第十三章 向暮楊風(十四)
天長七年は、参議小野岑守、大納言良峰安世と台閣で要職にあった人間が相次いで亡くなった年だった。そして、比較的安定していた台閣は、にわかに入れ替わりの時期を迎えた。
「な―――何と?」
今や台閣の頂点に立っている左大臣藤原緒嗣は、思わず顔を上げてまじまじと大納言三守を見つめる。
「源信どのを、参議に?」
源信は神野の息子である。臣籍に下っているため参議になること自体には問題はない。
緒嗣が驚いたのは、信の年齢だ。
「信どのは、まだ御年二十二歳ですぞ。それを参議とは―――あまりにも早すぎましょう」
「ええ、確かに異例のことです」
三守は認めた。
「これも、院の御意向か」
「はい」
「三守どの」
緒嗣は渋い顔になる。
「一体、どうなされた? 院は一体何をお考えなのだ」
実は年の初めにも、同じく神野の息子で二十歳の源常が従三位という高い叙位を受けている。参議になってはいないものの、従三位といえば、大納言、中納言に当たる位だ。
今、皇族を台閣に送り込んでおかねば、手後れになる―――そんな危機感を、神野は抱きはじめている。
藤原良房は、昨年から東宮亮として正式に東宮御所に出仕を果たしている。かつての神野と冬嗣を思い出させるような関係だが、一つだけ、決定的な違いがある。
それは、神野が冬嗣に対して保ちえた自律性を、正良が持っていないということである。このところ、両者の接近は著しい。だがその関係は、二十七歳の良房が二十一歳の正良に対して、むしろ庇護者のごとくふるまっているように神野には見える。
正良は、弱い。
若かりし頃の神野に似て、色白の美男ではあり、芸術面の才はどうやら受け継いでいるらしい。しかし、政治的な力量はあまり受け継がなかった様子である。二十歳となった今でも、自分で判断し、責任を持って行動するという態度がまるでない。
嘉智子の方は、それだからこそ余計母性本能というか、保護欲をかきたてられるらしい。恒貞親王と道康親王は嘉智子にとってもどちらも孫であるが、彼女は明確に正良とその子道康びいきである。
しかし、神野はそうではない。恒貞びいきだというわけではない。ただ、少なくとも神野には、藤原氏に―――臣下に操られる帝、というものはあってはならないという意識がある。
既に神野は皇族の経済的な基盤を強化する意味で、親王が国司となる任国を定めたり、皇室財政に当てるため専用の田を朝廷命令として開墾させたりといった措置を取っている。―――無論、それらは帝である大伴からの命令として出されているのだが。
そして、親王としての地位を与えられず、臣籍に下った者たちは、官人として積極的に登用していく。それは、正良が即位し、良房がいよいよ本格的に台閣に進出してくるその前に、それを押さえうる勢力を台閣に作っておくということでもあった。
「わたしに出来ることは、そのくらいだ」
苦い口調で、神野は三守に語っている。
「良房は間違いなくまつりごとの表舞台に出てくる。帝や皇族の地位の安定の為にも、その力は必要だ。だが、呑まれてはならぬ」
それが冬嗣との関係の中で、神野が常に保とうとしてきた均衡である。藤原氏との協力と拮抗―――婚姻によって結びつきを強めること、そして源姓を与えたいわば「源氏」を、対抗勢力として台閣に送り出すこと―――
だが、微かな予感が神野を捉える。
「ささやかな抵抗かもしれぬ。地位を与えることは出来る。だが、それをどう生かすかは、全て彼ら次第なのだからな―――」
翌天長九年が明けてすぐ、源定が十八歳にして従三位に叙位され、十一月の除目(人事発表)では、常が居並ぶ八人の参議を飛び越して中納言に昇った。極めて急速に、源氏は台閣に食い込んでゆく。
「院、少々焦りすぎてはおられませんか」
さすがに三守が危惧を表明するほどだった。だが神野は、
「主上は右京の別邸―――淳和院を整えつつあるという。治世十年に達する今、譲位は近いかもしれぬぞ」
と言って、少し厳しい表情で、この忠臣を見つめたのである。




