第26話 過去からの復讐(中編)
【注意書き】
本作には暴力・流血、死と喪失、記憶操作、精神的トラウマに関する言及、性的描写(同意の揺らぎを含む)テーマが含まれます。体調にあわせて閲覧をご判断ください。
身体が酷く痛い。
目が霞む……私はいったい、どうしたんだっけ……?
そうだ……エクソシストについて行って、急に首に何かを刺されて……それで発作が起きて──。
「……ッ!」
「あら、やっと起きたのね、紅教授」
私を見下ろす女性。
銀髪がやたらと印象に残る。
周囲を見回すと、複数人の男性が私を囲むように立っていた。
「君、は……?」
「自己紹介がまだだったわね。私はロクスタ・ガスリー。貴方が過去に殺した、父・グレアム・ガスリーの一人娘よ。……そうね、“貴方にナーガの毒を打った人間”って言えば、分かるかしら?」
──ナーガの毒。
虚ろだった脳が、一気に覚醒する。
襲われる直前、ナーガの毒について彼女が口にしていたのを思い出す。
関係者だろうとは思ったが……まさか、娘がいたとは。
「……っ! 復讐でもしに来たか!」
起き上がろうとしたが、両手は頭の上で魔法によって縛られ、更にはベッドに鎖のような魔法で繋がれている。
両足は拘束されてはいないが、何故か力が入らない。
魔力を込めようとしても、力が抜けていく。
首には何か巻かれている──魔力制御装置か……マズい。
「あまり動かないほうがいいわよ? さっきまで酷い発作が起きていたみたいだし。それに、体に力が入らないでしょう?」
確かに、全身が軋むように痛み、手にも力が入らない。
麻痺しているのか、思うように動かすこともできない。
だが──ある程度の毒なら、私には効かないはず。
「君の父親のおかげで、毒は効かない」
「そうらしいわね。でもね、死なない程度なら効くんじゃないかしら?」
「は?効かないと言って──」
「現に今、効いてるじゃない。違法ドラッグ……身体が痺れて脱力するお薬、って言えば分かる?」
そういうことか……。
確かに、明らかに身体に害をもたらす“毒”には私は耐性がある。
だが、薬物の乱用など試したことはない。
しかも、違法ドラッグとは……流石に耐性はない。
「念のため、色々何本か打っておいて正解だったわ。暴れられても困るもの」
ひとりの男が、一本の注射器を持ってくる。
中にはピンク色に光る液体。
「毒ではなく、“苦しむ程度”の媚薬なんて、どうかしら?」
「は……?」
悪寒が走り、冷や汗が流れ落ちる。
「これはね、ナーガの毒から作った特別な“び・や・く”。
堕天使って、死なないし、すぐに治るじゃない?
でも、致死量じゃなければ“効く”のよ。父の研究にもちゃんと記載があったわ」
「……あいつの研究資料は、すべて処分されたはずだ」
「エクソシストのチェックが甘すぎるのよ。まさか、“娘の日記”が父の研究資料だったなんて、誰も気づかなかったみたい。
父は言ってたわ、“何かあれば私が研究を引き継げ”って」
最悪だ。
当時を知る者など、もういないと思っていたのに……。
「で? 私を捕まえてどうするつもりだ?
父の研究を継ぐために私を拉致したのか?
それとも復讐か?」
「それもあるけど、私の興味は他にあるのよね」
彼女は不敵に笑いながら、私の目の前に一枚の紙を差し出す。
そこに記されていたのは、見覚えのある──
……私がナーガの毒に苦しむ様子を記した研究資料だった。
目で追ううちに、当時の記憶が蘇り──吐き気が込み上げる。
「これを見ただけで真っ青になるなんて──よほど、苦しかったのね」
女がくすりと笑う。
「私はね、この資料を読んで、堕天使に興味が湧いたの。特に貴方」
銀髪の女は私の目を覗き込むようにしながら言葉を続ける。
「歴代最高の闇の保有量を持ち、カゴノトリのトップとして約束された存在。
父が興味を持ち、焦がれた存在──それが、貴方よ」
彼女は歪んだ笑みを浮かべ、私の耳元で囁く。
「……貴方の過去、全部調べちゃった」
その一言で、全てを理解した。
私の出生。性犯罪に遭った過去。妹・瑠璃を失い、悪魔教団を殲滅したこと──その後の失踪。すべてを、彼女は知っている。
「……とんだファンもいたものだな」
心臓が嫌な音を立てて脈打ち、汗が背を伝う。
発作の名残で全身が軋むように痛み、まともに力が入らない。
「そう、私は貴方の大ファン。
父が書き残した“貴方の苦悶に歪む表情”──あれを読んだだけで、ゾクゾクしたの。
どうしてもこの目で見たかった……あなたが壊れる瞬間を」
指が頬に触れる。
──その瞬間、過去の記憶が弾けたように蘇り、身体が強張った。
「拉致・監禁された時も……こうやって縛りつけられてたんでしょ? 怖かった? 苦しかった?
それとも──興奮した?」
「……もう、忘れたよ」
震える声で返す。
……忘れるはずがない。
あれだけ、苦しんだのに。
立ち直るまで、どれだけの時間と努力を費やしたか。
「案外、演技は下手なのね。余裕がないだけかしら?」
「……で? こんなことして、何になる?」
「強がる姿も素敵だけど、私は──もっと、歪んだ顔が見たいの」
言い終えるや否や、女は手にした注射器を私の首筋に突き刺した。
「……っ!」
「この中の液体が体内に入れば……どうなるかしらね?
致死性の毒じゃない。でも、ほんの少し──興奮して、身体が火照って、耐え難い欲に襲われる程度の薬。
どうしたら“父が見た顔”を、貴方が見せてくれるかしら?」
ゾッとした。
その歪んだ笑みが、あの男にそっくりだった。
彼女の“闇”を覗けば分かる。
歪んだ思考。壊れた感情。
これはただの復讐じゃない──
「死なない私」を、精神から壊しに来ている……
最も効率的な破壊を求めて、試している。
「学生の頃は、かなり遊んでいたそうじゃない。
だったら、ここにいる人数くらい……相手できるわよね?」
「……ふざけるな、この変態が」
次の瞬間、首から体内に何かが流れ込む。
「……っ、あ……ッ」
呼吸が乱れる。
まずい。
これは……。
「これは即効性。すぐに何もかも、分からなくなるわ」
動悸が激しくなり、耳鳴りがし、息がしにくい。
目の前が揺れる。
「ねえ、色男さん──監禁されたとき、何されたの?
女性に弄ばれて、気持ちよかった? 最初は喜んでたんじゃないの?」
彼女が馬乗りになり、服を乱しながら狂った笑みを浮かべる。
「……うるさ……い……お前には……関係、ない……っ」
「そうかしら?でもこの状況で、貴方のここは──こんなに反応してるけど?」
「……っ」
彼女の手が、私の中心を撫でる。
薬のせいで感覚が鋭くなっており、わずかな刺激にも反応してしまう。
「やっぱり、媚薬は効くみたいね。
あなた専用に、長年かけて調合したんだから。無駄にならなくてよかった」
「……大した復讐心だな。いや、劣等感……か?」
意識が朦朧とするなか、無理やり闇の力で彼女の“心”を覗く。
──そこにいたのは、
父に認められなかった、哀れな娘の姿だった。
「……君は、ただ──
父親に認められたかっただけ、だ」
父に見てもらいたくて、父の好きな毒を研究する日々。
研究結果を提示する時だけ、視線を釘付けにできた。
「君は寂しかったんだね……毒にしか興味がない人に、振り返ってほしくて必死だった」
普通の毒では振り向いてもらえない。
なら、もっと強い毒を試そう。
──ああ、ちょうどいいところに、ナーガの毒が入ってきた。
「君は、父にナーガの毒を渡したね。
エクソシストから盗み出して、父に手渡し──そして、その毒が私の身体に投じられた」
言葉と共に、彼女の手が私の首へと伸びる。
次の瞬間、首が絞められた。
拘束されているため抵抗もできず、なされるがままに首を絞め上げられ、呼吸ができなくなる。
「そうよ、私が父に渡したのよ!!
なのに、どうして私じゃなく──お前に興味を持っていかれるのよ!!!
この男娼がッ!!!」
「ロクスタ様!」
一人の男が、彼女を止めようと声を上げる。
その声に反応し、彼女はようやく私の首から手を離した。
「ロクスタ様、こいつの言うことを真に受けてはいけません。
拘束していても、相手は堕天使です。昔のように記憶を消される可能性があります」
「……そうね。ありがとう、少尉。あなたたちが私の部隊で、本当に助かるわ」
私は激しく咳き込みながら、なんとか呼吸を整えようとする。
窒息は免れたが──正直、逃れられる気がしない。
今の会話から察するに、ロクスタという女は軍事部の恐らく少佐以上の可能性が高い。
ここにいるのは、彼女が率いる小隊だろう。
堕天使は保護法で守られているにも関わらず、私は拉致され、監禁されている。
──捕まれば監獄行きは免れない。
もし私が動ける状態なら、彼らは実行犯として私に殺されても文句は言えない立場だ。
私にはその権限がある。
だが、そんなリスクを冒してまで行動に出るということは……
彼女も、ここにいる者たちも、悪魔や堕天使、闇に対して相当な憎しみと復讐心を持っていると見て間違いない。
──復讐に身を投じた者は手強い。
捨て身で来る覚悟が、大体できている。
くそっ……
発作とは別の火照りが全身を襲う。思考がうまく働かない。
力も入らず、魔力の制御もできない。
これだから毒類は嫌いなんだ……ッ。
「復讐のためだけに、部下まで巻き込んだのか……!」
「そうよ! でも──巻き込んだんじゃない!
共感し、復讐を誓った仲間よ!
まずはお前から──私の父を奪った、あんたからだッ!!」
その瞬間、部屋にいる全員の視線が、鋭く私を貫いた。
「俺の家族は、悪魔に殺された!」
「親友を闇に食われたんだ!」
「都市に潜む堕天使は、悪魔以上にタチが悪い!」
「なんで国は、あんな連中を保護するんだ!」
「姐さんはお前のせいで、父親を失ったんだぞ!」
「清き科学者に、なんてことを……!」
「堕天使は悪魔だ!!」
無数の怒号と罵声。
敵意が私に集中する。
発作により闇の制御が効かず、彼らの激しい感情が、私の精神に勝手に流れ込んでくる。
──頭が割れそうだ……ッ!!
「だから私は……私たちは……お前に復讐がしたいのよ!!
お前の心をズタズタに裂いて、二度と立ち直れないような傷を残してやる!!
お前が完全に壊れれば、カゴノトリも目を覚ますかもしれない!
堕天使は迫害され、討滅されるべきなんだってことを──!!!」
ロクスタは絶叫しながら立ち上がり、私の腹を思い切り踏みつけた。
ヒールの踵が、腹部に穴を開けるように押し込まれる。
「ぐっ……くッ……!!」
「ふふっ……少しはいい顔をするようになったわね!
痛みで歪んだ顔、最高よ……!
痛い目にあって興奮してるなんて──やっぱり変態ね、あはははは!!」
彼女の歪んだ感情が、私の心まで飲み込もうとしてくる。
発作がキツい。
火照る身体が苦しい。
痛みと苦しみ、彼女たちの激情に飲み込まれかけて、意識が朦朧としてくる。
このままでは……私は……。
「大丈夫よ。すぐに気持ちよくなるわ。そして、壊れればいい」
彼女は私のベルトに手をかけ、薄く笑う。
「トラウマの再演から始めましょう?」
「触るな……っ!」
ただでさえ力が入らないのに、彼女の言葉をきっかけに男たちに身体を拘束され、複数の手が私に触れる。
彼女はそんな私を見ながら、妖艶に唇を指で撫でて笑う。
その姿に、幼い頃の“彼女”が蘇り、私の身体は勝手に震えだす。
「やめろ!や、やめて……ッ!」
押さえつけられた手足が震える。これ以上叫ぼうとしても口を塞がれ、声が出ない。
逃げようとしても、悪意の手が私を捕らえて離さない。
現在と共に、過去が急激に私を飲み込もうとする。
誰も助けてくれなかった、あの時のように──
嫌だ……もう、こんな思いはしたくない……。
「……助けて……セレス」
次の瞬間、男の叫び声が聞こえる。
「何!?」
「ロクスタ様、逃げてください!ロク──っ!」
男の声が途切れると同時に、ベッドが血に染まる。
その血を見て、私は安堵する。
──ああ、彼が来てくれた、と。
「な、お前は……!一体どうしてここがわかったの!?」
彼女の問いに答えることもなく、私を押さえつけていた男のひとりの身体が弾け飛ぶ。
抑えられていた顔が解放され、彼を見ると──
白い服を血に染め、片手に絶命したと思われる男の頭を掴み、引きずりながらこちらにゆっくりと歩み寄っている。
「聖明を離せ」
「ひっ……!」
ベッドのそばにいた男を、ひとり光の剣で串刺しにして、血飛沫が舞う。
返り血がセレスの服に飛び、さらに赤く染まる。
折角の綺麗な彼が、血で汚れてしまった。
あとで謝らなくては……。
そんなことを思いながら、私は安堵のあまり涙を零す。
次の瞬間、またひとり。私を拘束していたやつが弾け飛び、私も返り血を浴びる。
「聖明、少し待ってろ。すぐ片付ける」
私は小さく頷いた。
それを合図に、押さえつけていたもう一人が悲鳴を上げて逃げようとするが、
セレスは魔法で叩きつけ、血に染める。
今死んだ男の魔法だったのか……手の拘束が解け、ようやく自由になる。
どうにか起き上がり、震える手で制御装置に触れる。
ああ、血が温かい……。
「聖明、大丈夫か?」
「ああ、ギリギリ、ね……」
その言葉を聞き、セレスは横で腰を抜かしていた男を魔法で瞬時に吹き飛ばす。
あとで報告書を書くのが大変そうだ……。
「な、こんな殺人を犯して、ただで済むと思っているの!?」
至極真っ当なことを言い始める彼女に、私は笑いそうになる。
そもそもこの国で、堕天使である私に手を出した時点で詰んでいる。
「セレス……これ、外して……」
私は首に巻き付いている制御装置を見せる。
これは、自分では外せない。
「ああ、すぐに取ってやる。おい、リリー、動けるか?」
影に向かって話すと、中から私の使い魔が現れる。
「……無論です」
「俺がお前の身体に魔法をかける。あの首輪に触れるだけでいい。壊してこい」
「承知しました」
セレスの光魔法を纏ったリリーが、人を避けつつ素早く私の元へと駆け寄り、制御装置に触れる。
すると、パリンという音とともに装置が弾けて壊れる。
「なんてことを……!」
女は喚く。
自身の計画が崩れたことに絶望しているのだろう。
「リリー、ありがとう……。出ているのは辛いだろ?影に入っててくれ」
「主、お気をつけて」
私は愛しい使い魔を撫でたあと、闇へと戻す。
これで、私を縛る楔は消えた。
「……もう終わりだ」
──私はきっと、この瞬間、微笑んだと思う。
彼女は、ある意味ではまともだった。
父に愛されたかった、一人の女の子だった。
狂っていたのは、彼女の父と、私という存在の方だ。
可哀想だとは思う。
でも──
父親を殺したことも、これからすることも、私は後悔していない。
私はベッドに座ったまま、闇の茨で彼女の身体を巻きつけ、心臓に突き刺す。
「き、さま……ッ!」
「……苦しまずに死ぬんだ。感謝してほしい」
そう。
セレスなら、きっと楽に殺してはくれない。
私にされたことをすべて味あわせてから、いや、それ以上の苦痛を与えて殺すだろうから。
そんなこと、セレスにさせたくない。
私は茨を引き抜いた。
彼女は力なく茨に抱かれ、闇へと消える。
先ほどまでの喧騒は消え、沈黙が訪れる。
……やっと、静かになった。
「聖明、勝手に殺すな。俺の気が収まらん」
不服そうな顔で、私を睨みつけてくる。
そんな彼の顔を見て、私は心の底から安心してしまった。
「もう、十分殺してたでしょう……」
この部屋にいた者は、一人残らずセレスの手によって殺され、血の海が広がっていた。
おおよそ6、7人といったところか……。
私自身、それどころではなかったので、全員の人数を正確には把握していない。
けっこうな数を、殺させてしまったな……。
彼は掴んでいた男の身体を床に放り投げ、ゆっくりと歩み寄ってきて、私を抱きしめ、顔を覗き込む。
「遅くなった」
「セレス……ありがと……」
緊張の糸が切れ、一気に脱力する。
そのまま彼に身を預けるように倒れ込むと、セレスも察したのか、しっかりと支えてくれた。
「……ごめん。変な薬……打たれた……力が、入らない……」
「……わかった」
セレスは私を抱き上げると、その場を立ち、振り返る。
「セレス殿!?」
驚きの声を上げたのはジャンヌだった。
彼女も来ていたのか。
血塗れの部屋と私たちの姿を見て、青褪めている。
「こ、この惨劇は一体……」
「堕天使保護法違反で処刑しただけだ」
「ジャンヌ……」
私は一応、報告しようと思い、声をかける。
「聖明殿……!その傷は……」
拘束されたときの傷や注射痕を見たのだろう。
彼女はショックを隠しきれない表情をしていた。
心優しい彼女に、こんな姿を見せてしまい、心苦しい。
でも今の私では、歩くことすらできない。
「ジャンヌ……ごめん……ここを、任せたい……」
「お前は喋るな。
ジャンヌ、聖明は何かしらの薬を打たれていて、発作も出てる。すぐに治療したい。面倒事を押しつけるのは分かっているが、ここを任せたい。詳しくはその後だ」
ジャンヌは目を閉じ、胸に手を当てて深呼吸する。
「……わかりました!ここはどうにか致します!今は治療を優先してください!」
「恩に着る」
ジャンヌは一礼すると、通信魔法で「シャルル」の名を呼んでいる。
きっとこのあと大変なことになるだろうけれど、ここは任せるしかない。
セレスもまた、私を抱えたまま歩き出す。
「セレス……」
「大丈夫だ。とりあえずカゴノトリに行くぞ」
「ごめ……カゴノトリは、やめて、ほしい……」
「は?」
自分の状態は分かっているつもりだ。
でも、正直、この姿を誰にも見られたくない。
皆にこれ以上、心配かけたくない。
薬とトラウマで震えて、こんなにも弱っている自分を。
「お願い、セレス……」
「……わかった。俺の家でいいか?」
「すまない……」
私は彼の首に手を回し、顔を見られないように隠す。
きっと今は、ひどい顔をしている。
でも彼は、何も言わず、そのまま私を抱えて歩き続けた。
ーーー
聖明を助けることができた……。
安堵と同時に、怒りが込み上げる。
龍に目星を付けてもらい、片っ端から足を運んだ。
やっと見つけたと思ったら、男たちに触れられ取り押さえられ……女は聖明に手を伸ばし、笑っていた。
しかも、トラウマを掘り起こすような方法で。
手の拘束痕を見れば、すぐにわかる。
聖明がずっと苦しみ、怯えていた記憶だ。
俺は、あの現場を見た瞬間、怒りが抑えきれず、殺していた。
聖明が主犯の女を殺したことで少し冷静になったが、それでもこの怒りが収まることはない。
腕の中で苦しそうに息をする彼は、変な薬に侵されている。
もっと早ければ、薬も打たれずに済んだはずだ……。
彼が「ギリギリ」と言ったのは、本当だったのだろう。
過去に何度も苦しんだトラウマを再現され、昔のように無理やり毒を入れられ、複数人に押さえつけられた……平気なわけがない。
きっと怖かったのだろう。服を掴む手が震えている。
こいつは確かに強い。でも、精神面は酷く脆い。
俺が傍にいながら、こんな思いをさせるなんて……悔しさのほうが上回る。
「聖明、すまなかった。守ると言いながら、こんな目に遭わせた」
彼の手がピクリと動く。
「……セレスが助けに来てくれたから、大丈夫。それと……私こそごめん。今日は出かける約束、したのに……」
昼間の約束のことを言っているのに気づき、思わず苦笑する。
今はそれどころではないだろうに……。
「聖明が無事ならいい。それに今日は、帰す気はないからな」
「……うん」
必死にしがみつくように抱きついてくる彼。
あいつらに少しでも触られたと思っただけで、気が狂いそうになる。
もっと苦しめて殺すべきだった。
家に到着し、血塗れのまま家の中を闊歩する。
聖明を一旦ソファに座らせる。
「座ってられそうか?」
彼は力なく、小さく頷く。
さすがに互いに血塗れのままではよくない。
「とりあえず血を落としたい。風呂は入れそうか?」
「……多分」
「わかった、沸かしてくるから、ここで休んでてくれ」
俺は脱衣所に入り、血塗れの服を脱ぎ捨てると、タオルで雑に血を拭い、適当な服に着替える。
浴槽にぬるま湯を張りながら、自分のことは後回しだと心の中で言い聞かせる。
先に聖明の血を綺麗に落としたい。
リビングに戻り、聖明の様子を見る。
「聖明」
「……せ、れす」
微睡んでいるような目。
意識がはっきりしているのか怪しくなってきている。
俺は聖明の手を取り、脈を測りつつ、額に手を当てる。
思ったより熱く、脈も早い。
発作も治まらず、刻印も継続的に出ている。
一体、何の薬を入れられたんだ?
殺す前に、聞き出すべきだったか……。
この状態では、お湯に浸からせるのも危険だ。
先ほどの浴槽のお湯を桶に移し替え、タオルを何枚も持ってきて体を綺麗に拭くことにする。
「聖明、体拭きながら検査するぞ。いいな」
「う、ん……」
拭きながら、怪我の箇所、身体の状態を確認していく。
ぐったりしている聖明は、されるがまま拭かれているが、触れるたびに身体を震わせ、息が荒くなる。
大きな外傷はないが、両手には拘束による傷、首には手で締められた痕と、左側に注射器で2本刺されたと思われる痕跡。
他にも、両腕に何本もの注射痕がある。
いったいどれだけ薬品を投与されたんだ……。
その他には、腹部に蹴られたような跡と、鋭い何かで痛めつけられたような痕もある。
……腹立たしい。
身体を確認し、俺の服をとりあえず着せる。
刻印も、いまだに消える様子はない。
「聖明、自身の状況を伝えられそうか?」
「身体が……熱い……」
熱に震え、意識の混濁、酷く脱力した状態。脈も早く、呼吸も荒い。
発作の症状もあるため、どれが薬物の影響かわからない。
しかも、何の薬をどれだけ投与されたかも不明。
意識があるということは致死毒ではない。
そもそも毒は効かないはず……免疫のない新たな毒だろうか?
そうなると、やはりここでは対処しきれない。
俺は通信魔法で再び龍に連絡を入れようと、手元に術式を展開し始める。
そのとき、聖明の声が耳に入る。
「セレス……誰にも、連絡しないで……お願い……」
「お前な、今のままじゃ苦しいだけだろ。助けを呼ぶしか……」
「違う……セレス、私、その……変な媚薬を……打ち込まれてて……」
「媚薬……?」
「ナーガの、毒で作ったって言ってた……あいつらは、堕天使に凄い憎悪を持ってた……だから、苦しめるために、私の心を……壊そうって……」
は? そんなことのためだけに、聖明を拐って、監禁して、毒を入れ、辱めようとしたのか……?
しかも媚薬まで使って?
彼が怖がるようなトラウマを、傷を抉るようにして、壊そうとしたというのか?
「セレス……っ!」
怒りで我を忘れかけていたところに、聖明の声が現実に引き戻す。
泣きそうな顔で見上げている。
ダメだ。聖明を怖がらせてどうする。
「すまない。大丈夫だ」
「きっと、媚薬だから……耐えてれば、落ち着くから……」
苦しそうに肩で息をし続ける聖明。
俺は彼を再び抱き上げ、ベッドへと運ぶ。
「セレス……?」
抱きしめたまま一緒に横になると、俺は少しだけ上体を起こし、聖明を見下ろす形で顔を覗き込む。
「聖明、さっき怖い思いをしたばかりだし、余計に怖いかもしれない。でも、一旦、楽になったほうがいい。必要なら、俺が触る」
言っている意味を理解したらしく、聖明の顔が真っ赤に染まる。
「い、いい! 自分でやれる!」
「……わかった。でも、離れたくない。見ないから、このまま抱きつかせてくれ」
一瞬、戸惑うような顔をしたが、小さく頷いてくれる。
彼は腕の中で震えながら、声を噛み殺し、小さく吐息を漏らす。
俺は安心させるように頭を撫で、そっと抱きしめる。
本当なら、ひとりにさせてあげるべきなんだろう。
でも、どうしても離れたくなかった。
あんな奴らに組み敷かれ、触れられている姿を見て、冷静でいられるわけがなかった。
泣いている聖明を、俺は本当に助けられたのだろうか?
ふるふると震える彼を見て、酷いくらいの独占欲に駆られる。
今、手を出してはダメだ。そんなことは分かっているのに、彼を誰にも渡したくない気持ちばかりが募っていく。
彼の吐息が、呼吸が、どうしようもなく愛おしく、どうしようもなく“自分のもの”だと主張したくなる。
俺は、ギリギリの理性で彼の弱点でもある耳を指で弄る。
すると、身体が大きく跳ね、更にビクビクと震える。
「あ……ッ、セレス、耳は……っ」
トロンと蕩けた声に高揚する。
「触るだけだ」
「集中……できなく、なる……」
なんて甘い声で鳴くんだ。
この声を、あいつらは聞いていないと信じたい。
「聖明……好きだ」
「セレス……?」
誰にも渡したくない。
「すまない、お前のほうが辛いっていうのに……聖明を、俺のものにしたくて仕方がない」
聖明は息を荒げながらも、目を丸くして俺を見つめる。
綺麗な赤い瞳に、俺が映っている。
彼は驚いた表情をしたあと、柔らかな笑顔を見せた。
「とっくの昔に、私はセレスのものだよ……」
彼から手を伸ばし、俺を引き寄せてくれる。
俺はそのまま口付けをし、聖明の熱が冷めるまで重なり続けた。




