第20幕:古代都市の覇者
『―――――システムアナウンス』
不意に流れる機械音。
俺の喉元まで肉薄していた攻撃が、ピタリと止まり。
銀の騎士は、動かなくなる。
……………。
……………。
「―――はははっ。危機一髪」
マジで危なかった。
コイツ等、強すぎるんだよ。
月光騎士の平均レベルは50。
3rdに到達している前衛職をも凌駕する身体能力と、圧倒的な剣技を持ち。
盾術に特化した者。
槍術に精通した者。
同じ武装でも、同じ戦法は通じない個体差がある。
それ故、固有の戦い方は出来ず。
スキルと武器術を併用できないヤツは、次々に狩られた。
……俺自身も、その寸前だったが。
「異訪の剣士よ。術士としての力を持ちながら、最後まで剣を貫いたその雄姿、見事だった」
「……え? あ、どうも」
「我は、主への忠を貫けなかった臆病者。―――遠慮なく、やれ」
「……あ。そっちは遠慮しておきます」
何か、首を差し出されたが。
丁重にお断りを入れておく。
逆に、やる奴がいるのか?
終始劣勢だったのは明らかに俺の側なのに、律儀な事で。
―――やっと、余裕を取り戻して周囲を見れば。
優勢だった騎士。
劣勢だった騎士。
対一でも全く攻撃が通らぬまま、俺達は追い込まれつつあったが。
俺の相手も含めて。
全てのNPCが、動きを止め。
やがて、光に包まれるままに、全員が一斉に消え失せる。
「………そうか。また、死に損なったか」
それは、勿論。
領主館の門に陣を取っていた化け物も同様で。
……………。
……………。
――――――――――――――――――――
Quest complete【新月を齎す暗闇】
本クエストは、領主側の勝利に終わりました。
御多忙な冒険の中、ご参加有り難うございます。
勝利報酬として。
無償の義勇軍へ、ささやかな謝礼が贈られました。
報酬をお受け取り下さい。
・中央区が三日間封鎖されます。
【獲得pt】
ギルドボーナス(300gp)
【Quest報酬】
・8000アル を獲得
・紹介状【リアール侯爵家】 を獲得
――――――――――――――――――――
「いや。無償の義勇軍て」
「何なんでしょう」
「確かに、何の取引もしてないしなぁ、俺ら」
「……そだったね」
報酬を買い叩かれたようなモノか。
シティクエストなら。
もっと、こう……大豪華な報酬を期待していたんだが。
ある種、仕方がないだろう。
劣勢とはいえ、それでも領主側PLの生き残り自体はある程度いるし。
全員へ豪華な報酬を出せないのは道理。
「これは、うん。レストランの祝勝は、キャンセルだね」
「報酬のアルじゃ全然足らんしな」
「そう、ですね」
「やっぱ残念?」
「えぇ。奢りを楽しみにしていたのですけど」
「……エナリアさん? それ、誰のっすか?」
「いえ。仕方なし……です。今回は、NPCに恩を売れたという事で―――」
「――はぁ……!? ふざっけんなあの野郎ッ!」
勝者がいれば、敗者がいる。
そういう輩が慟哭と騒ぐのは、ゲームではありがちな事だが。
今回は、大分荒れてるな。
余程、口約束された報酬が良かったらしく。
「ほぼ間違いなく勝ち」だの、「貴族位を」だの。
よく分からない会話が聞こえてきて。
中でも、不穏なのが。
聞き間違いでもなく、【皇国】の名前が出てきた事。
得体も知れないし。
俺たちにとっては、まず良い内容じゃないだろうが。
どうやら、敵さんの中には。
俺たちとは違って、何らかの取引をしていた者も多いらしく。
「………ぁ……ェ」
「……終わった」
「今回の為に――全力で用意したドーピングアイテム……はははは」
立ち尽くす者たちは。
暫く、その場から動く事は出来ないだろう。
それで。
中の下程度のアルは良いが……これは?
「将太。この、紹介状ってのは?」
俺は知らないモノだが。
実は、こういうアイテム情報へのゲーム知識は、将太が一番多い。
暇さえあれば、攻略サイト見てるし。
後衛職は情報が武器。
阿呆ではあるが、伊達に術師をやってないって事だな。
「おう。貴族由来のクエストを達成すると貰えるヤツらしいな。複数枚集めると、領主に謁見できるってよ。ただし、一パーティー様一回限り」
……特売品か何かか?
「……はぁ。仕方ないとはいえ。何か、納得いかんよなぁ」
「ほぼ、タダ働きだしね」
時間制限でもあったのか。
決定打などは分からず。
俺たちには関わらないところで、最終的な決着が付いたと。
やや気になる所はあるが。
じきに、公開情報として攻略サイトや新聞にでも掲載される。
果報は寝て待つか。
遺跡攻略からの、シティクエストとか。
そろそろ、かなり長時間やってるしな。
「ねぇ。まだ、やる事あるよね? 皆」
「……うん?」
「そろそろログアウトだろ?」
「ホラ。ルミねぇが、迷宮で言ってたじゃん。新作のアップルパイ激ウマって」
「「行こう」」
思えば、あの大激戦の後だ。
甘いもの――糖分は必要で。
早速、トラフィークへ……。
「―――優斗。あれ」
向かおうと踵を返した俺は。
不意に、航に肩を叩かれ。
彼が指差す先には。
「……………!」
「そう、だよね?」
「あぁ、間違いない。中央区はあの爺さんがヤバかったが。通りで、劣勢だった他の区が持ったわけだ」
外縁区画。
中枢区画。
これらは、運よく状況が膠着していたが。
しかし、それ以外の区画も残存していた。
劣勢でありながら、何の援助もなく存続していること自体が謎だったのだが。
「ギルドランク2位―――古龍戦団」
団員数二十人強。
趣味は、TP狩り。
GR1位とはライバル関係。
団員数が中規模でありながら、五十……理想的なフルメンバーの団員数を誇るTPを、幾つも壊滅させてきた怪物集団。
常に都市の外で目撃され。
滅多に都市内へは姿を見せない化け物共が、来ていたらしい。
これは……アレだな。
……………。
……………。
「糖分補給、だね?」
「―――あぁ。行くか……アップルパイ」
「「りょ」」
「急ぎましょう。ログアウトの時間が遅くなります」
◇
「―――マジで、何があったやら。俺らも、分からんかぁ」
存在していた騎士たちが消えて。
異訪者がまばらに去っていく中。
やはり、戸惑う彼等。
「ここに来て、情弱のツケが回って来たか? 偶には、都市に顔出しとくべきだったなぁ? お前等」
「考えるのは参謀の役割では?」
「職務放棄じゃん」
「学会追放じゃん」
「……だけど、な。偶々近くに来てて、偶々参加しただけだろ? 情報ねえやら」
放心して、立ち尽くす者。
劣勢からの勝利に酔う者。
その事情は様々だが。
未だ戦場跡に残り続ける者たちの中に、彼等は居た。
竜の力を旗頭と掲げ。
その旗下に集った、一騎当千の戦士たち。
非金属を主体とする旅装備。
魔物の素材で覆われた武具。
飛び道具の類など、およそ見受けられぬいで立ちの彼等は、その大半が前衛職だった。
「―――おい、ロランド」
「……………」
集団の中心人物らしき男が、口を開き。
腕を組んで立ち尽くしていた巨漢へ話しかけるも。
巨漢は一片も動じず。
まさに、巌のごとし。
「ダメだ、こりゃ。気に入る敵がいなかったみたいだな」
「いつもの事で。……つうか、あにさん? 何でこっち側で参戦したんだよ。作戦ミスか?」
「14人中3人も死んだぞ」
「爺さんともヤりたかった!」
口々に上がる不満は、死んだ仲間を憂いたもの……ではなく。
一重に、消化不良。
眼鏡に適う好敵手がいなかった故で。
もしも、ソレと戦えたのなら。
彼等は、例え全滅したとて本望――それこそが望みでもあった。
彼等が目指すは、究極の一。
近接戦を極めるという宿願。
それゆえに。
剣の極致である白刃こそが、至るべき目標の一つで。
「――ある意味。視るために、こっち側だったとか?」
「それもある。勝ち馬に乗るってのも悪くはないんだが、な。確実な勝利なんて、オマエラは面白くもねェだろ?」
攻略、確かに大優先だ。
新装備、重要だろう。
報酬、期待している。
しかし、やはり彼等も。
上へと昇っていく者たちは、やはり戦いにこそ価値を見出す傾向にあり。
熾烈を極めた闘争にこそ、重きを置いていた。
「確実な勝利――ねぇ? 確かに、つまんねーな」
「確実な死なら、さっき居ましたけどねー」
「……いや、ホント」
「何だったのかね、あの美人さんは」
そんな、彼等もが。
ギルドの結成以来。
戦闘中によそ見をしたのは、初めての経験だった。
……………。
……………。
『さぁさ、鴨葱だよーー。ただの経験値だよーー』
『『え』』
『煮るなり焼くなりーー』
『おい、そこ行く姉さん? 流石に無謀―――』
『危な――えぇ……!?』
流れ弾に当たり――自分から身を躍らせ。
恐ろしく速い退場を見せた女性。
何のタネも仕掛けもなく。
或いは、ネタだったのか。
そのまま、砕け。
ガラスとばかりに、一瞬で消え失せる。
『マジで死んだよ』
『……死亡RTA?』
『あのなりでネタプレイヤーかよ――っと。感想戦は後だ。次、来るぞ』
……………。
……………。
特徴的な容姿。
余りに特徴的な緊張感のなさ。
恐ろしく特徴的な行動ゆえに、忘れる筈もなく。
「装備も、雑魚同然のヤツだったし。マジで七不思議だろ、アレ」
果たして、何者だったか。
異訪者によるピラミッドの頂点にも匹敵する彼等にさえ、今回の戦いは余りに未知が多く。
消化不良でありながら。
気持ちの悪さも覚えて。
「……結局よ? 逆に、何が分かったんだ?」
「―――古代都市の覇者は。結局、元々の領主に収まった……って事だな」




