冒険4:ロキとの出会い(後)
お待たせしてスミマセン!
『魔法を教えろ』と煩いロキに、二つほど魔法を教えて何とかお引き取り願って、私は街に戻って来た。
今日も街は人で溢れかえっていて、ただ歩くだけでも、人にぶつかりそうだ。
「あっ!?」
「痛っ!」
「ゴメンよ、お嬢ちゃん! オレのボタンに、髪が絡んじまったみたいだ」
「いえ……。こちらこそ、スミマセン」
今も、すれ違いざまに男の人にぶつかって、髪が彼の服のボタンに引っかかってしまった。
人の良さそうな、冒険者風の男性。
私の髪を傷めないようにと、気遣いながらボタンに絡んだそれを外そうとしてくれる。
「本当にゴメンな? 綺麗な髪が痛まないように気をつけるからな」
「いえ……。こちらこそ、本当にご迷惑をおかけしてスミマセン……」
「可愛いお嬢ちゃんとお近付きになれたんだから、迷惑なんかじゃ……おわっ!?」
「きゃぁっ!?」
二人で何とかボタンに絡まる髪を外そうと頑張りながら、穏やかに話していたら、何故か男の人のボタンが千切れ、更にはボタンの持ち主が吹き飛ばされた。
え? 何が起こったの??
襲撃?
突然の出来事にパニックを起こしていると、私の目の前に、先程別れたばかりのロキが立っていた。
「俺様の主に気安く触るなど、その命、要らないようだな?」
ロキは私に背を向けた状態で、ジョジョ立ちをしている。言葉自体は、冒険者の男性を威嚇するような物なのに、「……指先の角度が美しくないか?」などと言って、何度もポーズ修正をしているせいで全てが台無しだ。
と、そんな事よりも!
「ロキ! いきなり何するの!?」
「モカの髪は俺様のものだと言っておいただろう? 触るやつがいれば殺す、と……」
突然の乱暴な行為に抗議したら、不思議そうに言い返されてしまった……。
そういえば、そんな事を言っていたっけ?
あの場のノリなんだと思ってたら、本気だったんだ……。
ちょっと待って!
ならロキは、この冒険者のお兄さんを殺す気で顕現してきたってこと??
それは困る!
私の所為で、何の罪もない人が死ぬとか、普通に耐えられない!!
「ロキ、あんな約束急にされたって、この人で溢れてる街じゃ生活できないよ! 髪を触られない様にするのも、目を合わせない様にするのにも準備と時間が掛かるんだよ!?」
取り敢えず、約束自体を忘れていたって事は内緒にしておこう。
私の言い訳がどの程度通じるかは解らないけれど、何とか冒険者のお兄さんの命は助けないと!
その上で、対策を練る時間の確保もする!
それに、お兄さんが吹き飛ばされたことで、何事かとパニックを起こした町の人たちは逃げ惑い、魔物が出たのかと勘違いした腕に覚えのある冒険者たちは近寄ってきているので、この場所はカオスな状態になっている。
これも、何とかしないと!
「ふむ……。人間というのは、ややこしい生き物なのだなぁ……」
私の必死な様子に、ロキは右手で左肘を支え、左手の親指と人差し指で顎を挟む様な仕草で「ふむふむ」等と言いながら頷いている。
「そうだよ! 今日は対策も何もできてなかったんだから、しょうがないんだよ! それでも、どうしても許せないって言うのなら、今日の出来事は私の責任なんだから、私が罰せられるよ!」
説得するなら今しかないと思った私は、一気にたたみかけた。
大切に手入れをして伸ばしてきた髪の毛だけど、人の命には変えられない。
私は腰ベルトに通してぶら下げていた短剣を鞘から引き抜き、自分の髪を掴んで耳元あたりの長さまで一気に切り取った。
切り取った髪の毛をロキに差し出すと、彼は口をアングリと開いて、呆然と私を見ている。
あまりの驚きに、ナルシストポーズを取ることもできない様子だ。
「はい、ロキ。長いままだと家に帰るまでに、あと何人の人に触れてしまうかわからないから……」
そう言って、ロキの胸に押しつける様にして髪の束を渡す。
そのまま、吹き飛ばされた冒険者のお兄さんの所へ行くと、大怪我をしている様子ではあるけど、命に別条はないみたいに見えた。
「お兄さん、私の所為でゴメンなさい……」
目を合わせない様にして彼に謝り、「全ての傷を光の力で包みたまえ……。治癒」と、治癒呪文を唱えて、全ての怪我の治療を行う。
「いや……、気にしなくていいぞ。何か、色々と事情があるみたいだしな……? 治癒魔法、ありがとうな、お嬢ちゃん」
冒険者のお兄さんは、そう言って立ち上がると私の頭に手を乗せようとして……、直前で何かに気づいた様にその手を降ろすと、「じゃぁな! ほら、何でもないから、皆、戻るぞ」と言って、周囲に集まりつつあった冒険者たちを引き連れて去って行った。
「モカ……」
「…………」
「モカの綺麗な髪を切らせる様な事をして、済まなかった」
お兄さんを見送りながら、ボンヤリと短くなった髪を確かめる様に触っていたら、ロキが謝ってくれた。
チラリと視線をやると、ロキは何だか『叱られた大型犬』の様な表情で、ションボリと私の髪の毛を握りしめていた。
「私が、ロキとの約束を守らなかった責任でもあるんだし、もう、良いよ……。不本意だろうと何だろうと、契約は結んじゃったんだから、もっと気をつけるべきだったんだし……」
ロキのションボリとした表情を見ていたら、攻めることなんて出来なくなってしまった。
最初からロキが『高位の精霊獣(?)』だって事は解ってたんだから、もっと彼の言葉を真剣に捉えるべきだったんだ。今回は、お兄さんが問答無用で殺されなかっただけ、良かったと考えないと……。
「今回みたいに、私の責任で約束を破ることがこれからもあるかもしれないから、これからも、例え私に触れた人がいたとしても、問答無用で殺したりはしないで?」
「解った。約束しよう……」
念押しでそう伝えると、ロキは快く了承して私の右手の平に自分の右手の親指を擦り付けてきた。
触れた部分がポワッとした光を発し、直ぐに消える。きっと、契約が更新されたんだろう。
「この髪は、俺様が貰っても良いのか?」
「良いよ。私が持ってても仕方ないものだし」
「なら、この髪のお礼に、今日は俺様がモカを家まで送ってやろう!」
ロキはそう言うなり、私を縦抱きに抱き上げてふわりと浮き上がると、高速で空を駆け、あっという間に私の家の前に着いてしまった。
初めての空中疾走は怖かったとか、なぜ私の家を知っているのかとか、言いたい事は山程あったけど、今日はとっても疲れてしまったので、何も言わないでおく。
「ロキ、ありがとう……」
それだけを伝えると、私はロキの腕から抜け出して家の中に入り、ご飯を食べることもお風呂に入る事もせずに、そのままベッドに倒れ込み直ぐに眠りに着いたのだった……。
こうして私はロキとの約束を守るため、いつもダブダブのマントを着て顔をスッポリとフードで隠しているのである。
未だに髪の長さが肩までなのは、色々と察して欲しい……。
ワイルドベアーの断末魔の声をシールドの内側で聞きながら、ボンヤリとロキとの出会いを思い出していた。
「おい、どうしたんだ? 急に黙り込んで?」
「彼の魔法が凄すぎて、見惚れちゃってる、とか?」
「誤魔化すなよ? あの詠唱の訳を教えろ」
リーダー格の剣士は私を心配して声を掛けてくれ、チャラい見た目の剣士は冷やかしてくる。そして、攻撃魔法使いのお兄さんは、詠唱の意味を聞き出す気満々だ。
「いえ、あの……。ちょっと、昔の事を思い出していたんですよ。そして、あの詠唱は、私がまだ上手く魔法を使えなかった頃、イメージを口に出して練習していたものです。……まぁ、大分内容は変わっている様な気はしますが……」
私の答えに納得したのか、皆は私からロキへと視線を戻し、彼の強さを絶賛する作業に没頭し始めた。その声が聞こえているロキは、無駄に色々なポーズをとり、己のナルシストぶりを遺憾なく発揮してくれている。
ワイルドベアーの全てが倒されたことを確認してから、私はシールドを解除し、討伐の証拠としてワイルドベアーの右手を集めてリーダー格の剣士に渡しておいた。
「はい、これ。ギルドに提出したら、調査の方の依頼もクリアーできますよね?」
「ああ、ありがとう……。今日は、君がいなければ全員死んでたよ……。ウチのメンバーが失礼な態度をとったけど、許してくれるだろうか?」
「私は、別に気にしてませんが……」
リーダー格の剣士の言葉に、チラリとロキに視線を向ける。
カッコ良い呪文と私の髪で遊ぶ権利をあげたから、『殺す』って事はまず無いとは思うけれど、何事もなく済むかどうかは判断できない……。
彼は私の視線の動きで、言いたい事を察してくれたらしく「ああ……。彼の行動は制限なんて出来ないよな……」と、同情的な瞳で私を見てくる。
ええ。なんとか人を殺さない様に誘導するだけで精一杯です。
おかげで私の髪の毛は、肩より長く伸ばせない……(交換条件で済まないときは、切り落としてロキに渡してるんだよ!)
あんな女の人のために、せっかく伸ばした髪を切るのは嫌だから、今回はロキが交換条件で納得してくれてよかったよ……。
でも、『殺さない』事に納得してくれただけだから、『何もしない』かどうかは解らないんだよねぇ……。
「モカ! この女、殺さない約束はしたけど、『何もせずに許す』とは俺様言わなかったよな?」
私の不安はどうやら的中してしまう様で、 ロキは治癒魔法使いの女の人の髪を掴んで持ち上げると、チャラい見た目の剣士の腰ベルトから剣を引き抜いた。
「あ!? 俺の剣……」
「ロキ、絶対に血は見せないでね? 約束だよ!?」
「解ってる。剣士、ちょっと借りるぞ」
剣を奪われたチャラい見た目の剣士は、自分の腰ベルトをオロオロと見つめていつロキに剣を取られたのかにも築いていない様だった。
ロキはチャラ剣士に一言告げると、持ち上げている女性の髪の毛を、ベリーショートの長さにまで切ってしまい、満足げに剣をチャラ剣士に返した。
「うわ……。これ、起きたらユイ大騒ぎするんだろうな……」
「だが、自業自得だからな。納得させるしか無い」
「……自業自得だ」
チャラ剣士は、嫌な顔で自分の剣を見ながらそう言い、リーダー格の剣士と攻撃魔法使いさんの2人は、突き放す様に言葉を発する。
どうやらロキは、私が、一番最初に罰として自分の髪を切ったせいで、それが『女性の最大限の侘びの印』だと誤解したみたいなんだよね……。
面倒くさいから訂正しなかったら、とうとうこんな事になってしまって……。
ま、いいか。
私もあの女の人にはかなりムカついたし……。
まぁ、彼女がどんな目で見られようと私には関係無いよね
リーダー剣士さんに担がれている、髪の毛をベリーショートにされていた女性を見ても、『可哀想』とも思わなかった。
この後ロキに護衛してもらいながら街に戻り、ギルドに報告したんだけど、ギルド職員のあのポカーン顏ったら。
ちょっといたたまれない気分になっちゃいましたよ……。
この時に私の個人ランクがDに上がった。
本来なら、各チームから引っ張りだこになってもおかしく無いはずだけど、私はもうパーテイーやチームに所属する事は止めようと思っている。
だって、毎回こんな問題が起こるかもしれないとか、考えるだけで面倒くさいじゃん。
それなら1人で冒険する方が、よっぽど良いと思うんだよね……。
これが、私がソロの冒険者となったキッカケの物語だったのだった。
一旦完結します。