プロローグ:『同居の申し出』
朝。
昨日の早朝の経験が、まだ真夢の肌に張り付いていた。あの暗い廊下の感触、夢喰いが迫る時の空気の震え、夢映が目の前で消えたあの光景。そのすべてが、真夢の脳裏に潮のように押し寄せてくる。
だが、最終的には二人とも無事に夢から脱出できた。過程はやや波乱だったが、結果は良かった。
朝、互いに別れを告げた後、それぞれの場所へと戻った。夢映は自宅へ、真夢は仕事を続けるために。昼には、いつものカフェで顔を合わせ、夢に関する話を交わした。夜になれば、スマホでやり取りをし、真夢は夢映が安全かどうかを確認した。夢喰いの突然の襲撃に備えて。
そして、また新たな一日が始まる————
「……はぁ」
ベッドに横たわる真夢が、突然目を見開いた。瞳孔が光に刺激され、わずかに収縮する。胸が激しく上下し、呼吸の一つ一つが深く重い。汗が額を伝い、枕の端を濡らした。
どうやら昨夜の夢でも、また死を体験したようだ。
「くそっ……またか……」
真夢は手で顔を覆い、つぶやくように言った。
首を落とされる感覚とは違う。今回は身体が引き裂かれる感触だった。胸の中央から、両側へとゆっくりと抗えない力が加わり、肋骨が一本ずつ折れる音が聞こえるまで続いた。
そして、真夢は目を覚ました。
今週に入ってから、真夢は数々の奇怪な夢を見ていた。クローリアから聞いた情報に関連する三つの夢を除いても、既に四回も死の夢を見ている。首を落とされるか、身体を裂かれるか。とにかく、どの死に方も悲惨で、その度に痛みと共に飛び起きる。
夢の中で死に慣れるのかどうか——そんなことを考える気力すら湧かなかった。
顔を横に向け、電子時計の時刻を確認する。
——6:16
出勤まで、あと一時間余り。
「……まあいいや」
真夢はベッドの上で深呼吸を一つし、体を起こして洗面所へ向かった。
歯ブラシとチューブを取り出し、コップに水を注いで、朝の身支度を始める。水が陶器の洗面台に当たる音が、規則正しく続く。その音に、真夢はほんの少しだけ安らぎを覚えた。少なくとも、今は現実にいるのだと分かるから。
トントン、トントン————
ふと、ドアを叩く音が聞こえた。
「……?」
歯を磨きながら、手を止めて顔を上げ、入口の方へ視線を向ける。
トントン、トントン————
再びドアを叩く音。大きくはないが、少し急ぎ気味だった。
真夢はドアを見つめ、眉をひそめる。外にいるのが誰なのか見当がつかない。この時間に訪ねてくる相手といえば、まず栞は違う。彼女はまだ寝ているはずだ。他の友人? 可能性は低い。病院からの緊急連絡か? それとも——
「……誰だ?」
真夢がドアに向かって声をかけた。
トントン、トントン————
返事の代わりに、またノックの音だけが響く。
真夢は知っている。自分のドアにはインターホンが設置されている。誰かが来るなら、普通はそちらを押すはずだ。
しかし、聞こえてくるのはノックの音だけ。
つまり、外にいる人物は、手が塞がっていてインターホンを押せないか、あるいはインターホンの使い方が分からないかのどちらかだ。
そして、インターホンの使い方が分からない者といえば……
「……夢喰い、か?」
かすかに、誰かが唸るような低い声が聞こえたような気がした。喉の奥から息を絞り出すような音だった。
真夢は歯ブラシを置き、口元を拭ってから、一歩一歩ドアへと近づく。そしてゆっくりと手を伸ばし、ドアノブを握り、そっと隙間を開ける。
その隙間から見えたのは——
「……夢映?」
扉の外に立っていたのは、紛れもなく夢映だった。白いパーカーに、グレーブルーのスラックス。キャップのつばは深くかぶられていて、その縁は汗で少し湿っていた。それに、彼女は両手に大きな包みを二つずつ提げていて、細い腕がかすかに震えている。さらに意外なことに、口にはもう一つ包みをくわえていて、歯で取っ手を噛みしめ、全身をわずかに前傾させてバランスを取っていた。
「うんんんんん————」
真夢がドアを開けると、夢映は慌てて何度もうなずいた。まるでドアを閉められてしまうのを恐れるかのように。うなずくたびに、汗が二、三滴、ぽたりと落ちた。
「どうして俺の家に? それに……どうして荷物まで持ってきてるんだ?」
真夢は問いかけながら、彼女の手から包みを二つ受け取った。両手が空いた夢映は、急いで口にくわえていた包みを下ろし、大きく息を吸い込んだ。
「はぁ……だって……だって、家賃が払えなくて、追い出されちゃって……」
夢映はうつむきながら言い、声は次第に小さくなっていく。
「家族はすごく遠くに住んでいて……もう本当に、行く当てもなくて……それで……」
言い終えると、夢映の表情はさらに気まずそうになり、視線は壁の隅へと逃げていった。
「…………」
真夢はしばらく彼女の顔を見つめた。その表情は確かに苦しそうに見える。多少話に疑問はあったが、はっきりとした矛盾点は見つけられなかった。
しかし考え直してみれば、夢映が以前住んでいた場所は確かに安全ではなかった。夢喰いがその空間を既に捕捉しているなら、住み続けることは彼女をより頻繁に危険に晒すだけだ。引っ越すのは悪い選択ではない。
「歩いてここまで来たのか?」
「……はい。」
その答えを聞いて、真夢はタクシーを使わずに徒歩で来た理由を、おおよそ察した。
「それで、俺んちに住むつもりか?」
真夢は体を少し横にずらし、入口のスペースを空けた。
「あ、ああ……ただの一時的な話だよ。迷惑なら、私も——」
「迷惑じゃない。中に入れ。玄関で話してると、隣近所に迷惑だ。」
真夢は振り返り、夢映の包みを二つ持って室内へと向かい、リビングの床に置いた。夢映もそれを見て、残りの包みを持ち上げて、真夢の後を追った。
「ところで、この包みの中身は何だ? 結構重いぞ。」
「生活用品がいろいろ……ちょっと多いかもしれないけど……」
夢映はそれ以上続けず、真夢もそれ以上問い詰めなかった。
荷物を置くと、真夢はキッチンへ向かい、振り返って夢映を見た。
「朝飯はもう食ったか?」
「た、食べました————」
ぐぅ……
そう言い終えた直後、夢映の腹から唐突な音が鳴った。
それを見て、真夢はため息をついた。
「……遠慮しなくていい。適当に座ってろ。何か作るから。」
真夢はキッチンに入り、冷蔵庫を開けて食材を確認する。卵はまだ何個かある。ベーコンも一袋。食パンは残りわずかだが、二人分には足りる。食材を取り出すと、調理を始めた。
リビングの方からは、布地の擦れる音とごく軽い足音が聞こえてくる。真夢が横目でちらりと見ると、夢映はソファのそばに立ったまま、視線をあちこちに泳がせていた。座らずに、何か迷っているようだった。
「そんなに堅苦しくしなくていい。初めて会うわけじゃないんだ。適当に座れ。」
「あ……はい。」
そう言われて、夢映はおずおずとソファに腰を下ろした。
慣れない環境に戸惑っているのか、座ると彼女の視線は部屋の中をゆっくりと動き始め、真夢の家の間取りを観察し始めた。リビングから寝室、トイレからキッチンまで、隅々まで目を配る。床は一人暮らしとは思えないほどきれいで、机の上には散らかった物はなく、窓辺にはほこりもなく、隅に段ボールが積まれていることもない。どのスペースも整然と片付けられている。全体の広さは特別広いわけではないが、少し手を加えれば、三、四人で住むのも問題ないだろう。
「きれいな間取りだな……」
真夢の家の配置を見て、夢映は小さく感嘆の声を漏らした。
数分ほどして、真夢が簡単な朝食を二皿、テーブルの上に運んできた。皿の上には焼き目のついたパン、ベーコン、そして目玉焼き。定番の洋風朝食だった。
皿を置くと、真夢は向かいに座り、手で合図を送った。
「さあ、まずは朝飯を食べよう。食べながら話さないか?」
「い、いいんですか?」
「もちろん。堅苦しく考えなくていい。リラックスしろ。」
そう言われて、夢映はそっとテーブルへと歩み寄った。
皿の中の料理からは湯気が立ち上り、目玉焼きの縁は少し焦げていて、表面には油の照りがあった。
だが、夢映はすぐには手を付けず、しばらく皿の上の料理を見つめていた。
「どうした?」
「なんか……現実じゃないみたい。昨日まで自分の家にいたのに、今日は真夢さんの家で朝ごはんを食べてるなんて。」
「現実も現実じゃないもないだろ。大事なのは、食いたいかどうかだ。」
「……確かに。」
夢映はフォークを取り、慎重に目玉焼きを一切れ切り取った。湯気が彼女の顔に当たり、彼女は一度まばたきをしてから、フォークを口に運んだ。
「……美味しい。」
「それなら良かった。」
真夢も自分のフォークを取り、朝食を食べ始めた。二人で静かに数口ほど食べたところで、真夢がフォークを置き、夢映を見た。
「じゃあ、話をしようか?」
「な、何をですか?」
「もちろん、俺のところに来た理由だ。それと、どうやって俺の住所を知ったんだ?」
「うぐぅ……本当にお金がなくて家賃が払えず、追い出されたんだよ。仕事も見つからなくて、一文無しってわけ。住所はね、カフェで店員さんに聞いたんだ。真夢さんがここに住んでるって教えてくれた。」
「店長は何か言ってなかったか?」
「店長もそばで聞いてて、こう言ってたよ……『真夢の友達か? なら今度来るときに手作りクッキーを持ってくるように伝えてくれ』って。そのままの言葉だった。」
真夢は一瞬固まり、口元がほんのわずかに上がった。笑顔というほどではなく、どちらかと言えば苦笑いに近いものだった。
「……あの奴、まだ覚えてたのか。」
「え? じゃあ本当にクッキーを作るんですか?」
「たまにな。昔一度持って行ったら、店長がずっと覚えてたんだ。ただ、症状がひどくなってからは、そういうものを作ることも少なくなったけどな。」
「じゃあ、今度作るときは——」
「まずはお前の話を片付けよう。」
「はい……」
夢映はうつむき、また一切れの目玉焼きを口に運んだ。
真夢はあごに手を当てて、しばらく考え込んだ。
夢映の表情は嘘をついているようには見えない。目も落ち着いているし、声の調子も安定している。仕事を探しているかどうかは分からないが、確かに彼女は行き詰まっているように見えた。
「ところで、真夢さん。」
「どうした?」
「あの……私にできることって、何かありますか? 例えば、部屋の掃除とか……」
夢映はうつむき、皿の上のトーストに視線を落としながら、少し照れくさそうに言った。
「どうしてそう聞くんだ?」
「だって……突然お世話になるって言ってるのに、ただの居候じゃいられないし……何かお手伝いしないとと思って。」
「手伝い、か……」
真夢はゆっくりと目を閉じ、何かを考えるようにうなずいた。
「そうだな。一つだけ、お前に頼みたいことがある。やる気があるかどうかは分からないがな。」
「本当ですか? 何でも言ってください。メイドでも構いませんよ。」
「メイドというわけじゃないが……意味合いは似ているかもしれないな。」
「え……まさか本当に……メイドをやれって?」
そう言われて、夢映の頬がほんのりと赤くなり、指が無意識にパーカーの裾をもじもじと弄り始めた。
「メイドじゃない。だが、本質的には俺の手伝いをして、細々としたことを処理してもらう。特に——俺の仕事において、だ。」
「……真夢さんの仕事、ですか?」
「そうだ。助手が必要なんだ。ハイリス病院で、俺の仕事を補佐する助手がな。」
真夢は両手を机の上で組み、その視線を夢映の顔に据えて、返事を待った。
「で、でも、そういうのって資格が必要なんじゃ?」
「そこはお前が心配することじゃない。必要な知識を少し覚えればいい——あとは俺が何とかする。」
「そ、それは……厳しいんじゃないでしょうか?」
「収入はかなりいい。知識で金を稼ぐ。割に合うと思わないか?」
「——はい! 決まりました! 頑張って勉強します。」
その言葉に、夢映の目が一瞬輝き、ぱっと元気を取り戻した。
「よし。じゃあ、朝飯を食べたら、簡単に準備をしよう。」
「……準備?」
「身だしなみを整えろってことだ。この季節に白衣を着るのは、涼しくないぞ。」
「ちょっと待って待って……まさか、今日からってことですか?」
「そうだ。」
真夢は立ち上がり、空になった皿を手にキッチンへと向かった。
「今日からだ。」
「えええええええ————?!」
夢映の声が食卓の方から追いかけてきて、明らかに慌てた様子が混じっていた。続いて椅子が後ろに押しのけられる音と、追いかけてくる足音が聞こえる。
「ちょっと待って待って———何も準備してないよ!」
「何を準備する必要がある?」
「せめて……せめて顔を洗わせてよ!」
「出てくる時に顔を洗ってなかったのか?」
「それは違う! さっきのは適当に洗っただけで、これから病院に行くんだよ!」
真夢は立ち止まり、振り返って彼女を見た。
夢映はテーブルのそばに立っていて、髪は少し乱れ、パーカーの襟も片方ずれていて、口元にパンくずが一粒ついている。彼女自身は気づいていないだろうが、その顔には慌てた表情と真剣な表情が混ざっていた。
「……五分で足りるか?」
「足、足りる!」
そう言うと、夢映は振り返って洗面所の方へ走っていった。足音はさっきより少し力強くなっていた。数歩走ってから立ち止まり、振り返って彼を見た。
「あの……真夢さん……」
「ん?」
「ありがとう。」
「……どういたしまして。」
夢映はうなずき、廊下の奥へ姿を消した。
真夢は洗面所のドアが閉まる音を聞いてから、自分の右手首を見下ろした。一瞬、微かに赤みが差し、少し腫れているように見えたが、すぐに元の状態に戻った。
「……」
彼は袖を下ろし、キッチンに戻って食器を片付け始めた。水の流れる音が再び響き始めたとき、彼の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。本人は気づいていないかもしれないが。




