「へつらいの道化」11
「邪魔をしてはいかんな。」
庵野が「違うから!」を連呼し、元気が狼狽えながら二人の顔を見比べ、ペオルとエレミヤがけらけら笑う中、庵野の父親はにこりと微笑みそう告げると駅に向かって歩き出した。
The紳士。簡潔な庵野父の印象である。
「気をつけてねー!ちょっと木梨!離しなさい!」
庵野が自身の両肩をつかむ元気の両腕をどけようとする。
混乱から立ち直った元気は庵野を解放し、一歩後ろへ飛び退いた。
「どうしちゃったの?」
答えようにもどこから話してよいかわからない。
というか俺はよりにもよって庵野の父親に何てこと言ったんだ。
「そこの二人、何か知ってるでしょ!」
先ほどからにやにやしっぱなしの堕天使ーずに庵野が詰め寄る。
「いひひ。まあ知ってるような知らないような。」
「いひひひ。まあそんなとこじゃな。」
二人は顔を見合わせてくすくす嗤う。
庵野は眉を八の字に傾けふぅっと溜め息をつく。
「どういうことか聞かせてよね!」
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4人は里弄の4人がけの卓についていた。
この店は昼食と夕食の間、飲茶タイムを設け点心と中国茶を提供する喫茶店となる。
「カモスじゃな。あのハエちゃんが元気くんを一時的に粗忽者にしたんじゃ。」
胡麻団子をかじりながらエレミヤが解説する。
「ゆいには見えんじゃろうが元気くんの頭のうえにハエちゃんマークが浮いておる。やつの仕事よ。」
「つまりはあんたたちの知り合いの悪戯ってことね。ほんとにもう。」
白磁の茶碗を指先で弄ぶ庵野がこぼす。
「父さん、たぶん勘違いしちゃったと思う。きっと母さんにも言うだろうし…。あー…どうしよう。」
「何がそんなに困るの?」
ペオルが無邪気に聞く。
「うーん。わたしさ、今まで彼氏を親に紹介したことないのよ。妹はとっかえひっかえ連れてくるんだけど。だから…特に母さんのほうが気にしててさ。連れてこい連れてこいってうるさいのよ。絶対そのうち連絡くると思う。紹介しなさいーって。」
「元気くんでは役不足かの?」
エレミヤが意地悪そうに口元をにやつかせる。
「いや、役不足かどうかじゃなくて!そもそも付き合ってるわけでもないんだし…木梨だって…いや…なんじゃ…ない…」
伏し目がちにごにょごにょ言う。
元気は両肘を卓に立て、顔を両掌にうずめて一言も発することがなかった。
表情は隠れて見えなかったが、真っ赤な耳からつい先程の己の言動を深く恥じ入ってるのがわかった。
「元気くんは戦闘不能じゃな。」
「あんなに威勢がよかったのにねー。『庵野は俺が守るから☆』だっけ笑」
元気は苦しそうに身体をよじった。
すべてその通りである。何も反論できない。
「からかわないのよ。木梨だってカモス…だっけ?超能力でおかしくなっちゃってたんだから。」
庵野が嗜める。
「いや、そうでもないぞ。カモスの能力は対象の注意力や認知力を下げること。バス停にぶつかったり、ゆいのお父上を不埒な輩と勘違いしたのはそのためじゃな。だが思考を歪めるまでには至らん。『庵野を守るぞぃっ☆』は元気くんの本心じゃ。」
「え?そうなの?」
その瞬間元気は立ち上がり、財布から三千円を取り出すとタンッと卓に押し付け、3人の顔を見ることなく脱兎のごとく店から出ていった。
とにかく家路を急いだ。
脇目も振らず前へ進んだ。
足元のアスファルトが高速で流れていく。
部屋の扉を開け靴を脱ぐと、一直線にベッドまでいきマットレスにダイブした。
古のサムライたちよ。お前達は幸いだ。
なにせ名誉ある死を選択できたのだから。
それに比べて俺は…。
ごろごろと寝転がり掛け布団を身体に巻き付けていく。
何でもいいので身に纏って世界から隔絶していたい。
携帯が太もものあたりで振動する。
庵野からの着信だろうか。
とても出る勇気は無い。
しばらくすると振動は止まった。
やや時間をあけて再度短い振動がある。
LONEのメッセージだろう。
ごろごろと反対に寝転がり布団バリアを解除する。
ズボンのポケットに手を突っ込み携帯を取り出す。
LONEを開くと庵野からのメッセージが1件。
画面を操作する指が止まる。
何を言われてしまうのか…
庵野も困っていたし。
しかし自分がしでかしたことの責任はとらねばならぬ。
ええいままよ。
『びっくりした。でも嬉しかった。ちょっとかっこよかったwありがと』
短いメッセージであった。
しかし元気は長いこと画面を見つめていた。
しばらくして画面を消して携帯を座卓に置く。
再びベッドの上をごろごろと転がり布団を身体に巻きつける。
目を閉じて先ほどのメッセージを頭の中で反芻する。
胸のあたりがほこほこ温まるのを感じる。
どういう意図で…などと考えてみたもののカモスの力のせいか思考がまとまらない。
それになんだか野暮な気もした。
とにかくこの感情が外に漏れ出して誰かに知られてしまわないように。
そしておそらくだらしなくニヤついた顔を見られないように。
いっそうきつく布団を身に纏わせた。
レース越しにやわらかく射し込む春の陽光が、ゆらゆらと揺れながら布団を温めていく。
子供たちのはしゃぐ声がどこかから聞こえてくる。
たまには道化もいいじゃないか。
そんなことを考えながら元気の意識は布団の中に消えていった。
「ペオルの探求」第4話完結です。
近日中に第5話開始します☆




