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森のげえむ屋さん  作者: 平野文鳥
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第16話 『仕様書よりも大切なこと』

 みんなの応援に勇気づけられたぼくとモグリンさんは、企画を通してもらうためにもう一度社長にアタックしました。


(さぁ、早く! 社長もそれを待っているのかもしれないぜ)


 ピコザさんが言ってたことは、どうやら当たりのようでした。

 ぼくたちの情熱が社長の迷っている心に決断をつけさせたようです。社長は『ザ・クマさんプロレス』の企画にGOサインを出してくれました。


 社長はみんなを集めてこう言いました。


「きみたちのこの企画に対する情熱と夢に私はかけてみる。だから絶対おもしろいゲームになるように、失敗をおそれず、妥協せず、最後までがんばってくれ。期待してる!」

「やったぁーーーっ!!」みんなから歓声があがりました。


 さぁ、いよいよ『ザ・クマさんプロレス』の開発スタートです。おっと、わすれちゃいけない! ぼくはゲームの企画だけではなく、グラフィックの方もがんばらなくちゃいけません。こりゃタイヘンだ。でも自分たちが絶対おもしろくなると信じたゲームを作るのです。すこしぐらいタイヘンでもそんなのぜんぜん苦にはならないでしょう。たぶん……。


 それから3日ーー


「ブブくん、ゲームの仕様書はもうできてますかワン?」

「仕様書?」

「ワン? あ、そっか。ブブくんは企画が初めてだから仕様書の意味がわかりませんね。つまり仕様書というのは、ゲームを作るためにプログラマーやグラフィッカー、そしてサウンドクリエイターにわたす設計図みたいなもんですワン」

「設計図……ですか?」


 ぼくはその言葉を聞いてちょっと頭がいたくなりました。なぜなら、ぼくはプログラムに関する知識がまったくなかったからです。なにをどういう風に書けばよいのかサッパリです。グラフィックやサウンドはなんとか書けそうなんですが……。

 ぼくはモグリンさんに教えてもらおうと彼をさがしました。しかし、どうやら出かけたようで社内には見あたりませんでした。


(こまったな……)


 途方にくれているぼくに、ゼロワンさんがニコニコしながら話しかけてきました。


「ブブくん、そんなに思いつめないでくださいワン。仕様書の書き方がわからないのなら、直接ボクにやりたいことを言ってくれてもかまいません。ぼくがなんとかしますからワン」

「えっ? それでいいんですか?」

「ほんとうはきちんと書類にした方がよいですワン。でも、それよりも大切なのは、ブブくんがやりたいことをボクがちゃんと理解して、それをプログラムで表現できるかどうかということなんですワン。だから、必ずしも書類にこだわる必要はありません。なんでもボクに言ってくださいワン!」

「わあ、助かります! なんでも言っちゃっていいんですね?」

「ええ。ただし、できることはできる、できないことはできないと、はっきり言いますワン」


 ぼくはゼロワンさんの話しを聞いて、プログラムに対するコンプレックスが少し消えたような気がしました。そして、とても自由な気持ちになりました。


「あ、いけない! 5インチフロッピーがなくなってる。買いに行かなくてはワン」


 ゼロワンさんはそう言いながらデイパックを背負い、フロッピーやその他の備品を買いに電気街の『夏葉原』へ出かけました。


 ゼロワンさんが出かけている間に、ぼくはゼロワンさんに伝えたいことをまとめようと思いました。そしてパソコンのワープロをたちあげていると、ピコザさんが近づいてきてポツリと言いました。


「オレたちは幸せだよ」

「えっ? なにがですか?」


 ぼくはピコザさんが言った『幸せ』の意味がわかりませんでした。


「オレみたいな音屋や、ブブくんのような企画屋や絵描き屋が言うことって、けっこう『あいまい』なところが多いだろ?」

「う〜ん……。たしかに。ぼくの頭の中なんか『あいまい』だらけですよ」

「ゼロワンくんは、そういうオレたちみたいな連中がもつ良い意味の『あいまい』さを大切にしてくれる、ちょっとめずらしいプログラマーなんだ」

「そんなにめずらしいんですか?」

「ああ。この業界には、口ではうまく伝えることができない『あいまい』なイメージを嫌って話を聞こうとしないプログラマーや、与えられた仕様書どおりしか書かない事務的なプログラマーがけっこう多いからね。まぁ、彼らの仕事には『あいまいさ』が許されないから、仕方ないっちゃあ、仕方ないけど……」


 ぼくはゼロワンさん以外のプログラマーのことはよく知らないので、なんとも言えないのですが、ただひとつ言えることは『ゼロワンさんと話していると自由な気持ちになれる』ということです。そんな気持ちにさせてくれるゼロワンさんといっしょに仕事ができるぼくは、ピコザさんの言うように『幸せ』なのかもしれません。

 もしかしたら、ゼロワンさんは、ぼくらみたいな『あいまい』な仕事を理解できるように影で努力してくれてるのかもしれません。もし、そうだったら、ぼくもゼロワンさんに甘えてばかりいないで、苦手なプログラムのことを少しは勉強し、逆にプログラマーのゼロワンさんの気持ちが少しでも理解できるようにしなくちゃなぁ、と思いました。


 しばらくすると、ゼロワンさんが買い物からもどってきました。そして、背おっていたデイパックを机の上におろすと中から一冊の本をとりだしました。


「プログラム関係の本ですか?」ぼくはゼロワンさんにたずねました。


「いえ、私が好きなファンタジー作家の新作ですワン。この作家さんの作品っておもしろいんですよ。だって、書いてることが非論理的というか、論理を超えてるというか、……はやい話が、ぶっ飛んだ内容なので読んでいてワクワクするんですワン!」


 ぼくはゼロワンさんが『あいまい』なことに対して、なぜあんなに大らかでいられるのか、その理由がちょっとだけわかったような気がしました。


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