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閑話 紗央莉!!

「なんで政兄が...」


 紗央莉の前に座る政志。

 二年と三ヶ月ぶりに見る義兄の姿に胸が熱くなると同時に突き刺す様な痛みも感じる紗央莉。


 紗央莉は義理とはいえ、政志の事が昔から大好きだった。

 いや、今もまだ愛しているのだ。


 母の再婚で突然出来た義兄。

 まだ二歳だった紗央莉にとって、それはうまく理解出来る物ではなかった。

 政志は義妹の紗央莉を可愛がり、彼女も次第に懐くようになっていった。


『...政兄、大好き』

 成長するに従い、紗央莉の気持ちは兄に対する物ではなくなり、異性としてに変わって行く。

 そんな気持ちの紗央莉に、政志は距離を取るようになっていった。


『おい紗央莉...』

 政志は背中に抱きこうとする紗央莉を優しく押し止めた。


『どうして?政兄は私の事が嫌いになったの?』


『そんな訳無いだろ、大切な妹じゃないか』


『...うん』


(大切な妹)

 政志の言葉に紗央莉は苦しみを覚えた。

 政志は兄、しかし血の繋がりは無い。

 それならば何故?

 そんな気持ちだったのだ。


 そして数年後、決定的な出来事が起きた。


『彼女が出来たの?』


『ああ』


 中学二年になった政志に恋人が出来た。

 その時、紗央莉の心が壊れ始めたのだ。


 相手は政志がしていた野球部のマネージャーで一つ年上の中学三年生。

 紗央莉にとって全く知らない女、向こうからの告白だった。


『なんで?どうして私じゃないの?』

 苦しむ紗央莉。

 何故自分や、幼なじみの史佳では無いのか。

 相手が史佳だったなら、ここまで悩んだりしなかった。

 ずっと史佳は政志が好きなことは知っていたし、史佳も紗央莉が政志の事を好きなのは知っている。


 それなのに、政志は見ず知らずの女を選んだ。


『分かった、良かったね政兄...』


 笑顔で祝福する紗央莉、その瞳に光は失われていた。


『私も恋人が出来たの』

 数週間後、紗央莉は政志に言った。

 相手は紗央莉の同級生。

 以前から紗央莉に好意を寄せている男だった。


『...そっか』

 政志の言葉に僅かな寂しさを感じ取った紗央莉。

 その違和感は直ぐに知る事となる。


『政志、彼女と別れたんだって』


『本当に?』


 史佳から知る、政志の失恋。


『ええ、なんでも二股だったんですって』


『へえ...』


 嬉しそうに史佳が言った。

 また元の通りになれる、そんな気持ちだったろうが、紗央莉は違った。

 なぜなら、男と歩いていた紗央莉を偶然見た政志の視線に昂りを感じていた。


『...もっと苦しんだら良いのよ』

 政志は嫉妬している、歪んだ感情は紗央莉の闇を加速させた。


『また彼女が?』


『ええ、相手は美由紀よ』


 数年後、史佳から政志に新たな恋人か出来たと教えられた。

 池尻美由紀は知っていた。

 違う男から政志に乗り換えた女。


 もう紗央莉は止まらなかった。


 家に恋人を連れて来たり、たまたまを装い、キスを見せつける。

 もう紗央莉は完全に狂っていた。


 当然男は躊躇う、その度紗央莉は次々新しい恋人を見つけ、その行為はエスカレートして行った。


『...何をしている?』


 決定的になったのは政志が大学に進む為、家を離れる前日だった。

 最後の荷物を取りに来た政志に紗央莉は男との行為を見せつけたのだ。


『ごめんね、もう私は先輩の物なの...』

 男の胸に顔を埋め、紗央莉が呟いた。

 相手は池尻美由紀が以前付き合っていた男。

 最後まで捧げるつもりは無かった紗央莉だったが、男によって洗脳状態になり、全てを許してしまっていた。


『...そっか、幸せにな』


『え?』

 政志から返って来た言葉は紗央莉の予想と全く違っていた。

 嫉妬に狂い、すがって来ると信じていた。

 その時こそ、政志を許し受け入れたら恋人になれると考えていたのだ。


『待って!』

 閉められた扉に紗央莉が叫ぶ。

 しかし振り返らず、政志は去っていった。


 その後、政志は一度も帰郷していない。

 洗脳の解けた紗央莉は男と少し揉めたが、直ぐに別れる事が出来たのは幸いだった。

 失意の紗央莉、だが政志を探す事は無かった。


 出来なかったが正解だろう。


 ようやく自分のして来た事が、いかに愚かであったかが分かったのだ。


『...もうおしまい...こんな穢れた身体じゃ政兄とは...』

 高校を卒業した紗央莉は瞬華女子大へと進学する。

 近くには政志の通う大学がある。


『探したりしないよ、でも偶然会う事があれば...』

 そんな気持ちだった。


 そして、今日。

 大学の友人から強引に誘われ、参加した合コンで政志と再会したのだった。

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