第4幕:(どうでも良い)別れを告げる時
「――御嬢様。これは……一体……?」
「どういう事なのでしょう」
「仲間割れ…では無いな」
「うん、凄いね。まるで、戦争だけど――今のうちに逃げる?」
「「……………」」
盗賊vs盗賊の戦争。
映画ならB級かな。
私たちを襲った盗賊団は。
後からやって来た別の男たちに襲われて――戦っている。
見どころがあるとすれば。
明らかに、片方が優勢であることで。
「「ははははははッ!」」
「ヒャッハー! 皆殺しだぁぁ!」
彼等も、盗賊さんなのかな?
どちらかというと蛮族だし。
世紀末の野盗が正しいかな。
身なりが良く、武士のような装備の彼らはしかし。
途轍もなくはっちゃけたオーラを纏いながら襲い掛かっていく。
聞こえる、ふざけた声。
でも、彼等の持つ実力。
それは、圧倒的と言わざるを得ない。
皆が一流の戦闘PLな。
落ち武者くんたちだ。
私達の見ているすぐ傍の戦闘。
混乱する一方とは対照的に、迷いなく刃を振るう彼等は瞬く間に敵を制圧――消滅させ、満足げに笑っていた。
狂気すら感じさせる程に。
「逃げるべき、なのでしょうか。――リドル?」
「……いえ。無理です」
「盗賊の比にならない手練れだ」
「――あ、煙玉。うーん、しまっておこうか」
「……流石御嬢様」
「余裕、ですね」
「ははは。照れるね、褒められると」
でも、逃げないとなると。
出来る事がないんだよね。
馬車でも起こしておく?
皆はその気じゃないかもだけど、私は、まだまだ旅を続けても一向に構わないんだけどな。
……あぁ、そうだった。
御者さんに謝らないと。
「――さっきはゴメンね? 無理矢理引き摺り込んじゃって」
「……はは。いえ、助かりました」
「――いや、全くだぞ、ヨハン」
「感謝すべきだな、アレは」
「抜け駆けしやがって。それは、私たちの専売特許だ」
口々に御者さんを詰る護衛さん達。
門外漢の出番はないって感じだね。
「私達騎士より先に突撃して犬死は、許されないヨ?」
「ダメ、ですよ~?」
「……本当に。ですが、無事で――」
「――おい。アンタ等……いや、お前。お前は、PLだよな?」
薬師さんが優しく念を押して。
侍従さんが胸をなでおろした。
丁度、その時だった。
落ち武者君の一人が。
私へと近づいて来て、声を掛けてくる。
「………危ないネ、御嬢様」
「大丈夫。私は問題ないから」
お仕事を奪うのは申し訳ないし。
前へ出ようとしてくれるのは当然なんだろうけどね。
そんな彼の肩に手を置き。
待機していてもらう事に。
守ろうとしてくれている。
でも、彼等は皆PLの様だからね。どちらかというと、私の分野さ。
話しかけてきた落ち武者君へ。
私も、正面から向き合う事に。
「うん、クエストの最中だったんだ。成り行きでこうなったわけだけど――」
あぁ、私にだって分かるとも。
彼は、茶色い髪で。
瞳は黒……背丈は、私よりも高く。
ボロボロの外套を纏い。
大小の剣が腰にあって。
その姿は、先程も感じたけど…何処か落ち武者を連想させ――細く鋭い眼光が此方を見ていて。
私と相対する彼の瞳は。
全く油断をしていない。
「やっぱり、助けてくれた――わけじゃないよね?」
「当然。こっちもクエスト中だ。護衛対象を誘拐しろってな」
ほう、ほう。私、大人気だね。
でも、あまり嬉しくはないね。
「面倒な依頼だったが、これで万事OKだ。俺たちは後ろの連中を処理して、森を抜ける。後はお前を送り届けて、それで依頼完了…ってな」
「おぉ! 待ってましたぜ」
「んじゃ、良いっすよね?」
「血沸き肉躍る! いざ、試し斬りィの時間」
落ち武者リーダー君が合図をして。
会話に入っていなかった者たちが。
剣を、斧を…槍を。
私の後ろに居る皆へと向ける。
今更ながらに思い出したけど、最近頻発しているPK事件って、彼等が起こしたものなのかな。
となると、凄く強い。
TPレベルの集団だね。
「我ら四人は、いつでも身代わりになれます」
「私も、僭越ながら」
護衛さん達と御者さんは武器持ってるしね。
戦うというのもアリな選択……ではないか。
皆、私を守ろうとしてくれている。
絶対的に勝機は薄いだろうと…全滅するだろうと分かっているのに。
こんな状況にあって。
本当に優しいんだね。
だからこそ私だって。
見捨てる選択はない。
……なら――うん、そうだ。こういうのはどうだろう。
「そっちは、順調そのモノみたいだね」
「あぁ、お宅と違ってな」
「困ったよねぇ。でも……私を届けて、終わり。――はて、さて。それはどうだろう」
「………どういう事だ?」
聞き耳を持ってくれるんだ。
なら、勝機はまだあるよね。
「確かに君たちの目的である護衛対象は私だよ? でも、私はクエストを受けただけに過ぎない。…そう、一般プレイヤーだ。この意味が、分かるね?」
「「……………?」」
「……大将、分かります?」
ありゃ、ちょっとダメかも。
当然に、全員で聞いており。
微妙に首を傾げる彼等。
そんな静かな空間の中。
彼等に「大将」と呼ばれた子……今まで話していた彼が、見極めるように言葉を発する。
「お前は、あくまで身代わりということか」
「「………んん?」」
「うん、そういう事。だから、本当の護衛対象を知っているのは彼らだけだよ。私も会ってない」
「「………あぁ!」」
「………はいはい、成程なぁ」
咀嚼。そして、長考。
彼らもまた、クエストの真意を測っている最中。
単純な話なんだけど。
所謂、文面の問題だ。
彼等のクエストが「護衛対象の誘拐」という内容だったとして、それが本当に私なのか…それとも、すり替えられた「誰か」なのかを測りかねていて。
明確に書いていないのなら。
そこは、付け入る隙になる。
「――どう? 本当に連れて行くのは私だけで良いのかい? 報酬アップが待ってるかも。もしかしたら、裏ミッションなんてのも?」
「…んだな。予定変更だ」
「んじゃ? 大将」
「そっちの連中も連れてけ。コイツに聞いた後、じっくりと吐かせるさ」
……良かった。
NPCとはいえ、もう仲間も同然。
生き返るかは分からないからね。
優しい彼らが助かるのなら。
私が多少骨を折ってどうにかなるような事なら、やるに越したことは無い。
「じゃあ。お手柔らかにね?」
「そりゃ、お前次第だ」
―――そうだった。
私、尋問なんてされちゃうのかな。
縛り上げられて。
閉じ込められて。
腕を切られたり、目隠しをされたり、冷や水を浴びせられたり……んう?
それ。公演と何か違うのかな。
同じだし、全く怖くないよね。
それに、【オルトゥス】の機能には本当に危険な状態とか、精神衛生に問題をきたす可能性がある場合は、運営への直通相談が可能になっているらしい。
問題があればすぐログアウト出来て。
相手側へは、相応に罰が下るという。
だから、尋問とかも。
任意になるんだよね。
「大将、ズルくないですか? 俺もお近づきになりたいんですけど」
「俺っちも」
「僭越ながら、某も。お名前を聞いても? ご令嬢」
「私はルミエールだよ」
「……ほう。光ですか」
「博識なんだね、サムライ君」
ロールプレイの一環だろうけど。
彼等は、とてもキャラが濃いね。
「おい。無駄話してないで、とっととお仲間さんを連れてこいや」
「あぁ、ゴメンね」
「――御嬢様? これは」
「大丈夫、なのですか?」
「悪いようにはされないよ。私がどうにかするから」
この後の事は考えてないけど。
そこは、アドリブでどうにか。
……出来るかなぁ。
少なくとも護衛さん三人と侍従さん、薬師さん、御者さんの命が掛かってるし。
頑張らないといけないよね。
思わず涙さえ零れそうだけど。
横転した馬車に別れを告げて。
PLに囲まれて歩く私達七人。
本当は、念願の馬車でもっと楽しみたかったんだけどなぁ。
また、次の機会があるかな。
「――ところで、何処へ向かうんだい?」
過去を振り返らないように。
忘れるために、隣を歩くリーダー君に聞くけど。
此処は深い森の中で。
単純な街道の一つだ。
何処かへ行くにしても。
NPCと一緒だと転移はできないだろうし、歩いて行ける距離なのかな。
私の問いかけに対し。
彼の口が、弧を描く。
「そりゃ、勿論。――俺たち【傍若武人】のアジトさ」




