表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燕の騒乱  作者: 梔虚月
第一部 鳩の密告
29/31

29 九重の難癖(謎解き②)

 黒羽少佐は、九重に話の続きを聞かせるのに同意しているのか。

 事件の背景に兵務局の二重スパイがいるのであれば、九重に聞き出したいことがあり、私としては立ち会ってもらいたい。

 私が少佐に目配せすると、無言のまま顎をしゃくるのだから話を進めることにした。

「九重中尉も船内捜査していたので、私の見立てに齟齬(そご)があれば指摘してください」

 九重は『解った』と、頷いた。

「錦州港で乗船した奥山は、取引現場となる左舷の展望通路が見渡せる一等船室に陣取ると、兵務局の諜報員と内通者の接触を待っていた。奥山の組織は内通者を通じて兵務局に欺瞞工作を行っており、彼の任務は取引を見届けることです」

「俺は、そうと知らず()(へん)の片棒を担がされていたのか」

 九重の人柄で欺瞞工作を率先できるわけがなければ、兵務局の内偵も奥山に殺されているので、偽言を運ばされる伝書鳩に過ぎないのだろう。

 わざわざ復唱せずとも、彼が一枚噛んでいるなんて疑わない。

「しかし事情が変わった訳合は、旅客船に関東軍憲兵隊が乗り込んできたことです。黒羽少佐は、諜報界隈で知られた人物です」

「俺たちの姿を見た奥山は、関東軍に船内取引の情報が漏洩していると考えた」

 黒羽少佐は、訳知り顔で言った。

「自分たちはともかく、欺瞞工作に利用している者から組織の存在が明かされる危険があり、内通者自身が我々を手引きした可能性もある」

「関東軍の乗船は、組織が秘密結社なら看過できない状況になったわけだ」

「我々や陸軍省兵務局の情報網を以て、所属や構成員すら把握していない組織です。唯一表舞台に立っている弓田の正体も秘匿性が高く、組織の存在そのものが機密事項なのでしょう」

 組織は、私と黒羽少佐が取引現場となる旅客船に乗合せたので、兵務局の内偵を裏切り者として切り捨てることにした。

 奥山が情報漏洩していると判断したときの手筈は、いくつかの情報伝達手段を用意していたことから、予め整えていたと考えられる。

「彼らが旅客船という密室を取引現場としている訳合が、第三者の介在を監視するためだとすれば、軍服の関東軍が乗り込んできた時点で内通者の処分が決定したはずです」

「俺だって驚いたぞ。軍服を着た貴様たちは、何かしらの軍務を帯びて乗船している。それが、俺の任務に関わる事なら厄介だからな」

 九重でさえ警戒したのだから、奥山は関東軍の登場に(せっ)()(やく)(わん)したことだろう。

 私は護衛を兼ねた随伴者で他意はなかったものの、船内取引の情報を心得ていた黒羽少佐が軍服を脱がせなかった訳合は、平地に波瀾を起こす意味合いがあった。

 我々が一般客のように振る舞えば、秘密裏に行われる船内取引を見逃すかもしれなければ、当事者たちに意気込みを示す必要がある。

 少佐は船内取引に無理やり介在するために、敢えて関東軍の諜報員であると誇示していた。

「船員服に着替えた奥山は事件当夜二十時頃、左舷の展望通路で梶原と内通者の取引を確認すると、船橋甲板を経由して現場に駆けつけて、内通者を殺害して上着を奪う。そして彼は、手際良く遺体を海に投げ捨た」

「なるほど! 船員たちは船橋甲板を利用した()()()()()()()()()と証言しているが、犯人が船員服を着ているなら印象に残らないな」

「操舵室は薄暗く日が暮れていれば、人相まで確認できません。また船員が船橋甲板に出入りしても、それを不審に思わないでしょう」

 太田船長には、現場にいた船員が実行犯だと伝えているのだから、ややもすると乗組員に口止めした可能性もある。

「では犯行前後の証言をまとめれば、絢子が落水の音に驚いて悲鳴をあげると、船員服の奥山が『乗客が身投げした』と嘯いた。悲鳴を聞きつけた笹木が船内食堂を抜けて現場に到着すると、奥山は床にへたり込む御婦人を彼に託して船尾の方に逃走する」

「そこに海に投げ捨てられた遺体を目撃した副船長の青木が現場にきたので、奥山と身分が入れ替わってしまったんだな。しかし展望通路にいた絢子にも、内偵を殺すことが可能なんじゃないか?」

 ここから先は、私の見立てに難癖をつける九重との応酬が続いた。

 彼は、奥山が内通者だったとの持論に固執しているようだ。

「九重中尉の見立ては、絢子が内通者の奥山を殺害した後、操舵室から向かってくる青木を見つけて、わざと悲鳴をあげて身投げの目撃を偽証したですね」

「そうだ。取引の監視であれば、現場である展望通路に待ち伏せていた絢子が疑わしい」

「しかし絢子は、九重中尉が梶原に鍵札を渡した後、船内食堂に入れ違って現れました。梶原を中継する取引方法は、被害者である内通者しか知りません。つまり奥山が内通者だった場合、監視対象の九重中尉と奥山がいない展望通路で待ち伏せできません」

「絢子には、俺と奥山を監視するための共犯者がいたとする。彼女は、奥山が展望通路に出たことを察知して先回りすると、鍵札の受渡しを確認してから犯行に及んだ」

「二等船室の絢子は、三階層の通路から奥村の動向を伺っていた。奥山が船内食堂を使わず展望通路に出るには、先程言ったとおり船員服を着るしかありません。引き揚げられた遺体が船員服を着ていたのなら、先ず以て連絡が入るのではありませんか?」

「そうだな……。では船内食堂にいた者が、絢子の共犯者で奥山を見なかったと偽証している」

「内通者の雇った梶原さんには、偽証する必要がありません。それとも九重中尉は、そこに居合わせた全員が共犯だったと言うのですか?」

「笹木は、やけに絢子の肩を持っていたじゃないか。俺は、奴らがお互いの部屋を出入りして、影に隠れてコソコソしているのを見たぞ」

「男女の仲を覗き見れるなんて、中尉も人が悪いにも程がある」

「うん?」

 私も奥山が内通者だと考えているうちは、絢子と笹木の行動が疑わしくあった。

 奥山の上着が船室にあった訳合は、絢子が奥山を海に突き落とした後、駆けつけた笹木に符丁となる紙切れと鍵札の入った上着を渡したと考えたからだ。

 笹木が着ていた背広が奥山の上着だったとすれば、上着だけが現場から一等船室のコート掛けに移動した謎が解決する。

 ただ二人が共犯者だったとしても、九重と梶原の鍵札の受渡しを確認できないので、中尉が退席した船内食堂で仲介者の存在を察知できない。

「中尉より遅れてきた絢子は、右舷から展望通路に出ていますが、梶原は彼女を追いかけるように右舷から展望通路に出ていった。この証言の信憑性は些か怪しくありますが、彼女自身も船内食堂に白シャツの男が残っていたと証言しており、それを裏付ける証人もいるので、梶原より先に展望通路に出たのは明らかです」

「取引現場が展望通路だと知って先回り……。取引方法は、梶原と内通者しか知らなかったな。しかし取引方法は、奥山が犯人だったとしても解らなかったはずだ」

「ええ、だから奥山たちは、ある方法を用いて左舷の展望通路で取引せざるを得ない状況を作り出して、そこを監視していたわけです」

「ある方法とは何だ?」

 弓田が人心掌握に長けているのであれば、内通者の行動を思い通りに操れるのだろう。

 九重は以前、彼に青年将校の人脈を明かしていれば、新聞記者に思惑通りの記事を書かせている。

 彼は、内通者を奥山が監視していた左舷の展望通路で取引せざるを得ない状況に追い込んだ。

 私が弓田ならば、そう仕向けるだろう。

感想お待ちしております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ