「へつらいの道化」1
登場人物
木梨元気…サラリーマン3年目。現実的な思考の持ち主。ペオルの飼い主。
庵野ゆい…元気の会社の同期。エレミヤの飼い主。恋愛対象は女の子。ハイレベルなオタク。
ペオル…女神様から人間界に放逐された元天使。性別は♀。頭に角がある。
エレミヤ…同じく人間界に放逐された元天使。見た目は美少女だが性別♂。しゃべり方が古風。
元気の意識を覚醒させたのがお喋り好きな小鳥たちのさえずりだったのか、カーテンの隙間からこっそり部屋を覗き見する太陽の光のゆらめきだったのかは定かではない。
とにかく元気は眠りから覚めた。
と言っても起きる必要があるわけではない。
今日は土曜日。
仕事もない。
尿意もない。
空腹なわけでもない。
そんなときは寝床の温かさに身を任せ、何度寝でもしていたい。
寝返りをうって形をかえる枕の感触を味わいながら、掛け布団にくるまって羽毛の柔らかさを感じていたい。
ゴロゴロ最高…。
しかし何だろう。
この胸に残るしこりのようなもの…。
甘い夢を見たあとに、それが夢に過ぎないことを知ったときのような。
そんな切なさが元気の寝起きの意識を行ったり来たりしている。
なんだっけなぁ。昨晩見た夢は。
思い出せないなぁ。そもそも夢なんて見てたんだっけな。
目を閉じたままでぐにゃぐにゃと記憶をたどってみるが夢の片鱗は見当たらない。
仕方ないので昨日の出来事を思い返してみる。
秋葉原からの帰り道…庵野からちょっと早めの夕御飯に誘われたけど…断ったんだっけか…。
なんで断ったんだっけ?
ああ疲れてたからだ。
なんで疲れて…。
ここまでむにゃむにゃと怠惰に記憶の海を漂ったところで、庵野の「私ってほら、恋愛対象が女の子じゃん?」と言ったときの少しはにかんだ表情を思い出す。
そうか…切なさの原因はこれだったか。
再度ごろりと寝返りをうって鼻からすんと息を出してみる。
庵野のこと…好きだったのかな。俺は。
そりゃ可愛いし、話も弾むし、優しいし、よくしてくれるし…
好きにもなるよなぁ。
頭を枕にごろごろ押し付け気をまぎらわせてみる。
目は閉じたまま。なんだかもう少し現実から離れていたい。
ゆっくり大きく鼻から息を吸って、鼻から出してみる。
もう一度…寝たいな…。
と思っていると。
「ただいまー!」
「邪魔するぞ!」
と子供特有の甲高い声が静寂の時をぶち壊す。
くそ…鍵をかけてなかった…。
痛恨のミスを悔やみながら元気は頭から布団を被る。
絶対に相手をしてやりたくない。
今日はなんだかそんな気分。
そんな元気のことはまったくお構いなしに元天使の二人組は部屋に侵入してくる。
「むむ!なんと狭い部屋じゃ!犬小屋なみじゃな。」
「でしょー。でもゆいの部屋にも置いとけないからしょうがないよね。」
先ほどまでのほのかに甘く切ない感情はささっと退場し、わかりやすい怒りが入場する。
だったら来るんじゃねーよ!
と一喝したくなるが、今日は絶対相手にしたくない気分。
布団を掴む手に強く力をこめる。
二人は何かごそごそと動いている。
「座りながらやりたいね。」
「立ちながらはまだ難しいからの。」
と言うとベッドに腰をおろしたようだ。
マットレスが沈み傾くのを感じる。
「元気のやつまだ寝てるよ。」
「ほんとにやる木梨くんじゃな。」
足で蹴飛ばしてやりたいがここも我慢。
相手にしたくないのだ。
そのうちにぽろろんしゃらんしゃらんと何か楽器を奏でるような音が聞こえる。
ああ…そうだった…こいつら高級なギターとベース買いやがったんだ。
しかもその理由がアニメ。
マジで蹴り飛ばしてやりたい…。
でも我慢我慢…。
庵野の部屋に帰るまで一言だって話してやるものか。
しゃらん…しゃらん…しゃらん…
「なかなか上手く弾けておるぞ。」
「へへ。これなら歌えそうだよ!」
しゃらん…
「これーこそはとー信じるーものがー」
「この世にーあるだろぉかー」
「信じるーもーのがぁあったとしてもぉー」
「信じてーみないぃそぶぅりぃー」
「何だよその歌!!」
たまらず元気は布団をめくり叫んでしまった。
「なんだよ起きてたのか。」
「素敵なモーニングコールじゃろ。」
二人は女子高生が着るようなブレザー風の制服を身にまとい、ペオルがギター、エレミヤがベースを構えて座ってベッドの端に座っていた。
しまったとは思ったがもう遅い。
というか何やってんだこいつら。
「なんで制服着てんだ?」
「元気ったら『じゅうおん』もしらないんだねー、くすくす。」
いらっ。
「なんなんだよその曲は。」
「お主、吉田拓郎も知らんのか。ぷーくすくす。」
いらいらっ。
「なんでエレミヤはベース弾かねーんだよ。」
「フォークなんだからギター一本に決まってるよねー!」
「なんもわかっとらん男じゃ。」
ムカムカムカっ!
「選曲がおかしいだろ!!」
ついに元気の怒りが頂点に達する。
しかし突っ込むのはそこではないなと元気も思う。
ほんと何しに来たんだこいつらは。




