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後編

 当面の目標は達成しましたが安心はできません。母が、いつあれに飽きてしまうかも知れないと考えると、休んでいる暇はありませんでした。私は早速次の作品に取りかかることにしたのです。

 何を創るかなど考えていません。とにかく数をこなすことが肝要なのですから。彼女に追いつかせるわけにはいきません。


 私はしゃにむに、がむしゃらに創り続けました。

 中身はどうでも構いません。とにかく形にするため、私は考えついたあらゆるものに次々に命を吹き込んでいきました。

 そしてできたものを順番に生け贄とするかのごとく母に献上していったのです。

 ついに母が両手に抱えきれなくなり、時間が欲しいという旨を伝えてきてから、ようやく手を休めました。


 私は今創ったものを改めて観察してみました。最初に創ったあの劣悪なものとは比較にならないほど優美で洗練されていること。つまり私の力の向上しているのを見ることができました。

 そしてふと思ったのです。自分が全力で取り組めばどれほどの作品を創れるのか、それを試してみたいと。

 母のためではなく、自分自身のために力を使ってみたいと考えたのです。それができるのは今しかない。私は初の大作に挑むことにしたのです。


 これにあたり、私はこれまでの作業では、創りながら何となく決めていた作品の骨子を、予め考えておこうと思いました。

 容姿はどのような感じか、好物は何か、武器は、どのような生き方を是としているのか、味方や敵はどうするのかなどを、時間をかけて丁寧に細かく練っていきました。それだけでもかなり疲労してしまいました。


 ある程度設定が決まり、実際の作業に移っても苦労は絶えません。私の技術が思考に伴っておらず、想像通りにいかないことが何度もありました。

 そのたびにどうすれば良いのか、知恵を絞り、試行錯誤を繰り返します。

 今回は規模が大きいだけにその消耗も生半可なものではありません。「産み」の苦しみがここまで重苦しくのしかかってきたのは初めてです。


 ようやく一区切りつけたときには、意識が混濁してしばらく何も考えられませんでした。とうとうやったという達成感と、もう創りたくないという疲労感が絶妙に調和したものが体中を埋め尽くし、のさばっていたのです。

 これが混沌というものなのだろうかと、ふと考えましたが、それを検討できる余裕など、この時の私には残っていません。しばらくは休息に時間をあてることにしました。


 本来はこれを手元に大切に保管しておきたいのですが、いかんせん創るのに時間がかかり過ぎていました。

 すでに母は私の作品のほとんどに飽きてしまっていると思いましたし、今すぐに新たな作品を創るだけの気力もまだ私にはありませんでした。

 やむなく私はその力作を持って母のところに向かいました。


 案の定、母のまわりには私の作品がちらかっており、収拾がつかない状態になっていました。そして彼女は私の顔を見ると、目をぎらぎら光らせて微笑みました。

 肌が荒れて、老いが目立ってきましたが、気力はなお盛んといったところです。もしも手ぶらで訪れていたらと思うと、ぞっとしました。


 作品の出来は上々でした。母は今まで私の作品に対し、感心はしても感動はしてくれませんでした。ですが今回は作品を一目見ただけで目の色が変わり、やがて涙を流し始めたのです。

 私はそれを見て今までの疲れが一時に吹き飛びました。やっと母が心を動かされる作品を創ることができたのですから。

 そして同時にこれを創り続けてやろうという意欲が湧きあがってきました。私はすぐにその場を立ち去り、設定はそのままに、この大作を継続する作業に取りかかったのです。



 これで全ては上手くいくと思いました。私がこれを創り続けることにより、母は私に代わる「父」を手に入れることができますから、自然と母は私から遠ざかっていきます。私はただこれを創るのに集中すればいい。

 そしてようやく「親離れ」ができるのだと信じていたのです。しかし、しばらくして思わぬ問題が発生してしまいました。


 それは母でも私でもなく、この作品のことでした。私の感情の担い手であるはずの彼らが、いつの間にか自由に動き回るようになったのです。

 当初は自分の手違いだと思い、大勢に影響が出ない程度の訂正を入れてみたのですが、焼け石に水と言わんばかりにすぐ元に戻ってしまいます。

 そして創造主である私の思惑は徐々に蔑ろにされていき、彼らは自分たちが生きていることを誇示するかのように、各々の個性を出すようになっていったのです。


 正直焦りました。

 何がいけなかったのか。どこで間違えてしまったのか。

 私には妻も子どももいませんが、親の心が子どもに通じないというのは、このようなことを言うのでしょうか。

 どうにかして彼らをしつけなければいけなくなりました。彼らをじっくりと観察し、元凶と思われるものを矯正していったのです。

 でもだめなのです。時間が経つと、根絶したはずの精神が再び現れ、同じことを始めるのですから。そして私の行ったことは、最終的に全て徒労に終わるのです。


 私が彼らを創った理由。それは母の中にある感情の奔流を私から遠ざけるためであり、決して彼らに命と共に、自由を与えるためではありません。

 そんなことをされては、母が期待していることは雲散霧消し、彼女を失望させることになるからです。

 そうなればもう私は母を防ぐ術を持ちません。これまでと同様、あるいはそれ以上の力で彼女が私に迫ってくるのは間違いないでしょう。創作は私にとって母を防ぐ唯一無二の防衛線なのです。

 それを破ろうとするものは、何であろうと排除しなければなりません。私のために。


 とうとう私は、彼らをすべて消し去ることに決めました。どんな手を使ってでも息の根を止めなければなりません。

 うろうろしようとする彼らを力ずくで押さえつけると、一斉に死への道を辿らせました。

 長い付き合いです。もちろん思い入れはありました。でもだからこそ、これは私の手で行わなければいけないことなのです。


 あるものは粛然と、あるものは見苦しくあがきながら、次々に倒れていきます。

 いかに力が強かろうと、いかに頭がよかろうと、私に敵うわけがないのです。

 必然的に私が気に入っていたものばかりが残ります。

 彼らにはせめてもの贈り物として、劇的で派手な死に様を与えてあげました。きっと満足してもらえたことでしょう。


 最後の一人が消え去り、私はこの大作に終止符を打ちました。これまでどれほどの時間をかけてきたのか、もうわかりません。

 でも後悔はありません。私は創造主として、最善のことをしてあげられたと思うのです。

 私の代わりを務められなくなった彼らに用はありません。本来なら捨ておかれるところを、わざわざ私の手で引導を渡してあげたのですから、むしろ感謝してもらいたいくらいです。彼らも暗き深淵で喜んでいることを願います。



 そして今、私は新しい創作を始めました。前回を上回る大作になる予定です。

 この前は私とは大きくかけ離れた姿のものが主でしたが、今回は私に至極そっくりです。外見のみならず精神的な面でも極力私に近づけました。

 私の代用としてこれほど相応しいものは今までなかったと思います。これを創り出すために私はこれまで長い時間をかけて、力をつけてきたのだと言っても過言ではないでしょう。

 自分で言うのも何ですが、きっと母も感激してくれると思います。それほど、この作品は完成度が高いと思っているのです。


 しかし一つ心配事があります。それは彼らを賢くしすぎたことです。

 私そっくりにしようと力を入れすぎたおかげで、彼らは非常に高度な思考ができるようになってしまったのです。

 そうなると前回の二の舞になる可能性が高いと思われます。しかも前回よりも早く動くことになりそうな、そんな不安を覚えるのです。


 ――そのときが来たら、あなたでさえも例外ではありません。


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