47 消滅
リビングに戻ろうとホールからテラスの先を見れば、そこに大きな牝鹿とその牡鹿の後ろに控えるようにいる黒豹がいた。フェンリルに言われ、家の中に入れることを許可する。
牝鹿がロッテに、黒豹がマックスに近づく。
二人ともルドルフに言われるまま、契約する。あの美しい光景に皆が見惚れた。
「初めまして、至宝と共にあるあなたとなら、仲良く出来そうだわ。そうそう、名の契約はしない方がいいわ、あなたには負担が大きすぎるでしょうから」
ロッテほどの大きさになった牝鹿が、ロッテに話しかける。戸惑うロッテにフェンリルが「それで良い」と答えている。
「そうね、私のことは……フェンリル様、至宝の言葉で私のような可愛い牝鹿の名前はなんと言ったかしら?」
「ん? もしかしてバンビ?」
「そうそう、バンビ!バンビと呼んで頂戴」
あれ、私が名付けたわけじゃないよね、これ。
フェンリルが渋い顔をしている。
「リーエ、血の契約を」
ルドルフに呼ばれて振り向けば、マックスが名の契約を終わらせたところのようだ。指を噛み切り黒豹に血を与える。私の魔力が黒豹の体に消えると、猫ほどの大きさに変わった。
黒猫に見える黒豹に「どんな名前を貰ったの?」と聞けば、『リアン』と伝わる。頭を撫でてやると、すりすりしてくれた。かわいい! 首に赤いリボンを結びたい。
ロッテを見れば、プチサイズになったバンビにレオを紹介していた。
……私、名の契約してないよね。
「彼奴は小狡いところがあるのだ」
フェンリルが言う彼奴とはバンビのことだ。どうやら私はまんまとバンビに名の仮契約のようなものをしたらしい。
「バンビはなんというか、思うがままに振る舞う事がありますから、リーエ様もお気を付けください」
シュヴァルツまでそう言う。なんというか、ちゃっかりさんなんだろうな。
「そのような可愛げのあるものではない」
フェンリルが怒ってるので、「私の契りしものはフェンリルだけだよ」と言えば、いつもクールな表情のフェンリルの口角が上がった。
あの後、遅れてやって来たフェルさんとヴァルさんも無事契約を終えた。
フェルさんはシベリアンハスキーを大きくしたような黒い犬と契約し、ディナンと名付け、ヴァルさんは黒い大きなフクロウと契約し、ジャスティと名付けた。
フェルさんとマックスは自分の名前の一部から、ヴァルさんはティーナさんの名を貰ったらしい。
魔力特殊部隊のメンバーは、フェンリルとシュヴァルツの結界の挾間に一人一人呼んで契約した。
特殊部隊長さんのリッツさんは、上位である虹色の大蛇と契約し、フリッツと名付けていた。フリッツはしっとりとしたイケメンだった。しかもかなり色っぽい。流し目とかやめて欲しい。
フリッツは普段は小さくなってリッツさんの腕に巻き付いている。バングルのように見えるので、魔石に宿らずそのまま巻き付いているという。
特殊部隊長補佐のフォルクさんは山猫のハルト、隊員のユーリさんは鷲のミュゲ、同じく隊員のアルさんは牡鹿のクッキーと契約した。今回特殊部隊の人が契約できたのは隊長のリッツさんを含めて四人。なんというか、人と力あるものたちのお見合いみたいだった。
アルさんのクッキーという名は、そのままクッキーからとったらしい。披露宴の時に「なんだこれ!旨い!」と最初に叫んでいたのがアルさんだそうだ。そんなに気に入って貰えて嬉しいような、微妙なような……。イケメンをクッキーと呼ぶのは微妙すぎる。ハルトもイケメン。ミュゲはグラマラス美人だ。
武力隊のうち、海上隊にいる魔力の大きな者も契約できないかと、マックスから提案された。海上隊は船を操る上で魔力を必要とするため、少なからず魔力を持つ者がいるという。
この時点でルドルフ一家と魔力隊上層部だけの機密にはしておけないと、直系王族のみに魔獣との契約を公開することになった。すると当然、直系王族の中にも契約を望むものがあり、契約する代わりに入隊が課せられることとなった。
これにより新たに王族護衛専門の部隊が編成された。
今までは武力隊と魔力隊の混成チームが交代で護衛していたらしい。新たに立ち上げられた護衛隊の長にはおじいちゃんが就任した。
海上隊からはテオさんが大鴉のゼールと、ヴァルさんの弟のフォルさんが黒馬のクリスと契約した。フォルさんはおじいちゃんの下で働くことになった。ゼールは知的な濃い灰色の瞳に黒髪のイケメン、クリスは優しそうな茶色の瞳に黒髪の美女だった。
寿命が長いはずの力あるものたちが、人と契約して寿命が短くなるのはいいのだろうか。
「我らは長き時を生きるが、終わりは突然来る。この世に必要とされなくなった時が、我らの寿命となる。いつその時が来るかは誰にも解らぬ。それゆえ我らは必要とされなくなることを恐れる」
「ある日突然死んじゃうって事?」
「我らの死は、人の死と同じではない。我らの死は消滅である。この世に現れて数日で消滅するものもあれば、人の生ほどで消滅するものもいる。我やシュヴァルツのような上位は長きを生きるが、いつ消滅するかは解らぬ。それゆえ契りを望む。契りしものはその契約者がいる限り消滅を恐れること無く生きることが出来る。これほど穏やかなる時は嘗て無いことよ。我らにとってはかけがえのない時であろう」
フェンリルが穏やかな顔で教えてくれる。
寿命が短くなるよりも、消滅に怯えない時の方が貴重だというのは分かるような気がする。毎日怯えながら生きるのはさぞかし疲れることだろう。怯えながら長い時を生きるより、穏やかに短い時を生きる方を私も望む。
「あれ? でもグラウはもうすぐ寿命だって言ってたよね。それは?」
「あれは世に惜しまれた稀なるものだ。それゆえ消滅までの猶予がある。人の時にして二十の巡りほどだろうか」
「世に惜しまれるかぁ。すごいんだね、グラウって」
「グラウの心は稀に見る清らかさ故、世が惜しむのだろうよ」
どうもフェンリルたちは、私の中では魔と言うよりは聖という感じだ。フェンリルと出会ったときにも大神だと思ったくらいだし、グラウなんてまさに聖女だ。シュヴァルツは天馬だし、鷹のゴルトや鷲のミュゲ、大鴉のゼールも神の鳥と言われていた。フリッツの大蛇は言うまでもない。
「フェンリルたちはなんだか神様みたいだね」
「我らにとっては我が主の方が神のようだ」
「この世界に神様っている?」
「信仰の対象としての神は、人が勝手に作りだしたもの故、実際には居らぬ。だがそれに近い存在は居るやも知れぬな」
確かに神という存在はこの世界にはない。それだけは解った。




