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滝の王国の悪役令嬢 ――ある修行僧の再来  作者: 南蛇井


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滝庁の終焉と新しい秩序

春の霧が王都を覆い、滝の音が日々を包むようになった頃――。

 王宮の中庭では、一枚の布告が静かに読み上げられていた。


 白い石壁に響くレオン王の声は、どこまでも穏やかだった。

 激しさも、悲壮もない。ただ、深く澄んだ水底のように。


「――本日をもって、『滝庁』を解散する。」


 群衆の中にざわめきが走ることはなかった。

 その決定は、あまりにも自然だった。

 誰もが心のどこかで、すでにそれを知っていたのだ。


「滝はもはや、制度ではない。

 それぞれの胸の中に流れるものだ。」


 王の声が霧の中に消える。

 政庁の廊下では、職員たちが湿度計を壁から外し、

 記録帳を閉じ、最後の印章を封じた。


 湿度計の針は、永遠に“0”を指したまま動かない。

 けれど、それを見つめる誰の胸にも、確かに“流れ”があった。


 滝庁の旗が降ろされる。

 その布は湿ってもおらず、乾いてもいなかった。

 ただ、静かな風にたなびき、陽光を柔らかく返していた。


 リュカはその光景を遠くから見つめ、微笑んだ。

 彼は官職を辞し、書斎の奥にこもって一冊の書を編み始める。

 題は『沈黙史稿』。

 それは、滝が止まり、人々が言葉を失い、

 やがて再び声を見いだした日々の記録だった。


 インクは薄く、文字は滲み、ところどころ読めない。

 だが彼は筆を止めず、静かに書き続ける。


「水は思想の記憶。

 沈黙こそ、すべての始まり。」


 一方、詩人セシルは広場を離れ、

 毎朝ひとりで滝の前に立ち、何も書かず、ただ耳を澄ますようになった。

 その姿を見た子どもたちは「滝の番人」と呼んだ。


 彼のノートには、ただ一行だけ書かれている。


「言葉は、水に還るために生まれる。」


 やがて、王都の通りには、

 どこからともなく柔らかな水音が漂いはじめる。

 それは人々の生活の中に溶け、

 市場の笑い声や、子どもの足音の奥で、

 まるで誰かが祈るように静かに流れ続けた。


 滝の庁舎は廃墟となり、苔が壁を覆う。

 だが、その沈黙の中に、

 新しい秩序――“聴くという生き方”が芽吹いていた。

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