第二十四話:そんなに安いんすか?
あの後、俺は詩音をベンチに残し、近くの自動販売機に向かった。
残念ながら見慣れたメーカーの物はないけど、どこか名前をもじった飲み物達が見られるのはちょっと面白い。
日も随分傾いて少し肌寒くなってきたし、ラインナップにまだホットが残っているのは助かった。
とりあえず俺のはこれで。詩音のは……これでいいか。
立て続けに二本の飲み物を購入した俺は、自動販売機からそれらを取り出すと、足早に彼女のいるベンチに戻った。
「ほら、これ。熱いから気をつけてな」
立ったまま俺が差し出したのは、ホット烏龍茶のペットボトル。
この間のカラオケで冷たいやつを飲んでいたし、間違いはないだろうと思ってのチョイスだ。
「ありがとうございます。お金は──」
「奢り。膝枕代ってことで」
有無を言わせないよう間髪入れずそう返すと、詩音は少し驚いた顔をした後にくすっと笑う。
「僕の膝枕って、そんなに安いんすか?」
「え?」
あ。しまった!
「あ、いや。ごめん。安いなんて思ってないから。この後も色々奢るつもりだし」
「……まったく。先輩。冗談っすよ。冗談。ほんと真面目なんすね」
「そ、そんなことないって」
バツの悪い顔で頭を掻いた俺に、彼女はまたくすくすっと笑う。
そういうお前も気遣いができすぎだろ……なんて言ってやりたかったけど、それをいうのも野暮かと思い、俺はそのままベンチに座った。
「いただきます」
「ああ」
ペットボトルの蓋を開けた詩音が、ペットボトルの口からゆっくりと烏龍茶を口にする。
俺も自分用に買ったミルクティを開けると、ごくりと一口飲んだ。
じんわりと体の中に感じる温かさ。こういうのを感じる度に、ここがゲームの世界だなんて信じられなくなる。
そういえば、あの話を聞いてみるか。
俺は彼女が烏龍茶を飲み、ほっと一息吐いたのを確認し声を掛けた。
「なあ、詩音」
「なんっすか?」
「いや。俺って、いつの間に膝枕されてたんだ?」
さっき聞きそびれたことを尋ねてみると、詩音は少し苦笑する。
「えっと、僕がここに着いてすぐですね」
「すぐって、何時頃だ?」
「確か二時くらいっす」
「え? じゃあ俺、お前に二時間以上膝枕してもらってたのか!?」
「そうなりますね」
そりゃ、彼女も足が痺れるわけだ。
それはそれで悪いことをしたな。
「ほんとごめん。寝てたとはいえ、全然気づかなくって」
「いいっすよ。別に嫌じゃなかったですし、僕もうとうとしてましたから」
「そうか。ちなみに俺、どんな感じでお前の膝を借りる事になったんだ?」
「え? あ、その……」
続けた質問に、急に歯切れが悪くなる詩音。
焦りにも似た何かを感じるけど、どういう事だ?
「もしかして、俺が勝手に倒れたのか?」
「え、ええっと。そう! そうっす!」
彼女はうんうんと頷いてるけど、ぎこちなさが隠せていない。
何かを必死にごまかしているようにも見える彼女の反応に、俺の疑念が強くなる。
俺が詩音の膝に勝手に倒れた。それは普通にありえる……いや、待てよ。
寝落ちする前の最後の記憶。
それは俺がベンチの背もたれに寄りかかり、空を見上げていた姿だ。
もし詩音が隣にいたとして、いきなり太腿に寝転がるなんてこと、流石に起こらないんじゃないか?
あの姿勢からうとうとして寄り掛かったんだとすれば、肩を借りる事になるのが自然だろうし。
だけど、結果として膝枕をされていた。
つまり……。
「お前。まさか俺のために、わざわざ膝枕になるよう寝かせてくれたんじゃ……」
「えっ!?」
導き出された答えを突きつけると、詩音がぎくっとする。
そのリアクションこそ、間違いなく図星だって証拠。
「当たりか?」
「……先輩、鋭いっすね」
俺の念押しに観念したのか。彼女はあっさり事実を認め苦笑いする。
「おいおい。そこまでしなくても、すぐに起こせばよかったろ」
「いいんすよ。先輩も気持ちよさそうに寝てましたし、待たせたのは僕の方なんで」
苦笑いを崩さないものの、どこか気恥ずかしそうな詩音。
何となく隠れた気持ちに気付いた俺は、顔が熱くなっていくのがわかった。
確かに、彼女の気遣いはあるとは思う。
だけどここまでの反応を見れば、詩音がそうしたかったからこそ率先して動いたのは明白。
好感度がなかったら許されない行動だからこそ、そこにあったであろうあいつの好意を理解してしまう。
しかも、俺は彼女に寝顔を見られてたってことだろ?
どんな顔をしてたかわからないってのもあるし、何なら変な寝言とか言っていた可能性だってあるわけで。
頭の中で、膝枕で気持ちよさそうに寝ている俺を見つめる詩音──ってこれ、めっちゃ恥ずかしい状況じゃないか!
しかも、寝心地の良い膝枕の柔らかさもまた背徳感を……とか考えてるんじゃない!
相手はリアルな俺と十才以上年下だぞ! 変な気は起こすな!
内心悶えそうになる気持ちを必死に堪え、感情をごまかすべく手にしたミルクティをがぶ飲みすると、俺はベンチから立ち上がって大きく伸びをする。
「あ、足の痺れはどうだ? 少しはマシになったか?」
敢えて振り返らずそう問いかけたのは、顔が赤いのを見られないようにしたから。
俺の今の状況をを知ってか知らずか。後ろから靴で歩道をトントンと踏む音が何度かした後。
「そろそろ大丈夫そうっす」
そんな詩音の声が耳に届いた。
流石にずっと顔を見ないわけにもいかないよな。まずは深呼吸してっと……。
「そうか。じゃあ、時間も勿体ないし、遊びに行くとするか」
「はい。よっと!」
振り返った俺に頷いた詩音は、ちょっと勢いをつけてベンチから立ち上がる。
単純な動きなんだけど、そこにしなやかさを感じるのは、やっぱり陸上をしてるからなんだろう。
っと。彼女に見惚れている場合じゃないな。
「さて。どこに行く?」
俺がそう問いかけると、彼女は何故かきょとんとする。
「え? 先輩、兄貴にあそこまで言ったのに、何も考えてなかったんすか?」
……言われてみれば。
予想外の指摘に、俺はまた頭を掻いた。
あの時は残念そうな詩音を見てるのが嫌で行動を起こしたけど、計画性があったかといえば別。ただ、こんな顔をされたって、勿論答えはひとつだけ。
「悪い。全然考えてなかった」
バツの悪そうな俺を見て、詩音が大げさに肩を竦めた。
「まったく。先輩、兄貴より頼りないじゃないっすか」
「ゔ……」
正直否定はできない。
考えてもみろ。俺は外見こそ若いけど、実際は颯斗より十は上。
それなのに、結果として俺はただ感情の赴くままに行動しただけ。こっちの急な願いを受け入れ行動してくれた颯斗のほうが、よっぽどしっかりしてる。
「ほんと。先輩って真面目っすね。今のも冗談っすから、真に受けるの止めてください」
こっちがあまりに素直な反応を見せたせいか。詩音が笑いながらそう言ってくれたけど、正直心当たりがありすぎて冗談に聞こえないのは、俺がネガティブ過ぎるせいなんだろうか。
とはいえ、ずっと気落ちしているのもな。
「悪い」
「いいっすよ。その代わり、この後どこに行くか、僕が決めてもいいっすか?」
「正直何も考えてなかったのは事実だから、その方が助かるよ」
「わかりました。じゃ、行きましょっか」
「ああ」
こっちよりよほど頼りがいのある詩音に素直に頷くと、俺達は並んで公園の外に歩き出した。




