↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/371

第26話 過去からの復讐(中編)

【注意書き】

本作には暴力・流血、死と喪失、記憶操作、精神的トラウマに関する言及、性的描写(同意の揺らぎを含む)テーマが含まれます。体調にあわせて閲覧をご判断ください。

身体が酷く痛い。

目が霞む……私はいったい、どうしたんだっけ……?

そうだ……エクソシストについて行って、急に首に何かを刺されて……それで発作が起きて──。


「……ッ!」


「あら、やっと起きたのね、紅教授」


私を見下ろす女性。

銀髪がやたらと印象に残る。

周囲を見回すと、複数人の男性が私を囲むように立っていた。


「君、は……?」


「自己紹介がまだだったわね。私はロクスタ・ガスリー。貴方が過去に殺した、父・グレアム・ガスリーの一人娘よ。……そうね、“貴方にナーガの毒を打った人間”って言えば、分かるかしら?」


──ナーガの毒。

虚ろだった脳が、一気に覚醒する。

襲われる直前、ナーガの毒について彼女が口にしていたのを思い出す。

関係者だろうとは思ったが……まさか、娘がいたとは。


「……っ! 復讐でもしに来たか!」


起き上がろうとしたが、両手は頭の上で魔法によって縛られ、更にはベッドに鎖のような魔法で繋がれている。

両足は拘束されてはいないが、何故か力が入らない。

魔力を込めようとしても、力が抜けていく。

首には何か巻かれている──魔力制御装置か……マズい。


「あまり動かないほうがいいわよ? さっきまで酷い発作が起きていたみたいだし。それに、体に力が入らないでしょう?」


確かに、全身が軋むように痛み、手にも力が入らない。

麻痺しているのか、思うように動かすこともできない。

だが──ある程度の毒なら、私には効かないはず。


「君の父親のおかげで、毒は効かない」


「そうらしいわね。でもね、死なない程度なら効くんじゃないかしら?」


「は?効かないと言って──」


「現に今、効いてるじゃない。違法ドラッグ……身体が痺れて脱力するお薬、って言えば分かる?」


そういうことか……。

確かに、明らかに身体に害をもたらす“毒”には私は耐性がある。

だが、薬物の乱用など試したことはない。

しかも、違法ドラッグとは……流石に耐性はない。


「念のため、色々何本か打っておいて正解だったわ。暴れられても困るもの」


ひとりの男が、一本の注射器を持ってくる。

中にはピンク色に光る液体。


「毒ではなく、“苦しむ程度”の媚薬なんて、どうかしら?」


「は……?」


悪寒が走り、冷や汗が流れ落ちる。


「これはね、ナーガの毒から作った特別な“び・や・く”。

堕天使って、死なないし、すぐに治るじゃない?

でも、致死量じゃなければ“効く”のよ。父の研究にもちゃんと記載があったわ」


「……あいつの研究資料は、すべて処分されたはずだ」


「エクソシストのチェックが甘すぎるのよ。まさか、“娘の日記”が父の研究資料だったなんて、誰も気づかなかったみたい。

父は言ってたわ、“何かあれば私が研究を引き継げ”って」


最悪だ。

当時を知る者など、もういないと思っていたのに……。


「で? 私を捕まえてどうするつもりだ?

父の研究を継ぐために私を拉致したのか?

それとも復讐か?」


「それもあるけど、私の興味は他にあるのよね」


彼女は不敵に笑いながら、私の目の前に一枚の紙を差し出す。

そこに記されていたのは、見覚えのある──

……私がナーガの毒に苦しむ様子を記した研究資料だった。

目で追ううちに、当時の記憶が蘇り──吐き気が込み上げる。


「これを見ただけで真っ青になるなんて──よほど、苦しかったのね」


女がくすりと笑う。


「私はね、この資料を読んで、堕天使に興味が湧いたの。特に貴方」


銀髪の女は私の目を覗き込むようにしながら言葉を続ける。

「歴代最高の闇の保有量を持ち、カゴノトリのトップとして約束された存在。

父が興味を持ち、焦がれた存在──それが、貴方よ」


彼女は歪んだ笑みを浮かべ、私の耳元で囁く。


「……貴方の過去、全部調べちゃった」


その一言で、全てを理解した。

私の出生。性犯罪に遭った過去。妹・瑠璃を失い、悪魔教団を殲滅したこと──その後の失踪。すべてを、彼女は知っている。


「……とんだファンもいたものだな」


心臓が嫌な音を立てて脈打ち、汗が背を伝う。

発作の名残で全身が軋むように痛み、まともに力が入らない。


「そう、私は貴方の大ファン。

父が書き残した“貴方の苦悶に歪む表情”──あれを読んだだけで、ゾクゾクしたの。

どうしてもこの目で見たかった……あなたが壊れる瞬間を」


指が頬に触れる。

──その瞬間、過去の記憶が弾けたように蘇り、身体が強張った。


「拉致・監禁された時も……こうやって縛りつけられてたんでしょ? 怖かった? 苦しかった?

それとも──興奮した?」


「……もう、忘れたよ」


震える声で返す。

……忘れるはずがない。

あれだけ、苦しんだのに。

立ち直るまで、どれだけの時間と努力を費やしたか。


「案外、演技は下手なのね。余裕がないだけかしら?」

「……で? こんなことして、何になる?」

「強がる姿も素敵だけど、私は──もっと、歪んだ顔が見たいの」


言い終えるや否や、女は手にした注射器を私の首筋に突き刺した。


「……っ!」


「この中の液体が体内に入れば……どうなるかしらね?

致死性の毒じゃない。でも、ほんの少し──興奮して、身体が火照って、耐え難い欲に襲われる程度の薬。

どうしたら“父が見た顔”を、貴方が見せてくれるかしら?」


ゾッとした。

その歪んだ笑みが、あの男にそっくりだった。


彼女の“闇”を覗けば分かる。

歪んだ思考。壊れた感情。

これはただの復讐じゃない──

「死なない私」を、精神から壊しに来ている……


最も効率的な破壊を求めて、試している。


「学生の頃は、かなり遊んでいたそうじゃない。

だったら、ここにいる人数くらい……相手できるわよね?」


「……ふざけるな、この変態が」


次の瞬間、首から体内に何かが流れ込む。


「……っ、あ……ッ」


呼吸が乱れる。

まずい。

これは……。


「これは即効性。すぐに何もかも、分からなくなるわ」


動悸が激しくなり、耳鳴りがし、息がしにくい。

目の前が揺れる。


「ねえ、色男さん──監禁されたとき、何されたの?

女性に弄ばれて、気持ちよかった? 最初は喜んでたんじゃないの?」


彼女が馬乗りになり、服を乱しながら狂った笑みを浮かべる。


「……うるさ……い……お前には……関係、ない……っ」


「そうかしら?でもこの状況で、貴方のここは──こんなに反応してるけど?」


「……っ」


彼女の手が、私の中心を撫でる。

薬のせいで感覚が鋭くなっており、わずかな刺激にも反応してしまう。


「やっぱり、媚薬は効くみたいね。

あなた専用に、長年かけて調合したんだから。無駄にならなくてよかった」


「……大した復讐心だな。いや、劣等感……か?」


意識が朦朧とするなか、無理やり闇の力で彼女の“心”を覗く。


──そこにいたのは、

父に認められなかった、哀れな娘の姿だった。


「……君は、ただ──

父親に認められたかっただけ、だ」


父に見てもらいたくて、父の好きな毒を研究する日々。

研究結果を提示する時だけ、視線を釘付けにできた。


「君は寂しかったんだね……毒にしか興味がない人に、振り返ってほしくて必死だった」


普通の毒では振り向いてもらえない。

なら、もっと強い毒を試そう。

──ああ、ちょうどいいところに、ナーガの毒が入ってきた。


「君は、父にナーガの毒を渡したね。

エクソシストから盗み出して、父に手渡し──そして、その毒が私の身体に投じられた」


言葉と共に、彼女の手が私の首へと伸びる。


次の瞬間、首が絞められた。

拘束されているため抵抗もできず、なされるがままに首を絞め上げられ、呼吸ができなくなる。


「そうよ、私が父に渡したのよ!!

なのに、どうして私じゃなく──お前に興味を持っていかれるのよ!!!

この男娼がッ!!!」


「ロクスタ様!」


一人の男が、彼女を止めようと声を上げる。

その声に反応し、彼女はようやく私の首から手を離した。


「ロクスタ様、こいつの言うことを真に受けてはいけません。

拘束していても、相手は堕天使です。昔のように記憶を消される可能性があります」


「……そうね。ありがとう、少尉。あなたたちが私の部隊で、本当に助かるわ」


私は激しく咳き込みながら、なんとか呼吸を整えようとする。

窒息は免れたが──正直、逃れられる気がしない。


今の会話から察するに、ロクスタという女は軍事部の恐らく少佐以上の可能性が高い。

ここにいるのは、彼女が率いる小隊だろう。

堕天使は保護法で守られているにも関わらず、私は拉致され、監禁されている。


──捕まれば監獄行きは免れない。

もし私が動ける状態なら、彼らは実行犯として私に殺されても文句は言えない立場だ。

私にはその権限がある。


だが、そんなリスクを冒してまで行動に出るということは……

彼女も、ここにいる者たちも、悪魔や堕天使、闇に対して相当な憎しみと復讐心を持っていると見て間違いない。


──復讐に身を投じた者は手強い。

捨て身で来る覚悟が、大体できている。


くそっ……

発作とは別の火照りが全身を襲う。思考がうまく働かない。

力も入らず、魔力の制御もできない。


これだから毒類は嫌いなんだ……ッ。


「復讐のためだけに、部下まで巻き込んだのか……!」


「そうよ! でも──巻き込んだんじゃない!

共感し、復讐を誓った仲間よ!

まずはお前から──私の父を奪った、あんたからだッ!!」


その瞬間、部屋にいる全員の視線が、鋭く私を貫いた。


「俺の家族は、悪魔に殺された!」

「親友を闇に食われたんだ!」

「都市に潜む堕天使は、悪魔以上にタチが悪い!」

「なんで国は、あんな連中を保護するんだ!」

「姐さんはお前のせいで、父親を失ったんだぞ!」

「清き科学者に、なんてことを……!」

「堕天使は悪魔だ!!」


無数の怒号と罵声。

敵意が私に集中する。


発作により闇の制御が効かず、彼らの激しい感情が、私の精神に勝手に流れ込んでくる。

──頭が割れそうだ……ッ!!


「だから私は……私たちは……お前に復讐がしたいのよ!!

お前の心をズタズタに裂いて、二度と立ち直れないような傷を残してやる!!

お前が完全に壊れれば、カゴノトリも目を覚ますかもしれない!

堕天使は迫害され、討滅されるべきなんだってことを──!!!」


ロクスタは絶叫しながら立ち上がり、私の腹を思い切り踏みつけた。

ヒールの踵が、腹部に穴を開けるように押し込まれる。


「ぐっ……くッ……!!」


「ふふっ……少しはいい顔をするようになったわね!

痛みで歪んだ顔、最高よ……!

痛い目にあって興奮してるなんて──やっぱり変態ね、あはははは!!」


彼女の歪んだ感情が、私の心まで飲み込もうとしてくる。

発作がキツい。

火照る身体が苦しい。

痛みと苦しみ、彼女たちの激情に飲み込まれかけて、意識が朦朧としてくる。

このままでは……私は……。


「大丈夫よ。すぐに気持ちよくなるわ。そして、壊れればいい」


彼女は私のベルトに手をかけ、薄く笑う。


「トラウマの再演から始めましょう?」

「触るな……っ!」


ただでさえ力が入らないのに、彼女の言葉をきっかけに男たちに身体を拘束され、複数の手が私に触れる。

彼女はそんな私を見ながら、妖艶に唇を指で撫でて笑う。

その姿に、幼い頃の“彼女”が蘇り、私の身体は勝手に震えだす。


「やめろ!や、やめて……ッ!」


押さえつけられた手足が震える。これ以上叫ぼうとしても口を塞がれ、声が出ない。

逃げようとしても、悪意の手が私を捕らえて離さない。

現在と共に、過去が急激に私を飲み込もうとする。


誰も助けてくれなかった、あの時のように──

嫌だ……もう、こんな思いはしたくない……。


「……助けて……セレス」


次の瞬間、男の叫び声が聞こえる。


「何!?」

「ロクスタ様、逃げてください!ロク──っ!」


男の声が途切れると同時に、ベッドが血に染まる。

その血を見て、私は安堵する。


──ああ、彼が来てくれた、と。


「な、お前は……!一体どうしてここがわかったの!?」


彼女の問いに答えることもなく、私を押さえつけていた男のひとりの身体が弾け飛ぶ。

抑えられていた顔が解放され、彼を見ると──

白い服を血に染め、片手に絶命したと思われる男の頭を掴み、引きずりながらこちらにゆっくりと歩み寄っている。


「聖明を離せ」

「ひっ……!」


ベッドのそばにいた男を、ひとり光の剣で串刺しにして、血飛沫が舞う。

返り血がセレスの服に飛び、さらに赤く染まる。


折角の綺麗な彼が、血で汚れてしまった。

あとで謝らなくては……。

そんなことを思いながら、私は安堵のあまり涙を零す。


次の瞬間、またひとり。私を拘束していたやつが弾け飛び、私も返り血を浴びる。


「聖明、少し待ってろ。すぐ片付ける」


私は小さく頷いた。

それを合図に、押さえつけていたもう一人が悲鳴を上げて逃げようとするが、

セレスは魔法で叩きつけ、血に染める。

今死んだ男の魔法だったのか……手の拘束が解け、ようやく自由になる。

どうにか起き上がり、震える手で制御装置に触れる。

ああ、血が温かい……。


「聖明、大丈夫か?」

「ああ、ギリギリ、ね……」


その言葉を聞き、セレスは横で腰を抜かしていた男を魔法で瞬時に吹き飛ばす。

あとで報告書を書くのが大変そうだ……。


「な、こんな殺人を犯して、ただで済むと思っているの!?」


至極真っ当なことを言い始める彼女に、私は笑いそうになる。

そもそもこの国で、堕天使である私に手を出した時点で詰んでいる。


「セレス……これ、外して……」


私は首に巻き付いている制御装置を見せる。

これは、自分では外せない。


「ああ、すぐに取ってやる。おい、リリー、動けるか?」


影に向かって話すと、中から私の使い魔が現れる。


「……無論です」

「俺がお前の身体に魔法をかける。あの首輪に触れるだけでいい。壊してこい」

「承知しました」


セレスの光魔法を纏ったリリーが、人を避けつつ素早く私の元へと駆け寄り、制御装置に触れる。

すると、パリンという音とともに装置が弾けて壊れる。


「なんてことを……!」


女は喚く。

自身の計画が崩れたことに絶望しているのだろう。


「リリー、ありがとう……。出ているのは辛いだろ?影に入っててくれ」

「主、お気をつけて」


私は愛しい使い魔を撫でたあと、闇へと戻す。

これで、私を縛る楔は消えた。


「……もう終わりだ」


──私はきっと、この瞬間、微笑んだと思う。


彼女は、ある意味ではまともだった。

父に愛されたかった、一人の女の子だった。

狂っていたのは、彼女の父と、私という存在の方だ。

可哀想だとは思う。


でも──

父親を殺したことも、これからすることも、私は後悔していない。


私はベッドに座ったまま、闇の茨で彼女の身体を巻きつけ、心臓に突き刺す。


「き、さま……ッ!」

「……苦しまずに死ぬんだ。感謝してほしい」


そう。

セレスなら、きっと楽に殺してはくれない。

私にされたことをすべて味あわせてから、いや、それ以上の苦痛を与えて殺すだろうから。

そんなこと、セレスにさせたくない。


私は茨を引き抜いた。

彼女は力なく茨に抱かれ、闇へと消える。


先ほどまでの喧騒は消え、沈黙が訪れる。


……やっと、静かになった。


「聖明、勝手に殺すな。俺の気が収まらん」


不服そうな顔で、私を睨みつけてくる。

そんな彼の顔を見て、私は心の底から安心してしまった。


「もう、十分殺してたでしょう……」


この部屋にいた者は、一人残らずセレスの手によって殺され、血の海が広がっていた。

おおよそ6、7人といったところか……。

私自身、それどころではなかったので、全員の人数を正確には把握していない。

けっこうな数を、殺させてしまったな……。


彼は掴んでいた男の身体を床に放り投げ、ゆっくりと歩み寄ってきて、私を抱きしめ、顔を覗き込む。


「遅くなった」

「セレス……ありがと……」


緊張の糸が切れ、一気に脱力する。

そのまま彼に身を預けるように倒れ込むと、セレスも察したのか、しっかりと支えてくれた。


「……ごめん。変な薬……打たれた……力が、入らない……」

「……わかった」


セレスは私を抱き上げると、その場を立ち、振り返る。


「セレス殿!?」


驚きの声を上げたのはジャンヌだった。

彼女も来ていたのか。

血塗れの部屋と私たちの姿を見て、青褪めている。


「こ、この惨劇は一体……」

「堕天使保護法違反で処刑しただけだ」


「ジャンヌ……」


私は一応、報告しようと思い、声をかける。


「聖明殿……!その傷は……」


拘束されたときの傷や注射痕を見たのだろう。

彼女はショックを隠しきれない表情をしていた。

心優しい彼女に、こんな姿を見せてしまい、心苦しい。

でも今の私では、歩くことすらできない。


「ジャンヌ……ごめん……ここを、任せたい……」

「お前は喋るな。

ジャンヌ、聖明は何かしらの薬を打たれていて、発作も出てる。すぐに治療したい。面倒事を押しつけるのは分かっているが、ここを任せたい。詳しくはその後だ」


ジャンヌは目を閉じ、胸に手を当てて深呼吸する。


「……わかりました!ここはどうにか致します!今は治療を優先してください!」


「恩に着る」


ジャンヌは一礼すると、通信魔法で「シャルル」の名を呼んでいる。

きっとこのあと大変なことになるだろうけれど、ここは任せるしかない。

セレスもまた、私を抱えたまま歩き出す。


「セレス……」

「大丈夫だ。とりあえずカゴノトリに行くぞ」

「ごめ……カゴノトリは、やめて、ほしい……」

「は?」


自分の状態は分かっているつもりだ。

でも、正直、この姿を誰にも見られたくない。

皆にこれ以上、心配かけたくない。

薬とトラウマで震えて、こんなにも弱っている自分を。


「お願い、セレス……」

「……わかった。俺の家でいいか?」

「すまない……」


私は彼の首に手を回し、顔を見られないように隠す。

きっと今は、ひどい顔をしている。

でも彼は、何も言わず、そのまま私を抱えて歩き続けた。



ーーー



聖明を助けることができた……。

安堵と同時に、怒りが込み上げる。


龍に目星を付けてもらい、片っ端から足を運んだ。

やっと見つけたと思ったら、男たちに触れられ取り押さえられ……女は聖明に手を伸ばし、笑っていた。


しかも、トラウマを掘り起こすような方法で。

手の拘束痕を見れば、すぐにわかる。

聖明がずっと苦しみ、怯えていた記憶だ。


俺は、あの現場を見た瞬間、怒りが抑えきれず、殺していた。

聖明が主犯の女を殺したことで少し冷静になったが、それでもこの怒りが収まることはない。

腕の中で苦しそうに息をする彼は、変な薬に侵されている。

もっと早ければ、薬も打たれずに済んだはずだ……。


彼が「ギリギリ」と言ったのは、本当だったのだろう。

過去に何度も苦しんだトラウマを再現され、昔のように無理やり毒を入れられ、複数人に押さえつけられた……平気なわけがない。

きっと怖かったのだろう。服を掴む手が震えている。

こいつは確かに強い。でも、精神面は酷く脆い。

俺が傍にいながら、こんな思いをさせるなんて……悔しさのほうが上回る。


「聖明、すまなかった。守ると言いながら、こんな目に遭わせた」


彼の手がピクリと動く。


「……セレスが助けに来てくれたから、大丈夫。それと……私こそごめん。今日は出かける約束、したのに……」


昼間の約束のことを言っているのに気づき、思わず苦笑する。

今はそれどころではないだろうに……。


「聖明が無事ならいい。それに今日は、帰す気はないからな」

「……うん」


必死にしがみつくように抱きついてくる彼。

あいつらに少しでも触られたと思っただけで、気が狂いそうになる。

もっと苦しめて殺すべきだった。


家に到着し、血塗れのまま家の中を闊歩する。

聖明を一旦ソファに座らせる。


「座ってられそうか?」


彼は力なく、小さく頷く。

さすがに互いに血塗れのままではよくない。


「とりあえず血を落としたい。風呂は入れそうか?」

「……多分」

「わかった、沸かしてくるから、ここで休んでてくれ」


俺は脱衣所に入り、血塗れの服を脱ぎ捨てると、タオルで雑に血を拭い、適当な服に着替える。

浴槽にぬるま湯を張りながら、自分のことは後回しだと心の中で言い聞かせる。

先に聖明の血を綺麗に落としたい。

リビングに戻り、聖明の様子を見る。


「聖明」

「……せ、れす」


微睡んでいるような目。

意識がはっきりしているのか怪しくなってきている。

俺は聖明の手を取り、脈を測りつつ、額に手を当てる。

思ったより熱く、脈も早い。

発作も治まらず、刻印も継続的に出ている。


一体、何の薬を入れられたんだ?

殺す前に、聞き出すべきだったか……。


この状態では、お湯に浸からせるのも危険だ。

先ほどの浴槽のお湯を桶に移し替え、タオルを何枚も持ってきて体を綺麗に拭くことにする。


「聖明、体拭きながら検査するぞ。いいな」

「う、ん……」


拭きながら、怪我の箇所、身体の状態を確認していく。

ぐったりしている聖明は、されるがまま拭かれているが、触れるたびに身体を震わせ、息が荒くなる。

大きな外傷はないが、両手には拘束による傷、首には手で締められた痕と、左側に注射器で2本刺されたと思われる痕跡。

他にも、両腕に何本もの注射痕がある。


いったいどれだけ薬品を投与されたんだ……。

その他には、腹部に蹴られたような跡と、鋭い何かで痛めつけられたような痕もある。


……腹立たしい。


身体を確認し、俺の服をとりあえず着せる。

刻印も、いまだに消える様子はない。


「聖明、自身の状況を伝えられそうか?」

「身体が……熱い……」


熱に震え、意識の混濁、酷く脱力した状態。脈も早く、呼吸も荒い。

発作の症状もあるため、どれが薬物の影響かわからない。

しかも、何の薬をどれだけ投与されたかも不明。

意識があるということは致死毒ではない。

そもそも毒は効かないはず……免疫のない新たな毒だろうか?

そうなると、やはりここでは対処しきれない。


俺は通信魔法で再び龍に連絡を入れようと、手元に術式を展開し始める。

そのとき、聖明の声が耳に入る。


「セレス……誰にも、連絡しないで……お願い……」

「お前な、今のままじゃ苦しいだけだろ。助けを呼ぶしか……」

「違う……セレス、私、その……変な媚薬を……打ち込まれてて……」


「媚薬……?」


「ナーガの、毒で作ったって言ってた……あいつらは、堕天使に凄い憎悪を持ってた……だから、苦しめるために、私の心を……壊そうって……」


は? そんなことのためだけに、聖明を拐って、監禁して、毒を入れ、辱めようとしたのか……?

しかも媚薬まで使って?

彼が怖がるようなトラウマを、傷を抉るようにして、壊そうとしたというのか?


「セレス……っ!」


怒りで我を忘れかけていたところに、聖明の声が現実に引き戻す。

泣きそうな顔で見上げている。

ダメだ。聖明を怖がらせてどうする。


「すまない。大丈夫だ」

「きっと、媚薬だから……耐えてれば、落ち着くから……」


苦しそうに肩で息をし続ける聖明。

俺は彼を再び抱き上げ、ベッドへと運ぶ。


「セレス……?」


抱きしめたまま一緒に横になると、俺は少しだけ上体を起こし、聖明を見下ろす形で顔を覗き込む。


「聖明、さっき怖い思いをしたばかりだし、余計に怖いかもしれない。でも、一旦、楽になったほうがいい。必要なら、俺が触る」


言っている意味を理解したらしく、聖明の顔が真っ赤に染まる。


「い、いい! 自分でやれる!」

「……わかった。でも、離れたくない。見ないから、このまま抱きつかせてくれ」


一瞬、戸惑うような顔をしたが、小さく頷いてくれる。

彼は腕の中で震えながら、声を噛み殺し、小さく吐息を漏らす。

俺は安心させるように頭を撫で、そっと抱きしめる。


本当なら、ひとりにさせてあげるべきなんだろう。

でも、どうしても離れたくなかった。

あんな奴らに組み敷かれ、触れられている姿を見て、冷静でいられるわけがなかった。

泣いている聖明を、俺は本当に助けられたのだろうか?


ふるふると震える彼を見て、酷いくらいの独占欲に駆られる。

今、手を出してはダメだ。そんなことは分かっているのに、彼を誰にも渡したくない気持ちばかりが募っていく。


彼の吐息が、呼吸が、どうしようもなく愛おしく、どうしようもなく“自分のもの”だと主張したくなる。

俺は、ギリギリの理性で彼の弱点でもある耳を指で弄る。

すると、身体が大きく跳ね、更にビクビクと震える。


「あ……ッ、セレス、耳は……っ」


トロンと蕩けた声に高揚する。


「触るだけだ」

「集中……できなく、なる……」


なんて甘い声で鳴くんだ。

この声を、あいつらは聞いていないと信じたい。


「聖明……好きだ」

「セレス……?」


誰にも渡したくない。


「すまない、お前のほうが辛いっていうのに……聖明を、俺のものにしたくて仕方がない」


聖明は息を荒げながらも、目を丸くして俺を見つめる。

綺麗な赤い瞳に、俺が映っている。

彼は驚いた表情をしたあと、柔らかな笑顔を見せた。


「とっくの昔に、私はセレスのものだよ……」


彼から手を伸ばし、俺を引き寄せてくれる。

俺はそのまま口付けをし、聖明の熱が冷めるまで重なり続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。