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燕の騒乱  作者: 梔虚月
第一部 鳩の密告
27/31

27 物見高い男

 佐世保に寄港した旅客船に市警の捜査員が乗り込んでくると、事件当夜に食堂に残っていた乗客を中心に聞き込みが開始される。

 私は青木船長に約束したとおり、事件のあらましを奥山の身投げ、梶原の落水事故として警察に報告していれば、九重も内偵の身分を明かすはずもなく口裏を合わせた。

 笹木と絢子には犯人が解らない以上、同件に深入りしないように言付けて、現場から姿を消した船員がいたことを口止めする。

 佐世保市警が我々の説明を言葉通りに受取ったのかは懐疑的だが、満州憲兵隊の雄である黒羽少佐の証言もあり、彼らは事件性を曖昧にして下船した。

「貴方には、船を降りる前に聞きたいことがあります」

 私が声のする方を向けば、相田が涼し気な表情で立っている。

 彼が随伴していた窪坂は、埠頭で待ち構えていた家の者に荷降ろしを指示していた。

「相田さんは、主人を働かせて良いのかね」

「ええ、私の荷物は鞄一つです」

 相田の手元を見れば、丸められた新聞と旅行鞄を持っており、よもやそのような身軽な装いで、私の眼前に現れるとは思わなかった。

「それで、私に聞きたい事とは?」

「私が知りたいのは、あの秘密箱の中身です」

「箱の中身が気になりますか?」

「それはそうでしょう。貴方は、秘密箱の中身が他愛もない品であれば教えると言ったのだから、さぞかし重要な品が納められていたのは明白です。箱を争って人まで殺されていれば、それを知らずに下船するのが心残りです」

 相田の一言で、あることに気付かされる。

 私が入手した機密情報には、何重もの仕掛けが施されており、それが海に突き落とされた裏切り者が施した細工であれば、犯人はどのような情報が持ち出されたのか知らなかった。

 『Y』は裏切り者が知り得たであろう情報のうち、最も機密性の高い情報だと予想がついても、内容を確かめもせずに第三者に横流したのである。

 つまり裏切り者が持ち出した情報は、彼らにとって裏切り者を炙り出す餌と同時に、流出することで誰かを窮地に追い込む代物だった。

「箱を争って人が殺されたと状況を見抜いた上で、なお中身をお知りになりたいのか」

 相田は沈黙した後、ため息交じりに首を横に振る。

 彼は舷梯の手摺を握ると、横顔だけを向けて薄ら笑った。

「最後にもう一つ、貴方は笹木さんと御婦人にだけ事件の口止めされましたね。あれは、私に向けたサインだと受取ってよろしいですか?」

 私の浅はかな考えは、物見高い男に見透かされているようだ。

 相田は自ら厄介事に巻き込まれる性格でもなければ、裏から手を回して欲しい物だけを掠め取る性質がある。

 そうと解っていればこそ、わざわざ示し合わせる必要もないのだが、逆手に取られるのは些か気に障った。

「相思相愛とは思わないでほしいね」

 中折れ帽を片手に上げて下船した相田は、この策謀劇を首謀した主犯であり、九重の言うところ弓田宗介なる怪人の正体であろう。

 そうと解った今も、私は彼を問い詰めずにいた。

 私は警察官でもなければ、犯人の身柄を取り押さえて策謀劇の真相を有耶無耶に終わらせるつもりがない。

 今回の事件には、機密情報を運ぶ伝書鳩の中に毛色の違う雉鳩が紛れ込んでいた。

 私が思うに彼は、狩猟を禁じられて人を恐れなくなった土鳩ではなく、山鳩と呼ばれる雉鳩のような人物だった。

 雉鳩は山岳地帯に生息していれば、食材として狩猟対象となっており、用心深く、人に懐くこともなければ、あの男を飼い慣らす人物に思い当たらない。

 しかし私の手中にある満州国独立を画策する者の名簿が、土鳩に紛れた山鳩からの密告だったと解釈すれば、真相が自ずと明らかになるだろう。

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