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明日をくれた君へ  作者: 安森ルイ


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2/2

晴天に色を失った光

春はまだ続いていた。


朝から暖かな陽射しが街を照らし、穏やかな風が咲き誇る花々の香りを運んでくる。通りには、それぞれの一日を始める人々であふれていた。


美しい一日。


少なくとも、みんなはそう言う。


俺はゆっくりと目を開けた。


白くくすんだアパートの天井が視界に映る。


枕元に置いたスマホを見ると、時刻は七時三十分を過ぎていた。


もう遅刻だ。


それでも、不思議と急ぐ気にはなれなかった。


ただ何分もの間、天井を見つめながら、頭の中を空っぽにしていた。


昨日。


あの夕方。


有華の声が、今でもはっきりと耳に残っている。


「ごめん……私、もう好きな人がいるの。」


俺は静かに目を閉じた。


胸の奥は今でも重い。


怒っているわけじゃない。


憎んでいるわけでもない。


ただ、何年もかけて積み上げてきた想いが、ほんの数秒で崩れ去ってしまっただけだ。


俺はゆっくりとベッドの端に腰を下ろした。


昨夜掛けておいた制服は、まだきれいなままだった。


何の感情もなく袖を通す。


部屋の隅には、花屋のビニール袋がそのまま転がっていた。


少しだけ視線を向ける。


そして、すぐに目を逸らした。


朝食も取らず部屋を出る。


昨日の夜から何も食べていないはずなのに、不思議と空腹は感じなかった。


---


大学までの道が、今日はいつもよりずっと長く感じる。


通る道は同じ。


信号も同じ。


建物も同じ。


街路樹も同じ。


それなのに。


すべてが見知らぬ景色のようだった。


まるで、自分だけが知らない場所へ迷い込んでしまったみたいに。


大学の正門前は今日も賑やかだった。


楽しそうに笑い合う学生たち。


友達を追いかけて走る者。


ベンチで飲み物を分け合う者。


そんな光景を横目に、俺はただ通り過ぎていく。


何一つ心を動かされることはなかった。


---


講義が始まる。


俺は教室の一番後ろの席へ移動した。


ノートパソコンを開く。


ノートを開く。


ペンを握る。


準備だけは整っている。


なのに、何かを書こうという気持ちは少しも湧いてこなかった。


結局、最初のページは白紙のままだ。


教授の声は、意味のない雑音のように耳を通り過ぎていく。


周りでは学生たちが頷き、


時折、小さな笑い声が聞こえる。


俺は窓の外を眺めていた。


風に乗って花びらが舞い落ちる。


綺麗だ。


そう思うはずなのに。


何も感じない。


「浩司。」


突然名前を呼ばれ、俺は我に返った。


教授がこちらを見ている。


「さっきの質問に答えられるか?」


俺はゆっくり立ち上がる。


教室が静まり返る。


何を聞かれたのか分からない。


「……すみません。」


教授は小さくため息をついた。


「座っていい。」


俺は静かに席へ戻る。


何人もの視線が俺へ向けられていた。


けれど、気にならなかった。


どうせ誰も、俺のことなんて気にしていない。


---


昼休みになった。


いつもなら、有華と一緒に食事をしていた。


飲み物を買って、


弁当を買って、


他愛もない話をしながら笑っていた。


でも今日は違う。


彼女の姿は朝から一度も見ていない。


どこへ行ったんだろう。


いや、もう考える必要もない。


近くのコンビニで温かい弁当とミネラルウォーターを一本買う。


それだけだった。


公園のベンチに腰掛け、


静かに食事を済ませる。


ふと足元へ目を落とした。


そこには四つ葉のクローバーが咲いていた。


幸運の印。


そんなものだと誰かが言っていた気がする。


……馬鹿らしい。


今の俺はそんなもの信じない。


もし本当に願いを叶えてくれるなら。


俺を大切に想ってくれる恋人が欲しい。


そう願ってみる。


だけど。


そんな奇跡なんて、きっと起きない。


---


帰り道。


俺は足を止めた。


遠くに。


有華がいた。


友達と楽しそうに話している。


いつもと変わらない笑顔。


風に乗って笑い声が聞こえてくる。


俺は数秒だけその姿を見つめた。


そして静かに背を向ける。


遠回りの道を選んだ。


まだ。


彼女と向き合う勇気はない。


明日かもしれない。


来週かもしれない。


あるいは――


もう二度と。


---


青かった空はゆっくりと夜へ染まっていく。


俺はアパートへ戻った。


部屋の中は静まり返っている。


誰もいない。


鞄を床へ放り投げ、


そのままベッドへ倒れ込む。


天井を見つめる。


時計の針だけが静かに進んでいく。


一秒。


また一秒。


時間だけが過ぎていく。


俺は何もしたくなかった。


やがて夕陽は消え、


窓の外から街灯の光だけが部屋を照らす。


腹は減っている。


でも食べたくない。


喉は渇いている。


でも飲みたくない。


ただ。


静かにしていたい。


今日も。


明日も。


そして、できることなら――


ずっと。


外では今も春が続いている。


けれど。


俺の春は、


昨日で終わってしまった。

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