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「あつーい」
立川は体操服の肩口で汗を拭った。目の前では色とりどりの日傘が咲いている。
お嬢様やお姫様達の日焼け対策だ。帽子に日傘に長袖に、ばっちりだ。『運動会』に日傘など、初めは呆然としたが、今は少し羨ましい。
本日は全員参加の体育祭一日目、『運動会』だ。現在競技は玉入れで、四ツ谷が出場している。
「がんばれー」
たまに声を上げて手を振るが、正直勝ち負けなどどうでもいい。
『運動会』は一応クラス対抗だが、戦闘系のクラスの独壇場で立川のクラスなど全く関係ない。クラスや出身世界によって実力が全然違い、面白いくらい勝負にならない。
ただ、玉入れは割りと良い勝負だ。戦闘クラスにはとんでもなくコントロールの良い人間が居るが、投げる力が強すぎる人間も居て、時折ポールを倒して零個から再スタートになる。
倒した生徒はクラスメートにボコボコにされるが、応援席は大いに盛り上がる。
玉入れの玉が数え始まるが、やはり立川のクラスは優勝争いにも最下位争いにも絡まないらしい。
競技が一つ終り、応援席の生徒がちらほら立ち上がったり、戻って来たりする。
『運動会』出席の単位を取るためには、二つ以上の競技に出場し、三つ以上の競技を応援しなければならない。変な決まりだが、体が弱い生徒は、半日外に座って応援することも大仕事なのだ。芸術系のクラスでは、翌日熱が出て欠席する生徒が大量に出るらしい。
立川は真面目なので全部見ていくつもりだが、午後からは不参加に心が揺れる。芸術系のクラスの応援席は既にガラガラだ。
「四ツ谷、お疲れ様ですー」
「ああ、玉入れは楽だよ」
「でもポールが倒れたのびっくりしました。爆笑です」
四ツ谷が隣の椅子に座り、水筒を開ける。
次の競技は騎馬戦らしい。しかも戦闘系クラス同士の戦いであり、これが殺気だろうかと立川でさえ感じる気配が漂っている。
騎馬戦はやや危ないので、組み合わせは初めから決まっている。次の試合は戦闘系同士だ。
かけ橋学園の生徒達は、選択する授業の関係で、大体四つの系統に分かれる。
体育というか戦闘系、立川たちも含む学問系、そして芸術系、魔法系。魔法系は他の範囲とかぶっていることも多い。
立川のクラスは学問系と魔法系を含んでいる。とはいっても、地球世界出身者は自分の系統に関わらず全クラスにまんべんなく割り振られるので、立川が戦闘系クラスに行かずにすんだのは単なる運だ。地球世界出身者は生徒と言うより設備だからだ。
スタートの笛の音が鳴り、風と共に両者の騎馬がぶつかる。
「ていうか、運動会で鳴るような音じゃないね」
四ツ谷がお茶に口を付けながら平然と言う。
「『運動会』って、体育祭で一番安全な競技なんですよねー」
立川は少し笑顔を引きつらせながら言う。
「『トーナメント』なんか、死んでも自己責任ですって契約書を書くらしいよ」
立川は吹き出しそうになった。
かけ橋学園は本当に行事が多い。それは、四系統全ての行事を行うからだ。中間・期末テストは学問系の行事と言う扱いになっている。戦闘系の行事としては、死人が出そうな行事が年に数回行われる。
『宝探し』は主に魔法系の行事だ。ただ、商品が出るので、それ以外の人間もゲームとして出る。運が良ければ上位入賞も出来る、結構運要素の強い競技だ。
特に危険な競技でもないが、一部に戦闘許可区域と言う場所があり、そこでは戦って別の参加者から宝を奪っても良いことになっている。そこは他よりも多くの宝が隠されているらしい。変な欲を出して戦闘許可区域に近付いたりして、巻き込まれるのでもなければ大した危険は無いようだ。
「そういえば、立川も三日目出るんだっけ」
「『宝探し』って、別に危なくないですよね」
四ツ谷は、一秒立川の顔を見つめた。
「立川、セーフティバブルまだ持ってるよね」
「え、今何考えたんですか? 変な雰囲気で嫌なこと言わないで下さいよー。探せばまだありますよ。高いんでしょう、あれ」
ごッ。
嫌な音がして二人がグラウンドの方を振り向くと、頭突きをし合って頭から血を流す騎馬が居る。
立川は引きつった表情で笑った。
四ツ谷がいうセーフティバブルとは、学園から無料で配布された安全装置だ。
丸いキーホルダー状の防犯ベルのような形をしていて、ぎゅっと押すと魔法のバリアが出現して本人を守ってくれるらしい。
学園には色々な危険が存在する。特に立川達のような地球世界出身者は、魔法を使うことも戦うこともできず、生徒同士の喧嘩に巻き込まれただけで危険なのだ。
セーフティバブルは危ないと思ったときに使用すれば、その場で本人を守ってくれると共に、教師達に救難信号を送り、助けに来てもらえる。
「役に立つんですかー、あれ。そういえば四ツ谷は、春の遠足で遭難しかけてましたっけ」
四ツ谷は意味ありげに立川の顔を見つめた。
「何ですかー。何とか言って下さいよ、怖いです」
ちらっと笑って顔を騎馬戦に戻す。
「いくら安全な行事って言っても、何も無いとは限らない。崖から落ちるかもしれないし、熊に襲われるかもしれない。でも、高い所から落ちてもその場でバブルを使えば、浮くよ」
「へー、便利ですね」
立川はにこやかに笑って答えながら、背筋に寒気を感じだ。四ツ谷は危険な目に遭ったことがあるのだ。少なくとも、バブルを使う暇がある位高い場所から落ちるようなレベルの、危険な目に。安全に配慮された、この学園において。
「危険は急に訪れる。交通事故は忘れた頃にやって来る。だから、バブルはいつでも咄嗟に掴める所に置いとくべきだよ。バブルは高価な物だけど、勿体無いなんて言ってられない。お金よりも、命の方が大切だ」
四ツ谷は悟ったように呟いて、騎馬戦を見つめる。
グラウンドでは、鉢巻を奪われ形を崩した騎馬が人間となって、死屍累々と横たわっている。敵も味方も気にせずに、その上を踏みつけて血みどろになって鉢巻を奪い合う。
「騎馬戦て、殴り合いなんかするもんでしたっけ」
「日本の配慮された安全と、多重世界の配慮された安全って、全然レベルが違うんだよ」
四ツ谷はさらりと恐ろしいことを言った。
それは立川はまだ甘いと言う指摘だった。
立川の覚悟を問う言葉だ。無責任だけれど優しい忠告だった。忠告はするけれど決定には決して口を出さない、優しいけれど突き放した意見だった。
二人の間には、別々の事情が存在するのだから。
「はい、気を付けますね、『宝探し』。バブルはリュックの外側に付けて行きます。でもできれば使いたくないんですよねー。セーフティバブル、卒業まで使わないで置いておいたら、卒業の時に高価買い取りしてもらえるんですから」
四ツ谷の忠告に、素直頷いておくこともできる。正直に本音で答える必要なんて無い。
だけど四ツ谷は友達だ。お互いの事情もよく分かっていて、そして本気で立川を心配してくれる、数少ない存在だ。この奇妙な状況に放り込まれ、共に戦う戦友、運命共同体。彼女の忠告に適当に頷くことは、立川はしたくない。
立川は四ツ谷の顔を見ずに、にっこりと微笑んだ。
「お金よりは命の方が大切ですけど、お金が全く無かったら、生きていけませんからー」




