第13幕:強襲する**騎士
「――待たせたね、衛生兵さんだよ」
「……へ?」
「さあ、私の回復薬を飲むと良い」
「…えぇ? ……と? ありがとう、ございま…す?」
手ずから渡した回復薬。
彼女が薬瓶を受け取り。
ぎこちなく飲み干すのを見守る。
うん、良い飲みっぷりだ。
そして、戸惑うのも仕方ないね。
突然目の前に現れた、知らないPLにこんなことを言われたら、誰だってそうなる。
「ではでは、またね会おうね」
「あの、ポーションのお礼――」
「大丈夫だよ。元々、支援用に買ったんだ。それより、更に上を目指さないかい?」
「……うえ?」
「漁夫の利、横取り…戦果」
「…………」
「まだまだ、報酬がウマウマだよ」
それは、天使か悪魔か…道化師か。
こうしてプレイヤーちゃんを唆し。
また一人、戦場へと送り出す。
しがない後方支援としては。
かなり上出来じゃないかな。
何より、今私が居る地帯は比較的後方にあるから、魔物も少ないし。
仮に居たとしても――
「む? 勝機ッ!」
「エェェェ!? ……ナジェ」
戦傷者たちでも、魔物でも。
次なる標的を探していると。
間を縫うように目の前に来た魔物。
恐らく、流れ弾とかの影響だろう。
体力が可視化されたわけじゃないけど、既に満身創痍といった状態のソレに対して短剣を投擲。
剣が刺さったその身体は。
見事に砕けて消える。
……何か、叫び声が情けなかったような。もしかして、人間の声を充ててたり?
ともあれ、これは。
経験値ウマウマだ。
「――漁夫の利…素晴らしいね」
やや危ない遊びを覚えてしまったけど。
なんて事は無い、悪びれる事は無い。
私は寄生をしていた身。
こんな悪どい手は、今更というものさ。
でも、ナイフ投げは得意だけど。
短剣をこの使い方は。
やっぱり、ちょっと感心しないな。
「投げナイフじゃなし、本来の用途から外れる。…とはいえ、ナコちゃんとテツ君には申し訳ないけど、リンゴ剥き以外もやらないといけないから――!」
言い訳しながら白爛を回収―――
と同時に、すぐ真横で爆風が発生。
吹き飛ぶのは慣れているので。
一回転して、すぐに受け身をとる事には成功したけど……まるで、本当の戦争だね。
向けた視線の先では。
発生源から歩いてくる少女。
……彼女は、知っているとも。
少し前に話したばかりの仲だ。
向こうも気付いたようで、こちらを一瞥すると歩み寄ってくる。
彼女の視線は、恐らく。
私の手に握られた剣で。
もしかしたら、武器コレクターの趣味を持っているのかもね。
「――それ、良いな」
「そうだろう? ええと、名前を聞いてなかったね」
「……ハクロ?」
どうして疑問系なんだろう。
ハクロ…ハクロちゃんね。
とても良い名前だ。
彼女の銀髪によく馴染んでいて。
ゲームっぽい名前が、更に馴染みやすくしている。
「やっぱり、来たのか?」
「まあ、ね。少しは参加しないとエントリーの意味がないし…あぁ、ハクロちゃんも如何かな?」
「ん」
「イッキに、――ああ、良い飲みっぷりだ」
回復薬は、いくらあっても良い。
不足してしまうのは。
一人の所持数に制限があるから。
無限に回復して戦う、というのを制限するためのモノだろうね。
でも、二人で立ち尽くし。
こうして話していても。
襲ってくる敵は居なくて。
流石に安置だね。
連携の取れたプレイヤーが多い箇所であるからか、ぼんやりと立っていても、襲い掛かる魔物が殆どいない。
…とはいえ。
少しでもここから離れれば。
彼らという嵐が過ぎ去れば。
逆に、ハグレで形成された魔物の群れとぶつかるだろう。
「――とまあ、薄氷の上なんだよ。怖いね」
「こわいな?」
でも、その薄氷は魔法の膜。
敵から受けた衝撃には弱いんだけど、味方側の攻撃であれば、どれ程威力の高いものであってもそうそう決壊はしない。
PL同士は連携が出来る。
これが、魔物との違い。
味方が失敗や誤射をしても。
近くに居る仲間たちが、すぐに援護に回ってくれるから、何とかなるもんだよね。
そんな魔法の薄氷は。
焔の爆発によっても砕けない。
近場で発生したのは……。
プレイヤーの放ったものだね?
あれが、火属性の魔法……凄い威力だ。
しかも、それを放ったのは。
私の知っている人物で。
一緒に居るのも、その仲間たちみたいだ。
どうやら、【術士】の魔法というのは、単身で戦況に大きな影響を与えるほどの力が在るみたいだね。彼らを迎えながらその事を思案する。
「お待たせしました、【一刃の風】でーす」
「あぁ、待ってたとも」
「ご注文はお決まりでしょうか」
「今日のお勧めは?」
「……爆炎と斬撃の戦場、土の香りを添えて?」
「あと、魔物の群れも。――あーッ、づっがれだー! ほんっと酷い目に遭ったわぁ!」
太い声をあげるまま。
座り込むナナミ。
酷い目に、ねぇ。
その割には、とても楽しそうで。
冒険と戦闘を心から楽しんでいるという事が伺える。
彼女の言葉から、敢えて考察するなら。
「もしかして、味方の魔法で吹き飛ばされたり、斬られそうになったり、倒れて大地とキスしたり?」
「「正解」」
「マジで、最大の敵は味方」
「後発でこれなんだから」
「最初に突っ込んでいった連中は、かなり死屍累々だったな」
差し詰め、不運のフルコース。
戦闘も良いモノだろうけど。
前線で戦果を争うプレイヤーたちは、本当に大変みたいで。
シギさんとハマグリさんに。
PLと魔物に頭が下がるね。
私は、完全に漁夫さんだから。
「――所でルミねぇ、その子は?」
ああ、そうだ。
ハクロちゃんは、相変わらず隣に居て。
興味深そうにユウトやナナミやワタル君…の、武器を見ている。特に目を留めているのはユウトの持っているレア武器らしく。
やっぱり、そういうのが好きなのかな。
取り敢えず。
皆にも、中々の趣味をお持ちのハクロちゃんを紹介する。
「彼女は、ハクロちゃんだよ。友達…私の戦友だね」
「友達」
「~~~可愛いッ!」
「……凄く、可愛いですね」
真っ先に食い付くは女性陣。
やっぱり、可愛いよね、ハクロちゃん。
プレイヤーだから容姿が良いのは当然として。
その庇護欲を誘う背丈と、何処か眠そうな半眼。不釣り合いな剣を背負っている姿は、現実ではあり得ない姫騎士のようで。
「お兄さんたちとも友達になろうぜ」
「うん、許す」
「「……………」」
思わず、声を掛けるのも止む無し…かな?
彼女は、素直な子だ。
誰とでも仲良くなれるタイプだね。
でも、こういう時は。
逃げるのが良いかも。
所謂、危ない香りのする現場だからね。
「――その子が許しても、僕たちがちょっと」
「どう見ても事案だよな。――判決、有罪。死ぬまで戦場で働け」
「なじぇッ!?」
基本の基本、労働刑だね。
彼は貴重な火力担当。
もっともっと貢献してもらうのが良いんだろう。
それで…どうかな。
「ハクロちゃんも、来るかい?」
「……ん」
来てくれるらしいね。
人見知りもしていないし。
皆と一緒に戦えるさ。
相談が終わるのを見計らい。
合流した皆で、方針を決めていく。
「んじゃ、まだまだ頑張ろっか」
「そうですね。ここまではとても良い感じだったので、回復アイテムも温存できてますし」
「もっと上を狙おうよ」
「ギルドランク一位目指してな」
志が高くて良いね。
彼等は前線を見据え。
次なる戦場へ視線を光らせる。
―――そんな時。
『システムアナウンス:進行度Ⅱへ移行します』
一時だけ戦場の爆音が鎮まり。
脳に響くは、管理者の言霊。
「……これって」
「第二段階、だね。正念場ってやつだ」
―――まるで。
まるで、天の御声が如きその音に。
鎮まった戦場の中で。
私は、空へと視線をやる。
―――だから、気付けた。
……クエストの開始時。
彼等は、遠くの空から睥睨していて。
だから、まだ大丈夫だと。
そう、思い込んでいた。
でも、いまになって。
進行度が進んだ今だからこそ。
……そう、何かが。
―――落ちて。
―――来ている。
「……ルミねぇ? 空なんて見上げて、どうかした――!?」
「あれ――はッ!?」
ユウトが、気付く。
そして。
その隣にいたワタル君も、気付く。
―――でも、それはすぐそこで。
「まあ、どんな敵が来ようと、俺のロマン魔砲でちょちょいの――」
「「ショウタ! 避けろッ!!」」
「「―――え?」」
次の瞬間。
小惑星が衝突したような衝撃。
先程の魔法なんて。
まるで、及びもつかないような大音響。
巻き上がる砂埃。
砕け散るガラス?
……ポリゴン質のソレは。
その音は、手遅れであるという事。
ただ、説明の余地なく。
空から、何かが落ちてきた。
本当に、それだけ。
魔法でなし、魔物で無し。
武器でも、殺気の籠った攻撃ですらなく。
砂埃が晴れる頃、次第に見え始めたシルエットは……巨躯の人型を取る。
「――何が、起こったんですか?」
「「…………」」
「……ショウタ君は?」
「手遅れだ。今ので吹き飛んだ」
余りにもあっけない脱落。
それはゲーム故か、それとも…。
人間、命を落とすときは。
本当にあっけないものだよね。彼は、ギャグのような速度で退場。しかし、それを笑うものは一人もなく。
私は、目の前の存在。
――ソレに向かって。
――言葉を投げかける。
「随分性格の悪いことをするね。……もしかして、彼を狙って落ちてきた?」
「――然り。術師こそ、我が忌むべき敵である。あれなる男児は、優れた術者よ。しかして、肉体という面では落第よな」
上空から戦況を見ていたのか。
兜のない騎士は、真紅の双眸をこちらへ向け、肯定する。
それは、壮健な男性だった。
剛腕と形容すべき太い太い腕。
二メートルを優に超える体躯。
それで尚。
私の身長ほどもある大剣を担ぎ上げ、悠々と仁王立ちする余裕。
その姿は、紛れもなく。
強者特有の風格を感じさせた。
「―――我が名は暗黒騎士アリギエリ・スム。冥国四騎士が一人にして、最高幹部ジュデッカ様が配下よ」
投稿時間ががががが
ミスしましたね(二回目)




