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第十一章 遊糸繚乱(六)

 部下というよりも、盟友である。神野の地位が安定してからは最大の協力者であると同時に、それぞれの目標を胸に持つ好敵手でもあった。血のつながりこそないが、冬嗣にとっては異父弟であり、神野にとっては異母兄である安世を通して知り合ったことで、肉親の情に似たものすら、抱いて―――あるいはひょっとすると、抱きあって―――きたのである。

 しかし、自分を見る神野の眸を、ごくたまにではあるが、疎々し気な、あるいは煩わし気な色がチラリと掠めることに、冬嗣は気づいている。それは一抹の淋しさを冬嗣の胸に呼び起こすのであるが、ある程度、仕方のないことだ、と彼は割り切っていた。

「―――冬嗣」

 しばらく沈黙していた神野が、不意に口を開いた。

「そなたは、不満に思うのだろうな」

 冬嗣は一瞬沈黙する。そして静かな口調で言った。

「理由を、お聞かせ願えませんか」

 神野は眼を閉じた。

「……疲れたのだ」

「主上―――?」

 切れ長の眼が、冬嗣をじっと見据えた。

「高志の死は―――事故ではないな、冬嗣」


          ☆


 春の風が、ふわりと空間をわたってゆく。

 一瞬、冬嗣は息を呑んだ。だが、口を開かないままに、静かに神野の眸を見つめかえす。




「主上は、ひょっとすると譲位をお考えなのかもしれません」

 嘉智子が言ったのは、年が改まる前のことである。

 神野との結びつきもさることながら、嘉智子の姉であり三守の妻である安万子、三守の姉であり冬嗣の妻である美都子、といった人脈から、冬嗣は嘉智子にも近い。しかも、現在の尚侍は美都子であり、そのことによっても後宮に強力なパイプを持っている。

 譲位、ということは、冬嗣も言ったように、新たに東宮を立てねばならない。

 正良親王か、恒世親王か―――

 いずれにつくかと問われれば、冬嗣は迷うことなく正良親王に与する位置にある。

 恒世親王の最大の後盾は、大伴よりも、むしろ気性の激しい高志内親王である。高志内親王は異母姉にあたる高津内親王を追い落とし、皇后位に昇りつめた嘉智子を、

「卑しい血筋の、高慢な成り上がり女」

と常日頃軽蔑していた。彼女もまた安殿に似て、人の好き嫌いが非常に激しい性分であった。その存在が、正良親王を立太子させるための大きな障害となっていた。

 正良親王を立太子させるためには、その彼女を除きさえすればほぼ事はなる。むしろ、恒世親王を除き、そのあとすぐに正良親王が立太子するよりは、まだ世間の疑惑を逸らしやすい。

 神野が都を離れた隙をついて、冬嗣はそれを実行した。人を使い、事故を装って高志内親王を殺害したのである。かつて桓武不在の虚をついて、種継暗殺が行われたように―――

 隠し通そうと、冬嗣も強いて思っていたわけではない。ただでさえ人並み外れた直観と洞察力を持つ相手なのである。

 かつての早良親王と安殿や、神野と伊予親王との関係と同じ、互いの存在そのものが危険なものとなる緊張関係が、今再び生じている。勢力争いのただ中で、じっと状況を見据え、慎重に身を処し続けてきた神野―――その彼が、感じとっていないはずはない。

「……このところ、共にゆっくりと話す機会もあまりなかったな」

 久しぶりに旧い友人と会った―――そんな何気ない口調で、神野は言った。冬嗣は黙って、頭を下げた。

 向きあえば、どうしても政治的な思惑がちらつく。それを思うと、自然に行き来は疎遠になりがちだった。

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