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3-1 晴れ、時々、炎

 

 赤い宝石が、くんと不自然に動いた。

 セレイガは後ろに向かって片手を上げると、レバーを踏んで乗っている浮き魚のスピードを緩めた。


 見慣れない文字で呪文を書いた紐の先には、強い力を発する赤い宝石がくくり付けてある。それを左手の中指に結び付け、不自然な宝石の動きを、セレイガはゆっくりと辿る。宝石を垂らしながら、周囲をゆっくり旋回する。木々の間を縫うように、加減しながら浮き魚を走らせた。


 不安定に左右に揺れる紐を見ながら、セレイガは片手で浮き魚を操縦して着地した。その隣で、セレイガよりも手慣れた動きで、浮き魚が着地する。


「何かありましたか?」

 ゴーグルを頭上に押し上げながら、セレイガのペアはにっこり笑った。


 セレイガは浮き魚を降りながら、右手で軽くこめかみに触れた。彼女が笑うたびに、聖痕はチカチカと反応する。


「ああ、何かに反応している。だが揺れがおかしい。近くに二つあるのかもしれない」

「二つですかー。それは良いですね」


 彼女は――立川は、風のように柔らかく笑い、セレイガはその顔から、不自然に見えない程度に目を逸らした。

 セレイガは、中指の微妙な重みを気にしながら歩き出す。その後ろで立川は、浮き魚にくくり付けていたスコップを取り外している。


 ほんとうならそんなものを彼女に持たせたくない。だが彼女には、セレイガは探索魔法に集中するように言われた。セレイガは未熟で、魔法に集中していなければろくな成果も上げられないので、気になりながらも諦めた。


 空は晴れ上がっているが、森の中で影が多いためにさほど暑くはない。太陽はそろそろ昼食時を告げようとしている。


 午前のうちに二人は、五つの『宝』を見付けた。

 それが多いのか少ないのかも分からないが、それ以上にセレイガは、覚えたばかりの探索魔法の意味が分からない。五つの宝は、宝石であったり、金属の欠片であったり、紙の切れ端であったりする。この探索魔法は、非常に単純で曖昧な初歩魔法だ。探し物を探す、と言う目的で動く。上手く見つけられているのだから文句は無いが、よく分からない。一体どのような原理で、何を探している魔法なのか。

 揺れていた宝石が、くるくると廻り始め、そしてそっと地面に近づけるとぴたりと止まった。


「ここですね。掘ってみまーす」

 立川は背中に背負っていた荷物を地面に置くと、彼女の背丈の半分くらいの大きさのスコップを、地面に突き立てた。


「立川君、ここは俺が」

「いえ、ここは私がやりますよー。もう一つ反応があったんですよね。セレイガさんはそっちをお願いします」

 セレイガは断ろうと思ったが、彼女の言うことが正しいことは分かったし、彼は彼女になんとなく逆らえない。

 彼女を一人にしたくはないのだが、すぐ近くだし仕方がない。


 セレイガは無表情で浮き魚まで走って戻った。

 急いでもう一つの宝を見付けたい。立川の柔らかい掌に、大きなスコップを持たせ続けたくない。地球世界出身者の手は、皆セレイガの故郷の令嬢達にも負けずに柔らかい。

 男子生徒ですら、剣術の授業を一緒にとった時、一時間で手を肉刺だらけしていた。

 それなのに素手で立川はスコップを握るので、セレイガは大慌てで、彼の皮手袋を彼女に貸した。


 それだけでなく彼女達は、妙に柔らかく頼りない体操服と言うものを着ている。あんなものでは制服よりもずっと頼りなく、木の枝や岩壁で簡単に破けて怪我をするのではないかと不安になる。セレイガの今着ている服などは、パテリュク王朝から持ってきた服で、一見装飾過多で繊細そうだが、実際は騎士服を派手に飾り立てただけのもので、頑丈で堅い。


 本当のところセレイガは、立川に何もさせたくない。自分で全てをやってしまいたい。セレイガの実家の都合で彼女を巻き込んだのだから、何一つ迷惑をかけたくない。

 しかしそんなことは不可能だ。セレイガはそこまで有能ではない。穴を掘ろうと魔法で地面を吹きとばせば、コントロールしきれず宝ごと壊してしまうだろう。浮き魚の運転などは立川の方が上手く、荷物を彼女の浮き魚に載せてもらっている。


 むしろセレイガは、どちらかと言わなくても気が利かないほうだ。

 この学園に入学するまで、気を利かせる必要を感じたことがなかったのだから、当然かもしれない。予備の手袋の一つも持って来なかった。彼の使いかけの手袋を立川に貸すことになってしまったのだ。


 浮き魚は魔法と科学が混ざり合った乗り物で、大したスピードが出ないように調整して学園内でよく貸し出されている。セレイガは非科学世界出身なので、生き物でないこういった乗り物には慣れない。

 立川は最近の長期休みに、故郷で乗り物の免許を取得したらしく、浮き魚にも随分慣れた様子だ。セレイガが彼女の足を引っ張っている。こんなことならば、飛行魔法や移動魔法ももっと覚えていれば良かった。



 セレイガは、中指にくくり付けた紐の動きに気付き、目の前の木を見上げた。

「上か」


 飛行魔法や移動魔法は、故郷にはほとんど存在しない。故郷の魔法は風や炎など自然に存在する現象を利用するタイプのもので、飛行魔法は入学してから少し覚えただけだ。いくらか使えることは使えるが、例えばこの場合、木登りの方が早い。


 セレイガは固い服の袖口の中に、紐と宝石を押し込み、軽々と木を登り始めた。腰に差した木刀が少し邪魔だが、わざわざ外すほどでもない。人の背丈の倍くらい登った後に、再び紐を垂らす。手を伸ばしながら反応を確かめた。

 本当にこの探索魔法は、原理がよく分からない。彼自身、何が分かっているのかいないのか分からないながらも、何か分かる。


「……あれか」

 少し離れた、もう少し高い木の枝に、黄色い箱が引っかかっているのを見つけた。あそこまで更に登ることも不可能ではないが、セレイガは腰に差した木刀を抜いた。


 枝の間から木刀を伸ばす。木刀を伝わるように魔力を流すと、ふわっと風が巻き起こった。道具に魔力を通して魔法を起こすことを、セレイガは学園に入学してから学んだ。故郷では力のある魔法使いは、道具を利用することを恥じて独力で力を振るおうとするからだ。魔力を大きく失ったセレイガにはこちらの方が効率がいいし、何より以前よりもコントロールが容易い。黄色い箱は軽く飛んで、木刀の上を浮かんで滑るようにセレイガの手元に落ちた。


 セレイガは箱を開け、中に丸い透明な玉が入っているのを見て、満足して頷いた。木刀を腰に差し直し、軽々飛び降りると浮き魚まで駆け戻った。



「セレイガさん、どうでしたかー?」

 浮き魚の隣で、スコップを地面に突き立てて立川は立っていた。セレイガは片手の箱を上げて見せた。

「立川君、もう終ったのか」

「セレイガさんこそ、すごく早いです」

「木の上にあったんだ」


 立川は微笑みながら箱を受け取ってから、困ったようにセレイガを見上げた。

「私の方は宝ではありませんでしたー」


「それは、すまない」


「いえいえ。ちょっと変わった魔法陣なんです。『宝探し』とは関係無いと思うんですけど、ちょっと見ておきますか? あ、その前に、そろそろお昼ごはんにしませんかー」

 立川は伺うように首を傾げた。


「ああ、そうだな」

 セレイガは頷いた。


 入学して半年たっても、彼はどうも自主的に食事を取ることに慣れない。本来ならばそういう提案をすることも、気遣いと言う有能な人間に必須の能力なのに。

 セレイガは反省しながら、浮き魚の後ろの荷物を開いて箱を押し込んだ。



 立川にぱっと抱き付いて、浮き魚の上に押し倒した。


「え? きゃあっ」



 ごうっ。


 二人の頭があった場所を、巨大な炎が通過した。




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