15 目ぇ覚ませ、バカ野郎
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クワガワキョウスケに 71452 のダメージ!
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横たわっていたところに、近藤琢磨だったモノの容赦ないサッカーボール・キックを受けて、俺の身体は天高く舞い上がった。
全身をとてつもない浮遊感が包み込み、俺は危うく夜空の星になりかける。少し手を伸ばせば星にも届きそうだ。
しかしもちろんそんなはずもなく、やがて俺の身体は重力にしたがって地上へ引き戻され、背中からぬかるみに叩きつけられる。
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クワガワキョウスケに 270 のダメージ!
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「かはっ……!」
落下の衝撃でばしゃあんっ、と泥水が噴き上がる。
――息が出来ない。全身が千切れそうだ。
痛み、と形容することすらおこがましく思われるほどの感覚が全身を支配し、頭の中が白く染め上げられる。
ぱたぱたと降り注ぐ泥水の雨の中、こちらへにじりよってくる近藤だったモノの姿が見えた。
ヤツの身体は夜の闇の中にありながら、一種神々しくもある光を纏っている。
もはや人間ではない。ヤツはチートに呑まれ、異形の怪物に成り果ててしまった。
『トラックに轢かれて死ぬ直前、拙者、正直もう何もかも嫌になったでござるよ』
近藤が一歩ずつ確実に迫ってくる。
逃げ出そうにも、身体が言うことを聞いてくれない。
『いや、本当のことを言うと死ぬよりもずっと前から、世界の全てを恨んでいたのでござる。世界はあまりにも理不尽すぎる、狂っている』
「キョースケ!! 逃げろ! キョースケ!!!」
ゴーレムが叫ぶ。
逃げたいのはやまやまだよ、でも、指一本動かないんだ。
『何故、斯くも世界とは思い通りにならぬのか。拙者はただ、自分らしく生きていたかっただけなのに、人生とは一回限りではなかったのか、何故一回きりの人生すら自由に生かしてくれぬ』
ついに目と鼻の先にまで迫った近藤が、俺の胸倉を掴んで無理やりに引き起こした。
俺は全身を襲う痛みに耐えながら「はっ」と口元を歪めた。
「40年も生きてきて気付かなかったか? お前の言う通り世界なんて理不尽だし狂ってるんだよ」
『なればこそ我は第二の生を謳歌する――否、我にこそ第二の生を謳歌する権利がある。欲望の限り、破壊を尽くす権利がある』
うざったく、しかしどこか憎めなかった彼の口調は、すでに影も形もなくなってしまっていた。
最早、女神より与えられたチートは彼自身の精神さえも侵しつつあるのだ。
「前世で辛い思いをしたから自分にはこっちの世界で好き勝手にする権利があると? ずいぶんと手前勝手な話じゃないか」
『貴様のように恵まれた者には分からぬ、我が怒り、我が無念は』
近藤が拳を振りかぶる。
彼が力を込めると、筋肉が凄まじい速度で膨張し、さながら丸太のようになる。
「テメェのことなんか分かるわけねえだろ、というか、分かられてもいいのかよ、お前の半分も生きてないヤツに」
『なに』
近藤がぴたりと動きを止めた。
俺はもはや異形の存在と化してしまった近藤に言い放つ。
「どれだけ否定しようが、お前が40年間生きた事実は変わらねえだろうが、一言で表せるぐらい深みのない人生だったのかよ。人並みに楽しんで、悩んだんじゃねえのかよ」
『……』
「人よりも辛かったんなら、なんで誇らねえんだよ。よく分かんねえやつに惨めポイントなんかでくくられる程度の苦労だったのかよ。お前は世界に否定されたような気分かもしれんがな、誰よりもお前を否定してるのはお前自身……」
それを最後まで言い終えることは叶わなかった。
近藤の鉄塊にも似た拳が、俺の顔面に突き刺さったためだ。
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クワガワキョウスケに 377214 のダメージ!
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「ぐばっ……」
俺の身体は大きく仰け反り、地面に叩きつけられて、天を仰ぐ。
今までで最高の威力――俺の体力の3分の1が、たった一撃で持っていかれてしまった。
口の中を切ったらしく、口腔内に鉄の味が広がる。
また鼻の骨も折れたようだ。つうう、と鼻から流れ出した温かい液体が上唇をなぞる。
『貴様ら成功者は綺麗ごとばかりを語る。痛みを知らぬ。不愉快だ。我の世界から、細胞の一片も残さずに消えるがいい』
「キョースケ! キョースケぇ!! コンドウとやら!! ワシを殺せ!! その男はこんなところで死ぬべきではないんじゃあああ!!」
ゴーレムが必死で叫ぶ。
今にも俺と近藤の間に割って入りそうな雰囲気だが、思った以上に近藤から受けたダメージが大きかったらしい、立ち上がることもままならない様子だ。
近藤はそれを無視して、再び俺の身体を引き起こした。
HPが100万近くあろうが、反撃もできず、ただ力任せに殴られる。今の俺は良いサンドバッグだ。
近藤が再度丸太のような腕を振りかぶる。
――考えてみればコイツも哀れなヤツだ。
理解はできないが、同情はできる。
そりゃあ、前世がそれほど辛けりゃ、異世界ぐらい好き勝手やりたいだろう。
しかし、しかしだ、前世の“近藤琢磨”はどうなる?
近藤琢磨としての辛い過去は全否定して、異世界では楽しく暮らしてやろう?
だが、痛みは知らぬ、だって?
俺にしたって、前世は決して楽しい思い出ばかりだったわけではない。
しかし、全部合わせて呑み込むと決めたのだ。
辛い過去も忘れたい過去も、まぎれなく俺の一部である。
それらをまとめて否定するということは、格好悪くも格好良く、泥の中でもがきながら生きてきた自身を否定するということになる。
それだけは、それだけはイヤだ。
『消えろ』
近藤の速く重い拳が、顔面に打ち込まれる。
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クワガワキョウスケに 368572 のダメージ!
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クワガワ・キョウスケ Lv1
農民
HP 113788/999999
MP 4/4
こうげき 6
ぼうぎょ 8
すばやさ 9
めいちゅう 11
かしこさ 15
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俺の身体は大きく仰け反り――しかしその場で踏みとどまった。
そしてそれと同時に、俺の眼前に大量のウインドウが浮かび上がる。
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クワガワキョウスケは 弩拳骨1000t のスキルを習得しました
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アクティブスキル 弩拳骨1000t
クラス「農民」、装備なし、スキル「ド根性」所持時、一撃でHPの3分の1以上のダメージを受けると発現するユニークスキル。HPが3分の1を下回った時にのみ使用可能。
攻撃力×10のダメージを与える規格外の拳骨。このスキルが使用可能な状況は相当なピンチなので、すぐに弩拳骨せんといかん。
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パッシブスキル 超野菜人 が発動しました
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パッシブスキル 超野菜人
野菜ばっかり食べてるベジタリアンの王様に与えられる称号。野菜人は死の淵に追い込まれると戦闘力が上昇する。
HPが5分の1を下回った際に発動。最大HPから現在のHPを引いた分、攻撃力に上乗せする。
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『な、なんだこれは!』
突然の事態に彼は哀れなほどに狼狽していた。
俺は右の拳を握りしめ、武骨な塊を作る。
いわゆる拳骨。
祖父の祖父の祖父の代、気の遠くなるほどの昔から脈々と受け継がれてきた戒めの鉄槌。
――目ぇ覚ませ、バカ野郎。
俺は極限まで振り絞った拳を――解き放った。
拳骨は風を切り、音速を超える。
近藤がようやくこちらに気付くが、もう遅い。
俺の拳骨が彼の頬にめり込む、肉が波打つ、顔が変形してひしゃげる。
そして生じた凄まじい衝撃波が地面を抉り、遅れて彼の巨体が吹っ飛んだ。
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コンドウタクマに 547771 のダメージ!
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さながら大砲であった。
彼の身体は泥水を巻き上げて目にもとまらぬ速さで回転し、廃墟の残骸をまとめてなぎ倒し、土煙をあげることで、ようやく静止する。
じいちゃん直伝の拳骨は、こんなふざけた世界においても圧倒的な威力を誇ったのだ。




