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「もう、間違えない。」


箱庭は消えた。もうこのゲームにシナリオは存在しない。

その場合、用意されたキャラクターはどうなるのだろう。Characterとはよくいったものだ。彼等に個人も人格もあったものではないのに。


総じて、創造された二次元的人物像は、社会に対して不適切だ。そんなもの“現実”にいれば適合できるはずがない。どんなにらしいモノを作っても、現実と虚構はそれだけで超えられない大きな壁がある。___ならば、虚構のみで作られたこの世界は?


わたしもまた、ひとつの虚構として存在しているこの現実では、キャラクターは駒ではなく一個の人間キャラクターとして当然の如く扱われる。人生に定められたどうしようもない期間をもつ彼等は、その先でどうやって生きていくのだろう。


ここで少し、既に壊れてしまった箱庭について思い出そうと思う。

箱庭の名前は『楽土高校』。地元の公立高校で、それなりに広大な敷地と設備をもつマンモス校だ。


そこには冴えない1人の男子高校生が通っていた。仮に彼をA男としよう。

彼はそれまでの引っ込み思案な自分を乗り越え、華々しい高校デビューを飾るつもりでいた。だがそんな彼の破天荒な行動は、いつしか彼の求めていたものとは正反対の日常を彼に齎すことになる。


そんなA男と関わることになる幾人かの同性は、いずれも人目を引く異才だった。


やなぎ孝仁たかひと

橙の瞳に、茶色の髪。ノンフレームの眼鏡を愛用している生徒会長。高校開港以来の天才。


石丸いしまる帯人おびと

金の目に、緑の髪。無敗の名を欲しいがままにする喧嘩王。


鬼灯ほおずき静城しずき

蒼の目に、黒の髪。無口無表情がデフォルトの暴走族のリーダー。


瀬島せじま美都みと

灰の目に、赤の髪。方言が口調的なクラスのムードメーカー。


四方しほう羅門らもん

紫の目に、桃の髪。すわ女性と見間違える愛らしい少年。


瀬島美都と四方羅門とは校内ですれ違うことはあっても、言葉を交わしたことはほとんどない。特に四方羅門は遠目から一度お目にかかれたくらいだ。彼はもとより高校にほとんど顔を出さない上、自分が気に入ったものとしか喋らない。


綾織紗重は、A男がこのうちの1人…鬼灯静城と深く関わると頭角を露にする。…わたしが生きていられるのは、A男が彼と“添い遂げ”なかったこともあるのだろうか。今となっては、確認する術もないが。


(この世界は、その延長線___?)


できるのなら、会いたい。

あの、名もなき主人公に________。








「____先日、セントリーパークで起こった爆破事件に関して進展はなく…警察は、更に捜査範囲を広げ、事件の解明に全力を尽くすと会見でコメントを___」


まだしっとりと濡れる肌にシャツを纏う。スラックスを寛げたまま、ステンレススチールの時計を腕に回す。今朝のトレーニングを終え、汗を流すためにシャワーを浴びてそれほど時間は経っていない。髪から滴る雫は既に冷め切っていて、学生の時よりも隆々と鍛えられた身体を無造作に滴る。


そうして朝自宅をしていると、不意に足元から声があがった。見れば、小さな黒い毛球が全身を逆立てていた。その眼前には幾つかの水滴が落ちており、それが彼女の行く末を遮ったらしい。


その様子に、彼はくすりと笑みを零した。大きな体躯を曲げ、掌でひょいと毛玉を掬い上げる。すると毛玉は___黒毛の幼い子猫は、ようやく安堵する温度に寄り添え心地良さそうににゃあと鳴いた。ぺろぺろとまるで母親に甘えるように彼の指を舐めるすがたに、クスクスと笑う。


「くすぐったい、__“サエ”」


サエと呼ばれた猫は、にゃあと鳴いた。

先日、彼が仕事中に保護した子猫はよく彼に懐いた。命を救ったのが誰か解っているのか、子猫は彼に従順だ。身体にところどころ巻かれた白の包帯は目に痛いが、そうして無造作に自分の身を投げ出してくれる様は彼の心を癒してくれた。彼もまた、サエと名付けた子猫に酷く甘いのだ。


「さあ仕事だ、行ってくるよ」


髪とそろいの、濃緑のネクタイを締めジャケットを羽織る。まだ下ろして間もないくせに大分くたびれてしまったスーツを叩き伸ばして、足元にすがるサエの首根っこを掴んだ。そっとソファの上に転がしてやり、TVを切る。玄関に向かう彼を引き止めるようにサエが鳴いた。彼はそれに律儀にも振り向くと、どこか泣き出しそうな顔で言った。


「___頼むから…“今度”は何も言わずにいなくなってくれるなよ」

「にゃあ」

「…行って来ます、」


がちゃりと、残された部屋に錠の落ちる音がした。




いまさら隠すつもりはない。わたしは鬼灯静白が好きだった。

自分を壊す存在と知っていながらも、彼に惹かれずにいられなかった。つややかな黒髪に、薄い氷のような透き通った蒼の瞳。すらりと長く鍛えられた体躯が、黒光りするバイクに跨る様はとてもクールだった。無口で無表情だったけれども、不思議と恐いというイメージは受けない。むしろそれさえ、彼という芸術を彩るスパイスだった。とっても魅力的な男性、惹かれずにはいられない____それが鬼灯静城という人間だ。


冷静沈着を画に描いたような彼だが、その内には燃盛る炎のような情熱を秘めている。それを解き放ったのがA男で、わたしはその炎に焼かれて死んだのだ。まるで魔女のように。


(そう思うと、ちょっと笑えるかも)


奇しくもわたしは、また王子さまが“お姫様”と添遂げる邪魔をしたというわけだ。

今度、は、望んだわけではないけれど。


(正しい未来を選び取るためには、どうすれば良いのだろう___)


そもそも、正しい未来なんてあるのだろうか。

いや、きっとない。すくなくとも“前”の世界ではありえなかった。未来は不確実なもので、選び取れるようなものではない。でも私はその中で“生きる”未来を得られた。それはどういう意味をもつのだろうか。


(__そういう小難しいことは、考えるのをよそうと決めたじゃない)


考えても答えのでない問題。まるで妖精の迷路にでも迷い込んでしまったような感覚。いっそ、ウサギの穴に落ちてしまえたら楽なのに。毎日が誕生日で、明日のことなんて忘れてしまえれば楽に生きてみたいな。


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