第一話:詳細キボンヌ
放課後のアスファルトが、夕陽で少しだけ赤く焼けていた。
マンションの階段を上がり、鍵を取り出そうとした瞬間、隣のドアが勢いよく開いた。
「おかえり。今日も学校乙〜」
白いワンピース。ゆるく巻いた長い髪。雰囲気は落ち着いてる。完全に落ち着いてる。
「……あ、どうも。乙……です?」
「その反応ワロタ。君ほんと尊いな〜」
『尊い』の使い方が明らかにおかしい気がするけど、指摘できない。
「ねぇ、今日の数学の課題出た? ちょっと見せてほしいんだけど」
「なんでですか?」
「気になるから、かな?」
「……っていうのもあるけどさ。ほら、クリエイター業やってるから。高校生の課題ってネタの宝庫なんだよね。うpよろしく」
「アップでいいですよね!? てか“うp”ってなんですか?」
「えっ、使わんの? 令和の若者ってマジで知らないのね……gkbr」
「gk……なんですか?」
「ガクブル。震えてるって意味!」
「全く震えてないです?」
「うそ〜。ほら、目そらした。かわよ!」
お姉さんは悪戯っぽく笑った。どうしてこの人は、こんなに自然に距離を詰めてくるんだろう。
「……ねぇ」
不意に低い声。さっきまでの軽い調子とは少し違う。
「君って、マジで逃げないよね。どんな言葉投げても、ちゃんと返してくれる。……そういうの、イイネ。推せる」
その笑顔を見て、胸の奥が熱くなった。
「ほい、それより数学。死語レッスンもしてあげるから、覚悟よろ〜」
「なんでレッスン受けなきゃなんないんですか!」
「君、死語筋力ゼロだから! 鍛えよ!」
「死語筋力って何!!」
お姉さんは楽しそうに笑った。夕陽がワンピースの裾を揺らす。
「じゃ、第一回。“ワロタ”の使い方講座〜。
君と話してると、私ほんと、ガチでワロタだから」
その言葉の意味だけは、なぜかちゃんと分かった。
胸のあたりが、少し熱くなる。
「……俺も、嫌じゃないです。あなたと話すの」
「はい尊い〜〜!! 今日も死語筋力鍛えてこ!」
「だから死語筋力って何!!」
廊下に笑い声が響いた。
意味は分からない。
たぶん、大人の人って、こうやって人と距離を詰めるのかもしれない。
でも気持ちは伝わる。
それだけで、なんか……十分な気がした。




