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9 田舎流


 どこの国の生まれかはしらんが、ピクシーといえば悪戯好きの妖精として有名だ。

 ゴーレムに並び、今やファンタジーにはつきものといっても過言ではない。

 それらにおいて彼らは一様に人を惑わす神秘として扱われる。


 一方でネズミというのは、俺のような農家にとってはたいへん馴染み深い――実に狡猾な動物である。

 高い生命力と高い繁殖力、加えて並外れた適応力。人とネズミの戦いは有史以前にまで遡る。

 俺が以前暮らしていた世界は他を寄せ付けぬほど文明を発展させたが、それでもあの畜生どもを屈服させるには至らなかった。

 驚くべきことに、高層マンションの最上階ですらネズミは生息するらしい。やつらはそれほどまでにしぶとい生き物なのだ。


 そしてその二つの名を冠する「ピクシーマウス」。

 ――なるほど、その名前に偽りなし。いっそ尊敬してしまうほどにこざかしい!


「ぐっ!?」


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  クワガワキョウスケに 盲目(弱) の効果

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 俺は慌ててその場から逃げ出し、眼球に溜まった涙が目の中の土埃を洗い流してくれるまでの時間稼ぎをはかった。

 あ、あの野郎! 逃げながら後ろ足で土かけてきやがった!


 こちらの視界が塞がるのを待っていたのだろう。暗闇の中から、ひゅんひゅんと何かの風を切る音が聞こえてくる。

 これを好機とみて、ピクシーマウスが魔法で石つぶてを飛ばしてきているのだ。

 とっさの判断で立ち止まることはしなかったために石つぶてをかわすことはできたが、こちらとしては冷や汗ものだ。

 なんせ今の俺のHPでは、あの石つぶてをあと3発ほどもらえば即死亡なのだ。


「キョースケ! しゃがむのじゃ!」


 暗闇の中からゴーレムの声が聞こえて、俺はすかさず身体を屈める。

 ひょんっ、という音が頭上からして、髪の毛が何本か千切れた。危ねえ!!


 そこでようやく目の中の異物が洗い流され、盲目の状態異常が解除される。

 野郎! 今度こそ反撃だ! ――と思って顔を上げた矢先。


「ぶっ!」


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  クワガワキョウスケに 盲目(中) の効果

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 バラエティのパイよろしく、顔面に泥の塊がぶつけられた。

 今度は目だけでなく顔全体が泥に覆われてしまう。


「くっ、くそが! ネズミのくせに……!」


 俺はツナギの袖で一気に泥を拭い取る。

 しかし立ち止まったのが悪かった。俺が泥を全て落として視界を明瞭にした時、それと同時に飛来した石つぶてが俺の額に命中。

 俺は大きく上半身をのけぞらせてバランスを失い、そのまま倒れ込んでしまったのだ。


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  クワガワキョウスケに 4 のダメージ!

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「~~~っ! ~~~ッ!!」


 頭に血が上る。

 今すぐにでも滅茶苦茶に叫びだして、あのネズミもどきを八つ裂きにしたい衝動に駆られる。

 が、俺は理性によって、なんとかそれを押し殺した。

 

 悔しいが、あのピクシーマウスとかいうやつは賢い。

 自分の小さなナリが、人間にどういう印象を与えるのか分かった上で挑発的に振る舞っている。トムとジェリーみたいなものだ。

 つまりここで怒りに身を任せればあのネズミもどきの思う壺、俺は哀れなトムと化す。それこそ人間としてのプライドが許さない。


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  クワガワキョウスケは 観察眼(初級) のスキルを習得しました

  (以降、観察眼のスキル効果によりスキルを獲得するごとにメッセージウインドウにて通知されます)

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「うるせえよ!! 今! このタイミングかよ!!」


 メッセージウインドウにキレてしまった。

 というかこの一か月間、そのへんの雑草食って生き延びてきたのに今更人間のプライドもあるかボケ!


 俺は跳ね上がるように体を起こす。

 その際に飛んできた石つぶては、体勢を低くしてかわした。

 同じ手を何度も食らうかネズミ風情が!


「キョースケ! ピクシーマウスは低級の妖精じゃ! すばしっこい上に魔法を使うが身体の小ささゆえ耐久力はそれほどでもない! 冷静に対処して隙を見つけよ!」

「分かった! 速やかにふんづかまえてバラバラにしてやる!!」

「分かっておらんではないか!?」


 ゴーレムの忠告はありがたいが、こちとら完全にトサカにきてんだ!

 ましてネズミといえば農家の敵! 捕まえた暁には二度と人間サマに逆らわないようDNAレベルで恐怖を刻み付けてから殺してやる!


 ピクシーマウスが、再度こちらに手のひらをかざしてきた。

 それに合わせて周囲の泥が盛り上がり、こちらへめがけて飛来してくる。


 この泥は目潰し用だ、ダメージの付与効果はない。

 ならば、と俺は両腕で顔をガードしながら一気にピクシーマウスへ肉薄する。

 泥の塊が両腕ではじける。俺はそのままピクシーマウスに接近すると、農作業用の長靴をピクシーマウスの頭上から振り下ろした。

 HPとか防御力とかはしらんがこれだけサイズ差があるのだ。体重を乗せて踏みつければ問答無用に倒せるはず!


 だがピクシーマウスは持ち前の身軽さでこれをかわし、逆に口を大きく開けて長靴に噛みついてきた。

 幸い、やつの牙は長靴を貫通しなかったためにこちらへのダメージは通らなかったが、俺は反射的にこれを振り払ってしまった。

 しまった……! 絶好のチャンスを……!


 ピクシーマウスもピクシーマウスで、攻撃が通らないのが分かると、すぐにまた魔法での攻撃に移行した。

 足元から無数の石つぶてが上ってきて、俺は体を反らしてこれをかわす。

 その隙にピクシーマウスは、またこちらから距離を離してしまった。


 ピクシーマウスはつかず離れずの距離を保って、べろべろと舌を出しながらこちらを挑発している。


「く、くそ……! あの野郎……!」


 こちらとしては飛び道具も魔法もないために距離をとられると厄介だ。

 だが、不用意に距離をつめれば石つぶてをもらってしまう。

 すなわちこの戦いは相当な辛抱強さが要となってくるのだが……それがじれったい!!


 しかし、すでにこちらが二発の石つぶてをもらっている。

 合計すれば8ダメージ、そして以前に見た俺の最大HPが15だったから、残りHPは7だ。

 あと二発食らえばアウトである。

 なんてもどかしい! もう今すぐにでもあいつを殺してやりたいのに、状況は俺に慎重な戦い方を強制しているのだ!


 ……いや、待てよ。

 危険な賭けだが、一つ策がないわけではない!


「……よし、見せてやる、田舎流の泥臭い戦い方を」


 俺はツナギのポケットからタワシを取り出して、それを握りしめると、一直線にピクシーマウスに向かって駆け出した。

 当然、ピクシーマウスはこれを石つぶてで迎撃しようとする。

 俺はこれをあえて避けようとはしなかった。


「キョースケ! 何を……!?」


 ゴーレムもピクシーマウスも同様に驚愕している。

 だが、俺の選択は変わらない。


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  クワガワキョウスケに 4 のダメージ!

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 俺は肩に石つぶてを受けてダメージを負いつつも、走るのをやめなかった。 

 肩にじんじんと痛みが走るが、関係ない。

 俺はすかさず握りしめた亀の子たわしを振りかぶって、ピクシーマウスに投げ放つ。


 俺には飛び道具がないとばかり思っていただろうから、これには驚いたのだろう。

 間一髪かわすことには成功したようだが、ピクシーマウスは驚愕で固まっている。


 その隙にピクシーマウスへ急接近した俺は、すかさず足を振り下ろす。

 ピクシーマウスはそれを見て我に返り、体を翻して一心不乱に逃げ出した。

 先の飛び道具の衝撃で判断は遅れたようだが、俺の踏みつけはギリギリでかわされた。


 ――ここまで計算通り。


「かかったなクソネズミ!」


 さて解説しよう。

 再三説明した通り、このテーブルマウンテンは絶えず深い霧が立ち込めている。この場所が雲の上にあるためだ。

 言い換えれば湿気がすさまじい、持ってきたタバコが完全に湿気って使い物にならなくなるほどである。

 となれば必然、この廃墟はところどころ地面がぬかるんでおり、各所に水たまりが点在する。

 今回は、ちょうどその水たまりの一つがピクシーマウスの背後にあったのだ。


「ヂュッ」


 ピクシーマウスは思惑通り、自ら水たまりに飛び込んで溺れてしまっている。

 頭のいいピクシーマウスなら普通に誘導したところでこうは上手くいかないだろう。

 だから二段構えで注意力を削いだ。人間の知恵の勝利である!


「そしてダメ押し!」


 俺は今にも水たまりから脱出しようとしているピクシーマウスを長靴で踏みつけて水たまりの中へ押し戻してやった。

 水たまりの中からボコボコと泡が立っているのを見ると、無性に胸がすっとする。


「ハッハッハ! 畜生が人間サマに勝てると思うな!」


 連続的に踏みつけることで、ピクシーマウスには魔法を発動する暇さえ与えない。

 それを何度か繰り返していると、やがて水たまりが静かになる。


「ほう」


 俺はひときわ強い力を込めて踏みつける。すると水中から大きな泡が上がり、再び足元が騒がしくなった。


「馬鹿め! 死んだフリが通用するのは都会のもやしっ子だけだ! お前らは知らないかもしれんが、俺ら田舎人に死体蹴りは当たり前! 例え羽虫であろうと潰した後に頭と羽をもぐんだよ!」

「うわあ……」


 はっきりとゴーレムのドン引きする声が聞こえてきたが、この際それは気にしないことにした。


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  クワガワキョウスケは ピクシーマウスを たおした!

   ・4の経験値を獲得

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