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14 チートに呑まれやがった


 その異常事態を呑み込むまで、しばしの時間を要した。

 というか、こんなドデカい異常、一生かかったって呑み込めるものか。

 喉に詰まらせたまま死ぬことすらありうる。


 しかし、そんな風にくだらないことを考えても目の前の数字は変わらないのだ。


 ----------------------------------------------------------------

  クワガワ・キョウスケ Lv1

 

  農民

 

  HP 999145/999999

  MP 4/4

 

  こうげき  6

  ぼうぎょ  8

  すばやさ  9

  めいちゅう 11

  かしこさ  15

 ----------------------------------------------------------------


 何度見ても、他の数値は一切変動していない。

 攻撃力も防御力も、ましてやレベルさえ、俺の記憶の中の数値と一切変わらない。

 もうあからさまにツッコミ待ちであるかのように狂っているのは、言うまでもない。


 HPが、6桁ある。

 何度見たって、6桁ある。

 指折り数えてみると、HPがほぼ100万ある。


 なんだこれ。


「ち、チート乙!!」


 オタク風の男が俺を指して叫んだ。


 ちげえよ馬鹿、俺はあのビジネスライク女神からチートの類なんて一つももらってないんだよ。だから俺もビビってるんだよ。

 いや、実はもらえていたのか?

 他の転生ものに同じく、あの女神さまが知らず知らずの内にオマケで反則的要素をプレゼントしてくれたのか?


 そんな風に思考の堂々巡りに陥っていると、ゴーレムが何かに気が付いたように「あっ」と声をあげた。


「……そうか、すっかり忘れておった。以前、おぬしに教えたことがあったじゃろう、ここは昔、この厳しい環境下で独自の進化を遂げた動植物を研究するための場所じゃったと……」

「それは聞いたが、一体何の関係が……」


 ここまで言いかけて俺も気付いた。


 そうだ、こんなものRPGなどには、つきものじゃないか。

 代表的なのは某国民的RPGの“いのちのきのみ”など、食することで僅かながら最大HPを上昇させるアイテムだ。


 俺がこの場所に来てからの1か月間、飽きるほど食ったあの毒草の数々の中にそういった役割を持つ薬草、もしくは毒草でありながらそういった役割を持つアイテムが多分に含まれていた可能性。

 はたまたあの毒々しい色をしたトカゲやカエルに、そういった役割があったのかもしれない。

 そう考えると俺の習得したスキル“野菜ソムリエ”や“超野菜人”、“ヤク(草)漬け”には、そういった効果を倍増させる効果も含まれていたのかもしれない。

 そしてそういったレアアイテムをふんだんに盛り込んだ特製サラダを毎日のように食し、スキル“邪道喰い”によって、それらを完璧に消化吸収していたかもしれない可能性に、気付いてしまったのだ。


 だとしたらチートなんてとんでもない。

 これはただ生き残るための泥臭さ極まる作業、生への執着、その蓄積が偶発的に生み出した産物だ。


「ははははは!」


「わはははは!」


 思わず笑ってしまった。つられてゴーレムも笑い出す。

 かねてから自分はツイてないツイてないと思っていたが、まさか最後の最後でこんな奇跡が起こるなんて。

 俺とゴーレムは腹が痛くなるまでひいひい笑い、その間オタク風の男は置いてけぼりであった。

 ひとしきり笑ってから、彼の方へ向き直って言う。


「さあ、俺のHPどうやら100万近いらしいんだけど、おたくどうする?」


 問いかけられて、ヤツはようやく我に返ったようであった。


「け、経験値クンが調子にライドしておりますぞwww 拙者はチートを持ち故、氏のようなクソザコナメクジ相手にならんのですがそれはwww」


 おい、ネットスラングの年代が狂い始めたぞ。キャラはしっかり持て。

 まあそれはともかく。


「へえ、じゃあやってみるか、泥仕合。お前がチート使った時のウインドウを見たが、加算されたのは攻撃力と防御力と素早さだけだったな、HPはどうだ?」

「せ、拙者のHPは53万」

「嘘吐くなコラ、HPはどうせレベル相当だろうが」

「……」


 饒舌キャラのくせに急に押し黙るな。

 全身泥だらけのいかにもなオタク風の男を詰問しているとなんか俺が悪いことしてるような気分になってくるだろうが。


「俺のHPが約100万、お前の一度の攻撃で大体850ダメージ通るとして、あと1200回ぐらい殴らないといけない計算だが、果たしてお前の体力は持つかな」

「……」

「まぁ仮に1200発俺を殴る体力があったとしよう、ところでお前は防御力にチート補正がかかっているだけあって俺の攻撃は1しか通らないが、単純に、1200回殴れば1200ダメージ通るわけだよな」

「おまいが言うなwww」

「うるせえ」

「はい……」


 途端にしゅん、としおらしくなる。


「最初に言っとくが俺は田舎育ちで体力だけは有り余ってる。加えて、お前さっきゴーレムと殴り合ってそこそこ消耗してるよな? お前の残りHPがどれほどか知らんが、やるか? 1200発殴り合い耐久」

「うぐ、ぐ……」


 ヤツはあからさまにたじろいだ。

 俺の台詞には半分ブラフも含まれていたのだが、この焦り具合から察するに“ヤツの残りHPは1200に満たない”。

 つまりもし殴り合いとなれば、ヤツのステータスがいかに高かろうと、最終的には俺が競り勝つのだ。


 彼はやがて観念したかのように力なく項垂れ、なにやらぼそぼそと語り始めた。


「……拙者、名を近藤琢磨といい、前世では何を隠そうオタクだったのでござる」

「見りゃわかるよ」

「中学生の時分、二次元世界に魅せられ、遥かなるオタク道を突き進んでいたところ、いつのまにか40代、童貞無職オマケにワキガ持ちの役満オタクとなり、家を追い出され、町を徘徊していたところをトラックに撥ねられた次第」

「……はあ」

「そして気が付けば女神空間に送られ、拙者の惨めポイントは1000を超えると宣告されたわけでござる……」

「あ……なんか、すまん……」


 そこはかとない罪悪感を覚えて、思わず謝ってしまう。

 しかし、ヤツ、もとい近藤は一体何の意図があって、このような話を始めたのだろう?

 まさか情に訴えかける作戦に出たのだろうか、いや確かに哀れだなとは思うが、こちらとしては最初からこいつを見逃すつもりであるからしてあまり意味があるとは思えないが……


 そんなことを考えていると、近藤が俯いたままなにやらもぞもぞとやっている。

 はて何をしているのかと覗き込もうとすると、ゴーレムが何かに気付いたらしい。突然に声を張り上げた。


「――キョースケ!! 今すぐその男から離れろ!!」

「え?」


 ゴーレムの言葉の意味が分からず頭の上に疑問符を浮かべていると、不意に聞き覚えのある電子音声が足元より連続して聞こえてきた。


『ボックス開放、“女愛理居崇”起動します』

『ボックス開放、“SEKAI NO HANNBUNN”起動します』

『ボックス開放、“ワーキング・オブ・ザ・デッド”起動します』

『ボックス開放、“スキル・イーター”起動します』

『ボックス開放、“デウス・エクス・マキナ”起動します』


 一体何が起こっているのか。


 それを理解する間は、残念ながら与えられはしなかった。

 突如として、凄まじい衝撃が俺の全身を襲ったのだ。


----------------------------------------------------------------

 クワガワキョウスケに 67849 のダメージ!

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 俺の身体は、さながら弾丸のように遥か彼方まで弾き飛ばされた。

 地面を派手に転がり、目に映る風景がめまぐるしく変わっていくかと思えば、やがてぬかるみの中に頭から突っ込む。

 一瞬、全身がバラバラになってしまったのではないかと錯覚した。


 痛い、いや痛いどころの騒ぎではない、訳が分からない。

 全身の各所が送ってくる激しい信号の数々に、俺の脳が対応できていない。


 しかしそんな風にのたうち回り、言葉すら忘れた俺を見下ろすのは、一体いつの間にここまで接近してきたのであろう、近藤らしき“何か”であった。

 全身の筋肉が際限なく膨張し、長く伸びた金髪は地面を引きずるほど。

 また肥大化した片目が、猛禽類のごとく爛々と輝いており、赤い光をたたえている。

 更に全身のいたるところに、爬虫類じみた鱗が浮き上がっていた。

 彼は、この一瞬で人間ではない禍々しき何かに変貌を遂げてしまったのだ。


 ――そうか。

 惨めポイントさえ足りていれば、交換できるチートは一つとは限らないのだ。


 俺がそれに気づいた時、かつての近藤だったモノはひきつった口の筋肉をぎこちなく動かして、人間離れした声を発した。


『他の転生者は無用、異世界チーレムは拙者だけのものでござる』


 近藤は肉食獣じみた表情でにやりと笑う。


 ――野郎、チートに呑まれやがった。



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