45 悶々
ティーナさんからお呼びが掛かった。
どうやらロッテのゴッドハンドを試したいらしく、ロッテも一緒に私室に転移して構わないと言う。
ツアさんやロッテの手前、私が直接転移するのは控えた方がいいだろうと、ルドルフの執務室からルドルフの転移でティーナさんの私室に連れて行って貰う。帰りも自分を呼ぶよう、ティーナさんに念押ししていた。
「私には内緒にしているなんて、酷いわリーエ」
どうやらエルさんやティアさんに公務の間に聞かされたらしい。とても自慢されたのだそうだ。拗ねたように言うティーナさんが妙に可愛い。
「罰としてロッテはツアにそのゴッドハンドを伝授してちょうだい」
いつの間にかゴッドハンドで通じている。
ロッテを見れば、眉を下げ困った顔をしていた。ロッテとしては普通にマッサージしているつもりなのだから、伝授と言われても困るのだろう。だがあの手つきにあの指使い、あの力加減をゴッドハンドと言わずなんと言おう。
ティーナさんにマッサージをしながら、ロッテなりの伝授をツアさんにしている横で、私は信用できる孤児院を紹介して貰えないかと、ティーナさんに聞いてみた。例のクッキー販売計画だ。
「そうね、それなら……」
ティーナさんはそう言ったきり、ロッテのゴッドハンドに蕩けてしまった。
蕩けて話せなくなってしまったティーナさんに、クッキー販売計画を話す。蕩けていても聞くことは出来るようだ。
私がティーナさんに話しかけているのとは別に、ツアさんがロッテに話しかけている。
「ロッテは正式にリーエ様の女官長になったのでしょう?」
「はい、お二人の婚儀と共に」
「じゃあ、リーエ様のことも?」
「はい、教えて頂きました。ですが元々リーエ様は私には隠すおつもりがなかったようですから……」
ツアさんも随分砕けた気がする。
以前だったらティーナさんの前でロッテと私語なんてしなかったと思う。
ティーナさんもそれを許している辺り、ツアさんとの絆を感じる。それとも私室では元々こうだったのかも知れない。
ジークとロッテは、私たちの婚儀と同時に正式に侍従長と女官長になった。侍従長はさておき、女官長と言っても私に仕えてくれているのはロッテだけなので、申し訳ない気がする。
「じゃあ、忠誠も?」
「ジーク共々ルードルフ様には誓っております」
「リーエ様には?」
「それがまだなのです。ルードルフ様が頃合いを見てと仰ったきりで……」
二人は話しながらも手をしっかりと動かし、合間合間に秘技の伝授をしている。
ティーナさんにクッキー販売計画を話しながら、ロッテたちの話にも耳を傾ける。
「お忘れではなくて?」
「どうでしょう」
「ルードルフ殿下はリーエ様に対してアレですものね」
「はい。ですので判断が付かなくて……」
……アレって何だ?アレって。
「ティーナ様はどう思われます?」
ツアさんが聞いている。
「そうですねぇ。ルードルフが何も言わないのなら放っておけばいいのではないかしら。ルードルフはリーエに対して手抜かりはないでしょうから、何か考えがあるのかも知れません」
「ティーナさん、忠誠ってなんですか?」
ティーナさんに聞いてみれば、嘘偽りなく真心を持って尽くすという、契約とは違う純粋な誓いらしい。ただ、その誓いに体内の魔力が反応して、誓いに背くと体調が悪くなったり、程度によっては死に至るそうだ。
「そんな怖い誓い、しなくていいよ」
「ですが、それではいざ命を預けて頂く場面では躊躇されかねません」
「裏切られるかもって、信用できなくて?」
「はい」
私の言葉にツアさんが応えてくれる。
「うーん。でも私、ロッテのことは命を預けられるくらい信用してるし、信用できるって解ってるし。わざわざそんな怖い誓いなんてしなくてもいいかなぁ。だいたい、信頼関係って強制されるものでもないと思うし……。」
うーん、と悩んでいたら、ロッテが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「ロッテ? どうしたの?」
「リーエには忠誠の誓いは必要ないようですね」
「え? はい、必要ないですが……。ロッテ、顔変だよ。大丈夫?」
ティーナさんが穏やかに言えば、ロッテが嬉しそうに笑ってくれた。
「ロッテは良い主に恵まれましたね」
「はい!」
ツアさんが、ロッテの肩を優しく撫でながら言う。
「ロッテ、ごめん、もしかして忠誠の誓いって、しないと女官仲間に苛められたりするの?」
「いいえ、リーエ様。むしろ大いに自慢できます。忠誠の誓いを以てしても、信じて頂けないこともありますから」
「え? そうなの? そんな怖い誓いまでしてるのに?」
「はい。ですので、誓わずとも信じて頂ける私は、とても幸せです」
本当に嬉しそうにほわんとロッテが笑う。
「そっか。うん、なんか、よかった? かな」
思わず首をかしげた私を見て、ティーナさんが声を上げて笑った。
「さあ、ロッテ、続けてちょうだい」
「は、申し訳ございません」
休めていた手を再び動かし始めたロッテは、本人の言うとおり幸せそうだ。
私の信用程度で幸せになれるなんて、ロッテの幸せは安上がりだ。
「そうそうリーエ、先ほどのクッキー販売計画ですが、私に少し考えがありますので、預けて貰えますか? お金が目的ではないのでしょう?」
「はい。ではお願いします」
「ええ、任せて……」
そう言ったきり、ティーナさんは再び蕩けた。
ちなみにティーナさん、マッサージが始まってからずーっと素っ裸だ。堂々と素っ裸だ。
しかも。とても五人も子供を産んだとは思えない、その子供が三十を超えているとは思えない、素晴らしすぎるスタイルなのだ。
以前一緒に露天風呂に入ったときも、お湯越し、湯煙越しだったが、スタイルの良さに感動したのだが、今回はばっちり目の前で堂々と披露されている。
何をどうやったらそんなスタイルを保てるのだろうか。そんなスタイルだから堂々としていられるのだろうか。もしやこの世界の人は味同様、羞恥心も薄いのだろうか。王族は羞恥心など感じていられないと聞くが本当だろうか。でも私もロッテに対しては「ま、いいか」って思っているので、私も羞恥心が薄くなっているのだろうか。いや、ロッテ以外は恥ずかしい。恥ずかしいことはたくさんある。
悶々と考えた。悶々と考えていたら、いつの間にかルドルフが迎えに来てくれていた。
家に帰って、こそっとルドルフに聞いたら、王家の人間は恥ずかしいと感じるより前から、身の回りの一切を他人がしてくれるので、あまり気にならないそうだ。子供の頃は用を足した後のお尻の浄化までして貰うらしい。
ルドルフも学校に入るまでは、裸を見られても恥ずかしいと感じたことがなかったそうで、ジギスさんに散々からかわれたらしい。未だに思い出したようにからかわれると言う。
なるほど。ルドルフの羞恥心はジギスさんに作られたのか……。なんか複雑。




