第31話 始まりと終わり(一頁目)
新章が始まります!
ここより主人公・聖明は性別が不安定になります。
純粋なBLは、ほぼございません。
苦手な方はご注意ください。
私の封印が解かれ、身体検査が行われた後──
私は身体の変化に慣れず、大天使ラファエルの指示もあり、人目に今の姿を晒さないよう、一時的に休職していた。
表向きには、「悪魔討滅にあたり、もう一体の悪魔を追跡する特殊任務中」
という、それっぽい理由が付けられている。
実際、エクソシストとカゴノトリの両諜報部隊は、逃げた悪魔・麗の行方を追っている。
それに加えて、カゴノトリ本部で襲撃事件があったため、現在はエクソシスト側からの追及が続いており、セレスやストラを中心に牽制を行っている。
──不幸中の幸いというべきか……。
悪魔ルリレージュを消滅させたという実績のおかげで、「エクソシストの怠慢の尻拭いをした」という事実を突きつけ、責任の所在を押し返している真っ最中だ。
エクソシストは、ルリレージュ討滅のために大規模な捜索を行いながらも見つけられず、たった一ヶ月で警戒を解いた。その後にカゴノトリ本部が襲撃された。
責任を追及されるべきは、むしろこちらではなく彼らのほうだ。
それに加えて、悪魔が利用する人工天使の受肉体までこちらが確保している。
感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはない。
本来であれば、私が表に出てさっさと話を終わらせるのが早いのだろう。
──でも。
「聖明、難しい顔をし過ぎだ」
仕事終わりにケーキを買ってきてくれたセレスが、私の家で一緒に過ごしていた。
横に並んでソファに座り、二人でハーブティーを飲みながらケーキを味わう。
幸せな時間だ……。
でも──
「ごめん、セレス……その、私……」
私から発せられる声は、以前よりも高くなっている。
何より……胸に膨らみがある。
「不安なのか? 可愛いよ」
身体が火照る。
私の身体は今、女性の肉体に変化していた。
封印が解かれ、目が覚めたら──
なぜか私は、大天使と同じ“無性体”になっていた。
この身体は、男にも女にもなれる。
けれど、先天的に無性体であるラファエルたちと違い、私はまだ自由に切り替えることができない。
感情に揺さぶられると、勝手に身体が変化してしまう。
特にセレスと一緒にいると、どうしても女性の姿になってしまう。
「で、でも、私……」
セレスが優しく微笑む。
どうしよう……彼の表情一つで、今までにないくらい、感情が勝手に大きく揺れる。
「俺は、どんな姿のお前も好きだ。昔から言ってるだろ?」
「そ、そうだけど……なんか、急に女性になったなんて……違和感、すごいし、どう振る舞っていいか……っ」
「今まで通りでいい。
それに……知ってるだろ? 俺は元々、女性が恋愛対象だ。
ただでさえ好きすぎる聖明が、こんな可愛い姿になって……俺のほうがどうにかなりそうだ」
明らかに高揚した顔で私に近付き、そっと優しくキスをする。
以前に感じたことのない感覚に襲われ、身体から力が抜けていく。
「あ……待ってっ! セレス……っ、怖い!」
「……すまん、まだ慣れてないのに、先走りすぎた。
聖明が“いい”って言うまで、俺は待つ……傷つけたくはない」
少し苦しそうな顔で笑うセレスに、胸がきゅっと痛む。
でも、そんな優しさが、たまらなく嬉しい。
「うん……、ありがと……」
「ほら、ケーキ、食べるんだろ?」
セレスはフォークでストロベリータルトを切り分け、一口分を私に差し出す。
私は甘えて、そのまま口を開き食べさせてもらう。
……甘酸っぱい。
「ただいま!」
玄関から風真の声が聞こえる。
「聖明、さっきさ──……って、師匠、来てたんだ」
「ああ、邪魔してる」
風真も瑠璃の魂が宿ってからというもの、急に成長した。
身長も伸び、顔つきも少し大人びた。
声変わりしていなかった声も、少し凛とした。
少年から青年になりつつある感じだ。
不思議なことに、目の色も髪の色も瑠璃と同じになり、ただでさえ瓜二つだったのが、さらにそっくりになった。
そのため、男版の瑠璃を見ているようで……なんというか、可愛い男の子が綺麗な男の子に育ってきたなぁ、とか思ってしまう。
そんなことを考えていると、風真がジトーっと私を見る。
「な、何?」
すると、椅子にかけてあったカーディガンを持ってきて、私の肩にそっとかけてくる。
「今は女性でもあるんだから、服装、気をつけてよね!」
──いつものハイネックじゃダメだったんだろうか……?
正直、急に女性になったりするから、服には困ってるんだよね……。
「師匠もだよ! 聖明の姿、見てたくてわざと放置したでしょ!」
「……バレたか」
「バレバレだ! もうっ、聖明も気をつけてよ!?
今の師匠は、以前よりも獣なんだから!」
風真がまるで、お母さんみたいだ。
「う、うん?」
「そんなこと言ってると、冷蔵庫にあるお前の分のケーキ、やらんぞ?」
「えっ、僕のもあるの? やりー!」
嬉しそうにパタパタとキッチンに入っていく風真。
そんな姿に、セレスも「やれやれ」といった表情を浮かべている。
なんだか不思議な感じだ。
「あ! そうそう!」
風真はケーキを皿に乗せ、キッチンからひょっこり顔を出す。
「学校帰りに、オヤジの様子を見にカゴノトリ寄ってきたんだ。
その時にさ、ラファエル様から声かけられて、伝言頼まれたんだった」
「ラファエルから?」
私は首を傾げる。
「うん。話があるから、後で会いたいって。
師匠も一緒に来てほしいって言ってたよ」
「俺もか?」
私たちは顔を見合わせ、二人して首を傾げた。
……何かやらかしただろうか。
「どうせ仕事のことじゃない? 聖明、今は休職中だし」
「んー、そうかも?」
「ま、話を聞けばわかるだろ」
風真はテーブルの席に座り、ケーキを頬張って幸せそうな顔をしている。
私も残っていたケーキを食べることにした。
やっぱり、甘酸っぱい。
ーーー
セレスと風真と一緒にティータイムを過ごした後、私はセレスと共にラファエルに会うため、龍のラボを訪れていた。
今の私が外を出歩くには難があるため、密会するには機密性の高い龍のラボを借りるのが都合がよかった。
私は玄関のゲートをラボに繋げ、そのまま直接入る。
すると、ドアの先には龍だけでなく、アクアまで待ち構えていた。
「……あれ?龍は分かるけど、アクアまで?」
私は思わず首を傾げる。
後に続いてセレスも入り、ドアをそっと閉めた。
「よ、お前らも呼ばれてたのか?」
そう言いながらセレスは軽く挨拶をする。
「まあな。というか、ここ俺のラボだし?」
「私は、まあ……色々とな! それより、ラファエル父様から先に話を聞いてきてほしいのじゃ」
どこか歯切れの悪い二人。
やはり何かあったのだろうか?
セレスも違和感を覚えたようで、眉間に皺を寄せる。
「まあ、話を聞くか。奥の部屋か?」
「ああ」
龍の返事を聞くと、セレスは私の肩を抱き寄せながら歩き出す。
そして奥の部屋の扉を開く。
そこはラボ内にある診療室だった。
私が無性体になってからというもの、カゴノトリ内部であっても人目を避けるため、専用に設置された部屋でもある。
私の身体の診察は主にラファエル自身が行っていた。
今日も机の前の椅子に座り、いつものように穏やかな笑みを浮かべている。
「いらっしゃい。急に呼び出して悪かったね」
私たちは事前に準備されていた椅子に横並びで座った。
「ラファエル、話って何?」
私は単刀直入に問いかける。
正直、何の話か見当もつかなかったからだ。
「そうですね……どこから話しましょうか……」
珍しく、ラファエルの細い目から瞳がのぞく。
しばらく考えるような素振りをした後、真剣な表情でこちらを見据えた。
「あなた達……お付き合いされていますよね?」
「へっ!?」
いきなりの質問に声が裏返ってしまった。
まさかラファエルに聞かれるとは思ってもみなかったからだ。
「ああ、そうだが?」
それに対してセレスは、いつも通り淡々と応じる。
「そうですか……。では──今の無性体になってから、女性の身体で行為をしたことは?」
「はぁっ!?」
とんでもない質問に私は席を立ち、思わず声を上げてしまった。
セレスも不機嫌そうに問い返す。
「どういうつもりだ? 聞いていいことと、聞いちゃいけないことくらいあるだろう」
しかしラファエルは一切表情を崩さず、そのまま話を続けた。
「ええ、不躾なのは百も承知です。ですが、今回ばかりは確認せねばならないのです」
「な、何で……」
ラファエルは少し沈黙した後、再び口を開いた。
「聖明、よく聞きなさい。堕天使は元々、繁殖能力がありません。それは知っていますね?」
「……それは、さすがに知ってる」
堕天使は皆、不老不死の影響か、子供を成すことができない。
身体的な問題ではなく、不思議と「できない」のだ。
過去に医学的な調査も行われたが、原因は解明されなかった。
同族同士でも無理で、理由は不明のまま。
ただ、不老不死である上にそうしたことへ執着する種族でもなかったため、気にする者はいなかった。
「あ……でも、眷属は別だ。元天使だから、不老不死になっても構造はほとんど天使と変わらないからね」
過去に血を操る堕天使・ラミアの眷属が家族を作っていたのを思い出す。
彼らは家族ぐるみで仲が良かったため、印象に残っている。
「そうですね。では──大天使の体の構造について、どれほど理解していますか?」
「何を今さら……。大天使は普通の天使と違って魂依存の存在だ。
肉体はただの器に過ぎず、朽ちれば新たな器に移ることで復活を遂げる。
それと無性体で、子を成そうと思えば人相手でも可能だ。現にラファエルにはアクアがいるわけで……」
私が知る限りを答えると、ラファエルは頷いた。
「そうですね。概ねその通りです。
私たち大天使は、意志の力によって子を成すことができます。
女性相手なら意志ひとつで孕ませることができ、男性相手であれば意志ひとつで妊娠が可能です。
つまり大天使にとっての肉体関係は、“子を成すための儀式”でしかないのです。
一般的な天使とは、生態も理も大きく異なります」
そして、そのまま話を続けた。
「堕天使もまた、その生態は似ています。
不老不死であるのは魂依存によるもので、滅多なことでは死なず、高い再生能力を持つ。
とはいえ、まれに死ぬこともある。その場合、記憶と力を保持したまま転生し、何度生まれ変わっても姿や性質は変わりません」
……さっぱり話が見えてこない。
苛立ちを隠せなくなったセレスが、口を開いた。
「まどろっこしい! 結局、何が言いたいんだ?」
ラファエルは「ふう」と息を漏らすと、鋭い目つきで私たちを捉えた。
「単刀直入に言います。しばらく、二人は距離を取りなさい」
「は?」
「おい、何言ってやがる」
想定外の言葉すぎて、私は固まってしまう。
なぜ、ラファエルにそんなことを言われなければいけない?
「よく聞きなさい。
聖明、あなたは堕天使にして、大天使のような存在になったのです。
それがどういう意味か、分かりますか?
今のあなたは無性体になったことで、子どもを成せる可能性を持っているのですよ」
「………は?」
意味がわからず、思考が停止する。
そんな私をよそに、セレスは食いかかるように口を開いた。
「聖明は堕天使だろ、何で──」
「既に“堕天使”と言い切れる存在ではないからです」
セレスの言葉を切るように、ラファエルは冷静に続ける。
「先ほども申し上げましたが、大天使は一般的な天使とは、理が違います。
もし聖明、あなたが“大天使と同じ生態”として存在しているのなら、あなたの気持ち一つで子どもができてしまうのです。
しかも……あなたは“堕天使”です。
これは、あくまで可能性の話になりますが──
もしかしたら、堕天使を産み落とす存在になるかもしれない」
次の瞬間、セレスがガタッと音を立てて立ち上がる。
彼の顔を見ると、酷く動揺していた。
「せ、れす……?」
「セレス、あなたは可能性に気づいたようですね。
……聖明、できるだけわかりやすく言います。
肉体的な検査だけでは、“今のあなたが子を成せる存在かどうか”の判断は困難です。
逆に、あなたの意思とは関係なく、通常の肉体関係で子ができてしまう可能性すらあります。
しかも──もし堕天使を生み出せたとしたら……
それはつまり、不老不死の存在を生み出せるということ。
兵器としては、これ以上にない“素材”です。
その価値に、欲にまみれた者たちが気付かないはずがない。
大天使と子を成した時と同じように、ただの天使が生まれるのであれば問題はありません。
あるいは、堕天使でありながら依然として“子を成せない存在”のままである可能性もある。
けれど──あなたのような存在に前例はありません。
未来がどう転ぶか、誰にもわからないのです。
聖明、あなたは世界の理を揺るがしかねない“可能性”を内包した存在になっているのですよ」
───言葉が、出なかった。
私が、堕天使を?
不老不死の存在を?
この苦痛に塗れた宿命を背負った子どもを……生んでしまう可能性がある?
そう、ラファエルは言っているのか?
「セレス、あなたが聖明を愛しているのは理解しています。
しかし、このような可能性を秘めたまま聖明に負担を強いたくはないのです。
今のあなたたちの関係からして……もし子どもができるとしたら、それは──」
言葉を止め、二人は私を見る。
みなまで言わなくても、わかる。
……私が、子どもを孕むことになるだろう。
その瞬間、急に底知れぬ恐怖が私を襲ってきた。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
喉の奥で何かがせり上がってくる。
吐きそうなほどの不安と混乱で、目の前がぐにゃりと歪んだ。
待って……私は、男で、男として今まで生きてきたはずで……それが、急に?
しかも、堕天使を生み出す?
兵器として利用される可能性すらある?
脳裏をよぎるのは、堕天使実験で苦しんだ日々。
──あれよりも、もっと悲惨な未来が待っているかもしれない……。
あまりの恐怖に、足が竦んで床に座り込んでしまった。
身体が震えて止まらない。
勝手に涙が溢れて止まらない。
そして、恐怖に呼応するように、無意識のうちに肉体が変化してしまう。
無性体だったはずの身体が、女性の姿に──
「聖明……」
セレスが駆け寄り、私に触れようと手を伸ばす。
けれどその手は、途中で止まった。
まるで、私に触れることすら恐れているかのように。
その様子に、ラファエルが再び口を開いた。
「もう一度言います。
あなたたちは、しばらく距離を取りなさい。
せめて……聖明の肉体変化が安定するまでは。
もし外で変化した姿を見られれば、可能性に気付く輩も出てくるでしょう。
気付かれてしまえば最後……人の欲は底なしです。
今まででさえ、あなたは幾度となく襲われ、利用されてきた。
今度は……今まで以上に危険な目に遭う可能性があります」
「そ、んな……」
受け止めきれない。どうすればいいのかわからない。
目の前が暗くなる。
私はセレスを見上げる。
「セレス……?」
「………わかった。聖明を、頼みます」
その言葉には、私に向けられた温もりも迷いも、何一つなかった。
冷たく、突き放すような響きだけが残る。
「え……?」
そう呟いて、セレスは部屋を出て行ってしまった。
……どうして?
何で、私に背を向けるの……?
手を伸ばしても、その先に彼はいない。
一瞬にして、全てを失ったような感覚に陥った。
違う……行かないで、セレス……!
叫びたいのに、声にならない。
私は何もできずに、ただ独りになったのに気付いた。
大切なものを失った──涙が、自然と頬を伝っていく。
「聖明……申し訳ありません」
ラファエルもそう言い残し、後を追うようにして部屋を出て行った。
「あ………」
私はその場に取り残されたまま、静かに涙を流していた。
まるで悪夢だ。
その時だった。
背後から、温かな温もりに包まれた。
「聖明」
……リリーの声。
気付かぬうちに、影から出てきてくれていたのだろう。
「リリー……リリー……」
「はい、私はここにいます。ここにいます……
聖明、私はずっとここにいますから」
私の泣き声が、静まり返った部屋に響いていた。
新章から全力で読者の心を抉っていきます。
お気をつけください。




