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EP266 今、やるべき事 <☆>


 満天の星の下、吹雪征夜は(まなこ)を開いた。

 霧散した鬱屈は使命遂行の志へ転化し、暗闇の大宇宙へ突き進む推進力と化した。


 着地とともに駆け出し、ひたすら進む。

 征夜には、今やるべき事が分かっていた。


「ハゼルを殺したのは……誰だ……。」


 荒ぶる鬼神は屈強な両足でタイルの小道を踏み砕き、直進する。

 今、為さねばならない事は、もう分かっていたのだ。


~~~~~~~~~~


「良いですか! あなた方は、神の慈愛を理解する必要があります!」


「神ぃ?」

「腹減ったよ姉ちゃん~。」

「神理解すっから飯くれよぉ~。」


「良いでしょう! まずはご飯です! それが済んだら私の話を聞くのですよ!」


 リリアナは今、監獄に居た。

 外の喧騒から隔たれた暗夜と寒波の世界で、彼女は聖職を遂行する。

 放り込まれた犯罪人を特殊能力で裁判し、神の赦しを説く。それが、彼女の使命。

 炸裂した爆発音と、鳴りやまない悲鳴。地響きのごとき大騒乱すらも、彼女の使命感の前では取るに足らない些事であった。


「食べたら眠くなっちゃたよぉ。」

「もう寝ていいだろぉ?」

「おひょひょひょひょ~。」


「仕方の無い方たちです! 明日も尋問しますからね! ごはんばっかり食べてはいけませんよ……!」


「ほぉ~い!」


 椅子に座り、手枷足枷で拘束された囚人と向かい合い、対話を試みるリリアナ。

 対面するのは先刻の虐殺――ハゼルも含めて皆殺しにされた虐殺の後、征夜によって生け取りにされた者たちだ。


 炊飯器に手を伸ばし、炊き立ての白米を取り出す。

 看守を兼ねているとは思えない聖職者の慈愛は、緊張感の無さとも思えた。


 ……自分が接している相手が、何なのか。

 本当に分かっているのだろうか。


「おい。」


「ひっ!?」


 肩を叩かれ振り向くと、そこには男が立っていた。

 音も無く扉を開け、足音をさせず忍び寄り、吐息を漏らさず背後に立つ。据わった眼も合わさり、その立ち姿は無機質な殺し屋に近かった。


「あ、いらしたんですね吹雪隊長! どうなさいましたか?」


「君が尋問を?」


「はい。 そうです。」


「何か吐いたか?」


「いえ、吐くというか……そういった拷問は人道に反して」


 表情が怪訝に歪む。

 ゴミを見る目に一瞬変わって、すぐに無感情に戻る。

 征夜はため息すら吐かずに、リリアナに期待する事を諦めた。


「……どけ。」


「きゃッ!」


 腕を振り、乱雑に払い除ける。

 込めた力は強くないが、動作には鬱陶しさが滲む。


「聞きたい事は少ない。 眠いのはお互い様だ。 さっさと終わらせよう。」


「待ってください! 乱暴な事をするのは良くな、ん"ぇ"ッ!」


 押し除けたリリアナの椅子に座り、囚人と対面する。

 慌てて制止する彼女を手先で練った風圧で吹き飛ばし、壁に押し付ける。


「今、上を飛んでる奴に心当たりはあるか? 翼の生えた奴だ。」


「つ、翼……?」


「知っているんだろう?」


「し、知らない!」


「吐かないと……どうなるか。」


 囚人の顔色が変わる。

 囚人には片手が無かった。

 その手を落としたのが誰か、やっと思い出したらしい。


「5……4……」


「待てよ! おい!!!」


 征夜は拳を振り上げた。突風を纏わせながら、絶後の殴打を予感させる。

 3……2……1……と、有無を言わさずカウントダウンが継続される。秒読みのたびに増す威力のボルテージが、囚人を圧迫する。


「……本当に知らないか。」


 目を見開いて怯えるばかりで、頑なに喋ろうとしない囚人。

 見るからに、命を張る忠誠心があるタイプではない。本当に知らないのだと考え、征夜は拳を収める。


「どこの国から来た。」


「傭兵……ただの……チンピラだよぉ……。」


 情けない涙目を晒しながら、男はトボトボと答える。

 真っ直ぐと見つめる征夜の目には、怒りも同情も宿っていない。


「クライアントは?」


「女……女だ……名前は確か……」


 征夜には、答えがすでに分かっている気がした。


「セレスティアナ……バイオレット……。」


 つい先ほど、出会った女。

 あの時感じた不快な感覚は当たっていた。この者たちの上にいたのは、あの女だったのだ。


 そして、征夜は苗字を聞いて、やっと思い出した。

 あの髪、あの目、あの声。セレスという名前。……体格と年齢が一致しないので、分からなかった。

 だが、紛れもなく、あの女は――。


「あの人の……母親。」


 セレアティナ=バイオレットの母親。

 体格も雰囲気も、娘より一回り幼く見える。

 しかし、その名前は以前聞いていた。セレア自身の口から、自分を()()()()()()()()()()()母親だと。


 征夜には、その認識が正しいとは思えなかった。


「どうして……こんな暴力的なことをするんですか?」


「暴力かどうかは俺が決める。 お前の承認は要らない。」


 掌で練って押し出す風圧を、尋問終了と同時に止めた。

 壁に拘束されていたリリアナが、ずけずけと征夜に詰め寄る。何をやっているのか理解できない、と言いたげに。


「俺は1人でも構わない。

 俺は――俺が正しいと思った事を信じる。」


 今、何よりも大切なのは、この戦争犯罪人を問い詰め、さらなる暴虐を防ぐことだ。

 ハゼルは親の仇を追っていた。その果てで徒に命を奪われ、尊厳を弄ばれたのだ。征夜にとって、何よりも許せない悪がそこにいる。


 セレスティアナがハゼルの親の仇で、ハゼルを殺したのは違う奴。この者たちの上司は前者。

 この世界に、始末するべき二つの巨悪が蠢いている。その事実を確認できたのは、征夜にとって収穫だった。


「俺は聖職者じゃない、ライダーでも、医者でも、教師でも、警察でも、消防士でもない。」


 かつて見た夢の続きに、自分はいない。

 誰かに押いられた役割も、砕け散った夢のカケラも、今の自分を決めない、誰も救えない。


「俺は軍人でもない。」


 昨晩、勇み立ち、花と卓を囲んで書いた新品の入隊届すら。

 今の征夜には、書き捨てたインクの染みとしか思えなかった。


「俺は吹雪征夜だ。 今はまだ、他の何者でもない。」


 その幹に埋まっているばかりの偶像を求め、道行く人が手を伸ばす大樹。

 今の征夜に出来るのは、その像が数多の期待を背負うに相応しい物であることを、願うのみであった――。


アルファ版

https://www.alphapolis.co.jp/novel/115033031/542612062/episode/10402076


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