第十九話:てへぺろ爆弾、炸裂!
マンションの階段を上がりきった瞬間、隣のドアがすっと開いた。
「おかえり〜。今日も生存確認よろ〜」
「どうも……」
お姉さんは白いカーディガンにロングスカート。
落ち着いた雰囲気なのに、言っていることだけは落ち着いていない。
「君、今日ちょっと元気なさげじゃない?」
「……まあ、ちょっとだけ」
「kwsk」
「この間のテストの返却があったのですが……」
「ほうほう!その結果がダメダメだったと!」
「は、はい……」
お姉さんは気落ちしている俺の顔をじっと見た。
そして急に胸を張る。
「じゃあ今日はコレだね!」
「え?」
「てへぺろ〜〜〜!」
舌をちょっと出して、片目をつむる。
「ちょっと待って!距離が近い!近すぎますって!」
「てへぺろ!」
「てへぺろ?」
「なにそれ?と思ったでしょ!」
「はい……」
「2011年頃に大流行したネットスラング!当時はめちゃくちゃ使われたの!」
「なんですか?」
「そう!流行語大賞には選ばれなかったけど、女子中高生ケータイ流行語大賞で2012年は1位!」
「はぁ……」
「2011年は2位だったし!ギャル流行語大賞だって、2011年に2位になったんだから!」
「そんな賞があるんですか……」
「あるの!つまり歴史的価値があり、流行を作ったの!イミダスにも載ったくらいなんだから!」
「イミダス?」
「そう!イミダス!」
お姉さんはなぜか誇らしげだ。
ところでイミダスってなんだろう?
「でね、てへぺろっていうのは……失敗した時に、照れながら舌を出すしぐさなの!」
「はあ……」
「かわいくやるの!」
「……それを今やったんですか?かわいく?」
「そう!てへぺろ〜〜〜!」
「待って!待って!また近い!近すぎるって!」
「てへぺろ!」
「……なんでそんなに距離近いんですか」
「君の反応がかわいいから」
「意味が分かりません」
「お姉さんは分かるの!それでいいの!」
お姉さんは笑いながら、俺の肩を軽くつついた。
「で、君は何をミスったの?」
「数学で……一箇所、計算間違いをしてしまって……」
「なんだ!完全にてへぺろ案件じゃん!」
「てへぺろ案件?そんな使い方なんですか?」
「そうだよ!失敗したら“てへぺろ”って言えば全て許されるの!」
「テストの結果はてへぺろでは許されないと思いますけど……」
「許されるの!てへぺろの力を信じなさい!」
お姉さんは胸を張る。
なんでそんなに自信満々なんだ。
「じゃあ君もやってみて」
「え?」
「てへぺろ〜って」
「いや無理ですよ!恥ずかしいですって!」
「やりなさい!お姉さんの言うことが聞けないの!」
「そんなこと言っても無理ですって!」
「やれ!」
「うっ……」
「さあ!やれ!」
「……てへ……ぺろ……?」
お姉さんが固まった。
「……君さぁ」
「はい?」
「それ反則だよ」
「え?」
「天然てへぺろは強すぎる……お姉さんのHPはもうゼロ……」
お姉さんは顔を真っ赤にして俯いた。
耳まで赤い。
「なんでそんなに照れてるんですか」
「照れるでしょ!あんなの見せられたら!」
「ただ言っただけですよ」
「それが強いの!天然てへぺろは暴力!」
お姉さんは両手で顔を覆った。
その仕草が妙に大人っぽくて、逆に困る。
「……ねぇ君」
「はい」
「今日の結論、言っていい?」
「どうぞ」
お姉さんは顔を上げて、少しだけ照れた笑顔を見せた。
「君の“てへぺろ”、ガチで推せる」
「意味が分かりません」
「お姉さんが分かればいいの!それでいいの!」
ドアが閉まる直前にお姉さんは小さく舌を出して、また言った。
「……てへぺろ」
心臓が、また変な音を立てた。
てへぺろって!




