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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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第32話 蝶華姫(後編)

僕たちは言われた通り、和の国の城──花月を訪れていた。

広く畳が敷かれた部屋に通され、上段の間を前にして正座して待機している。


暫くすると、僕と同じくらいの年齢に見える女性が現れる。

──この人が和の国の姫様?


続いて、黒く長い髪を赤い紐で束ね、派手な羽織を身に纏い、腰に刀を二本差した凛とした男性が入ってくる。

その男性は、今の聖明と同じくらいの背丈に感じられた。


聖明が無言で畳に手をつき、体を前に倒す。

僕も慌てて真似をして前に倒れる。


「魔法都市国家エクソシスト所属、闇魔法医療科カゴノトリ教授にして軍事・指揮官、紅 聖明および紅 風真に御座います。

この度はご尊顔を拝し、恐縮至極に存じてまいります」


難しい挨拶に、僕の頭の中は疑問符でいっぱいになった。


「堅苦しい挨拶は良い!面をあげよ!」


少し高めながらも、確かな圧を持つ声が響いた。先ほどの男性の声だろうか?

恐る恐る顔を上げると、中央に立っていたのはその男性で、その隣には控えるように先ほどの女性が座っている。


──ん?姫様との謁見じゃなかったっけ?


「よく来た!イヴァンの子供たちよ!

私はこの国の第一子の姫──蝶華姫である!ただの人間だ!」


──ん!?!?


「ええええええ!?」


思わず声を上げてしまった僕に、聖明が小さな声で「風真……」と名を呼ぶ。


「あはははは!いつ見てもこのような反応は飽きぬな!」


女性と言うにはあまりに豪快な笑いと表情。

その様子に隣の控えの人物が、肩をすくめて言う。


「申し訳ございません、うちの姫が……」


その声がどう聞いても少年のものに聞こえて、思わず小声で聖明に尋ねる。


「せ、聖明……もしかして……あの小さい子……」

「男性……だね……」


あまりの衝撃に頭が混乱してくる。

その様子を見て姫はさらに愉快そうに笑い出した。


「それにしても、聖明とやら──お主、ちょうどいい面をしておるな!」


「は、はい?」


唐突な言葉にさすがの聖明もどもる。


「いやのぅ、近々、我らの顔を民に見せねばならぬのだ。

しかし問題がある!民の誰も我を姫と認識しておらぬ!!!」


──それは…まあ…納得しかない。

表情も、出で立ちも、容姿さえも、誰がどう見ても男前。

確かに、言われてみれば体のラインは細いけれど……


すぐ隣の付人が、泣きそうな声で訴え始める。


「そんな格好で、“世直し回り”とか言って外に出られているからですよ!

寧ろ目立ち過ぎて“姫の護衛”って思われてるじゃないですか!」


「ハッハッハッ!好都合!!」


──この付き人さん、絶対苦労してるな……。


「我はな、いずれこの国の長として座す身である。

それは既に決定事項であり、我の願いでもある。

因みに政は父上がしてはいるが表舞台には既に立っておらぬ!

実質、私は長に近い!

しかしだ、もうしばし民の暮らしを肌で知り、民の目で国を見ておきたい。

故に、我が姫であると知られては困るのだ!」


──まさか……この流れは……。


「そこでだ!聖明よ!」


蝶華姫がすっと聖明に近づき、顎をクイッと持ち上げる。


「お主、背丈も我とほぼ同じ。髪の色も形も近い。

そして……我より女性的で、ちょうど良い。

拝謁式では、我の代わりに姫となり、民草の前に立ってもらおう!!!」


聖明の笑顔が完全に凍りついた。


「はあああああ!?」


聖明の叫びとともに、外では鳥たちがバサバサと飛び立っていった。


「ま、待ってください!

私は鬼を祓うために参りました!そのようなことは……!」


「それについてはな……咲夜!難しい話はお前に任す!」


付き人の名前は咲夜というらしい。

ため息を漏らしつつも、彼は姿勢を正す。


「改めまして、蝶華姫様の身の回りを務めております咲夜と申します。

以後、お見知りおきくださいませ。

なお、女装しておりますが、趣味ではございません……姫様のご命令で着ているだけですので、お気になさらず……」


………どういう命令なんだろうか。

なんか、ちょっと可哀想になってきた。


「さて、肝心の鬼の件についてです。

このたび出現した鬼は、『蝶華姫を寄越せ!』と明確に要求してきました」


「!」


聖明の表情が険しく変わる。


「だから私自ら囮になろうと思ってな!

実際に指定された場所に赴いた!」


「な、何を危険なことを!」


咄嗟に言い張る姫様に対し、聖明は焦りを滲ませた声で応じる。


「蝶華姫様、恐れながら──和の国では大天使は治安担当に過ぎず、政治の主導権は姫様側にあります。

無茶な行動は、姫様のご権威をも揺るがしかねません!

あなた様は、最悪の場合──命を落とすこともあり得る、ただの人間なのです。

あなたに何かあれば困るのは民なのです!

そのような無茶は──!」


聖明が真面目に説く中、姫様はまたもや豪快に笑い、

その隣では咲夜が涙ぐみながら「やっと……やっと、まともなことを言ってくださる方が来てくださった……!」と嘆いていた。


よくよく考えれば、僕たちは親父の名代だった。

この姫様の性格上、親父と暴れまわってた可能性は高い……。

つい、目を逸らしてしまう。


「だがな、それは問題ない!」


「……鬼は、姫様を見てこう言ったのです……。

『お前じゃない!姫を出せ!』と………」


……なんとも言えない沈黙が部屋を包む。


「姫のふりして祓おうと思ったが、懐に入ることすらできなかった!」


「いくら『これが姫だ』って言っても、まったく信じてもらえなかったんですよおお!!」


「──そこでだ!」


姫様が拳を叩きつけるように言った。


「謁見式には、鬼も密かに忍び込み、姫の顔を見に来るはず!

そのとき、お主が姫として出れば──鬼はそれを本物と認識し、本体を露わにするやもしれぬ!!」


……恐る恐る聖明の顔を覗き込む。

すると、笑顔のまま顔色だけが真っ青になっていた。


「要するに、ちゃんと鬼祓いも兼ねておるということよ!

それにしても好都合だった!まさかイヴァンに“娘”がいたとはな!」


「へ……?」

「よし、ついて参れ!」

「え、待って!」


聖明は、強引に腕を掴まれ、そのままどこかへ引きずられて行ってしまった。


「ええええ……」

「ほんっとうに……うちのバカがすみません!!!」


僕は、目の前の少年と一緒に肩を落としながら、ただ待つことにした。



◇



「──なっ!?」


私は蝶華姫に連れられ、とある部屋の布団に押し倒されていた。


「よし!聖明よ、姫になってもらうぞ!」

「ひっ!?ま、待ってえええ!!」


虚しく響く私の声を背に、姫は一気に服をひん剥いてくる。


女体化していなくてよかった……。

現在、無性体のため胸はない。

しかし、けれど筋肉量も少なく、中性的な体つきが妙に恥ずかしかった。

まさか、こんな形で人前に肌を晒すことになるなんて……。


「……む、そうか。すまなかったな」


急に真面目な声でそう言うと、姫は自分の羽織を私の肩にそっと掛けた。


「ぺったんなのを気にしていたのだな……。

悪かった! だが気にすることはないぞ!

我も仲間だ!!」


……うん、色々違うけどもう突っ込む気力が湧かない。

無性体でも、女性と間違われていることに複雑な感情を抱いてしまう。


「まあ任せておけ!

必要なら我も化粧をするしな。

我にはそれなりの自信がある!

お主の魅力、最大限に引き出してやるから素直にしておけ!」


……この手のタイプは話を聞いてくれない。

私はため息をつきつつ、観念することにした。


「……わかりました。 ただし、祓う時は絶対に前に出ないでくださいね?」


「うむ!わかった!」


そうして、私は大人しく化粧を施されることにした。


頬に、ひんやりとした下地が塗られる。 それを姫は手早く伸ばしながら、指先でトントンと軽く叩いて馴染ませていく。


「む……肌は悪くない。色も白いし、下地で十分整うな」


次に筆が目元をなぞる。 毛先がくすぐったくて思わず目を細めると、姫が軽く笑った。


「動くな。目尻のラインが命だぞ」


眉はほんの少し細く整えられ、唇には薄い紅がひかれた。 見慣れたはずの自分の顔が、鏡の中でじわじわと“誰か”になっていく。


「……似合ってるな。我の見る目は確かだ」

「……はあ……」


なんだか、ため息ばかり出る。


「大丈夫だ。いざとなれば、我が隣で舞を披露しようぞ!」


「……その情報、安心材料にならないです……」


思わずぽつりと呟いた私に、姫は豪快に笑いながら、最後の仕上げに髪をとかし始めた。


──はあ、どうしてこうなったんだろう。



◇



「待たせたな!」


ご満悦の様子で蝶華姫が堂々と現れる。

その後ろには──


「……風真、あまり見ないでくれると助かる」


俯き気味の聖明が立っていた。


青と水色を基調にした着物と羽織には、桃色の桜と真紅の蝶が織り込まれている。眼鏡は外され、紅を引いた唇が赤い瞳を際立たせていた。もともと母親譲りで女性的だった目元には、今はどこか影が差していて──それが余計に儚げな美しさを添えていた。


まるで、触れれば壊れてしまいそうな、お姫様のようだった。


「良い出来だろう? 元が良かったのでな、つい気合いを入れた!」

「……ほんとに、うちのバカが申し訳ございません!!!」

「はあ……」


聖明のため息は深く、顔には僅かに影が落ちていた。

無理やり女装させられたことだけが理由ではない──そんな気がした。


「姫様。ちなみに、拝謁式って……いつ、なんですか?」


聖明は一瞬だけ視線を落としたあと、静かに尋ねる。


「今夜だ!」


「はっ!?今夜……って……」

「聖明様、申し訳ございません!ほんとに申し訳ございません!」


咲夜が床に頭を擦りつける勢いで謝る。聖明は少し考え込み──


「姫様……やっぱり、瞳の色でバレるかと……」


「問題ない!拝謁式と言っても顔を堂々と晒すわけではない。 祭りも兼ねておるゆえ、山車に乗って城へ向かい、その後は謁見の広場で民の声に耳を傾ける。


その間、姫は顔を隠すのが習わしだ。 顔立ちを隠すのは惜しいが、山車の簾と会場の照明で視認性は低い。不安であれば扇もあるぞ。


それに民草は、我の顔を知らぬ!」


「姫様!!自慢げに言うことではありません!!」


「まあまあ、そう気負うな。 我もお主の護衛として同行する。何かあれば即座に助ける。 安心せよ、聖明」


そう言いながら、蝶華姫が聖明の顎をすっと持ち上げて顔を覗き込む──


姫様の凛々しさと、今の聖明の儚さが並ぶと……護衛と姫のなんだか見てはいけない主従関係を目撃しているような気がして、罪悪感が……!


いやいや、僕もしっかりしなきゃ!


「聖明!僕もいるよ!

鬼も誘き出して、さっさと倒して、そんでさ、この国の案内してよ。 昔みたいに──二人で旅してるみたいに、楽しみたいんだ」


その言葉に、聖明がふわりと微笑む。

仕草も前よりずっと柔らかく、上品さすら感じられて──ちょっと恥ずかしくなる。


「姫様!見習ってください! 聖明様の仕草こそ、姫様が目指すべき理想です!」


「ふん、咲夜こそ見習え。お主の囮としての魅力が足りんかったから、今回も失敗したのだ」


その言葉に、思わず咲夜さんを見る。

……ああ、女装してた理由、そういう……。


「無理ですって!!いつも囮に使うの、やめてください!!」

「まだ可能性はある!期待しておるぞ!」

「その期待、いりません!!」


やり取りを見ていた聖明と僕は目を合わせ──思わず笑い合った。


──謁見式、参加してみよう。



ーーー



仰々しいほどに格式張った正装に身を包んだ行列が、山車を先頭に城下町を進んでいく。

行列の中には、陰陽師や兵、そして要人の姿も見える。


町には提灯の明かりが揺れ、暖色の灯が水面や建物を優しく照らしている。

幻想的な景色の中、祭囃子が遠くから響き、民たちの笑い声と歓声が空へと舞う。


──和の国の、特別な夜だ。


その列の中心、もっとも人々の視線を集めているのは、人が乗るほどの大きく豪華な山車の上。


天蓋付きの高座の中心には、簾の隙間から見える「姫」の姿。

しなやかな立ち姿に、風に揺れる黒髪。袖から伸びた手が、時折ゆるやかに民へと手を振る。

それだけで、歓声が上がる。


だが──その姫こそが、変装した聖明だった。


その横に、護衛として立つのは蝶華姫。堂々とした物腰で、まるで本物の将軍のような風格を放っている。


……ちなみに、僕はというと──


巻き込まれました!!


咲夜さんと並んで、見事に女装仲間入りしている。

姫の従者という設定で、聖明の斜め後方に控えるよう座らされているのだ。


正直、納得いかない。


だって、あの聖明──

女装が決まった時、まるで処刑台に上がるみたいな顔してたくせに。


僕が同じように女装した瞬間、目をキラキラさせて──

「可愛い!!」って飛びついてきた。抱きつかれた。


解せん!!


隣に座る咲夜さんが、苦笑しながらぽつりと呟く。


「巻き込んでしまい……申し訳ありません」


……彼もまた、同志であり、被害者だった。


そして──肝心の聖明。


仕事だと割り切ったその瞬間から、表情も仕草も一変した。


立ち振る舞いは上品で、微笑みは柔らかく──

けれど、どこか儚い。


それが、妙に似合ってしまっているのがまた悔しい。


「姫様!いつも有難うね!」「姫様、今日も綺麗だねー!」「姫様ーー!」


次々にかかる歓声に、聖明は小さく手を挙げて応える。

そのたびに、また民たちの喝采が上がる。


その様子に、蝶華姫が満足げに頷いた。


「様になっておるな。こういうことに慣れておるのか?」

「……立場上、人前に立つことが多いだけですよ」


聖明が小さく、曖昧な笑みでそう返す。


──その声に、微かな違和感を覚えた。

僕は、わずかに前に出て、耳元でそっと囁く。


「聖明……もしかして、今、女性化してない?」

「………うん。ごめん。夜は特に、調整が利かなくて……」

「大丈夫。何かあったら、すぐ僕に言って」

「……ありがとう」


その声は、少し震えていた。


そういえば──

家でも夜は、女性の姿のままで過ごしていることが多かった。


慣れない身体。きっと、無理してる。


今日は仕事と割り切っているけれど……

内心は、どこか落ち着かないままなのかもしれない。


──だからこそ、僕が護らなきゃ。


彼が「姫」として演じている間、

僕は「守り手」として、その隣にいる。

それだけは、絶対に変わらない。



ーーー



山車を降り、姫──蝶華にエスコートされながら、私たちは城内へと歩みを進める。

柔らかな灯りが足元に揺れ、遠くではまだ祭囃子が響いていた。


……気付けば、また女体化していた。


人前で「姫」を演じることに、知らず知らずのうちに身体が反応してしまった。

着込んだ衣装のせいで、胸元が少し苦しい。帯がずれてくる。


こんな演技でさえ、肉体が勝手に変わってしまう。

どうにか──せめて無性体に戻らなければ。


「……聖明、どうした?顔色が冴えないぞ」


姫が心配そうに顔を覗き込む。

私は即座に、笑みを浮かべ直した。


「申し訳ございません。少々……気後れしたようです」


袖でそっと口元を覆いながら、柔らかく応じる。

目は伏せたまま──堕天使の証であるこの瞳を、誰にも見られぬように。


……油断はできない。


この場には陰陽師が多い。たとえ私が誰か知られていなくとも、警戒しておくに越したことはない。

特に、ミカエルが釘を刺していた──あの「安倍晴明」には、無性体であることは伏せなければ。


そんな中、黒猫の姿をしたリリーが、ふいに影から姿を現した。


「主、そばにいますね」


そっと足元にすり寄ってくるリリーを抱き上げると、ふわふわの毛が頬を撫で、少しだけ緊張が緩んだ。


それを見た蝶華が、面白そうに声を上げる。


「聖明、妖を使役しているのか?」


「……いえ。私たちの国では、『使い魔』と呼びます」


「なるほど、良い……実に画になる。そのまま使い魔を抱いていると良い」


どこか気遣うような声音だった。

私は静かに頭を下げ、リリーを胸に抱えたまま再び歩を進める。


やがて、拝謁の広場へと辿り着いた。

民衆の前に出るのは山車まで。ここから先は、室内の高座で挨拶を受けることになっている。


壇上の玉座は天蓋と簾で覆われ、顔は見えない。

私は簾の陰に身を収めると、ようやく安堵の息を吐いた。


──目元さえ見えなければ、少しは楽だ。


リリーを膝に乗せ、穏やかな所作で次々と来賓者に挨拶を交わしていく。

風真や咲夜も控えてくれている。

声は張らず、最低限でよい。


……だが。


「陰陽師所属、大天使が一人。安倍晴明にございます」


その名が告げられた瞬間、空気が変わった。


ゆったりとした足取りで近づいてくる男──

細身で長い黒髪を背に流し、整った顔立ちに揺らめくような笑みを浮かべた男が、私の前に現れる。


「この度はご尊顔を拝し、恐縮至極に存じてまいります」


その声は穏やかなのに、どこか皮肉めいていた。

蝶華が応じる。


「よく来た、陰陽師。いつも大義である」

「忝のうございます。そして本日──実に、良き“姫”を立てられましたな」


……背筋に、ひやりとしたものが走る。


含みのある言い回し。目元は見えていないはず。

だが──わかっている。この男、私だと気付いている。


「まるで……生前の巫女・紅 葵のようだ。お美しい……」


ぐ、と喉が詰まる。

手が、震えた。


蝶華が間を取るように声を挟んだ。


「うぬ、積もる話があるのはわかるが、今は儀礼の場。改めて語らおうではないか」


「御意に」


安倍晴明はふっと笑い、軽く一礼すると、そのまま去っていった。


──何だったんだ、あれは。


私だとバレている。

けれど……それ以上に、胸の奥に澱のような不安が残った。


あの笑みは、ただの知識者のそれではない。

まるで、すべてを見通して──弄ぶ者のような。


「……嫌な感じがする」


リリーの毛並みに指を通しながら、私は小さく呟いた。

すると、広場の中央──人波の向こうから、鋭い悲鳴が響いた。


「きゃあああっ!」

「鬼が出たぞ!!」


声を聞いた瞬間、風真が私の前に立ちはだかる。


「……何だ!?」

「どうやら“お出まし”のようだな」


姫が余裕たっぷりの笑みを浮かべ、腰の刀を抜く。青白い霊気が刃に滲む。


「姫、あなたが前に出ては──!」

「何を言っておる!今はそなたが“姫”だ!動くでない!」


「……は、はぁっ!?」


困惑する私を置いて、姫は風真と並ぶように前へ出た。


その瞬間──黒い影が広場にじわじわと滲み出し、地を這い、寄り集まり、うねりながら人型へと変貌していく。


「……!」


逃げ惑う民、上がる悲鳴。だが、姫は一歩も退かない。


「和の国の民よ!落ち着け!」


高らかに響く声が、空気を裂いた。


「今より我が祓う!皆は陰陽師の誘導に従い、速やかに避難せよ!」


その一言に、騒然としていた群衆が嘘のように落ち着き、互いに声を掛け合いながら迅速に退避を始める。


「……すごい。皆、それぞれ動いてる……」


風真がぽつりと漏らした。

すると、闇の塊はついに姿を結び始めた。


── 一本だけ異様に長い腕、鋭い爪。

肌は血のように赤く、眼は白黒反転した異形の瞳。


──鬼だ。


「ははっ、やはり“姫”はこうでなくてはな!ただの霊力者かと思いきや、“憑依体”とは!」


「──っ!」


やばい、忘れてた……!


私は紅家の直系。母と同じ“霊媒体質”だ。

霊力を持っていても、私のような体質は戦闘向きではなく、“憑依されやすい”──要するに、乗っ取られやすい。


西洋では悪魔が自前の人工天使に宿るが、こちらでは“奪って使う”のが当たり前。

こいつらは──人の身体を欲しがる、飢えた鬼。


「ふん、下賤なものめ!そなたらにくれてやる肉体など無いわ!!」


姫が吠える。刀を掲げ、青白い霊力が奔る。


「姫様っ!お願いですからっ、自分で戦おうとしないでください!!」


咲夜が慌てて止めに入るが、姫はどこ吹く風だ。


「黙って見ておれ!!」


そのまま鬼に向かって一閃。

ドン、と地面が鳴り、刀が走った軌跡に深く裂け目が刻まれる。


「悪は滅びると良い!!!」


──前線に出るだけはあって戦えるな。


それを見た風真は、すかさず鬼を指差す。


「聖明、あれって魔力、効く類だよね?」


「ああ……鬼は人の闇から生まれる存在だ。

名前こそ違えど、悪魔や魔人に近い。光属性なら、共通して通る」


「了解〜!練習の成果、見せてやる!」


風真は光の剣を何本も展開し、跳ねるように前線へ躍り出た。

姫の放つ豪快な斬撃の隙を縫って、体術と剣を併用しながら、流れるように鬼を斬りつけていく。


……あの剣。


見ているだけで、過去を思い出して胸が痛む。

でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


「では、私が支援を──」


そう言いかけた時、腕の中のリリーが目線を合わせてきた。


「聖明」

「ん……?」

「たまには、任せてみては?」

「でも……」


「それに、この地では“闇魔法”の認知度も低いはず。

目立つと、また何を言われるかわかりません。極力、控えたほうが」


……確かに。

この国でも“闇”は恐れられている。

鬼や妖怪を生み出すものとして、忌み嫌われてきた。


堕天使の存在もあまり知られていない今、

もし私の魔法が誤解されたら──面倒なことになりかねない。


「……わかった。いざという時以外、使用は控える」


戦う二人に目を向ける。


──鬼は、そこそこ体術に長けた相手のようで、

姫と風真の連携をギリギリで捌いている。


……今までは、軍事任務のときも“領域”だけは常に展開していた。

だが、今は本当に“何も”していない。


──これで、いいのか?

どうしてもそわそわして落ち着かない。


「これで最後だ!」

「これ以上、好きにはさせんぞ!!」


二人の声が重なると同時に、鬼の身体が真っ黒な霧へと崩れ落ちた。


「風真!お主、なかなかやるな!」

「姫様こそ!さすがー!」


刀を納めて笑い合う二人。

それを見ていたら、自然と私も笑みが零れた。


──風真も……いつの間にか、強くなったな。


「姫様あああああっ!!ご無事ですかぁあああ!!」


咲夜が全力で駆け寄ってきた。

なんやかんや言いつつも、姫様のことは本気で大事に思っているのだろう。

騒がしく安否を確かめる姿が、少し微笑ましい。


……その時だった。


『かーごめ、かごめ』


──歌が、聞こえた。


ゾクリと背筋が凍り、私は反射的に振り返る。

だが、そこには誰もいない……。


「聖明?」


リリーが怪訝そうに見上げてきた。


「……いや、きっと気のせい」


その瞬間──


「せーめー!見てた!?」


風真が大きく手を振りながら駆けてくる。

どうやら、自分が今“姫の格好をしている”ことすら忘れているらしい。


「見てたよ。……知らない間にまた、強くなったね」

「へへっ、でしょ!」


明るく笑う風真を見て、私は改めて、今日の“謁見式”のことを思い返す。


──予想もせず、唐突に始まった式だったけれど。

思いのほか、悪くなかったかもしれない。


まだ祭りは始まったばかり。

外では太鼓と笛の音が鳴り響く。


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