対して低く唸り、警戒態勢だ。

「……腹を」

「お腹を?」

 嫌な予感がする。

「蹴った」

「何ですって?」

 しおりが手を振りほどくと、暁がそれだけで叱責されたように怯んだ表情になった。

「貴方、そんなことしたの!?」

「複数回、容赦なく」

 朔が乾いた声で言い添える。暁は俯いた。

「謝りなさい」

 しおりは毅然とした声を上げた。暁はしばらく唇を噛み締めていたが、やがて薄く口を開いた。

「……悪かった」

「いえ、もう良いです」

 寄ってたかって責められる形となった暁が不憫で、真衣央は彼から受けた行為を水に流すことにした。左衛門はまだ暁を警戒していたが、牙を剝くことは止めた。しおりはその様子を見ながら、では兄を取られるとは、真衣央にか、と腑に落ちる。空が鷹揚に立ち上がり、暁の赤い頭にポン、と手を置いた。

「急に姿をくらましたので心配した。神域からして雲隠れして。宵も心配していたよ」

「うん。ごめん」

「暁。真衣央を認めておくれ。彼女は、今ではこの宮に欠かせない存在なんだ」

「…………うん」

 従順に頷いた弟に、空は破顔した。

「今宵はうちで食べておいで。良ければ、そこの彼女も一緒に」

「え? 私?」

 面食らうしおりに、真衣央が微笑を向ける。

「斉木さん、そうしない? おうちの人が良いって言うなら」

 決して押しつけがましくない、柔らかな笑みに、しおりは自宅の寒々しい状況を思い起こす。気づけば周囲の皆から、注目の視線が集まっていた。

「……母に連絡して訊いてみる」

 真衣央がほっと安堵の笑みを見せる。この子はこんなに笑う子だったのか、としおりは驚く思いだった。

 無事にしおりの母の許可も得られ、その夜はささやかな宴会になった。朔と満が腕によりをかけた料理が並ぶ。白和え、筑前煮、新鮮な刺身、豚の角煮に麩の吸い物など。真衣央は空と暁が打ち解けたように話すのを見て、安心する。しおりが、黙々と山菜の炊き込みご飯を口に運んでいるので、気になって話しかけた。

「美味しい?」

「ええ。……団欒って久し振りで、何だか変な感じ」

「それ、解る」

 真衣央の同意の声には実感が伴っており、おざなりに言っているのではないことが窺える。その時、しおりの心に、真衣央と自分を繋ぎ止めたい思いが芽生えた。

「他にも本を読みたいなら、適当に文庫本を持って来るけど」

「本当? 嬉しい。ありがとう」

 真衣央が無防備に喜ぶので、しおりもどこかこそばゆく嬉しくなる。その夜の宴会は長く続いた。

 


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