第32幕:終わりへと続く
「―――、ぁ……、か」
ジュデッカ様の一撃はまさに戦いの幕を降ろす帳そのものだった。
劇の終わりに降りてくる垂れ幕のように、二重に穿たれた赤い剣閃は11翼となった天使の羽を完膚なきまでに切り裂き羽を散らし、返す刃で肩から脇腹に掛けてを切り裂く。
疲弊していても最強の魔族の力は圧倒的で。
膝をつく身体が一拍をおいて倒れる。
糸の切れたという表現があるけど、まさしくそれだ。
半ばから全て切り裂かれた純白の羽が解けるように根元から消滅、更に全ての光を吐き出すみたいに身体からは輝きが失われていく。
「―――――、ぁ」
一連の流れは酷くゆっくり見えて、けど一瞬だった。
多分、その場に倒れこんだアレスに意識があることに私が気付くまでの時間の方が長かったかもだ。
「でん、か」
「「……………!」」
「―――アレス……!」
懐疑的な声色もあった。
さっきの件が邪魔をしてたのもあるかも。
だけど、ルミエールさんに庇われる形で遠巻きに見ていた陽の御子―――ううん、リア殿下は少しの逡巡もなくその声が偽りでないと判断したらしく。
そのまま、抱きかかえていたルミエールさんに連れられる形で倒れた相手のもとへと歩み寄る。
「お帰りなさい、アレス」
「―――。申し訳、ない」
どうやってそれを見破れたのかは分からない。
けど、リア殿下はアレスが既に光神の脅威から解放されたのだと断じたように動き、実際そのように見えた。
「求めてしまった、結局だ。守りたいもの全てを守れる力を。不相応な力を」
「私は使徒である前に、眷属星である前に、殿下の刃として失格だったのだ」
「なら、刃をやめてください」
「! それは……!?」
「使徒も、12聖たる眷属星の資格も放り出してください」
「……。殿下?」
「違うんですか? そういう意味ではないのですか?」
「ぅ、あ……」
「違うんです。私の方こそ、違うんですよ、アレス。どうしてあなたを取り戻したかったのか、私があなたの力が必要だから? 違います」
「アレス。力なんてなくてもいいですから、強さを求めなくてもいいですから、一緒にいてください。それだけで良いんです。強くなんてなくていいですから。出会う前のかつての貴女が何者かなんて、私は気にしたこともありません」
陽の御子は倒れた側近の上体を起こすと、そのまま体に手を回す。
「何かのために誰かが犠牲になる。自分でさえ慣れることなんてなかったし、楽になんてなれませんでした。まして、私の側にいる人たちは常に身を投げ打って、命を捨ててでも戦ってくれる。貴女も、ポールも、トールも……バベルも。私のために最後まで戦い、そしていなくなる。……沢山です」
「親しい人から消えていくのも、大切な人からいなくなるのも……。もう、沢山です! もう家族を失いたくないんです……!」
「……………」
「あなた自身は―――どうしたいですか?」
「私は……」
「貴女の御側に。全ての権利とすべての責務。それらを放棄しても、最期の時まで共に」
「―――はい。ぜひ、そうしてくださいね。守るために命を落とす……そんなこと、許しませんよ」
「御意に」
誰もが見守る中、彼女たちは姉妹のように抱き合っていた。
もしここにこれ以上茶々を入れてくる者がいるのなら神様だって斬ってただろうし、実際に斬った。
やり取りが終わり、上体を起こしたアレスとリア殿下が抱き合うのを見守る。
そんな緩やかな時間が暫しあって。
「星よ。今の貴様ならば―――、悪くない」
「ジュデッカ様……」
「二度戦い、結局勝利したのは我だがな」
「じゅ、ジュデッカ様……!?」
様子が変化したのは彼の言葉からだった。
無言で傍に転がっていた鎌を取ろうとするアレスの手を優しく抑え込むリアさま。
床から離れるか離れないかで鎌がカタカタと震えているのがシュールを誘う。
「殿下。これはまた話が別」
「はい」
「負け越しは性に合わない」
「だめ、です」
「実は欲望があります。今すぐあれと戦わせてください。次は負けません」
「却下です」
どういう状況なの?
何でジュデッカ様は自然な感じで煽ったの?
ルミエールさんと言いメアさんと言い、私の周りにはナチュラルボーン煽リストしかいないの?
「ふふ。己がないとか意志がないとか言って、よっぽども人間らしいじゃないか、彼女」
「ね」
けど、ソレはそうかも。
NPCって言って、私たちと彼女たちを区別するものは今となってはあまりに少なく感じる。
特にすぐそこの二人見てると。
「本当に分からなくなってくる。境界というものが。ルミエールさんやメアと立場が逆なのではないか?」
「「どういう意味(かしら)?」」
そのままの意味ですけど。
けど結局、私たちってどういう経緯で今に至ったんだっけ?
「メア。ここからどうすべきだろう。本来御子二人が私たち魔族側にとっての目標だった。が、なぜか味方には裏切られ、第三勢力の干渉を許し、敵であるはずの人界側と協力しこれを撃退―――」
「結局元帥様も助けてもらっちゃったし、今この場で続きって雰囲気でも絶対ないわ。ね? 切り札使っちゃった誰かさん」
「返す言葉が見つからないよ」
この二人も目的を見失っちゃったわけだしね。
忘れてるわけじゃないけど、クエストも発令されちゃってるし、こんなことをしてる場合でも。
「あ、けどよく戻ってきてくれたね、おーちゃんさん」
「む。ルミちゃん……」
「そう、姉さんたちの思いが伝わったのだわ!」
私とメアさんが話してる間に歩み寄ってきたアミエーラさんたちも戦勝ムードみたいに互いの無事を確認し合ってて。
……そっか。
妖精王はやっぱりあっちの味方をするんじゃなくて、ルイさんたちが説得したんだ。
なら、わたしたちも。
「ほら、妖精王。挨拶」
「してねー? 悪いことした後は、御免なさいって」
「う、うむ……言うこと聞くからもう殴らないでくれ。痛いのは嫌なのだ」
あ、なんか思ってたのと違うかも。
どっちかって言うと説得っていうより分からせじゃないのかな、これ。
「魔族さん、まだ痛いですか?」
「済まぬな、星の御子。今動いたせいでまた生命が流れ出してる。次はここだ、痛くないように頼む」
「あー、御子殿、手が空いたら余の方も頼みたいんだが。余、妖精種の王ぞ? 戦いが得意といった覚えもなし、ちとボコボコにし過ぎでは?」
「裏切ったのが悪い」
「てんでいう事聞かないのが悪いのだわ」
「逆らうの諦めたのが悪いよー」
「おーちゃんが悪いんです」
好き勝手喋ってる発端の大多数がNPCなんだけど。
一人一人が自我強すぎるな、この人たち。
「おーちゃんさん、簡単な処置なら私でも出来るよ」
「流石はルミちゃん、話が……」
「「甘やかさない」」
「え、あ、ごめんなさい」
……。
「せっかくだから情報纏める時間にしようか。何から始める? 私のおススメはね、自己紹介」
「これ以上話をややこしくする気か?」
存在がボケてる人はこれだから。
けど、彼女のワンクッションがあるだけでたちまち敵味方が入り乱れ話が始まるのはいつも通りよく分からない。
「あ、そうだ。ジュデッカさん魔神王さんと交信取れたりするかな」
「む?」
「こっちがいろいろやってる間にね? ユウトとムーン君……友達の異訪者なんだけど、メール来てたんだ。魔神王ラーディクスさんと話せたんだって。あと光神アルケさん」
「「!」」
「要約すると、悪いのは人界側でも魔族側でもない。どちらかというと、私たちを喰らい合わせてる黒幕だって。だからちょっと協力できないかと思って。真に倒すべき相手の―――……、お?」
何かが始まる予感、常に窓の外には気を配っていた。
けど流れとしては自分の手元、そして窓の外。
先のワールドクエストの発令と同じく、現れた叡智の窓。
前後して現れる地上の変化。
覗いた窓の外に存在していたのは―――。
◇
「誰がスピーカーですの!!? あと勝手に助手認定!」
「? まりあ?」
私がここにいる理由。
それをずっと考えてたけど、答えなんて出ていたことに気付いた。
ギルドの長でもなく、トッププレイヤーの一人でもない、只のマリアとしてまたここに戻ってきた。
私に、彼女が、彼らが任せてくれたのだと。
示し合わせたわけでもなく、真に私という個を信頼して頼ってくれたんだと。
「―――ハクロさん」
「ん?」
「ハクロさんって、今は何のために戦っているんですの?」
「一番強くなる為」
「ふふ……。ソーナさんは?」
「楽しいからです! 特に首を**して*****するのが……」
「良いですわね」
「私は、皆と一緒にいたいからですわ。この世界で巡り合えた人たちと、もっと一緒にいたいから」
だから、大切な居場所を守るために。
今や当たり前となった世界を当たり前に明日へ残すために。
「ヨハネス! ヨハネス・グーテンモルゲン!!」
「はーい、こちらにマリア殿」
魔族との戦いに当たり、激戦区であるここと他のエリアを繋ぐ端末として機能していた男。
名を呼ぶなり、待ってましたと優れた後衛職でもある彼が顔を覗かせる。
「特別スクープですのよ! すぐに映像を繋げなさい!」
ありがたいことに、先のクエスト発令により混乱した戦場の戦いは収まりつつある。
誰もが目的を見失っているのが大きい。
けど、これがすぐにクエストという名分を持つ全く別の熱に支配されるのも時間の問題だ。
………。
「映像を繋いで説明、ですか? こんな状況で聞いてくれるんです?」
「聞こえないぞ、多分」
他の人ならそうかもしれませんね。
けど、私なら。
「良いですか? 小さきレディたち。声の大きな女性というのは他の意見をねじ伏せるだけの力を持っているのですよ」
「「おー」」
「変な英才教育しなくていいんです! そんなことよりもまだ映像の準備できないんですの!?」
「いえ、準備自体はそう手間でもないんですがねぇ。この戦いの中、誰もが見るような場所など全くもって。どこに映写すればいいのやら……」
「後ろの空中要塞にでも写せばいいじゃないですの!」
「某テーマパークのパレードみたいなこと言いますね」
夜にお城がライトアップして色々映すアレ。
我ながら良い考えだと思う。
「ハクロさん、次のオフ会にどうです? テーマパーク」
「ん……。頑張る」
「……。さて。敵は―――、で、こちらのスキルは通らなくて……」
約束も取り付けた後、一人ぽつぽつとつぶやく。
頭の中で文章を組み立てて高速タイプ、カンペを作る。
「成程……全部把握しましたわ」
戦慄奏者を統率していたころの私だったらいざ知らず、今の私には彼ら全員の心に届くだけの言葉を届けられるかどうかは分からないけれど、求めてくれる人たちがいるなら。
誰かがそれを求めているのなら。
「皆さん! この戦場に立ち続ける、強大なものへ立ち向かい続ける勇敢で、良き隣人の方々」
「「―――――」」
「私はマリア。只の一プレイヤーですわ」
城へ映し出されたアップを前に、私は声高々に話し始める。
元々は数千人の前でたった一人歌ってたこともある。
この程度。
「良いですの? 皆さん、よく聞いてください。いまあなた達の前に現れたクエスト、ワールドクエストは虚構……嘘っぱちです!!」
魔神王ラーディクスを討伐せよと。
これが最後の戦いであるのだと声高々に宣言したクエストは、全てを操ろうとする黒幕の罠。
「先に明るい未来なんてありません。いえ、全てを塗りつぶすような極光しか残らないんですの。だって。真に倒すべき敵は―――」
突風。
真横から風圧を感じて、すぐ傍でソーナさんが武器を構えていたのに気づく。
襲ってきたのは……エルフ?
私を守るボディガードのように陣を組む盗賊たちと睨み合うその姿には覚えがある。
「させねーよ、王国所属の12聖……【翠玉の霊杖】リシリューさん、だったか。めっちゃ裏切りそうな名前だし実際に裏切ったわけだな、アンタも」
「私たちシーフ道連合がいるところに奇襲はむずかしーですよ!」
「……!!」
「シーフードみたくて嫌だな、んの名前」
「磯臭そうですな」
都合の悪い真実を言わせないために黙らせる。
まさか自分が標的になる日が来るなんて―――なんていい経験。
「しっかし中継の最中に襲うかね、普通。よっぽども都合の悪い真実ってこったぞ。むしろ信憑性出ちまうぜ? 良いのかよっ」
「俺っちたちだって結構やる側だし」
「12聖何するものぞ。マリア殿がしゃべり終わるまでくらいなら持たせる自身はあるでござるヨ……あ、消えた」
倒せないと分かるやすぐ撤退。
何か次の策があるのか、単に手段を失っただけなのか……。
「ほーら、歌姫サマ」
「えぇ」
余裕を見せるだけあって、実際そこの盗賊たちは強いのだと私は知ってる。
私は私に出来ることを。
「地底の土ヨグノス、地底の水アスラ・シャムバラ、地底の火ラーディクス、地底の風オグド・アマウネト。地底の闇アリマン……。かつて、ともに生まれた同族たちを裏切り天上の神々へと味方した神がいました。のちに神は自らをすくい上げてくれた天上の神々をも罠にはめ、世界の簒奪を画策したのです」
「時を経て、ついにその神は世界を手に入れようとしている。ほかならぬ私たち異訪者の手によって。王手をかけているんです!! 人界側も、魔族側も。全ての異訪者を呼び出したのはたった一柱の神。そうです、私たちはそのためにこの世界に呼ばれたんですわ!」
「全てのクエストは今に至るための末端、すべてのシナリオはその神にとっての都合のいい未来への道を照らすカンテラ。全て、すべて……戦いの主力になり替わった私たちを利用して全てを思いのままに操ろうとするその神の姦計……!!」
「真の敵、その名はアルケー! 創世の光神にして、地底神最後の一柱。地底の光アルケ!!」
「どうにも名探偵の役柄になるなァ、歌姫サマ」
黙って護衛してなさい、と。
余程も言いたくなる口が次に観衆へ放つべき言葉を紡ぐ前に、カンペとして見ていた叡智の窓、先に発生したワールドクエストの文面に亀裂が入る。
割れる―――同時に空からもPLが消える際に飛散するようなガラス質が降り注ぎ、大穴が穿たれる。
何かが、来る。
そう思わせるには十分。
――――――――――――――――――――――
【■■■■l■ ■■■■■i■■■ ■■e■■】
の起源
光■■
【■■】
神 により終末
イベントが発令。
七
最後の地底神を討伐し
てください。
【終局達成条件】
・地底の■「■■■」の撃破
【備考】
・開催:■■■~■■■
・再参加可能/cool time(死亡後:12時間)
本クエスト発令時点で既に死亡しているPLは翌日
からの参加になります。
――――――――――――――――――――――
………。
目線を戻した時、既にクエスト文は様変わりしていた。
「前衛的だな」
「ふーむ、どうしようもないくらいに文体が崩れてますねぇ。ついにどっちが正しいのか全く分からないくなって……。しかし、マリア殿の言う黒幕にとっても、こんな都合の悪いクエストを自身で発令するとは思えない。何か目的がある? それとも―――」
「World chronicle quest……。文を潰してlie―――偽りの起源。簒奪者の語る歴史の真実なんざ信じるなってこった」
なら、やはりこのクエストを発令したのは光神ではない……。
……!!
「―――。まさか……!!」
「これは……。道理で、クエストが長くなることをほのめかす文面だったわけですね」
「掛かっても一日経たずに終わると思ってたんだが―――これなら再参加って可能性も出てくるわけだな」
今に空の裂け目から手を伸ばすように姿を現すのは数十に上る数の人型実体。
背中には大小二対の白い羽があり、まるで天使のよう。
しかして本来その名が示す神聖さや荘厳さはなく、向こう側から手を伸ばしてくるそれらには言いようのない、言葉には言い表せないような得体のしれない不気味さだけがある。
生理的嫌悪を放つ存在とはいえ、現状数千人が存在してるフィールドに今更そんな数の敵が来たところで、と思うかもしれない。
大きさが問題だ。
一個体あたり、遠目で見てもおよそ50メートル近い天使。
感じる圧は個々がレイドボスのそれ。
「異訪者たちにその気がないと見るや、痺れを切らして自ら手を下しに来たわけですね」
「さっきから、自分から正体をばらしてくスタイルは何なんだろうな」
「某思うのですが、もしかして光神とは阿呆なのでは?」
「そかもな」
単純に、もう搦手なんか使わなくてもいいくらいに圧倒的な差があるから、とも考えられますけどね。
実際私たちはずっと踊らされて利用されていたわけで。
この何者かが放ったクエストの発令によって、誰もが理解するでしょう。
本当の戦いはこれからなのだろう、と。




