第十一話 Fact
第十一話 Fact
イアンに案内されたエリザベスは窓から光が入る石階段を七、八段ほど登った。石の壁は磨かれており、昼の光が窓から斜めに差し込んで白く反射している。足音は乾いた音で反響。登りきると目の前には壁と大きな窓がある。窓の外には大学の中庭が見え、芝生と石の道が静かに広がっている。
イアンは立ち止まらず、左へ身体を回す。百八十度回転すると、さらに上へ続く階段が現れた。細い石段が螺旋のように伸びている。エリザベスも続き、二人は再び階段を登った。石壁に囲まれた空間はひんやりしていて、遠くから学生の話し声が微かに聞こえていた。
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二人が着いたのは大きな漆扉であった。厚い木で作られており、表面には光沢。古いが手入れは行き届いている。そこにイアンが手をかざすと、下を向いて唱える。
「Daytrip took it to 10…」
ガチャ
ロックが外れた音がすると勝手に扉が開いた。重い扉がゆっくりと動き、隙間から室内の光が漏れる。エリザベスは少し驚いた顔をした。魔法による鍵の解除だと理解する。二人は入室。室内は宮殿の中位の客間ほどの広さだった。天井は高く、窓から差し込む光が机の上を照らしている。席は二十四人ほど。一列六人の四角形に机が並んでいた。
すでに席は八割ほど埋まっている。黒ローブの学生たちが机に座り、本や紙を広げて雑談していた。イアンとエリザベスは机角を右に回り込む。空いていた隣の二席に腰を下ろした。周囲はイアンと同じ黒ローブの学生ばかりだ。侍女の格好は明らかに浮いている。右を見ると本を積み上げている友人同士の学生が話している。
「前、体系魔法の講義で出たさ!」
「教科書に載ってる魔法をほとんど埋めたエルフ覚えてるか?」
「ああ〜千年生きた魔法しか興味ない女だろ。」
「あんな逸話信じてるのか」
男は熱心に語り出す。
「実は気になって調べたのだけど…正確にはちょっと違くて、魔法以外にも唯一会いたがっていた男が居たんだってよ!それもそれも彼女が一番好きな魔法は花畑を出す魔法って話らしいぞ!意外と乙女だったぽいなあ〜」
「まじかあ。やっぱエルフも女の子ってわけなんだな〜。それも前にもここの学長エルフって噂あるぞ?学長室に行った奴が、学長の耳はとんがっていたらしくて、周りには塔のように本が積まれて、気怠そうな顔をしてたみたいだぞ」
男は興奮して、笑った。
「おいまじかよ!!やっぱエルフっているのかなっ!!」
エリザベスが左を見ると別の学生同士も話している。紙を広げたまま身振りで説明している。
「なあ。話によると北の国には呪文魔法を教える専門機関があるらしい。それもどうやら箒に跨って球を投げ合う競技みたいよ」
「それ知ってる!壁の中に城があるって奴でしょ??」
男たちが熱心に語り出す。
「そうそう。呪文魔法ってここの講義によれば半分絶滅してるらしいけど、その城だけは例外っぽいのよね」
「マジで??すごいね…本当にあるのかな??」
部屋のあちこちから似たような噂話が聞こえてくる。学問の場というよりは学生の集まりのような空気だった。エリザベスは嘘か誠かわからない噂話を眺めていた。その時、扉が開いた。
入ってきたのはいかにもウィリアムを若くしたような典型的な中年魔法使いだった。整った髭と落ち着いた表情、黒いローブの裾が静かに揺れる。男は四角の真ん中に立つ。
「はいはい雑談はここまで。今日は前半は研究の進捗と後半は古典魔法の講義に入るからな」
ガチャ…
一人の学生がこっそり入ってきた。恐る恐るゆっくりと席へ移動する。
「扉を閉めないか?外部に漏れたらどう責任を取るんだ?」
教授が学生を指摘すると、学生は扉を軽く押し閉めた。
「では始めよう。我らの道」
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前半は研究内容の進捗確認だった。机の周囲で学生が順番に立ち上がり、紙を見ながら発表していく。専門的な言葉が次々と飛び交う。エリザベスは机に肘をつきながらそれを眺めていた。黒ローブの学生たちは真剣な顔でメモを取り、質問を投げる。空気は静かだが、集中している。
一人の学生が立ち上がる。
「私の研究、歴史上の事件や規制により禁忌に指定された体系魔法や取り締まりの歴史研究ですが魔法制度が確立する前の第三期より一般攻撃魔法と称した、対魔族及び人間を殺害するための体系魔法が存在することが分かりました。文献によると名前は”ゾルトラーク”と言うそうです」
教授が顎に手を当てる。
「ほう〜。ここで二点ほど良いか?…」
学生と教授のやり取りが続く。古い文献の話、体系魔法の分類、規制の歴史。話題はどんどん細かくなる。エリザベスは目を瞬かせた。話の流れが理解できない。
ただ、真剣に議論する学生たちをぼんやりと見ていた。
⸻
二時間ほど経つと、講義は後半に入った。前半の研究報告は難解で、エリザベスにはほとんど理解できなかった。椅子にもたれ、目を細めたまま、半ばうたた寝のような状態で聞き流していた。ふと横を見れば、イアンは背筋を伸ばし、机に置いた紙を見つめたまま、目を大きく開いている。まばたきすら惜しむような集中ぶりだった。エリザベスは少しだけ感心する。
(よくそんなに真面目に聞けるわね…)
その時、中央に立つ教授が口を開いた。
「では。本日の講義に入ろう。内容は我が師でもある故ウィリアム先生の残した手記についてだ」
エリザベスの肩がわずかに揺れた。ウィリアム。その名前を聞いた瞬間、ぼんやりしていた意識が一気に引き戻される。崩していた姿勢を直し、椅子に深く座り直した。目も完全に開く。教授は机の上に置かれていた紙束を手に取った。
「先生は亡くなる直前に我々に能力魔法についてのレポートを我々の所に提出した。皆にはそれについて情報の共有と研究課題のテーマや新たな知見を広げるためにディベートのテーマとした。」
紙を一枚摘み、読み上げる。
能力魔法に関する報告書
西暦一八五五年
我が国宮廷関係者への聞き取り調査により、新たな能力魔法使いの存在が確認された。対象の人物はメアリー・ファーストとされる。
確認された能力は、体内より深紅色の物体を伸長させ、さらに自らの手を噛むことで噴出した血液から鎌状の武器を生成し、これを用いて攻撃を行うものである。
また、基礎魔法による攻撃を受けた場合においても、目視で確認できる損傷は認められていない。
これらの報告結果より、伸縮する赤色物体および血液を媒介として武器を生成する特性から、本能力は血液を自在に操作する性質を持つものと推定される。
以上の理由により、本能力を「鮮血の能力」として登録することを提案する。
教授は紙を下ろし、学生たちの方へ向き直った。
「現在最も新しい情報として、前女王メアリーファーストは鮮血の能力の魔法使いの可能性が高いと先生は残してる。生前先生が仰っていた通り、やはり能力魔法使いは王族が多いと言う話は非常に信憑性が高いと言うわけだ。これについて本日はディベートしようと思う」
ざわ…
教室の空気が揺れた。前女王の能力魔法。あまりにも重い話題だった。学生たちは顔を見合わせ、小声で話し始める。その中で、一人。顎に手を添えていた学生の列から、一本の手が上がった。
「はいはい!」
「ダメですよ!エリザベスさんっ!」
慌てて袖を掴むが、遅かった。教授の視線がまっすぐ向く。目を細め、席を見つめる。
「あなた…誰?見た感じ…学生じゃあなさそうだ」
エリザベスは立ち上がった。
「まあ!それはどうでもよくて!私鮮血の能力知ってるよ!何故?…とは絶対聞かないでね。これには続きがあって、メアリーはその力で翼や尻尾を作って、空飛んだり、バネの様にして跳ねたりできるのよ。何で?って…それも絶対に聞かないでね」
教室が一瞬、静まり返る。教授は眉をひそめたままエリザベスを見つめ続ける。イアンは顔を真っ青にしていた。学生たちもざわざわと騒ぎ始める。
「だから…あなたは何者だっ?うちは部外者は立ち入り禁止だぞ!」
エリザベスは両手を振った。
「ああああああっ!ごめんごめん!そうだよ!学生じゃないよっ!あんた達に協力するから!詳しい話は後でしない?絶対にあんた達を後悔させないって約束する!」
教室の空気がぴたりと止まって教授はしばらく黙っていた。エリザベスをじっと見つめる。その視線を、エリザベスも正面から受け止めた。やがて教授が小さく息を吐く。
「分かった。話を聞こうか。公では言えないご身分の可能性もあるので…そしてイアン君は彼女とどのような関係で??」
矛先がイアンへ向いた。イアンの肩がびくっと震える。
「ぼっ…僕は彼女のとっ…友達でっ!彼女が能力魔法オタクだからっ…好きかなあって思って…」
教授は深くため息をついた。
「あなたとイアン君はうちの研究室に二人で来なさい。内容次第ではイアン君に処罰もあるからな。そしてあなたっ!私が時間を使うことを絶対に後悔させるな...」
エリザベスと教授は真っ直ぐ睨み合った。その横で。イアンの背中からは、冷たい汗が止まることなく流れ続けていた。
エリザベスとイアンは教授の部屋へと呼び出された。部屋の中は本だらけだった。壁一面に本棚があり、収まりきらない本が机やテーブルの上に積み上げられている。紙束は黄ばんでおり、端は波打っていた。古い紙の匂いが部屋に満ちている。教授のデスクの前には丸椅子が二つ置かれていた。教授は手で椅子を示した。
「どうぞ。座ってくれ」
エリザベスとイアンは椅子に腰を下ろした。教授はデスクの向こう側に座り、両手を組むと口を開いた。
「まずは話を早くしたいので、あなたの素性を教えてくれ。あなたの秘密についてはきちんと守るつもりだ」
エリザベスは少しだけ肩をすくめ、口を開いた。
「ええ。宮殿の人間よ。何なら私の名前はエリザベス。みんなからそうね…陛下とか…国王とか呼ばれてるわ」
教授は一瞬沈黙した。次の瞬間、突然笑い出した。
「ふっ…ふっ…ふははははははっ!!」
椅子に深く背を預け、天井を見上げながら腹を抱えて笑う。机を叩き、手を打つ。エリザベスとイアンは顔を見合わせた。
「いひひひひひひひひっ!!!」
「あの…何がおかしいのよ」
「ひひひっ…そんなことがあっていいのかっ!そんなバカなあっ!!」
「あの…答えてください」
「はははっ…ごめんなさい。私の中で色々繋がってね。昔からウィリアム先生から聞いてたんですよ。陛下についての話を聞いてたもので。そういうことだったのか…」
エリザベスは困った顔をした。教授は笑いながらも姿勢を戻し、視線を向けた。
「講義中に陛下を疑ってしまったのは申し訳ないです。と…言うことはあの報告書の証言ってまさか…」
「そうよ。そのまさかよ」
「ふっ…ふははははははっ!」
教授は再び笑った。しばらくして笑いが収まると、今度は真顔で尋ねた。
「まさかですけど、私とお話したいだけに来校された訳では無いですよね?」
エリザベスは足元に置いていたボストン鞄を引き寄せた。金具が触れ合う音が鳴る。鞄の口を開けると中を探り、机の上に二つの物を置いた。
ジャラッ、と音がした。机の上に転がったのは、黒く塗りつぶされた仮面と、血液が乾いたままのペンダント。
「これは生前姉のメアリーが身につけていたものよ。仮面は顔を隠すため。ペンダントはよく分かってない。姉は特にペンダントを大事そうにしていたわ」
教授は仮面を手に取った。光にかざし、角度を変える。裏側を覗く。表面はただ黒く塗られているだけだった。
やがて仮面を机に戻し、今度はペンダントを手に取った。小さなボタンを押す。
カチッ
中から女性の肖像画が現れた。教授はそれを何度も角度を変えて見つめる。だが手がかりは見つからない。教授は顔を上げた。
「このペンダントの女性って誰だか分かったりしますか?」
「私も姉からはっきりは聞いて無いけど…姉って身近な私に対しても不信なところがあって。でも姉の母のことはすごく大好きで、少し聞いた昔話も母との仲良しエピソードが多かった。おそらく姉の母かと...」
教授の動きが止まった。ほんの一瞬、静止。そしてゆっくり口を開いた。
「母…もしかしてですけど…これ…アーティファクトの可能性がありますね…」
「アーティ…ファクト??」
「アーティファクトです。実は能力魔法使いは絶命する間際にレガシーと呼ばれる能力魔法を受け継ぐための人工物を作成することができます。おそらくですけど母が亡くなる際にレガシーを作成して、このペンダントをお姉さんに継承した可能性が高いと思います」
エリザベスは眉を寄せた。
「つまり…鮮血の能力は正確には姉じゃなくて…姉の母ってこと??」
「まあ…根拠はないですが、その可能性が非常に高いと思います」
エリザベスはしばらく黙った。頭の中で何かを整理するように視線を落とす。やがて顔を上げた。
「アーティファクトってまだ秘密あるでしょ?」
「はい。私も何故かは分かっていませんが…アーティファクトは限られた人しか使えません。このペンダントは分かりませんが、物によって適合しない場合は、呪われたり、命を落としたり、体を操られたり色々起きます。何もない場合もありますけど」
エリザベスは額に手を当てた。深く考え込んでいる。しばらくして、教授が静かに提案した。
「よろしければ仮面とペンダントを我々にご提供頂けないでしょうか?おそらくイアンがこれについて調べるようになると思います」
エリザベスは天井の方へ目を転がした。そして何か思いついたように再び鞄を引き寄せた。ジャラジャラと金具が鳴る。次の瞬間、拳と一緒に机の上に何かを置いた。
カラッ
三角形の水晶体と、凸型のレンズだった。
「それを譲る代わりにこれを使った金属性魔法について教えて欲しいの。魔法に詳しいあなた達ならこれの使い方知ってるでしょ??」
教授は水晶体を手に取った。窓際へ歩き、光を集める。
反射した光が壁を走った。天井を横切り、机の脚を越え、床へと滑る。教授は水晶体を机に戻した。
「ごめんなさい。私はこれの魔法についてはわからないです。お尋ねしますが、これは誰から頂いた物ですか??」
「鍛冶屋の親方…だけど」
「鍛冶屋とは??」
「すみません。ちょっと待って!」
エリザベスは勢いよく片耳を押さえた。
「アシュリー大至急!ロバートに鍛冶屋の二人の名前を聞いてっ!ロバートだったら絶対知ってるから!」
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その時アシュリーは宿屋にいた。机の上には宮殿の設備投資の書類が山のように積まれている。アシュリーはペンを走らせていた。突然、左耳を押さえた。
「どうしたのベス?ロバート君に鍛冶屋の二人の名前ね?鍛冶屋って聞いて大丈夫なの?あの子一杯案件抱えてるわよ?」
アシュリーは少し黙って、また話し始めた。
「なるほど。二人で一緒に挨拶したのね。わかったロバート君に聞いてみるわ!少し待って!」
今度は右耳を押さえる。
「ロバート君!ちょっと話いい?前にベスとロバート君で鍛冶屋の二人と話したことあるでしょ?お願いなんだけど鍛冶屋の二人の名前教えてくれない?…なるはやでっ!!よろぴくっ!」
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エリザベスは耳から手を離した。教授の方へ向く。
「今リモートコンタクトで、部下に話を聞いて回ってるわ。ちょっと待って頂けるからしら?」
教授は椅子にもたれた。イアンは緊張したまま背筋を伸ばしている。三人は黙ったまま返事を待った。
⸻
エリザベスは机の前に立ったまま、アシュリーからの返事を待っていた。教授は椅子に腰掛け、指を組みながら静かに様子を見ている。イアンは背筋を伸ばしたまま、落ち着かない様子で視線を行き来させていた。
その時だった。エリザベスが突然、左耳を塞いだ。目を細め、少しだけ顔を傾ける。部屋の中は静まり返り、紙の擦れる音さえ聞こえない。
やがてエリザベスは耳から手を離した。小さく息を吐き、教授の方へ向く。
「待たせてすみません!名前分かったわ」
教授は椅子の背から体を起こした。
「では…教えていただけますか?」
エリザベスは一瞬だけ視線を落とし、記憶をなぞるように言葉を探した。
「名前は…」
エリザベスが名前を口にした。教授は眉を寄せる。机の上に置いたペンダントを見つめ、仮面に視線を移す。そして再びエリザベスを見る。しかし、表情は変わらなかった。心当たりがある様子はなかった。
「すみません陛下。残念ながら私もその名前を存じ上げません。しかし大学内の記録に残っているかもしれません。少し調べてみます。リモートコンタクトの連絡先を教えて貰いますか?」
エリザベスは頷き、通信先について簡単に説明した。教授はそれを聞きながら机の引き出しから紙を取り出し、黒鉛で書き留める。書き終えると紙を机に置いた。
「分かりました。時間はかかりますが、事務員に問い合わせしてみます。分かり次第リモートコンタクトで連絡しますね。予想ですが、明日の午前になるかと...」
エリザベスは軽く肩をすくめた。
「ありがとう。ではよろしくね」
椅子がわずかに軋む音を立てて、エリザベスは立ち上がった。イアンも慌てて立ち上がる。二人が扉へ向かって歩き出すと、教授がイアンに声をかけた。
「イアン君。陛下にアーティファクトの研究内容を見せなさい。我らの道」
イアンは振り返り、背筋を伸ばした。
「分かりました!エリザベスさん行きますよ」
エリザベスは小さく頷いた。二人は机から離れ、部屋の奥へ進む。扉を開けると、廊下の冷たい空気が流れ込んできた。そのまま廊下へ出ると、足音が石床に響く。やがて扉は静かに閉じられ、教授の部屋には再び本の匂いと紙の静寂だけが残った。




