第一話~我が家にメイドがやってきた~
「先生、どうして来るたびにこんなに荒れるんですか?」
目の前の女性、桐山瑞希が信じられないといった顔で私を見てくる。私は毎度のことなので、もういい加減慣れてほしいとか諦めてくれないかなと思ってしまう。
「いやだって、執筆で忙しいから」
向かい合うようにソファに座っている瑞希に、私は冷蔵庫にたくさんストックしてある缶コーヒーを差し出す。ローテーブルには紙束とか色々あったのを私は乱雑に端に寄せ、スペースを作った。
「仕事に全力で頑張ってくれるのはありがたいんですけど、どうせ三食カップ麺とかでしょ。身体壊しますよ。洗濯物だって……」
うんざりした顔で瑞希が右から左へと大きく視線を動かす。確かに脱ぎ散らかしたものがそこらにあるし、洗濯してそのままの山もある。でも、食品ゴミはちゃんと片付けているのに酷い言い草だ。
「失礼な。今朝は面倒だからまだ食べてないよ。三食カップ麺なんてことはしてないって」
「いやだから……それはものの例えで……」
大きな溜息が部屋中に響き渡った。
「とにかく、現状を変える気はないと?」
「だってまぁ、執筆できてるし生きてるし原稿渡せてるから」
まだ缶コーヒーに手をつけない瑞希が飲みやすいよう、私が先に手をかけた。
「何度も言ってますがうちの会社、先生の執筆した本のおかげで業績を回復できたんです。だから上の方からも先生のバックアップをしろと、私も散々言われてるんですよ」
「いやー、それはもう助かってるよ。瑞希のおかげで定期的に掃除してもらってるし、買い出しもしてもらってるから。ご飯だって作り置きしてくれたのは残さず食べてるよ」
「私は編集者で、そういう仕事をしてるわけじゃないんですよ」
まぁ、それはそうだ。
「だからもう、上と何度も何度も話し合って、人を雇う事にしました」
「え……いや、そんな私の同意もなしに……てか、専属契約でもないのに?」
どこか目を血走らせた瑞希に圧倒され、私は顔が引きつる。
「確かにそうです。でも、今後も良好な関係を築いていくためには先生の健康第一なんです。ビジネスで言えば、たくさん書いてもらわないとならないので。編集者として言うならば、もう家事とか私はしたくないので」
「あ、うん……」
うーん……瑞希の作り置き、美味しいのになぁ。
「それで、人を雇いました」
「え、待って。完了形? 私の意思はそこに介在しないの?」
「しません。もう決定事項です」
ずいっと瑞希が顔を寄せる。以前こういう時に眼鏡を触ったらキレられたので、今回は我慢しよう。というか今、そんな余裕がないくらいに怖い。
「……ちなみに、どんな人来るの? 男の人だと、ちょっと嫌なんだけど。いや、だいぶ嫌だわ」
すると瑞希がニヤリと不敵に笑った。
「メイドです」
「……は?」
聞き間違いかな?
「だから、メイドです。お世話するメイド」
「いや待って? なんで?」
思わず大声でそう叫ぶと、瑞希のほうへ顔を寄せる。意味がわからないことをあたかも常識のように言うから、私の中でその境目が崩壊しそうだった。
「先生、著作の中にメイドをよく登場させるでしょ。メイド好きなんだろうなって。で、編集長と社長とでミーティングをして決めたんです。絶対先生が喜ぶだろう、これなら拒否しないだろうって」
「なにやってんのよ、偉い人集めて」
「先生がいかに長くたくさん本を書いてくれるかの話し合いです」
「三日徹夜した後のアイデアじゃないんだから……」
苦笑し、鼻で笑い飛ばす。そうして一旦うつむいてから再び視線を合わせても、なお瑞希の目の色は変わっていなかった。
「……待って、マジなの?」
ちょっと怖くなって確認すると、瑞希が血走った目で大きくうなずいた。
「マジです。大マジ。ちなみに今日の午後、一時に来るようになってます。あと十五分ですね」
「ちょっと待って。じゃあもう来るってこと?」
私は立ち上がり、辺りを見回す。この際、汚いことはもう諦めよう。私は洗濯ものの山に手を突っ込み、何とか下着を発掘する。さすがに初対面の人にこれは見られたくない。
プロとかメイドとかそんなの関係無く、下着は恥ずかしいから。
「先生」
片付けで必死な中、不意に瑞希が声をかけてきた。私はそれでも手を止めない。
「もう諦めましょ」
「うるさいなぁ、もぉ!」
私の反発の途中で、チャイムが鳴った。
私はその音でピタリと動きを止める。ギギギとまるで油切れのロボットのようにゆっくりと室内モニターの方へ目を向ければ、瑞希がニヤニヤ笑っているのが目に入った。
「城ケ崎家政婦紹介所から来ました、神楽凪と申します。瀬川様のお宅でよろしいでしょうか?」
その第一印象は『幼い』だった。モニターに映る黒髪の少女ともいえる女性はパッと見、大人びた中学生か幼い高校生くらいのよう。無垢な笑顔が若干緊張しているのが見てとれる。
私が固まっていると瑞希がトントンと肩を叩いてきた。我に返り、モニターに近寄った。
「はい、そうです。あの、今日から働く方ですか?」
「はい」
元気の良い返事に若さを感じ、思わずのけぞりそうになる。それにしても、こんな子を家にあげていいのだろうか。いや同性だし、向こうは仕事なのだろうからかまわないのだが、なんか妙な罪悪感というか罪の意識が芽生えそう。
それでもこのまま追い返すわけにもいかないので、私はオートロックを解除した。
それから間もなく、玄関のチャイムが鳴ったので、瑞希と一緒に玄関へと出迎える。ドアを開けると、そこには百六十センチの私よりも少し小柄なポニーテールの女の子が立っていた。
ボーダーの長そでシャツにジーンズ姿と、一見してどこにでもいそうな格好。メイドと聞いていたけど、そんな要素は見当たらない。手にしている大きな茶色いカバンがやや重そうだ。
「初めまして。城ケ崎家政婦紹介所から来ました、神楽凪と申します」
深々と頭を下げる彼女はモニター越しでなくとも、やっぱり幼く見えた。しかしこんなところで立ち話していると、他の住人に見られるかもしれない。私は渋々中へと案内する。




