アーシャへ。
アーシャへ。
ターシャやリリアたちにペンを持たされて、もうかれこれ半日は経つ。だというのに、僕はいまだになんて書けばいいのか迷っているよ。でも、時間は刻々と迫っている。だから、思い付いたことから書いてくことにした。変な文になってしまっても、許してほしい。
君はいつだって笑っていて元気で、僕は心のどこかで先に死ぬのは自分だと思っていた。だからだろうか。君がもう二度と目覚めないだなんて、信じられないんだ。今にも君が「嘘よ、冗談よ。こんなことに騙されるなんて、クリスったら馬鹿ね」って言ってベッドから起き上がるんじゃないかと思っている。でも、何度確かめても君の手は冷たくて、僕の愛した柔らかさは感じられないんだ。アーシャが死んだら、僕はどうしたら良いんだろう。ターシャは一緒に暮らそうって言ってくれてるし、リリアも寮を出て家に戻っても良いって言ってくれている。フリシャやゴーンは僕と暮らしたらあれをしたい、これをしたいって色々言ってくれるし、リラはなにも言わずに君にそっくりな味の紅茶を淹れてくれてね。僕たちはなんて素晴らしい子供や孫に恵まれているんだろうと感じた。でもね、でも。僕はそれでも君が居ない生活を上手く思い描けないんだ。
思えば、僕たちが会わなかった最長記録は君が首都に就職して、僕が後を追いかけるまでの三ヶ月だ。その間だって何度も手紙や荷物のやりとりをしていた。今だから言うと、僕はその三ヶ月間ですら君が傍に居ないことを寂しく思っていた。毎晩寝る前にアーシャがくれた手紙を読み返しては、君が僕が居なくても楽しそうな様子に会った事すらないお屋敷の人々を見当違いにも恨んだものだ。
それが、もう会えなくなるなんて。声を聞けなくなるなんて。こんなことって無いだろう。僕は君が居ないとどんな顔をすれば良いのか、どんな声で話せば良いのか、分からない。今にも呼吸が止まってしまいそうだ。
アーシャ。僕の愛おしい人。僕の唯一無二の奥さん。
こんなに愛しているのに、一人でさっさと先に行ってしまうだなんて、なんて酷い人だろうね君は。でも君のことだから、きっと天国で笑いながら僕のことを待っていてくれている気がするよ。そうして後からやって来た僕を見て、僕の大好きな笑顔でいつものように抱き締めてくれると思う。
不幸なことに、なんて言ったら君は怒るし子供たちは悲しむだろうけど、僕はまだまだ元気で、君に天国で会うまでにはもう少し時間が掛かりそうだ。仕方ないから、君が居ないこの首都で頑張って生きてみようと思う。君はこの首都が本当に好きだったからね。天国で君に会った時に沢山土産話ができるように努めるよ。だからアーシャも、僕がそっちに行くまでに、僕が初めて首都に来た時みたいに色んな素敵なものを見つけておいてくれよ。そうして、そっちで会ったらまた二人で暮らそう。それまでは、暫しのお別れだ。僕もいい年だ。それくらい我慢してみせるよ。
愛しのアーシャ。
君の手紙はいつだって僕に幸運を運んで来てくれて、僕を幸せにしてくれたよ。だから、この手紙で君にも幸運が、幸せが訪れることを祈ってる。
それじゃあ、また会う日まで。
手紙と共に幸運を。
君の夫のクリスチアーノより。
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「アーシャ!」
「クリスチアーノ!」
多種多様、色とりどりの花々が咲き誇る地界から天界へのガーデンアーチの前。数刻前に届いた知らせを胸に抱き、一人の女性がそわそわと立っていた。
そこに大量の手紙を束ねたものを持った青年が現れた。二人は互いの姿に一瞬目を見開くも、次には満面の笑みでお互い駆け寄り抱き締める。
「手紙を沢山書いて持ってきたんだ」
「嬉しい! 手紙が幸運を運んできてくれたのね!」
「なんだ、僕がオマケなの?」
「まさか! あなたはオマケなんかじゃないわ。私の大好きな旦那様よ!」
寿命から解き放たれた天界。二人がいつまでも幸せに暮らしていくのは、また別のお話。
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おわり