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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第一章 天津の国への招集
13/64

13:黄金神殿・アマテラスの審問



 ——白い大鳥居を抜けた瞬間、蛍と蓮の身体は黄金の大広間へと放り出された。



「……危ないっ! ——いっ……た」



 冷たい床に叩きつけられる寸前、蓮が蛍を抱き止め、そのまま下敷きになる。



「蓮っ……! 大丈夫か?」



 ぎゅっと蓮に抱き締められたまま、蛍は慌てたように顔を上げた。



「うん、蛍は軽いから気にしないで。それよりも、ここは——」



 少し苦しそうに笑った蓮が、ゆっくりと視線を上げる。 

 

 

「すごい……これが、アマテラスオオミカミの黄金神殿……」



 それを追うように、蛍も天井を見上げて息を呑んだ。



 遥か頭上まで伸びる白金の柱。幾重にも連なるその柱には、神代の楔文字にも似た光の紋様が淡く流れていた。



 そして、黄金の大広間を貫くように、紅の絨毯が敷かれた一本の大回廊が伸びていた。



 ——それは、まるで玉座へ続く神々の道そのもの。



 天井から降り注ぐ金色の光は、まるで太陽と空そのものが輝いているかのようだった。



「このきらきら降ってくる光の粒子。指先の上でひんやりするんだが……これは、もしかして浄(・)化(・)なのか?」



 蛍が指先の上で弾けて消える光の粒子を見つめる。

 暖かいはずの光の粒子が肌に触れると、水滴が踊るよう跳ねて染み込んでいく。



「……なんだか冷たくて、気持ちいいんだ、この光の粒子」



 それを見て、蓮が同じように手を出してみるが、光の粒子を受け止める直前で——なぜか、消える。



「……うーん。なんでだろ? ごめん、僕にはちょっとよく分からないや」 



 しかし、蓮の肌の上では、弾けることもなく、ただスッと溶けて消えてしまうのだ。



「……蓮だと、なんで消えてしまうんだ? 神力がないと浄化も影響されないのか?」



 蛍の言葉に蓮は少し考える。



「うーん」


  

 本当はアマテラスオオミカミの権能の効果を得られないことと、神力がないことは関係ないことを蓮自身が一番理解している。

 そもそも、神である以上、神力があることはこの世界で当たり前のことなのだから。

 しかし、蓮は、今、それを深く追求する必要性も感じなかった。



「でも……穢れを受けてないと浄化は作用しないとか、何か条件はありそうだよね」



「おぉ、なるほど、蓮は賢いな!」



 蛍が瞳を輝かせると、蓮は照れくさそうに笑った。

 そして、二柱(ふたり)は大回廊を奥へと視線を移した。



「このまま奥に行ってみよう」



「うん」



 蓮の言葉に頷いた蛍は、差し出された蓮の手を取ると、そのまま誘われるように黄金の大広間へと進んだ。

 どこまでも続くかのような静寂の回廊に反響する二つの足音。

 その先の大回廊の左右には、三つずつ神の座が並んでいる。



「——なるほど。これが、高天原の玉座の間か……」

 


 蓮が思案顔で呟く。

 ——どの座(ざ)にも異なる神紋(しんもん)が刻まれていた。


 その神紋に近付くだけで空気が変わるほどの神気に、蛍は思わず息を呑んだ。



「ようこそ、黄金神殿へ……」



 左側——月の紋様。

 ツクヨミが静かに"法典"を閉じ、蛍と蓮へ一礼する。



「いらっしゃいませですよー!」



 月の隣に、蝶の紋様——スクナビコナが"四季"を彷彿とさせる虹色の髪を揺らして、花弁のように軽やかに舞い降りた。

 だが、その隣。

 桜の模様——その座には、誰もいない。



(あの座は、コノハナサクヤビメの席……なのだろうか)



「……コノハナサクヤビメと、ウカノミタマノカミは空席のようだね」



 蛍が頭の中で、なんとなく咲耶兄の姿を浮かべながら考えた時、隣から、妙に落ち着いた蓮の声が聞こえてきた。



「え?」



 静寂に包まれた神殿に響く、足音に埋もれるほど小さく囁かれた蓮の声に釣られるように、蛍は右側の三つの座へ視線を向けた。



「うふふ……」



 雷の紋様——タケミカヅチが、女性的に、謎めいた笑みを浮かべると"雷"がバチバチバチッと弾けた。

 その直後、神聖な神殿の空気を壊すかのように、足音を響かせながら大きな声の主が現れる。



「——いやはやぁ! 到着が遅れてすまないね! あははははっ!」



「……誰のせいやと思ってはるんや」



 呆れ顔の安倍晴明とともに、組紐の紋様——オオクニヌシが遅れてやってきた。

 


「あっはははははっ! まさか途中で別の縁と繋がって違うところに転移してしまうとは大失態だっ! まぁ、これで許してくれたまえ!」


 

 東は、細長い指先に白い"縁"の糸を纏わせると、その糸は意思を持って編み込まれて光を帯びた鳥達となる。

 そして、東の手からバサッ——と翼を広げ、軽やかに飛び立った。

 キラキラ白銀に輝きながら鳥達は、蛍の頭上をクルクルと舞い踊る。



「わぁ……すごい。まるで、歓迎されてるみたいだ」



 嬉しそうな蛍の様子に、東は赤い目を満足そうに細めた。

 そのまま、広げた番傘をクルクルと回しながら、優雅な仕草で自身の神座に向かった。



 ——だけど、この高天原を支える主神が二柱も欠けている。

 その状況が、今の高天原を表しているようだった。


 ……そして、それでも尚、圧倒的な光で高天原を照らしている太陽の玉座。  

 玉座の背後には円環状の光窓が神々しく輝き、差し込む光が金の粒子となっては眩しいほどに空間に舞っていた。 

 そこに、アマテラスオオミカミが鎮座していた。

  


『……ふむ、間違いなく……二柱を連れてきたのだな』



 玉座に座る少年が、低く静かに呟いた。

 その声に蛍達は、玉座を見上げる——まだ少年と呼ぶべき年頃の金髪の神が不機嫌そうに腰掛けていた。  



(……あれが、天津の国の主神、アマテラスオオミカミ。この高天原の最高神なのか。なんて、威光なんだ……)



 蛍はその存在感に、ただ立ち尽くすように見上げることしかできなかった。

 そんな蛍の横を安倍晴明が通り過ぎていく。



(……晴明?)



 目の前に立った安倍晴明の背を蛍が見上げた。

 それは、アマテラスオオミカミの放つ光から、蛍と蓮をその背に隠しているかのようにも見えた。

 


『……まったく!どこぞの馬鹿が天界にケンカを売ってくれたおかげで、天界から沙汰が下っておる……』



 黄金の神殿に響く、高く澄んだ少年の声。

 あどけなさを残した顔立ちでありながら、その瞳は燃える太陽の如く、赤く深く静かに安倍晴明を映し出す。




挿絵(By みてみん)

 



『——神獣カイチ三体も殺戮した高天原の神を、高天原の法を持って罰せよとな……っ!』



 アマテラスオオミカミの声が凛と黄金の神殿に響いた。

 ——天(・)界(・)から下された命令。

 それは、高天原ですら逆らえぬ天からの裁定。

 それには、その場にいた神々の表情も重いものへと変わり、神殿の空気がわずかに張り詰めた。



『高天原の最高神たる余が、わざわざお前達を呼んだ意味が分かっておるな?』



 赤い瞳が真っ直ぐに安倍晴明を射抜いた。



『知っていることは全て話して貰おうか——安倍晴明』



「……お日様(ひぃさま)は、俺がこの件に関与していると思ってはるんか?」



 安倍晴明は動じることなく、アマテラスオオミカミの玉座を見上げ冷静に問いかける。

 アマテラスオオミカミのことをお日様などと愛称で呼びながらも安倍晴明の新緑の瞳には冷たさすら感じられた。

 その眼差しに射抜かれたように、アマテラスオオミカミがビクッと身体を揺らした。



『も、もちろん……お前達はいつも勝手なことをしてくれるからな、余もいつまでも見て見ぬ振りはできぬだぞ!……それに、余のことはせめて、アマテラス様と呼ばぬか!安倍晴明」



 恐れが隠せないのか早口で言い募ったアマテラスは、安倍晴明をキッと睨んで言った。



『場合によっては、分かっておるな! そこの二柱もただでは済まされぬっ!』 



「ほな、アマテラス様は俺の保護下にある、この子達を裁くと言うんか?それとも……天の神がなにか言いはったんか?」



 神殿内に溶けるほど、静かなその一言で、神殿内の空気が重く切り替わる。

 そして、眼に見えない圧力が一瞬、高天原全域を襲った。

 ——それは警告。



「——ぴっ!」



 安倍晴明の牽制に、アマテラスは泣きそうになった。

 普段、高天原の結界に回している膨大な霊力を安倍晴明あえて一度、循環させたのだ。

 すると結界に回していた霊力の一部が安倍晴明に戻り、そして、再び結界に戻された衝撃が高天原全域に広がった圧力の正体だった。

 安倍晴明は、この高天原の結界を統べる守護者なのだ。このくらい朝飯前だろう。



(……元来であれば、霊力より神力の方が圧倒的に上回ると言うのに、安倍晴明の基礎能力値が異常なのだっ!)



 アマテラスは正直なところ心の中では泣き喚いていた。

 顔を青くしながら、なんとか威厳を保とうと涙目で固まって何も言えずにいた。



「こほん…っ」



 ツクヨミの咳払いが一つ響く。 

 —— ハッと我に返ったアマテラスは、威厳を保ち、偉そうに、必死に言葉を紡ごうと口を開いた。



『——この世界の守護の要たる安倍晴明だろうとっ、神獣を殺すなどあってはなら、にゅっ……!!』


  

 だが途端に噛んだ。

 カァァァッと顔を赤くしながら羞恥に耐えた。



「どれほど小言を言われたかっ! あんないっぱい眼があって、なんなら眼しかないんだぞ!天界の使者はめちゃくちゃ恐ろしいんだからなっ! お陰で俺は……俺はっ!!」



 もはや、取り繕えなかった。

 アマテラスは、泣きながら矢継ぎ早に言葉を並べ立てて言った。



「ンンンッ、ゴホン!!」



『よっ、よいかっ!そもそも、安倍晴明が連れているニ柱がただの子供であるはずが、な——なぁぁぁぁぁっ!?』



 ツクヨミの二度目の咳払いで、何とか冷静さを取り戻そうと必死に、アマテラスは赤い瞳に涙を浮かべて威張っていた。

 ……はずなのだが、安倍晴明の背から様子を伺うように、ひょっこりと覗いた蓮の顔を見て、アマテラスの虚勢が一瞬で音を立てて崩壊した。



『なななななっ、なぜ其奴がそこにいるっ!?』



「……ん?僕?」



 きょとん、と蒼い瞳を丸くする蓮とは反対に、アマテラスがみるみると青ざめる。



「あああああっ!無理無理無理ッ!あいつ絶対俺より強いじゃん………なんで、最高神とか言っちゃったんだ、俺。俺はただの現し身(スペア)なのに、最高神とか無理だって……っ!」



 そして、アマテラスは勢いよく玉座の背後に逃げると、膝を抱えてぶるぶると震え始めた。




アマテラスとても頑張ってます。

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