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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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番外編 アクアの家族

珍しいぐらい短めの小説です。

私の名前はアクア・ラファエル。

大天使ラファエルの実子。


主な職業は、エクソシスト所属・魔法薬学科の薬剤師。

それとは別に、趣味が高じて「アクア・デシグナーレ」というアパレルショップも経営している。


……これだけ聞くと、順風満帆な人生を送っているように思われるかもしれない。


でも、私には長年悩んでいることがある。

私は12歳のとき、身体の成長が止まったのだ。


天使は、そもそも人間とは成長の速度や最終的な結果が異なる。

大半の者は人間と同じように、20歳までは普通に成長する。

しかし、そこからは精神の成熟に応じて、緩やかに見た目も老いていく。

極端に精神的な老いを感じない限り、20歳以降はほとんど見た目が変わることはない。


……でも、私はその20歳を迎える前に成長が止まってしまった。

みんなが大人になっていく中で、私だけが取り残された。


理由は……おおよそ、見当がついている。


あれは、12歳のときのことだった。



ーーー



「父様!」


私は、ラファエル父様が大好きだった。

いつも優しい笑顔を浮かべ、家族を慈しみ、私をとても大切にしてくれる存在。


優しい母様と一緒に、仕事終わりの父様を迎えに行く。

そんな些細な時間が、たまらなく好きだった。


「アクア、走ると危ないですよ?」


「父様が受け止めてくれるから、大丈夫だもん!」


「やれやれ……」


父様の優しい手が、私の頭を撫でる。


「ラファエル様、お疲れ様です」


「ピア、いつもお迎えありがとうございます」


「ラファエル様のためですもの」


母の名はピア。

普通の天使で、父様に愛された人。

私は二人の娘で、大好きな家族だった。


「おや? ピア、その腕どうしたんです?」


この日、母様は家で怪我をしていた。


「あ、うっかり棚の上に物を置いていたのを忘れていまして……」


「そうですか……気をつけてくださいね」


そう言いながら、父様は母様の腕にそっと触れ、あっという間に魔法で治した。


「ふふ、大天使様は基本的に“不可侵”ではなかったのですか?」


「家族だけは別物ですよ」


そう言いながら、父様と母様は私の手を引いて、三人で歩いた。

──それが悲劇の始まりとも知らずに。

私は、無邪気に笑っていた。



ーーー



その日から、母様は徐々におかしくなっていった。


置いた物の場所をよく忘れるようになり、それに気づかず躓いたり、ぶつかったりする。

私が話した出来事も、数時間後には忘れてしまい、会話が成り立たないこともしばしばあった。


最初は──ただの“おっちょこちょい”が続いているだけだと思っていた。


でも、ある日。

ショックな一言が、私の胸を突き刺した。


「母様! 今日はね──!」


「……あなた、誰?」


そのときの母様の目は、知らない他人に向けるような、冷たい光を湛えていた。


すぐに「ごめんなさい!」と謝ってくれたけれど、あの目は、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。


父様はすぐに異変に気づき、母様をカゴノトリへ受診させた。


「聖明、どうしよう……! 母様が……母様がっ!」


私は、幼馴染の聖明に泣きながらすがった。


「アクア、泣かないで。きっと堕天使のみんなが助けてくれる。今の俺には何もできないけど、そばにいるから……」

「うん……っ!」


──同い年とは思えないほど、彼は頼りがいのある人だった。

私は彼に宥められながら、診察の結果を待った。


しばらくして、診察室からラファエル父様が出てくる。

悲しげな顔で私を見つめ、そのままぎゅっと抱きしめてくれた。


こういう時ばかりは、変に聡かった自分が憎らしかった。

きっと、母様は──もう、治らないのだと悟った。


父様は、幼い私にも真摯に説明してくれた。


「お母様は、徐々に記憶を失う病気なんだ。

これは脳そのものに問題があるため、堕天使の精神干渉や記憶操作では治せない。

むしろ、傷ついた脳にそれらを使えば、さらに悪化してしまう恐れもあるんだよ」


できることはただ一つ。

カゴノトリに定期的に通い、進行を少しでも遅らせること──それだけだった。


それを聞いていた聖明が、「ごめん」と泣きそうな顔で言ったのを、今でも覚えている。

彼は何も悪くないのに。


私は、母様に忘れられたくなくて、必死に声をかけ続けた。

不安そうな母様のそばに寄り添い、笑顔を届けたかった。


だから、毎日──

毎日、必死に話しかけた。



ーーー



やがて、1年が経過した。

治療の甲斐もあり、母様は以前ほどひどくはなっていなかった。

それに、私はほっとしていた。


──けれど。


今度は、自分の身体に異常が起き始めていた。


身長が、まったく伸びなくなっていたのだ。


1ミリたりとも変わらない。

それは成長期の子どもにしては、あまりにも不自然だった。


再び、私はカゴノトリを訪れた。


検査の結果は、なんとなく──うすうす、分かっていた通りだった。


私は、「母様に忘れられたくない」と強く願いすぎた。

その強い想いが、自分自身の成長を無意識に止めてしまったのだという。


天使は、ある意味で“精神の生き物”だ。

思い込みひとつで、見た目さえ変わる。


成長を再開させる術は、誰にも分からなかった。

堕天使たちの話では、それは私自身が乗り越えるべきものだという。


けれど、どうやって?

どうすれば、自分の心が自分の身体を許してくれるのか──


分からなかった。



それでも、聖明も、龍も、深く追及することはなかった。

ただ、そっと寄り添ってくれた。


……だけど、彼らと並んで歩く中で、

どんどん離れていく身長差が、私は少し寂しかった。


そして、少し……焦っていた。


だからこそ、私は決めたんだ。


わざと口調を変えて、誰よりも偉そうに振る舞って、

誰よりも明るく、笑顔でいようと。


背が届かなくたっていい。

それでも、大好きな親友たちと──肩を並べて、生きていたいから。




そして、今日も私は元気に挨拶をする。


「母様! おはようなのじゃ!」


穏やかな顔で、笑顔を向けてくれる母様。


……もう、私のことは覚えていない。

それでも、話しかければ耳を傾けてくれるし、笑顔を返してくれる。

父様も、家にいるときは母様にその日の出来事をたくさん話している。


割り切っているだけかもしれない。

けれど、誰も嘆いたりはしない。


私が大好きな母様は──母様しかいない。

そして私は、私を愛してくれた母様を、絶対に忘れない。


だから今日も、誰よりも明るい顔で、笑って過ごすのだ。




病院へ向かうと、入り口付近で聖明と出会った。


「あ、アクア、おはよう」

いつもと変わらぬ、優しい笑顔。


「聖明! おはようなのじゃ!」

こちらも、いつも通りの挨拶。


「今日は仕事終わったら、私に付き合えなのじゃ!」

「えー? 今日は何をさせる気?」


そんなやりとりが、私にとってはかけがえのない日常。

この時間こそが、心の支えなのだ。


──今日も、楽しく仕事をするのじゃ!


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