13:蓮は無自覚のすぱるた
「あれは……うん。 分かるよ、分かるんだけどね、毎度は勘弁して欲しいレベルかな」
蓮も咲耶が自分のために、怒ってくれていることは理解している。
しかし、禍ツ神が蔓延るこの世界で神力がないのは死活問題だ。
せめて、動けるように身体を整えておかなければ、いざという時に足手まといどころか、即死の可能性も出てくる。
「多少、無理はしとかないとね……。僕は今、ただでさえ神力がないから肉体を強化しとかないと、いざと言う時に動けないからさ」
「なるほど。それも一理あるな」
蓮にも、蓮なりの事情があるのだろう。真剣な蓮の言葉に、蛍はうんうんと頷いた。
「それなら、次からボクも鍛錬一緒にやってもいいか?」
「えっ!?」
それなら、1人より2人の方がきっと良さそうだと願い出たものの、蓮が思いっきり驚いた。
(蓮にとっては、迷惑だったろうか。確かに、ボクは蓮と同じ鍛錬は難しそうだし……)
出来ない自分が付き合わせようとしてしまっている気がして、申し訳なくなる。
「……あ、すまない。蓮の迷惑になってしまうかもだから、ボクは別で鍛えた方がいいよな、ごめんな」
「そんなことないよ! 全然いいよ、一緒にやろう!!」
しかし、蓮は蛍が一緒に鍛錬をやってくれるのかと内心で喜んでいただけだった。
(まさか、蛍が僕と一緒に、鍛錬してくれるなんて……嬉し過ぎる! しかも、毎日朝一番に会えるなんて!)
まさか、毎日会う理由がここで出来るとは思っていなかった。
蓮の内心はお祭り騒ぎだが、蛍は、迷惑になってしまうんじゃないか……と申し訳なさそうに眉を下げる。
「本当に、いいの……か?」
「もちろん! 全然良い! 僕は猛烈に蛍と鍛錬したいから、是非やろう!!」
蓮は蛍の両手を取ると、食い気味に言った。
「……蓮、ありがとう」
こういうところ、蓮は優しい。
晴明の時もそうだが、蛍を応援してくれたり、出来ないことは一緒に頑張ろうと言ってくれる。
蛍にとって蓮は良き理解者であり、友人であり、甘えん坊の弟のような……放っておけない存在だった。
「ボク、蓮と一緒に毎日の鍛錬、頑張るな!」
「うん。 僕の方こそ嬉しい、ありがとう、蛍」
「わぁ、眩しっ……」
蓮が花が咲くような笑みで、ふわりと渾身の一撃を蛍に食らわせる。
蛍は美少年って凄いな。
笑顔だけで目潰しできるなんて——成長したら恐ろしいことになりそうだ、と考えていた。
——————
それから蛍と蓮は、早朝は一緒に庭掃除をしてから、鍛錬する日々が続いた。
「はい、99……最後一回、腹筋頑張って〜!」
腹筋のために蛍の足を押さえている蓮が笑顔で淡々と回数を数える。
「……ぅぐ……ぅ〜」
「100! はい、よく出来ました」
「し、死……んじゃう」
最後の腹筋を終わらせて、蛍はその場に倒れ込む。
お腹の筋肉が痛すぎて痙攣している。蛍は翡翠の瞳に涙を溜めて、小さな身体をプルプルさせていた。
「お、お腹が……割れる」
「割るためにやっているからね、その内、割れるよ」
「……蓮は意外とすぱるた、だ」
「すぱるた?」
西洋の言い方だ。とても厳しい訓練や指導を指す言葉でもあるけど、蓮は蛍の鍛錬は優しめにしているつもりだった。
(蛍は、もう少し優しい方がいいのかな……)
生憎と蓮は自分以外の体力の限界が、どこにあるのか分からない。
自分を基準に鍛錬すると蛍にとって酷なことになるのは理解していた。
だからこそ、腹筋は蓮の日課の10分の1の100回にしてみたのだが、現に今、蛍が倒れ込んだまま動けなくなっている。
どうしよう。次はもっと減らすべきかな?でも、なんだかんだとついて来れてるし……と悩みながら、蓮は蛍に竹筒の水を差し出した。
「えっと……大丈夫? ごめんね、蛍もお水飲む?」
「お水、飲む!」
蛍は蓮が渡してくれた水を、ゴクゴクと勢いよく飲み干した。
これくらいで根を上げていては一緒に鍛錬してくれている蓮に申し訳ない。
「はぁ〜、生き返った! 大丈夫だ、まだ頑張れる!」
「さすが蛍、なら続けて、走り込み行けそう?」
「うん。 もちろん、頑張れるぞ!」
走り出した蓮の後を、蛍は追いかける。
幸いにも蛍の身体能力は人工神として元より強化されたものだ。
痛いものは痛いし、辛いことも間違いないが、腹筋100回くらいで、完全に動けなくなることはない。
蛍の身体の成長に合わせて体力や筋力が向上していくが、努力すれば成長も早まる。
(そうだとしても、蓮の底知れない体力に追いつける気がしない……。だからといって、ボクも諦めたくはないけど!)
蓮は蛍との鍛錬をするために、蛍が早朝の庭掃除と鍛錬に来る前の深夜から、以前から続けている鍛錬をして、そのまま朝を迎えている。
(そもそも、蓮はボクと違う。身体強化もしていない。ただ神力がないだけの状態で、あれほど動けるなんて本当にすごい)
蓮は流石に、深夜から鍛錬していることまでは蛍に伝えていなかったが、蛍は蓮の努力を知っていた。
「なぁ、蓮……」
「どうしたの?」
「蓮は、ボクより先に別の鍛錬してるのに、どうして、そんなに動けるんだ?」
蛍は平然と前を走り続ける蓮の背に、ずっと疑問だったことを問いかけた。
蛍の数倍上回る鍛錬をした後でも、疲れの色を一切見せない。
蓮の身体も心配だったが、同時に、そんな人一倍努力家な蓮を応援したいとも思っていた。
「えっ、知ってたんだ」
蛍の質問に蓮は驚いて振り返る。
蛍が知ったのも偶然なのだ。蓮を監視していたみたいに思われても嫌なのだが、蛍は正直に答えることにした。
「うん。 夜に厠に行こうとしたら、蓮の気配を感じて、心配で、つい辿ってしまったんだ……嫌だったら、ごめんな」
「そっか。 ううん、全然いいよ」
気にしないでと、首を横に振った蓮は、速度を落として蛍の隣に来る。
「……ただ、僕が頑張る理由は、いざという時に蛍をかっこよく助けたいし、蛍に僕のこと好きになってほしいだけなんだ」
「蓮……」
蓮は少し照れたように頬を赤らめ、朝陽のように爽やかに笑った。
蓮の影の努力は、蛍のためだったようだ。
(なんて、可愛くて男の子らしい……)
微笑ましい理由に、蛍は嬉しくなって綻んだ。
「ボクはそういう、蓮の努力家なところ好きだぞ」
「くっ……全然、伝わってない!」
好きは好きでも、そうじゃない。そうじゃないんだ!でも可愛い!と走りながら蓮が頭を抱える。
底なしの体力がある蓮にとって鍛錬はご飯を食べるのと変わらず、蛍との鍛錬は蓮にとっては食後の甘味に過ぎない。
なにせ、蛍が必死に頑張っているのだ。
その姿が間近で見られるなら、いくらでも寝る時間を削ってやる。
そんな2人の前に、向こう側からゆったりと安倍晴明が歩いてくる姿が見えた。
「晴明!」
もちろん、蛍が真っ先に気付く。
「……ぁ、ちょ、蛍っ、そんな……待って!」
蛍が晴明に駆け寄って行き、蓮は渋々後を追った。
蓮、頑張って!




