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3-2

 セレイガは立川からわずかに離れると、木刀を抜いて構えた。


「立川君、じっとしていてくれ」

 背後で立川が体を震わせているのが分かる。


 ヒュッ。


 風を切る音がして、セレイガは木刀を振るって弾いた。氷の欠片だった。

「姿を現せ、無礼者!」


 セレイガは叫んだ。

 彼と立川はまだ、『宝探し』の戦闘許可区域に入っていない。おそらくこれはセレイガの故郷絡みの人間の仕業だろう。そうでなければ、無礼者と言うセレイガの叫びは的外れになる。


 思ったとおり、木の後ろから数名の人間が現れた。派手な服を着た二人と、それに従う四人の男達。

「六人か、随分と舐められたものだな」


 パテリュク王朝の王位継承争いに暗殺は付き物だ。強さこそが、王位継承の条件だからだ。


 パテリュク王朝の人間の単純な性格はこういうところにも現れていて、暗殺のクセに彼らは隠れず、堂々と姿を現して名乗る。おそらく本当にこの六人以上は連れて来ていないだろう。

 以前のセレイガからすれば六人など舐められたものだが、魔力が百分の一までに減った今のセレイガにとっては、絶体絶命の危機だった。勿論こんなことで命を諦めるつもりは無いが、何よりここには立川が居る。


「今のあなたなど、俺一人で十分です」

 男が一人、前に進み出てきた。


「……サルシュさん」

 立川が小さく、震えた声で呟いた。


 六人の中心に立っているのは、気合の入った赤と金の戦闘着に身を包んだサルシュだ。もう一人は、金銀の刺繍の入った、いかにも森の中で邪魔になりそうなマントを羽織った、老人。

「トウラ宰相、そなたもか」

 セレイガのかつての師だ。


 そのうちこういったことも仕掛けてくるのではないかと思っていたが、思ったよりも早かった。先日、適当に彼をあしらったことがあまりに癪に障ったのかもしれない。


「殿下、おいたわしくていらっしゃる。生まれた瞬間から光に包まれていらっしゃった殿下ですのに。あなたがこれ以上、そのような惨めな姿でいらっしゃることが、我々には耐えられないのです」


 何がおいたわしいなのか。セレイガはつばを吐きつけたくなることをじっと堪えた。ここはセレイガ一人ではない、後ろに立川が居るのだ。好きに喋らせておいて、彼女を逃がすのに相応しいタイミングを待つのだ。


「立川君。俺が彼らを引き付けるから、逃げて欲しい。森を突っ切って、誰でもいい、教師を呼んでくれ。さあ、ゆっくりでいい、立って」


 サルシュは嘆くように憐れむように叫んだ。

「殿下は変わってしまった。俺の憧れだった殿下はもういらっしゃらない」

 そろそろと後ろで立川が立ち上がる。

「そんな殿下など、死ね!」



 サルシュが叫ぶと同時に、細かな無数の氷の刃が飛んだ。いつもなら避ければすむことだが、背後に立川が居る現在、それは最もしてはいけない行動だ。木刀を構えたまま、体の前面で氷の刃を受け止めながら、突っ込む。


「そんな木の棒で何ができる」

 サルシュは冷静に氷の盾を展開した。


 セレイガは木刀に、蕩けるような灼熱の炎をまとわせて、突き刺す。

 じゅう、肉の焦げる音がした。


「うばあぁぁ」


 トウラ宰相が地面に倒れこんだ。


 どうして殺し合いの最中なのに、のんびりと隣で観戦していられるのか。その神経がセレイガには理解できないが、流石にいくら優秀とはいえ実戦経験の無い文官である。


 殺すつもりは無かった。トウラには胸でなく肩に穴が開いた。

 肩の肉を溶かしながら、木刀を隣に向ける。

 こめかみが、焼き付きそうなほど熱かった。


「流石です、殿下」


 サルシュは叫び声を上げるトウラ宰相を一瞥して、木刀の届かない場所まで素早く下がった。

 良かった、立川からわずかに遠ざかった。


 サルシュが軽く投げつけた無数の氷の刃は、多くは頑丈なセレイガの服に受け止められたが、いくらかは手や頬に刺さっている。

 木刀にまとわせた炎の熱で、それらは溶けて血と共にとろりと流れる。


 サルシュは手を振り上げて、炎の玉を宙に浮かせた。そうだ、魔法が使えるのだから、木刀が届くような近距離から攻撃する必要は無いのだ。

 木刀を片手に持ち直し、セレイガは左手で寝転がっていたトウラの襟首を掴み上げた。


「う、うわあ。何を、何をするのだ。痛い!」

 豊かな貫禄に満ちた太めの体を、セレイガの前に盾のように構える。


「障壁を張れ、トウラ」

「ご自分の元師匠を人質とは、卑怯ですね、殿下」

 言いつつサルシュは火の玉を消さない。

 そもそもこのままトウラが転がっていたら、ごく普通に巻き込まれて火達磨だっただろう。


 残りの四人は、セレイガとサルシュ達の戦闘を、観戦でもするように眺めている。あそこ辺りの人間まで参戦されたらセレイガはかなり厳しい。しかし彼らが参戦してきても、サルシュが彼らを避けて魔法を発するとは思えないから、巻き込まれたくなければ黙って戦いを観察し、危なくなれば避けるしかないのだ。

「ただの盾だ、張れ、トウラ。殺されるぞ」

 セレイガは冷静な声で言った。トウラには冷酷に聞こえたかもしれない。


「や、やめろ、サルシュ。撃つのではない!」

「まったく情けない、これだから文官は。自分ごと撃て、くらい言えないものかよ」

「やめろ、命令だ!」

 トウラは叫びながらも、サルシュが止めるとは思えないのだろう、死に物狂いで障壁を張っている。


 トウラよりはサルシュのほうが王族であり、魔力も多い。体中の魔力を搾り出すようにして、瞬く間に広くて分厚い氷と水の障壁が生まれた。

 ちっと舌打ちしてサルシュは火の玉の数を増やし、腕を振り下ろした。


「やめろぉ――」

 セレイガはトウラから手を離し、数歩下がって構えた。


 ドォガンっ。


 氷と炎がぶつかって、巨大な爆発音がして、あたり一面真っ白な水蒸気が満ちた。


 その隙に飛びかかろうとして、セレイガは腕を引っ張られた。


「セレイガさん! 早く乗って」



 柔らかな感触に、暴力で燃え上がった頭が一瞬で冷え切った。

 こめかみが激しい光を発している。


 立川だけを逃がし、ここはセレイガが残ってトウラ達を引き付けた方が安全だ。頭はそう判断していた。パテリュク王朝の人間は、特に戦闘ともなれば一点しか見えていない。立川が逃げたからと言って、追いかける可能性は低いのだ。

 しかしセレイガは、腕を引く弱い力に逆らうことができない。



 立川が運転する浮き魚の後ろに素早く乗り込む。彼女に後ろから覆いかぶさるように立ち、背後からの射撃を防ぐ。

 彼女はペダルを踏みスムーズに加速した。


「どこへ?」

「すぐです」


 彼女は言うと、すぐにペダルを踏み変え、逆方向に加速して浮き魚を止めた。片足を地面に付いた。



 そこには穴があった。


 先ほどセレイガが探索魔法で指摘し、立川が穴を掘っていた場所だ。だが穴は固い石の床に行き当たり、掘り止めてある。

 石の床には同心円を中心として、なにやら魔法的な模様が刻み込まれている。立川は、その石の床に片足を付いた。刻まれた模様が仄かに光を発する。


「転移を実行しますか?」

 ささやかな、夢のように軽い声がセレイガの耳元で聞こえた。魔法の声だ。


「します」

 立川が答える。


「学籍番号をどうぞ」

「ID,九三五一二八。立川です」

「パスワードをどうぞ」


「『一等前後賞三億円』っ」


 立川が、セレイガの知らない彼女の故郷の言葉で叫んだ瞬間、二人の立つ地面はふっと消えた。

 二人は、この世界から消失した。


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