第7幕:奇術師の誤算
「―――ホゥ……ホホ? ……ホホゥ……?」
「そう、向こうだよ」
「「ホホホホホッ?」」
「ホホ。ホホゥ」
「あんよが上手、あんよが上手――さぁ、次はそっちだ」
号令に合わせ、右へ左へ。
列をなして移動する鳩達。
暇な、隙間の時間に。
こういう基礎的な訓練をするのは、とても大事な事だね。
で、そろそろ約束の時間だけど。
ぼちぼち、やって来るかな。
ベンチに腰かけ、友を待つ。
ここ最近は、かなりの頻度でハクロちゃんと遊ぶみたいで。
予定があるというと。
ナナミとエナが、若干へそを曲げていたね。
「……おや?」
遠くの方できょろきょろと。
何かを探すように目配せし。
銀髪の少女は歩く歩く。
どうやら、探し人の姿が見当たらない様子だ。
人が沢山いるから仕方がないけど。
その人、余程影が薄いんだろうね。
「じゃあ――君だ。君を親善大使に任命しようか」
「ホホ。……ホ?」
「ハクロちゃんを、無事にご案内してくれたまえよ?」
無茶ぶりなのは分かるとも。
だけど、可愛い子には旅をさせろともいうからね。
集中し、動きを頭に浮かべ。
進むべき道標を形作ると。
少女へ向かって、ピンクの足で。
ヨチヨチと歩いていくハト君。
その様子に、広場を通行する人たちの視線が集まりはするけど、何時もの事なので、特に何かする様子はなくて。
むしろ、道を譲ってくれるけど。
これは、まさに迷路。
一直線とはいかず、雑踏をすり抜けて進む身体。
「――む。やっぱり、曲線的な操作は難しいんだよね」
飛んでいるならまだ良いけど。
地面を歩かせるのは、更に多くの集中力を要するんだ。
だから、気合を入れて。
精神を集中して。
しっかりと操る。
途中で他の事を考えると、上手く行かないし。
「そもそも。“小鳩召喚”の注意書きには、ハトを操れる――なんて、書いてなかったからねぇ」
所謂、隠し効果というやつで。
トワ曰く、「只の仕様」とか。
勿論、道化師以外にも。
そういう職業はあるらしくて。
一々説明するリソースの削減だとか、自分たちで見つける事の楽しさを教えたいとの事だけど。
―――普通に、欠陥みたいだよねぇ?
私が考えている間にも。
近づいてくる鳩と少女。
「ホーホー」
「ホーホー、待って」
直線に並んでやってきた一人と一羽。
停止したハトを、少女が両手で掬い上げた所で、目が合って。
「ん……? ――ルミ?」
「ホーホー。やぁ、銀の鳥さん。翼を広げて、どちら迄?」
今日の予定は、実は。
まだ決めてないけど。
果たして、ハクロちゃんの行きたい場所とか、あるのかな。
大体の場所だと。
私は、只の餌に成り下がっちゃうと思うんだけど。
「プシュケが、ルミに会いたいって言ってたぞ」
「む………?」
◇
あぁ。コレは、美味しい。
見事なお茶の淹れ方だね。
蒸らす時間も。
種類によって変えているみたいだし、なにより……。
「水も良いんでしょうね、この紅茶は」
「ほう、分かるか」
「………んん?」
「軟水――この地域はそうなんですか」
「うむ。王国領は、総じて農業が盛んな地域。ゆえ、古くより名水の湧き出る河川は、我らが抑えてきた。中でも、地下のエデンより【専農都市】へ湧き出る軟水は、わらわの好みに合致しておる」
色々と、語ってくれるプシュケ様だけど。
流石に領主の言葉ともなると。
やはり、言葉の節々で重要な単語が出てきている気がするよね。
やや早口で。
情熱を語った彼女は。
一旦、お茶で口を湿らせて。
私が持参した、「ホールケーキ友情価格税込み500アルの所、大まけで税抜き480アル」を口に入れる。
……………。
……………。
店主君は。
果たして、何を目指しているんだろうね。
「……うむ、うむ。中に、ゴロゴロと――この果実は中々。これは、何処のモノじゃ?」
「トラフィークで卸している物です」
「ほう、帝国の通商都市か」
「お気に召されたのでしたら、店舗をお教えしましょうか」
「――どこ?」
「ハクロちゃんの知っているお店だよ」
そう、コレはピートのケーキ。
奥深い香ばしさがあり。
上面は、サクサクミルフィーユなパイ。
下側は、タルトの食感が美味しい逸品。
凄く丁寧な仕事で。
カラメリゼを施した果実は、タルトタタンの様に大きめにカットされているから、未だシャキシャキの食感で。甘味と香ばしさが引き出されている。
どうやら、彼の作る甘味は。
ハクロちゃんや、プシュケ様……大人から子供、異訪者から領主様、幅広い層の支持を得ているようだね。
―――やはり、あの商店は。
本来、只の食料品店なあの店は、何を目指しているんだろうね?
「ご歓談中、失礼致します」
「――うむ。何かあったか」
「昨日依頼を行ったクエストの報告を。異訪者たちが、取引の現場を抑えることに成功致しました」
私が訝しんでいると。
また、あの人だね。
先日の、手遅れな男性がやって来て、プシュケ様に報告をしているよ。
「――ねぇ、ハクロちゃん。あの人は?」
「プシュケの補佐」
「名前は?」
「んん……? 覚えてない」
首を捻りながらも、サクサクと。
次々にケーキを頬張るハクロちゃん。
彼女の行動原理は、完全に興味があるかないかに左右されているんだろうね。
「じゃあ、あの人。いま、異訪者がって言ってたよね?」
「ん。いってた」
「PL達が請け負ったクエストの達成次第で、こういう背景ストーリが……ほほう」
何のクエストでも。
裏で、こういう話があるんだと考えると、とても面白いね。
全部が領主様へ報告されたら。
流石に、頭がパンクするだろうけど。
「では、私はコレにて」
「うむ。引き続き、進展があれば細かに報告せよ」
お話、終わったのかな。
「ハクロ。そして、ルミエールよ」
「――ん?」
「はい、何でしょうか」
「其方等は、食べ物が最も旨い時機は、いつだと考える」
「やはり、熟したて……ですかね」
「ん。真っ赤な時が良い」
「クククッ……。其方等も、そうか。うむ、うむ、そうじゃな。腐る直前が旨いという者も多いが。やはり、新鮮な果実こそ、旨いものじゃ」
ケーキを、専用のナイフで一切れ掬い。
自分のお皿に乗せた彼女は、格言だか、趣向の話だか、どちらともとれる言葉を用いる。
ケーキ談義の延長というよりは。
より深い意味が込められていそうで……あぁ。
「もしかして、先程の方と話されていた事ですか?」
「そうなのか?」
「うむ。やはり、其方は聡明じゃな」
腐る直前とは。
詰まる所、手遅れの直前であり――それが依頼であれば、既に大きな損害や不手際が発生している状態だという事。
解決には。
決定打と大立ち回りが必要。
でも、熟したてならば。
まだまだ早期に解決する手立ては沢山あるという事で。
「――そういう意味では、此度の件は、未だ熟したばかり。民を未然に護るという意味でも、良い収穫があったわ」
だから、彼女はご機嫌なんだね。
先程の五割り増し――凄い速度で、卓上のお菓子が減っていってるみたいだし。
「プシュケ」
その事実に顔を顰めつつ。
牽制するように、ハクロちゃんが問いかける。
……今更だけど。
一応、仕える主だよね?
どちらも全く遠慮がないようだし、友人のような間柄でもあるのかな。
「取引の現場って、何の話だ?」
「なに。表では売れぬような、薬物の話よ」
……………。
……………。
やくぶーつ……!
確かに、実に危ないね、それは。
「調査を、異訪者に依頼したのですか」
「うむ。自由に動ける者たちの手を借りたかったのでな。何せ、どちらもが、何処へでも湧き、何処にでも隠すような者達じゃ」
「――やくぶつ。ダメ、ゼッタイ」
「うん。それは駄目だね」
「そう、それで良い。真っ当に生きる者たちの生に、その様なモノは無用の長物じゃろうて」
チョコとか、アイスとか。
隠語は数あれども。
絶対、名前の元になった食品の方が何倍も良いモノだ。
「――あぁ。そうだ、そうだ。私も以前、教会図書館で変なモノを見つけてね?」
「変なモノ……?」
『―――確認。第一クエスト達成』
『―――【境界の深奥】が進行しました』
やった、クエスト達成。
………うん。
………んう?
どうして、そうなるのかな。
私、クエストなんて受けていたっけ。
いや、そんな筈は。
今まで私が参加したのは、その場限りのイベントばかりで、その全ては達成した報酬を貰っていて。
今更何らかの効果を及ぼすものが残っていようはずもない。
でも、誤作動も考えにくくて。
紛れもなく、ファンファーレと紡がれるこの達成音は。
このアナウンスは、確かに。
ん……ん……? 境界の深奥?
―――あ。
それって、確か。
「――ルミ……?」
「ルミエールよ。黙り込んで、どうかしたのか」
両側から聞こえる声。
突然固まった私を心配したのか。
二人が、こちらを覗き込んでて。
「……いえ。ちょっと、思い出したことがありまして。思い過ごしかもしれないのですが」
「よい、申してみよ」
もしかして、クエストって。
一度発生した場合。
キャンセルとかは出来ないのかな?
或いは、その為の手順は存在するけど、私が知らないだけだとか。
疑問を覚えつつも。
重要じゃない事で。
「――教会図書館……書籍の内部に。王国のみならず、帝国領の通商都市でも……じゃと?」
「そんなの、あったのか?」
「この間も見てね? ハクロちゃんに教えてあげようとしたんだけど、他の本に気を取られて忘れてたよ」
そうだった。
忘れていたのは、そっちもだったんだ。
世間話の様に楽観的に。
ぺらぺらと動く私の口。
それとは対照的に、口元を結び、何かを考えている様子の女性は。
やがて、一つ頷きを返し。
柔らかな笑みを浮かべる。
「そうさな。その件は、こちらでも調査してみよう。何か進展があれば、其方たちにも伝えるからの」




