第十三章 向暮楊風(一)
恒世親王急死の報が内裏に届いたのは、天長三年(八二六年)五月一日のことだった。陽は、もう傾きかけている。
「うわああっ!」
仁寿殿に、悲鳴が上がった。
喚いているのは、大伴である。号泣している。
「ああ、恒世、恒世……!」
「お心をお鎮め下さい」
必死の体で言ったのは、二十四歳の蔵人、藤原長良である。冬嗣の長男だ。色が白く、細面で、真面目そうな印象を受ける男である。
恒世は三年前中務卿に任じられていた。仕事中に、突然血を吐いて倒れたのである。まだ二十二歳の若さだった。
大伴は泣き叫んだ。
帝を父に、桓武帝と皇后のひとり娘高志内親王を母に持つという、極めて高貴な血筋。それなのに、帝位につくこともかなわなかった。
そして、その死が自然死でないことを気づかぬほど、大伴は鈍くはない。その未来が閉ざされていることを知りながら、闘う力もなく、守りぬく気概もなく、いつかくる「この日」を、ただ恐れ続けてきた大伴である。
泣くことのほかに、この孤独な帝に出来ることはない。
いや、ただひとつだけ―――
長良の手を振り払い、よろよろと大伴は承香殿に向かう。
「あなたっ……!」
部屋に入るや、腕の中に飛び込んできた正子を、大伴は強く抱いた。正子との間には、今ではもう第二子、基貞親王も生まれている。
正子は、まさか恒世が殺されたとは思っていまい。それが哀れで、そして息子が哀れで、自身も惨めで、大伴はただ泣いている。
正子がその心情を理解することはありえない。だが、それでも同じ恒世親王の死への悲しみ、それだけを互いを結びつけるよすがとして、二人は孤独なまま、抱きあってただ泣き続けた。
☆
「―――兄上」
校書殿の控えの間に戻った長良を待っていたように、寄ってきた者があった。長良の二歳年少の弟で、同じく蔵人の良房である。やはり色が白く、顔立ちはよく似ているが、こちらの方が若干肉がついている。そして実直な雰囲気の兄と異なり、どちらかといえば、祖父内麿の若かりし頃はこうだったのではないか―――と思わせるような抜け目なさを感じさせる、そんな男である。
「主上の御様子は?」
沈痛な表情で、長良はかぶりを振った。両手で顔を覆う。
「痛ましくて、とてもわたしには見ていられない」
「ええ。まったく……。恒世親王はお身体が弱くておられたとはいえ、まだお若くてあられたのに」
神妙な顔で、良房は相槌を打つ。だが、その眼はどこか冷たく、兄の沈んだ白い顔をうかがい見ていた。




