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クリスマス・リサイタル  作者: 舞夢
7/13

コンクール当日

ついにコンクール当日となった。


出番を待つ史にいろんな思い出がよみがえってくる。


幼い頃の両親との幸せな生活。


今は教授となったピアニストの厳格ながら温かみに満ちた指導。


突然の両親の死。


訳が分からないままに迎えた葬儀や相続。


自治会の人々の心無い言葉で、思い出の深い両親と住んだ実家を売り払ってしまったこと。


後で短慮だと思ったこともあるけれど、どうしてもあの時の自分では、そうする以外に道は無かった。


それについては、死んでから両親に謝ろうと思った。


その後、分譲マンションに転居した。


高校二年生から、音大に通い、春奈と出会った。


教授の指導以上に春奈に会うことが楽しみだった。


ほとんど心の中では、春奈に会いに行くことだけを考えていた。


そうかと言って、春奈に恋心を感じているわけではない。


春奈に対して感じるのは「恋心」というより、「憧れ」である。


「憧れ」の人が自分と一緒にいてくれる、自分に対して微笑んでくれる。


それだけが、史にとって幸せな時間だった。


ショパンがニュアンスを込めて弾けないことも大きかった。




「恋がわからないとショパンは弾けない」


奇しくも、母も春奈も教授も同じようなことを言った。


しかし、そのショパンが弾けないのだから、恋などまだまだと史自身が思っていたのである。




「あ・・・」


気がついた時は、史の前の出場者がステージに出て行ったところである。




「どうしよう・・・」


史も、少しずつ緊張が高まっている。


必死に教授に言われたことを思い出す。




「他の人の演奏など聞かないでいい」


「案内のアナウンスがあったら、ステージに出てお辞儀して、ピアノを弾くだけ」


「史君は、どうなっても崩れないまでの練習をやってきた」


「今回というか、今の若手で史君以上に正確に弾ける奏者はいない」


「それについては、私だけではない」


「審査員も全員、承知している」


「史君の最終地点はここじゃない」


「あくまでも、通過点さ」


「来年の後半からはヨーロッパのコンクールに出る」


教授は、何も心配はいらないといった表情で最後の練習を終えた。




春奈もほとんど同じようなことを言った。


「さっさと一番取って、今日はお祝いしましょう」


「うん、先生と史君と他のお弟子さんと一緒に」


「もう、せっかくだから大パーティーにしないと」


「予約もしてあるんだから」


そう言って春奈はにっこりと微笑んだ。




ついに史の出番となった。


教授と春奈の言葉を思い出してからは、心が落ち着いた。


特に、大パーティーで春奈と一緒になれるという期待が大きかった。


今までは「練習」で春奈と一緒にいることが出来ただけである。


練習以外で、春奈の笑顔を見ることが出来る。


史にとって、目の前のコンクールの演奏よりも、その方に心が踊っていた。




案内のアナウンスがあり、ステージに出た時も、何も緊張感が無かった。


客席の中段に座る教授や春奈やお弟子さんたちに軽く会釈も出来た。


そして苦労を極めた練習の通り、我ながら完璧に演奏を終えることが出来た。




演奏を終えると、まさに万雷の拍手に包まれた。


コンクールの結果も、教授の言葉通り、一位に選出された。


ここで両親の言葉が心によみがえって来た。




「コンクールに出て入賞して、有名になって・・・」


表彰の時、突然両親の顔が、まぶたに浮かんだ。


少し涙が浮かんだけれど、必死にこらえた。




コンクール当日の日程を全て終え、着替えてロビーに出ると教授と春奈が待っていた。




「おめでとう」教授


「うん、よく頑張ったね」春奈


「これから大パーティーだ」教授


「お弟子さんも全員来るって」春奈


教授も春奈も、本当に嬉しそうな顔である。


史にとっては、二人の嬉しそうな顔が、コンクールの結果以上にうれしかった。


途端に緊張感もほぐれた。




「あら、史君、泣いている?」


突然、泣き出した史の手を春奈はそっと握った。


「うん、わかるよ、大変な練習だったもの」


教授も少し涙ぐんでいる。


「ありがとうございます、本当に子供の頃から・・・」


史は涙が大粒になっている。


「いやいや、本当に史君のご両親との約束が、果たせたよ」


「僕も安心した」


教授も泣き出した。




「さあ、みんな待っているから」


春奈の声で史と教授は、やっと歩き出した。




そして、その日のパーティーは史と教授、春奈にとって、本当に幸せな時の始まりとなった。

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