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9.対大侵寇『防人作戦』

「これより対大侵寇『防人作戦』を開始します。本作戦は各本丸と連携協力し、敵の撃退を目標とします。敵の規模は総数十億を超えると想定されます。『対大侵寇防人作戦フィールド』にて攻め寄せる敵を迎撃、撃退しすべての防衛ラインの形成を好転させてください」

 こんのすけによれば、各本丸が存在する複数のサーバーは三重の防衛ラインにて防御されている。前衛防衛ラインはもっとも敵が強い。それを突破し中央防衛ラインまで入り込んできた敵は前線を守っていた本丸の部隊に削られて弱っている。さらにそれを突破し最終防衛ラインまで入り込んできた敵はさらに弱っている。本丸の練度に合わせて防衛ラインを選ぶように、とのことだ。

 審神者は冷めた目で作戦フィールドと称される合戦場のモニターを見ていた。

 モニターでははじめのうち、各防衛ラインについて「不利」と赤く表示されていたが、まもなく「拮抗」に表示が変わった。

 モニターの左端では、日時の打刻とともに

「○○防衛ラインにて、○○国サーバー、○○率いる部隊が敵を撃破、無事帰還。被害軽微」

「○○防衛ラインにて、○○国サーバー、○○率いる支援部隊が出陣。支援攻撃に成功」

 といった戦況報告がひっきりなしに上がってくる。

 審神者はそうした表示や報告を、どうせ時の政府の演出だろうと思って見ていた。三日月宗近が単独行動も時の政府にとっては予定のうちなのだろう。予測した通りに三日月宗近が動いているのか、時の政府からの密命でもあるのか。それはまだ分からないが、彼らが連携して茶番劇『大侵寇』を仕立てている可能性は高い。そうでもなければこの非常事態下の作戦の最中に、刀剣男士の無断単独行動は許されないだろう。審神者はそう考えていた。

 審神者は最終防衛ラインから順に、それぞれの防衛ラインに何度か参加した。時の政府から配布された手形を消費して防衛ラインに向かい、次々と押し寄せてくる敵の部隊が途切れるまで斬り倒す作業の繰り返し。

 合戦場は荒涼とした野原で、経線と緯線が透けて見えていた。現世の時間に合わせて空の色が変わり、太陽は山の向こうへ沈んだ。他の本丸の審神者たちから共有された報告によると、どのサーバーでもそれは変わらないようだった。

 防人作戦が開始されてほどなく、各防衛ラインはほぼ常時、形勢有利のグリーンを示すようになった。遅れて防衛ラインに参加した本丸の審神者たちが「結局まだレッドライン見たことない」とぼやくほどの勢いだった。

 ネット上には他の本丸の審神者たちからの

「本丸を守るために戦ってるのに手形が必要で、追加したければ小判で交換するってなにかおかしくない?」

「手形って訓練のときに発行されるんだと思ってた。訓練だから手形を消費するし、帰城のとき負傷も刀装兵も回復するんだとばかり」

 と不思議がる声があがっていた。



 審神者は大典太光世を執務室に呼び出し、門前での戦闘の録画を見た。三日月宗近が門前に迫った敵を引き付けてどこかに消えるまでの一部始終だ。大典太光世はそのとき第一部隊長として現場を見ていた。

「どうも分からんな。三日月が出てきてから敵は急に止まった。おしゃべりの間、待っててくれたというわけ?」

 審神者が意見を求めると、大典太光世は答えた。

「たしかに、普段の合戦場なら問答無用で次々と斬りかかってくるが……」

「どうせ茶番ならもっとうまくやればいいのに」

 審神者はそう言って鼻で笑った。

「主!」

 と加州清光がたしなめる。

「……それはまだ証拠もないのに疑ってるだけでしょ。俺との間だけの話にしておいて。士気にかかわるよ」

「ごめん……分かった」

 審神者は口では素直に謝ったが、納得していない表情だ。

 大典太光世は審神者と加州清光を見比べて、

「俺は聞かなかったことにしておく」

 と言った。

 加州清光が「助かるよ」と礼を言うと、大典太光世は「なに」と微笑んだ。

 大典太光世が執務室を退出すると、審神者は疲れたようすで言った。

「今日はもう休む。一人になりたい」

「分かった。ゆっくり休んでね」

 加州清光は執務室を出ていく審神者を見送った。

 あぐらをかいて座るとこんのすけが膝に乗ってきたので、加州清光は毛すき用のブラシで毛をすいてやった。以前は審神者が毎日のようにブラシをかけていたが、時の政府と三日月宗近を疑い始めてからすっかりやらなくなった。

「……主さま、お疲れのようですね」

「うん……任務よりも調べものや考えごとしてることが多いね」

 加州清光はふと気づいてこんのすけに尋ねた。

「ねぇ、三日月が勝手に出てったの、時の政府はなにも言ってきてない?」

「はい、なにも」

「そっ……か……」

 加州清光の手が止まると、こんのすけは鼻先でつついてブラシの続きをねだった。

 どうすれば審神者に、三日月宗近を信じてもらえるだろうか。加州清光はブラシを動かしながら途方に暮れていた。

 前の晩に三日月宗近から預かった落雁は審神者に渡したが、審神者は嫌な顔をして箱を見ただけだった。その小箱は座卓の隅に放置されている。

 加州清光は桜の形の落雁をいくつかつまんで、こんのすけにも分けてやった。きっと審神者は食べないだろう。

 


 防人作戦が開始されて数日。

 三日月宗近の消息は杳として知れないままだ。

 防衛ラインには『大型の敵』を核とする群敵の強襲反応が現れるようになった。次々と押し寄せる敵部隊に、まれに体躯が三倍ほどある大太刀が混ざっている。これが大型の敵と呼称された。

 途中、敵の大規模な増援部隊が到着し、シグナルがレッドラインを示すことが数回あった。しかし各本丸の士気は高く、あっという間にシグナルはオールグリーンに逆転した。

 こんのすけによれば、敵はかなり消耗したようだ。

「ただいまより対大侵寇防人作戦フィールドに残存する敵に対し、防人作戦・掃討戦を開始します。全ての敵を掃討してください」

 こんのすけが掃討作戦の開始を告げてからまた数日後。  

「対大侵寇防人作戦フィールド、こちらに攻め寄せる敵なし。撃退に成功しました」

 こんのすけの声は明るい。

「しかし、変ですね……対大侵寇防人作戦フィールドへの群敵転送反応が一切なくなりました」

 そう言いながらこんのすけは操作パネルのあちこちを素早く肉球で押し、哨戒部隊から送られてきた映像や検出された観測値を確かめた。

「……これは」

 こんのすけは緊張して審神者を振り返った。

「群敵は次々と時間遡行を始めているようです! 追跡します」

 審神者は「分かった、頼む」とうなずいた。

 こんのすけはしばらく観測を続け、告げた。

「群敵の遡行先が判明しました! 京都・椿寺。戦国の記憶に分類されている合戦場です」



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