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乙女ゲームに転生した冷静生徒会副会長のヒロイン観察日記  作者: 高天原ヒロ


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第十六話 ヒマリへ、まさかのラブレター!?

大きな歓声と熱気に包まれた体育祭から数日。

あれほど賑やかだったグラウンドも、今ではすっかりいつもの姿を取り戻していた。

体育祭は大盛況のうちに幕を閉じ、生徒たちはそれぞれの日常へ戻っている。

そして生徒会もまた、次の仕事に追われる日々へと戻っていた。


「ただいま戻りましたー!」

生徒会室の扉が勢いよく開いた。

先頭に立っていたのは、両手いっぱいに箱を抱えたヒマリだった。

その後ろには、斗真と良樹も続いている。


「各学年の目安箱、回収してきました! 今回は一年生の箱も、いっぱい入ってますよ!」

ヒマリは嬉しそうにそう言うと、抱えていた箱を机の上へ豪快に置いた。


ドサッ!


「お、おい。もう少し丁寧に置けよ」

凌が眉をひそめる。

「大丈夫ですよ! 中身、紙ですから!」

「そういう問題じゃねーだろ。」

ヒマリは気にする様子もなく、一年生用の目安箱を開けた。

中から出てきたのは、大量の封筒だった。


「わぁ……!」

机の上に広げられた封筒を見て、ヒマリが目を丸くする。

「すごい! ほんとにいっぱい入ってます!」


色とりどりの封筒。

可愛らしいシールが貼られたものもあれば、丁寧にリボンで飾られたものもある。


「……これ、生徒会への意見箱ですよね? ほとんどラブレターじゃないですか?」

良樹が封筒を手に取りながら、呆れたように呟いた。


「体育祭のあとやからなぁ。みんな、テンション上がったんちゃう?」

環季がニヤニヤしながら封筒の山を眺める。


「……にしても、多すぎるだろ。」

凌も思わず眉をひそめた。


その中でも、ひときわ多く集まっていたのが――斗真宛ての封筒だった。

「水川先輩宛て、すごく多いですよ!」


「え?」

斗真が少し驚いたように目を瞬かせた。


「斗真、えらい人気もんやな〜。」

環季が楽しそうに笑った。

「でも、あれは仕方ないで! 男の俺が見ても格好良かったしな!」


凌も腕を組みながら頷く。

「……確かに。斗真にあんな顔があったなんて、知らなかった。」


斗真は少し照れたように笑った。

その笑顔は、体育祭の応援演舞で見せた表情とはまるで違っていた。

「僕も知らなかったよ。自分が……あんなに熱くなれるなんて。」

斗真は少しだけ遠くを見るように、窓の外へ視線を向けた。

「みんなの演技を見てたら、僕も頑張らなきゃって刺激を受けたんだ。」


環季が、そんな斗真をじっと見つめる。

「……にしてもあのギャップは、ずるいわ〜。」


「でも、ギャップと言えば――」

ヒマリが、ふと思い出したように声を上げる。

「ソノ先輩も凄かったですよね!」


「私ですか?」

ソノが顔を上げる。


「ほら、この目安箱のラブレター!」

ヒマリは封筒の束を持ち上げた。

「ソノ先輩宛ても、すごく多いんですよ!」


ソノは、その封筒の山を見て苦笑した。

「気持ちはありがたいんですけどね……。」


凌がソノを見る。

「まぁ、確かに。あのチアダンスは凄かったもんな。」


あまりにも率直な言葉にソノは、一瞬だけ目を見開いた。

「会長が褒めるなんて珍しいですね。」

「は?」

「まぁ、その言葉……今日は素直に受け取っておきます。」

ソノは、少しだけ楽しそうに微笑む。

「……そーいうとこ、ほんと可愛くねー。」

凌が顔をしかめる。

「ラブレター出したやつも、見る目ねーな。」

「はいはい。」

ソノは、まるで慣れたやり取りのように肩をすくめた。

「会長に可愛いと思ってもらわなくても結構ですから。」


そう言うと、ソノは自分宛てのラブレターを手に取った。

けれど、封を開けることはない。

差出人の名前を確認することもなく、そのまま封筒を静かに折りたたみ、鞄の中へしまい込んだ。


その仕草が、ほんの少しだけヒマリには不思議に思えた。

普通なら、少しくらい読んでもいいのではないだろうか。

けれどソノは、まるでラブレターそのものに何の興味もないように見えた。


(ソノ先輩って……)

ヒマリは、ちらりと凌を見る。

そして、もう一度ソノを見る。

(やっぱり……凌会長のことが好きなのかな?)


生徒会に入った時から、なんとなくそう思っていた。

二人の距離感。

遠慮のない言葉のやり取り。

ソノが凌に向ける、どこか特別な眼差し。

ヒマリは首を傾げる。

(……でも凌会長は、全然気づいてなさそうだけど……。)


「おい、ヒマリ!」

「ひゃっ!?」

突然の大声に、ヒマリは肩を跳ねさせた。

「な、何ですか!?」

凌が一通の封筒を持ち上げている。


「ヒマリにもあるぞ。」

「……え?」

「ラブレター。」

「ええっ!?」

生徒会室に、ヒマリの驚きの声が響いた。

「私に!?」

「ほら、ちゃんと名前書いてある。」

凌から封筒を受け取る。


ヒマリは恐る恐る封を開けた。

『ヒマリさんへ。いつも、あなたのことを見ています。気持ちを伝えたいので、放課後に校舎裏に来てくれませんか?』


「……。」

ヒマリは、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「……誰からだろう?」

差出人の名前は、どこにも書かれていなかった。

日付は、今日になっている。

「全然、身に覚えがないんだけど……。」


「ヒマリも隅に置けへんなぁ。」

環季が、面白そうに口元を緩める。


凌は訝しげに手紙を覗き込んだ。

「この手紙、いたずらじゃねーよな? 差出人の名前がねーのがあやしいけど……。」


「ヒマリさんも、体育祭では目立ってましたからね。」

ソノは、ふむ、と納得したように頷いた。

「好意を持つ人が現れても、不思議ではないと思いますよ。」


「確かに……。」

斗真も苦笑する。

「自分の競技以外でも、引っ張りだこだったしね。」


「ど、どうするの……ヒマちゃん?」

良樹が、不安そうにヒマリを見る。


「……うーん。」

ヒマリは、手紙を見つめる。

(やっぱり……無視するのは良くないよね?)

「どういうことか、話を聞きたいし……。」

ヒマリは顔を上げた。

「とりあえず、校舎裏に行ってみるよ!」


「えっ? 本当に?」

良樹がすぐに反応する。

「うん!」

ヒマリは元気よく頷いた。


ちらりと時計を見る。

時刻は、午後四時を少し過ぎたところだった。

手紙の指定された時間は書かれていない。

今なら、まだ相手が待っているかもしれない。

ヒマリは手紙を大切そうに持ったまま、生徒会室の扉へ向かった。


「じゃあ、すみません! ちょっとだけ行ってきます!」

「おい、ヒマリ! 一人で大丈夫か?」

凌が呼び止める。

「はい。もし誰もいなかったら、すぐ帰ってきますから!」

「……。」

凌が何か言おうとしたが、ヒマリはその言葉を聞く前に、元気よく扉を開けた。

そのまま、生徒会室を飛び出していく。


バタン。

扉が閉まる。

生徒会室に沈黙が落ちた。



校舎裏には、誰もいなかった。

「……あれ? ……誰も、いない?」

ヒマリは、きょろきょろと辺りを見回した。

「もう帰っちゃったのかな?」

ヒマリは首を傾げた。

「それとも……いたずら、だったのかな?」

せっかく勇気を出して来たのに、少しだけ肩透かしを食らったような気持ちになる。

ヒマリは小さく息を吐いた。

「ま、いっか!」

誰もいないなら、生徒会室に戻ろう。

そう思って踵を返した――その時。


「ヒマリさん。」

背後から声をかけられ、ヒマリは振り返った。

そこにいたのは、三年生らしい女子生徒が三人。

腕を組み、まるで最初から待ち構えていたかのような視線を、ヒマリへと向けていた。


「……あの、何か――」

「ほら。やっぱり来た。」

ヒマリが言い終える前に、一人の女子生徒が吐き捨てるように言った。

「男の子から呼び出されたら、何の疑いもなくノコノコ来るんだ。」


「……え?」

ヒマリが戸惑っていると、別の女子生徒が苛立ったように続ける。


「水川くんに環季くん。それに、凌会長まで……ずいぶん仲がいいみたいよね。」

「一年生の大嶌くんとも、よく一緒にいるの見かけるし。」

「生徒会の立場を利用して、あちこちの男の子に近づくの……やめてくれる?」

女子生徒たちは、ヒマリを値踏みするように上から下まで見た。


その言葉を聞いた瞬間、ヒマリはようやく理解した。

この手紙は、最初から誰かに告白されるためのものではなかったのだ。

(なるほど……。あの手紙は、そういうことだったのか。)


ヒマリは三人の女子生徒を見つめながら、妙に冷静な自分に気づいていた。

怒りよりも先に、納得がきたのだ。


「すみません、先輩方。そういうつもりはなかったんですけど……。嫌な気持ちにさせてしまったのなら、ごめんなさい。」

ぺこりと頭を下げる。

「確かに私は、生徒会のみんなのことが大好きなので……。先輩方から見たら、そういうふうに見えるかもしれないですね。ご指摘ありがとうございます! これからは、勘違いされないように気をつけます!」


あまりにも素直な返答に、三人は逆に言葉を失った。

「……あなた。それ、本気で言ってるの?」

「はい!」

ヒマリは迷いなく頷いた。

「……ただ、一つだけ訂正してもいいですか?」

「何よ……。」

「私が先輩たちに色目を使っているっていうところです。」

「ほら! やっぱり、自分は悪くないって言いたいんじゃない!」

「いえ! そうじゃないです!」

ヒマリは慌てて首を横に振る。


「水川先輩も、滝沢先輩も、凌会長も、ソノ先輩も、よっちゃんも……みんな、本当にすごい人たちなんです。

だから、仮に私が先輩たちに色目を使ったとしても、それだけで簡単になびくような人たちじゃありません!

……そんなふうに思われるのは、先輩たちに失礼だから。」

「……っ」

三人の女子生徒が、ぴたりと黙った。


「先輩方も……ずっと生徒会のみんなのことを見ていたなら、分かってくれますよね?」

「……な、何よ。あんたに言われなくても、そんなことくらい分かってるわよ……!」

「良かったぁ! 先輩方も分かってくれるんですね!」

ヒマリは、ぱっと顔を輝かせた。


「私も、いつか生徒会のみんなと肩を並べられるような人になりたいんです! みなさんに認めてもらえるように、私もっと頑張ります!」

そして、満面の笑みを浮かべる。

「だから、これからもどうか私のことを見ていてください!」

「……!?」

「もし私がおかしなことをしてると思ったら、ちゃんと教えてください。」

にこにこと、悪意など欠片もない笑顔。

三人の女子生徒は、完全に言葉を失っていた。



「……ぷっ」

校舎の角。

物陰から様子を見守っていた環季が、とうとう口元を押さえた。


「ちょっと……環季。」

斗真が小声でたしなめるが、その肩も小刻みに震えている。

「いや、だって……っ。謝ってる思うとったら、いつの間にか相手を説得しとるんやもん……。」


「ヒマちゃん、すごい……。」

良樹は目を丸くしたまま、ぽつりと呟く。

「僕だったら、あんなこと言われたら……泣いちゃうかもしれないのに……。」


「……泣かせようとしてた相手の方が、今にも泣きそうだけどな。」

凌が腕を組んだまま、ぼそりと言った。

その視線の先では、三人の女子生徒が完全に勢いを失っている。


「これなら……大丈夫そうですね。」

ソノが静かに口を開いた。


凌は、しばらく黙っていた。

最初は、ただ心配だった。

匿名の手紙で呼び出されて、嫌な予感がした。

だから様子を見に来た。

何かあれば、すぐに助けに入るつもりだった。


――だったのだが。

「……だな。」

凌は、苦笑混じりに息を吐いた。

「……行くぞ。」


「えっ? 声かけないんですか?」

良樹が驚いたように尋ねる。

「今行ったら、あいつ絶対『みなさん、見てたんですか!?』って騒ぐだろ。」

「……確かに。」

斗真が苦笑する。

環季が踵を返す。

「俺らは何も見てへんかったことにしよ。」

「……そうですね。」

ソノも静かに頷いた。


校舎裏では、ヒマリが今も三人の女子生徒と向き合っている。

けれど、その表情に怯えた様子はない。

むしろ、いつものように明るく笑いながら、何やら熱心に話していた。


「……ほんと、変なやつ。」

凌は小さく呟くと、苦笑混じりに息を吐いた。

「さて。戻って、来月の生徒会合宿の計画を立てるぞ。」


「ええなぁ。ほな俺は、使える予算を洗い出しとくわ。」

環季がくるりと踵を返す。


「じゃあ、僕は候補になりそうな場所を確認しておくね。」

斗真も穏やかに微笑んだ。


「では、私と良樹くんは、どんなレクリエーションができるか考えましょうか。」

「はい! 楽しみですね!」

ソノがそう言うと、良樹がぱっと顔を輝かせる。


「ああ。」

凌は短く答え、一度だけ校舎裏へ視線を向けた。


そして生徒会メンバーは、何事もなかったように歩き出す。

――来月に控えた、生徒会合宿へ向けて。

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