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追憶のアーティファクター ~遺されたスケッチブックと、想いを繕う自動人形~  作者: ぽてと


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第11話 『幻影の森と、過去のスクープ』(3/3)

紫色の霧が晴れかけた深い森の中に、場違いなほど統制の取れた、軍靴の足音が響き渡っていた。


現れたのは、黒く染め抜かれた旧式の軍服を纏う十数人の男たち。

その先頭で、顔の右半分に醜い火傷の痕を残す大柄な男が、獰猛な笑みを浮かべてノエルを見下ろしていた。


「まさか、こんな辺境の森で『シグマ・モデル』の最高傑作に出会えるとはな。……捜したぞ、銀髪の悪魔」


「シグマ・モデル……」


ノエルは、テオを背中に庇うように一歩前に出た。

彼女の演算回路が、瞬時に男の顔の傷と、軍服の階級章を過去のデータベースと照合する。


「データ一致。旧帝国軍・第八魔導特務部隊、ヴァルガス大尉。……記録によれば、あなたの部隊は終戦時に武装解除を拒否し、行方不明(MIA)となっているはずです」


「行方不明? 笑わせるな」


ヴァルガスと呼ばれた男は、忌々しそうに顔の傷を撫でた。


「我々の戦争はまだ終わっていない。臆病な上層部が勝手に降伏しただけで、我々前線の兵士は一日たりとも敗北を認めていないのだ。……だが、再起を図るにはいささか戦力が足りなくてな。お前のような『最強の兵器』の炉心が、どうしても必要だったのだよ」


ヴァルガスの背後に立つ兵士たちが、一斉に旧式の魔導銃を構え、銃口をノエルへと向けた。


「さあ、大人しく投降しろ。お前の開発者であるあの裏切り者の老いぼれが、お前にどんな細工をしたかは知らんが……我々の元へ戻れば、再びお前を、完璧な殺戮兵器として調整し直してやる」


ヴァルガスの言葉には、自動人形をただの便利な道具としか見ていない、冷酷な響きがあった。


しかし。

ノエルは無表情のまま、静かに首を横に振った。


「要求を、拒否します。私はもう、軍の所有物ではありません。……それに、私は兵器ではなく、アーティファクター(魔導具師)です。壊れたものを直すのが、私のタスクですから」


「アーティファクターだと? ふざけるな!」


ヴァルガスが吼えた。


「何万という人間を肉塊に変えてきた悪魔が、今更おままごとか! ……いいだろう。そのふざけたプログラムごと、力ずくで書き換えてやる! 撃てぇッ!!」


ヴァルガスの号令と共に、十数丁の魔導銃が一斉に火を噴いた。

赤い魔力の弾丸が、森の薄暗闇を切り裂き、ノエルとテオに向かって殺到する。


「ノエル!!」


テオが叫ぶが、ノエルの動きは弾丸よりも遥かに速かった。


「……防衛プロトコル、起動」


ノエルの十指から、幾万もの『銀色の魔力糸』が爆発的に展開された。

それは、かつて戦場で敵兵の肉体を分厚い装甲ごと細切れにした、死神の糸。

兵士たちの顔に、大戦時の恐怖が蘇り、絶望の色が浮かぶ。


しかし。

銀色の糸は、彼らの肉体を切り裂くことはなかった。


シュガァァァァン!!


「なっ……!?」


兵士たちが驚愕の声を上げる。

ノエルの糸は、空中で放たれた魔力弾の軌道を正確に絡め取って逸らすと、そのまま兵士たちの手元へと猛スピードで伸びていった。


そして、彼らが構えていた魔導銃の銃身に巻き付いたかと思うと、ボルトや弾倉といった『部品』の結合部へと滑り込み、一瞬にしてそれらを空中で「分解ディスアセンブル」してしまったのだ。


「俺の銃が……バラバラに!?」

「バカな、糸で精密機械を解体しただと!?」


武器を失い、呆然とする兵士たちの足首と手首に、余った銀糸が生き物のように巻き付く。

ノエルが指先をクイッと引くと、十数人の兵士たちは為す術もなく足をすくわれ、落ち葉の上に次々と転がされ、ミノムシのように完全に拘束されてしまった。


一滴の血も流れていない。

わずか数秒で、一部隊が完全に無力化されたのだ。


「……対象の武装解除、および無力化を完了。テオ、怪我はありませんか」


ノエルは振り返り、淡々と尋ねた。


「あ、ああ……。相変わらず、デタラメな強さだな……」

テオが冷や汗を拭いながら頷く。


一方、一人残されたヴァルガス大尉は、転がった部下たちとノエルを交互に見比べ、顔の傷をヒクヒクと痙攣させていた。


「どういう……ことだ。なぜ、殺さない? お前のその魔力糸の出力なら、部下どもの首を刎ねるなど一瞬だったはずだ!」


「私は、人を殺すための機能を持っていません。おじいさんが、私にそう約束してくれましたから」


ノエルは、焼け焦げたオルゴールを直した自分の手を、真っ直ぐに見つめた。

そして、その後ろに立つテオを見た。


「それに……私の大切な相棒が、私のことを『優しい』と言ってくれました。私は、彼の紡ぐ言葉を裏切るような真似は、絶対にしません」


「……相棒、だと?」


ヴァルガスは、ノエルの背後に立つ、丸眼鏡をかけたひ弱そうな青年を睨みつけた。


「なるほど……。理解したぞ。その男がお前の『リミッター』というわけか。かつての冷酷無比な悪魔に、つまらん感情というエラーを植え付けた張本人が」


ヴァルガスの目が、冷酷な狩人のそれへと変わる。


「ならば、その男を排除すれば、お前は再び本来の姿に戻るのだろうな!!」


ヴァルガスは懐から、軍の規定外である高圧縮の『魔導手榴弾』を取り出し、ピンを抜いてテオに向かって全力で投擲した。


「しまっ……!」


テオが身構えるより早く、黒い手榴弾がテオの足元へ転がる。

広範囲を吹き飛ばす、凶悪な爆発。

銀糸で空中で絡め取るには、すでに信管が作動する寸前だった。


「テオ!!」


ノエルは一切の躊躇なく、テオの前に立ち塞がった。

そして、自身を庇うように両腕を交差させる。


ドゴォォォォォォンッ!!!


強烈な爆発の閃光と熱波が、周囲の木々を吹き飛ばし、巨大な土煙が舞い上がった。


「ハハハハハッ!! 見たか! 人間に絆された機械の末路を!」


ヴァルガスが狂気を含んだ高笑いを上げる。

至近距離で手榴弾の直撃を受ければ、いくら最新鋭の装甲を持っていようと、内部の駆動系まで完全に破壊されるはずだ。


しかし。

土煙が晴れた後、ヴァルガスの笑い声は、喉の奥で完全に凍りついた。


「……損害状況、報告」


土煙の向こうで、透き通るような声が響いた。


「右腕部装甲に中程度の損傷を確認。ですが、駆動系および内部フレームへの影響は皆無です。……テオ、無事ですか」


「お、おう……お前が盾になってくれたからな。かすり傷一つねえよ」


そこに立っていたノエルは、両腕を交差させた姿勢のまま、テオを完全に守り抜いていた。


彼女の右腕。ギアポートの職人たちが「最高のパーツを削り出してやる」と言って、徹夜で打ち出してくれた、真鍮と鋼の新しい装甲。

それは、手榴弾の爆発の熱と衝撃を真っ向から受け止めながらも、表面が黒く煤け、わずかなヒビが入っただけで、その強靭な形を完璧に保っていたのだ。


「馬鹿な……。あんな粗末な継ぎ接ぎの装甲で、軍の対装甲爆弾を無効化しただと……!?」


ヴァルガスが、信じられないものを見るように後ずさる。


「粗末、ではありません」


ノエルは、熱を持った右腕の装甲を、愛おしそうに左手で撫でた。


「この腕には、ギアポートの職人たちの『誇り』が込められています。彼らが私のために、汗を流して作ってくれた、大切な時間です。……だから、こんなものでは絶対に壊れません」


ノエルの青い瞳が、ヴァルガスを鋭く射抜いた。

その瞳に宿っているのは、かつてのようなプログラムされた殺意ではない。

自分の大切なものを守り抜くという、明確な『意志』の光だった。


「……ッ!」


ヴァルガスは、その光に気圧され、舌打ちをした。

これ以上、部下を失った状態で正面からやり合うのは不利だと、彼の軍人としての本能が告げていた。


「……今日はこのくらいにしておいてやろう。だがな、忘れるなよ、銀髪の悪魔」


ヴァルガスは拘束された部下たちを見捨て、森の奥へと後ずさる。


「我々は必ずお前を回収する。軍の残党は、俺の部隊だけではない。……お前がその『人間を殺さない』という甘いルールに縛られ、その男を庇い続ける限り、お前たちに安息の地などないと思え!!」


ヴァルガスは煙幕弾を足元に叩きつけ、濃い灰色の煙に紛れて、その姿を完全に消した。


残されたのは、銀糸に縛られて気絶した兵士たちと、完全に静けさを取り戻した森だけだった。


「……行ったか」


テオが、大きく息を吐き出して、その場にへたり込んだ。


「ごめんなさい、テオ」


ノエルが、傷ついた右腕を下ろし、申し訳なさそうにテオを見下ろした。


「私の過去のデータが、テオを危険に巻き込んでしまいました。彼らは、私の弱点として、あなたを執拗に狙うはずです。……これからの旅は、生存確率が著しく低下します」


「馬鹿言え」


テオは、へたり込んだまま、ニカッと笑って見せた。


「幻影の森でも言っただろ。俺はもう、絶対に逃げないってな」


テオは立ち上がり、泥を払ってノエルの隣に並び立った。


「軍の残党が何人来ようが関係ねえ。お前がその魔法の糸で俺を守ってくれるなら、俺はお前のことを、誰にも文句を言わせないくらい最高の『本』に書き上げてやる。……相棒を危険に巻き込むなんて、今更水臭いこと言うなよ」


「……テオ」


ノエルは青い瞳を瞬かせ、そして、花が綻ぶように柔らかく微笑んだ。


「はい。よろしくお願いします、私の相棒ナビゲーター


二人が森の出口へと歩みを進めると、頭上を覆っていた鬱蒼とした枝葉が途切れ、眩い夕日が差し込んできた。

幻影と過去の呪縛に囚われていた森を抜け、彼らの目の前には、黄金色に輝く広大な麦畑が、どこまでも果てしなく広がっていた。


「……綺麗だな」

「はい。スケッチブックの、次の景色です」


テオの言葉と、ノエルの糸。

過去のトラウマを乗り越え、本当の意味で対等な「相棒」となった二人の絆は、これから待ち受けるであろう軍との過酷な戦いを前にしても、決して切れることのないほど強靭に結びついていた。

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