第5幕:剣舞と座談
巨大な剣が、突風と音を巻き起こす。
しなやかな直刀が、風を従え、音をかき消す。
素晴らしい。
素晴らしい。
これは、喝采ものだよ。
果たして、尋常なる立ち合いを、見世物と称して良いのかは分からないけどね。
……………。
……………。
状況を整理しようか。
昨日、私はハクロちゃんの師匠らしいお爺さんと出会って。
挨拶もそこそこに。
時間が時間だったから、ログアウトしたけど。
休んだのはハクロちゃんの部屋。
ふかふかな、ベッドで。
リスポーン地点が変わっているから。
当然、目覚めたのも領主館の室内で。
「――見事、見事よ。どうじゃ? 異訪の術者……ルミエールよ。アレが我が剣――【白刃の剣聖】じゃ」
「はい。とても、凄いですね」
そして、今は。
一人の女性と並んで座りながら。
至高の見世物に心躍っていると。
……眼前で行われる剣舞。
全身全霊で行っている様子のそれは、抜き身の真剣を使ったもの。
行うは、二人の人物で。
全く違う体躯の二人だ。
片や、身の丈以上もある大剣を振り回す少女。
片や、細身の直刀を煌かせる老騎士。
祖父と孫の関係にさえ見える両者の戦闘は、戦いだけど「野蛮」という印象は無くて。
何処か、美術品を思わせる華がある。
で、私に隣にいる女性。
彼女はお偉いさんだね。
ウェーブの掛かった亜麻色の髪。
瞳は灰に近い青色……ブルーグレーで。
背は、私よりも少し低いくらいだから、女性としてはそこそこ長身。
そう、彼女こそ。
古代都市アンティクアの領主。
ハクロちゃんの言っていた、プシュケ様だね。
とても可愛らしい感じの名前だけど。
実際は、とっても優雅な女性で――恐らく、神話の女性がモデル。
彼女が満足そうに見る先には。
やはり、屈強な老騎士がいて。
「あの方は――アルバウスさんは、現在は指南役なのですよね?」
「うむ。かつては我が騎士団を束ねておったが、既に老齢であるからな」
「……あの動きで」
「そう、アレでな」
全盛期には程遠い……と。
そう真横で言われているけど。
とても、そうは思えないよね。
既に、ある程度の時間が経つのに。
全力で打ち合っている筈の両者は、まるで疲労、疲弊を感じさせず。
「―――これは――どうする……!」
「ん………ッ!」
老騎士が、力の乗った袈裟斬りを仕掛ける。
その一撃は――速い。
目で追えない程に。
途轍もなく、速い。
対する少女は、剣の切先を支えに飛び上がり。
まるで、扇風機――身体を捻った回転のままに、直刀を弾き……えぇ……?
およそ、あり得ない動き。
現実では、まず不可能で。
ゲーム内であろうとも、剣士とは思えぬアクロバティック。
鉄棒競技や棒高跳びでも、こんな動きは絶対にやらないし。
師匠さんも、同じ動きなんてしてないから。
そう、我流。
この世界で。
あの少女自らが生み出した、離れ技だ。
「二人共……本当に、凄い……けど――やっぱり……」
「どうかしたか、ルミエール」
私の様子が気になったからか。
隣の領主様が。
手を動かしながら、聞いてくれるけど。
白刃……白で。
剣聖……剣と。
何だか、趣向が似たような人物を。
以前にも、こんなに凄いNPCさんを見た覚えがあるんだ。
「もしかして。あの方は、【紅蓮の戦鎚】さんのお知り合いですか?」
「―――ふ、ふふ。そうじゃな」
「わが剣は、12聖天が一角じゃ」
「………わぁ」
私は、少し前まで知らなかったけど。
12聖天っていうのは。
最強とされるNPCで。
皇国が任命する、その時代最強の十二人を指す言葉らしいんだ。
やっぱり、凄いお爺さんだよ。
未だその地位という事からも。
元ではなく、現という事からも、力量は未だ健在なんだろうね。
私は戦闘とかしないけど。
ここは是非とも、目に焼き付けておこうかな。
……………。
……………。
「――して、ルミエールよ」
「はい?」
「為政者としての性でもあるが。わらわは、有能な者が好きじゃ」
「……………?」
そんな、酷いよ。
無職さんの前で。
……無能な人が嫌いなら。
私、何されちゃうんだろう。
強制労働とか、させられちゃうのかな?
何も有能と言える長所がない身としては、彼女の言葉が重く圧し掛かり。
それしか、出来ることなんて……。
「其方もまた、我が客人と認めよう」
「―――私も……?」
「武芸者のような力こそないが、あのような面妖な術の数々…私の心は大いに惹かれたぞ。――この鳥も、わらわの好みじゃ」
そう言いながら。
彼女は、膝の上のハト君を撫でる。
とても大人しいから。
凄く安心できるよね。
真っ白だから、清潔感もあるし。
「あのハクロが、自ら探し、連れて来たのじゃ。其方には、何かがあるのじゃろう」
「………むむ……ぅ」
「其方が成す事。楽しみにしておるぞ」
もしかして、凄く期待されてる……?
一発芸とかした方が良いのかな。
でも、今は人が。
話が終わるのを待っている男性が居るみたいだし。
この辺で、一度会話を切って……。
「――何用じゃ、カルロ」
「えぇ。ご歓談中、失礼致します、プシュケ様。そろそろ、お時間が」
「うむ……うむ」
私達の話が終わるのを待っていたのは。
禿頭で恰幅が良い男性で。
王城だったら、大臣さんをやっていそうだけど。
此処は都市だから。
領主の補佐官的な立ち位置の人かな。
うむうむしか言わなくて。
まるで立ち上がる気のなさそうな領主へ、彼は再びソレを促す。
「プシュケ様? そろそろ、政務のお時間なのですが」
「うむ。あと五分」
「……三十秒にして頂きましょう」
「時間に細かい奴じゃなぁ。髪がなくなるぞ」
「もう、手遅れですので」
なんて切ない自虐だろう。
流石に、哀れに思ったか。
それとも冗談だったのか。
プシュケ様も、それ以上は何も言わず、ゆっくりと席を立ち。
再び、私へと視線を向ける。
「ルミエールよ。其方は、この後の予定はあるのか?」
「いえ。今日は、とくには」
実際は、都市を観光しようかなって思ってたけど。
まだ、殆ど未定だったからね。
何かの匂いを感じ取り。
私は、そう答えるけど。
「――ふむぅ……?」
彼女は考える様子を見せて。
顎に手を当てていたけど、やがて思いついたように口にする。
「帝国より悪路を抜け、はるばる観光で参ったなら、ディクシアの遺跡を見て行くのも良かろう」
「――でぃくしあ」
「では。また会おうぞ、ルミエールよ」
そう言って、悠々と手を振り。
去って行くプシュケ様。
余裕のある、優雅な様子だけど。
足取りだけがやや急いでいる様子なのは、一見優雅に泳いでいる水鳥が、水中では必死に足を動かしているという話を連想させるね。
実際は、浮力があるから。
彼等はバタ足なんてしていないんだけど。
ゲームの中でも仕事なんて。
NPCも、楽じゃないよね。
立ち去る二人の後ろ姿を見送っていると。
見せるべき主が去ったからか、直前まで行われていた剣舞も終了し、ハクロちゃんが戻ってくる。
「―――ルミ」
「やぁ、お帰り。ハンカチを――要らないか」
「………ん?」
ゲームの中だからね。
汗とかかかないよね。
それでも。
彼女は疲れが残ったようで、フラフラと飛び込んでくるから。
ゆっくりと受け止める。
「凄かったよ。ハクロちゃん」
「ん……ハクロは、強いからな」
本当に、そう思うよ。
今回は、随分と相手が悪かったみたいだけど。
アレが日常らしいのがね。
ハンカチは要らないけど。
信賞無罰が、私の一応の方針。
アイテムボックスには、常に色々と入っているから……コレとか、どうだろう。
「―――それは?」
「ピートジュース。懐かしいおふくろの味と称しながら、強面のおじさんが作っているんだ――」
「うまー、あまー」
剣舞の時より素早い動き……!
私の手にあったそれは、何時の間にか彼女の両手に握られ。
小さな五体へ流し込まれていく。
「―――んっ――んんっ……」
さながらCMのように。
何処までも美味しそうに表現された、完璧な飲みっぷりだ。
「そんなに急がなくても。気管に入ったら――そうだ。ハクロちゃん、アダムのリンゴって知ってる?」
「――んんっ……知らない」
「のどぼとけの事でね。アダムさんがリンゴをのどに詰まらせた逸話から来てるんだけど……ジュースで良かったね?」
「ピートも、好きだ」
「うん。勿論、私もだよ」
軽く話を振りながら。
隣に座り、ジュースを呷る彼女の様子を見守るけど。
少女が、小さな喉を鳴らすこの様子……。
思わず、私も喉を鳴らし。
更にもう一つ、瓶を所持品から取り出して、栓を開ける。
「――んんっ――最高だね……!」
「ん……!」
「でも、さっきの動き」
「―――んん?」
「本当に速かったし、動きがスムーズだった。敏捷もそうだけど、器用度も随分と高いんじゃない?」
「見るか?」
「それは、確かに――えぇ……? 良いのかい?」
PLにとって、自身の能力値は秘匿すべきものらしく。
ひけらかしたいという欲は有れど。
それが弱点になる場合もあるから。
有名なPL程、ステータスを隠すらしい。
鑑定でも。
PLの能力値までは、未だ深く見ることが出来ないらしいからね。
多分、レベルの問題で。
「ルミなら、良い」
「……………」
「見せてって言われたこともないし、隠したこともないからな」
「――あぁ、そういう事?」
信頼の表れもあるだろうけど。
ハクロちゃん自身も、隠し立てするような性格じゃないからね。
彼女は、ぎこちなくパネルを操作して。
それを、私へと共有してくれる。
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【Name】 ハクロ
【種族】 人間種
【一次職】 **(Lv.*)
【二次職】 **(Lv.*)
【職業履歴】
一次:**(**) **(**)
二次:**(**)
【基礎能力(経験値*P)】
体力:* 筋力:* 魔力:*
防御:* 魔防:* 俊敏:*
【能力適正】
白兵:* 射撃:* 器用:*
攻魔:* 支魔:* 特魔:*
―――――――――――――――
……………。
……………?
ナニコレ。
凄く見にくいんだけど。
「どうだ、凄いだろ」
「うん、とっても――見えないね」
「……………ん?」
「表示が変なんだ」
「――んん……? 此処が10で、こっちが20、これが――」
いや、指差しで能力を教えてくれるのは分かるけどね?
ちょっと二度手間だよ。
もしかして、設定ミス?
意図的じゃなくて。
元々の設定でこう見えるようになってしまっていたとか。
……そんな設定なんてあったかな。
いや、ステータスを隠す設定なんて、およそ存在しないし。
ハクロちゃんからも。
悪意は、見られない。
だけど、今までの出来事とか。
これまでの経験とかから、私には一つの心辺りがあって。
『―――プレイヤー保護のために秘匿できる機能が備わっているとか』
あの時の言葉が思い出される。
アレは、私が初めて戦闘を経験した時。
助けてくれたフレンドさん達――吟遊ブラザーズが教えてくれたんだったね。
……………。
……………。
もしかして、ハクロちゃんは……。
「――ねぇ、ハクロちゃん」
「ん?」
「ディクシアの遺跡って、場所分かるかい?」
「ん、知ってるぞ」
でも、聞く必要もないよね。
私、生粋の平和主義さんだから。
戦闘と関わる事も無いだろうし。
ジュースの空瓶はアイテム欄へ放り込み。
その内、色々と再利用するとして。
今日の予定は。
古代都市にある遺跡群を、ハクロちゃんに案内してもらう事になった。




