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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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第19話 一筋の光

カゴノトリの日常。

軍事業務にスポットライトを当ててみます。

ここは──闇魔法医療科、“カゴノトリ”。


闇に適応した堕天使たちが所属し、闇魔法を通じて“闇の侵食”による治療や、精神医療を担う組織だ。

表向きはエクソシスト医療大学院に籍を置き、時に心を蝕む“闇”を祓い、癒し、そして引き受ける。

必要があれば、エクソシストの要請に応じて軍として出撃する。


“闇に触れる”という行為は、通常の者にとっては命取りだ。

だが──堕天使たちは、その中で生きてきた。


多くの者にとって、それはただの“習慣”であり、“任務”であり、“日常”にすぎない。


……ただ一人を除いて。


闇魔法医療教授にして、軍事指揮官でもある──紅 聖明。


彼だけが、何かを引きずるように“闇”と向き合っていた。

誰よりもよく笑い、誰よりも冷たく、

誰よりも他者に無関心なふりをして、


──それでも、誰よりも深く、他人の痛みに“手を伸ばしてしまう”。


優しさと呼ぶには歪すぎて、冷酷と切り捨てるには熱がある。

そんな彼が率いるのが、ここ“カゴノトリ”だ。


『──南地区より魔人の襲撃を確認。戦闘可能なエクソシスト各員は至急、応援に向かわれたし。繰り返す──』


「……うわ。嫌な予感しかしない。セレス、今日は定時に帰りたい」


放送を聞いてため息をつくのは、黒髪に赤眼の男──

闇魔法医療科の教授であり、“カゴノトリ”の指揮を取り仕切る堕天使だ。


カゴノトリ──

それは堕天使たちを集めて組織された、特殊部隊。


天使でありながら“闇”を操る不老不死の者たち。

通常の者では闇を扱うことなどできず、下手に触れれば──死ぬか、侵食され、魔物へと堕ちる。

最悪の場合は、“悪魔”や“魔人”へと転化する。


なお、悪魔と魔人の違いは──操る闇の総量や制御能力により区別される。多くは“魔人”止まりだ。


そういった存在を未然に防ぐという意味でも、闇魔法による治療は極めて重要とされている。


「そう残業があってたまるか。エクソシストがヘマしなきゃ、俺たちには関係ないんだからな」


極稀に、甚大な被害が広がると、闇に侵食された者の数が増え、転化する危険が高まるため、前線に召集がかかる場合がある。


「なぜ医者が前線に?」と思うかもしれないが、堕天使は闇を操る分、闇への耐性がある。よほどの攻撃を受けない限り闇の攻撃は通らず、加えて彼らは不老不死だ。


カゴノトリ所属の堕天使の半数は、前線で治療と戦闘の両方をこなせる。対して、エクソシストの軍医たちは闇に対処できないため、いざというときはカゴノトリに召集がかかる。


「そうそうあるもんじゃないだろ」


呑気にお茶を飲みながら、俺と聖明はそんな話をしていた。


ところが、その平穏は突然破られる。ドアが勢いよく開き、あの医者が現れる。


「聖明く〜ん!」


のんきな声と共に入ってきたのは、カゴノトリの精神科医・クローディオ。非戦闘員ではあるが、妙に軽い調子でスキップまでしている。


「クロ、どうしたの?」


「聖明くん、はい、これ!」


手渡された書類を、聖明は何の気なしに開く。次の瞬間──


「ぶっ!!」


盛大にお茶を吹き出し、咳き込んだ。それに驚いて、俺も危うくお茶を零しかける。


「なんだ!?」

「ご、ごめん……びっくりして……」

「召集命令だよ〜」

「は?」


慌てて書類を奪い取り、内容を確認する。そこには、南地区での魔人討滅作戦において、最前線の崩壊に伴う治療と支援任務への従軍命令が記されていた。


「ふざけんな!前線部隊は何してんだよ!」


「……どうせギリギリまで事態を隠して、限界が来て泣きついてきたんでしょ。前の出陣でも封鎖区画を越えて魔物が出てたし……」


聖明はため息をつき、白衣を脱ぎ捨てる。


「クロ、皆に伝えろ。至急、戦える者は軍服に着替え、南地区に集まれ、と」


その眼差しはさっきまでとは打って変わって、指揮官としての鋭さを帯びていた。


「聖明くん、了解だよ〜」

「セレス、行くぞ」

「了解」


俺も立ち上がり、白衣を脱ぎ捨てた。

──軍事業務の時間だ。




ーーー



「聖明、仕事を終えたら一緒にいたい」


移動中、俺は聖明の耳元で囁く。


「……仕事が片付いたら、な」


普段はのほほんとしている彼だが、軍事に駆り出されるときは人が変わったようになる。


理由は、いくつかある。

まず、軍として出る以上、周囲の目がある。カゴノトリは闇を操る分、恐怖と畏怖の対象だ。その象徴でもあるトップが聖明。彼自身が見せる態度が組織の印象に直結する。エクソシスト軍事部への牽制も兼ね、威厳が重要となる。


そしてもう一つは、彼自身の心構えの問題。

前世でカゴノトリを率いていた人物の記憶を継いでいる以上、託された組織を背負って立つ覚悟があるのだろう。前世の彼の代わりに――そんな思いが聖明の中にはある。


ただ、普段とのギャップは激しい。にもかかわらず、自覚がない。

今の彼は「指揮官モード」。だからこそ、俺は日常へ戻りやすいよう、敢えていつも通りの言動を貫く。


「俺はお前との時間のほうが大事だ。……好きだよ、聖明」

「……っ!耳元はやめろ!」


耳が真っ赤になっている。これで十分だ。

俺たちはそのまま歩き続け、現場に着く。そこでは、既にカゴノトリのメンバーたちが整列して待っていた。


「聖明ちゃん、いつでも出れるわよ!」

「リリス姐さん、ありがとう」


「こっちも闇の軍団ならいつでも出せるぜ! 任せな!」

「ベレド卿、ありがとう」


二人に笑顔で応えた聖明は、深呼吸のあと、再び指揮官としての顔に切り替える。


「現状を」

「それは私から説明いたします」


名乗りを上げたのは、エクソシストの女性だった。


「……ジャンヌ?」

「ご無沙汰しております、聖明殿」


「久しいな、堕天使」


続いて、もう一人のエクソシスト――馴れ馴れしく声をかけてくる男。


「シャルルも息災だったか?」

「ああ、それなりに。ってかキャラ違いすぎないか?」


「……仕事中だ、当たり前だろ」

「シャルル! すみません、聖明殿!」


どうやら、二人とも旧知の仲らしい。


「堕天使、お前のパートナーは? あのチビはいないのか?」


シャルルが言う“チビ”とは、恐らく風真のことだ。

都市に戻るまでの間、仮とはいえ彼がパートナーを務めていた。


「風真は今、学業に専念している」

「じゃあ、お前のパートナーって誰……」


俺は聖明の背後から抱きつき、生意気なガキを睨みつける。

ビクリと身体を震わせたところを見るに、効果は十分だったようだ。


「聖明、こいつらは?」

「ああ、旅の途中に少しな。前々からエクソシストには所属していたぞ」


「申し訳ございません。私のパートナー、礼儀が足りず……」

「構わない。それより、二人は地方勤務だったはずだが?あの後、本部所属になったのか?」


「はい。この度、聖明殿が完全復帰なされたということで、面識のある私たち二人が本部に異動となりました。今後は、エクソシストの伝令役として、度々ご拝謁させていただきます」


「……そうか。私のせいですまない」

「いえ、ご一緒できて嬉しい限りです」


女性の方は、堕天使に対しても礼儀正しい。珍しいエクソシストだ。


「俺から現状報告するぞ。いいか?」


「頼む」


「現在、第二部隊が前線で交戦中。恐らく、ここで食い止められるはずだ。

だが、問題は壊滅状態の第一部隊だ。見ての通り、怪我人が多数。軍医も動いてはいるが、闇の侵食には対処できていない」


「そこで、あなた方にここをお任せしたい! このまま放置すれば、何人かは確実に魔物、あるいは魔人に転化する危険があります。そうなれば戦況が変わり、押し切られる恐れがある。

そうなる前に、どうか治療をお願いしたい!」


「私たちカゴノトリの皆様が治療に集中できるよう、我々は前線に赴き、敵を押し返します!」


「わかった。ここはカゴノトリが受け持つ。前線は任せた」


二人は頷き、転移魔法を使って姿を消した。


「さて……」


辺りを見回すと、魔物との戦闘によって多数の負傷者が呻きながら倒れ、医療班が忙しなく治療に専念していた。

中にはすでに闇に侵食され始めている者も多く、身体には闇の茨が浮かび上がっている。


「思った以上に被害が酷い……。カゴノトリ総出で治療しても、これはキツいぞ」


危機感を募らせながら周囲を見渡す。

一人ひとり診ていたら間に合わない──。


「問題ない。私が引き受ける」


そう言うと、聖明を中心に赤黒い魔法陣が展開され、広範囲を包み込んだ。


「我、ここの支配者なり。

我が声は絶対の支配、我が闇は絶対の力。

従え──《絶対服従領域 (アブソリュート・オビディエンス・エリア)》」


魔法陣から赤黒い粒子が舞い、倒れている者たちの身体から闇の刻印が次第に消えていく。

その様子に、エクソシストたちは驚愕し声を上げる。


「聖明、数が多すぎる。無理だと思ったら、すぐ発動を止めろよ」 「……わかってる」


いくら堕天使といえど、闇魔法には身体への負荷がある。

特に聖明の扱う闇魔法は、自身に闇を集めるという諸刃の剣。

俺が気を配っていなければ、すぐに倒れてしまいかねない。


「……今は任務が優先だ。

リリス姐さん、私が領域を展開している間に、エクソシストのサポートを」


「はーい、キツそうなところから見ていくわねー」

「姐さん、サポートします!」


ウィンクをして、パートナーとともに患者たちのもとへ走っていく。


「ベレド卿は、患者に魔物が近づかないよう守りを固めてくれ」 「おう、任せとけ! リト、行くぞ!」

「あ、はいっ!待ってください、ベレド様〜!」


ベレド卿とパートナーのリトも駆け出す。


「他の者は各自、自己判断で治療に当たれ!」


聖明の号令に、カゴノトリの隊員たちは敬礼し、それぞれの任務へ散っていく。

普段はただの医療チームでありながら、いざという時には軍人としての動きを見せる。

これこそが、聖明率いるカゴノトリのもう一つの顔だ。


「セレス、君は私を守っててくれ。

この魔法を使っている間は、身動きができない」


そう言った彼の首筋から頬にかけて、闇の刻印が浮かび上がり始めていた。

やはり、身体への負担は大きい。だが、今は任務の真っ最中。

止めたい気持ちを堪え、俺は周囲の警戒に専念する。


「守るから、安心しろ」


まったく、こんな状況だというのに、真剣な彼の姿は……男の俺でも惚れ惚れするほどに格好いい。

普段は可愛くて仕方ないと思っているのに、本当に──最高な男だ。


総員での治療により、徐々に呻き声が減っていく。

守りの方もベレド卿がうまくやっているのだろう。

魔物の侵入もなく、順調に任務が進んでいた。


……その時だった。


頭上から強い魔力を感じ、咄嗟に魔法を展開。

無数の黒い魔弾が聖明に向かって飛んできたが、すべてを弾き返して体勢を整える。


「大丈夫か?」

「問題ない。君こそ無事か?」

「ああ」


聖明の無事を確認し、空を見上げる。

そこには――男と思われる人物が、宙に浮かんでいた。


「うっそ、今の全部さばくとか、ありえないっしょ!」

「……あれは、悪魔か?」


その圧倒的な闇の気配に、さらに警戒を強める。


「いや、あの闇の量からして──魔人だろう」


聖明が横目でそいつを見ながら、そう呟く。


「そこの黒髪のオニーサン! 凄い闇、持ってるよね!?

堕天使ってスゴイって聞いてたけど、あんたは群を抜いてる!

それぐらいの闇があれば、俺も悪魔になれそうだ!

あはっ、あはは!」


──この魔人、狙いは聖明か……!


聖明の前に、庇うようにして立つ。

悪魔ではない分マシだが、魔人もそれなりに強い。

身構えていると、左右からエクソシストの男女が現れる。


「聖明殿、すまない! 魔人を取り逃した!」

「ったく、すばしっこすぎんだよ!」


エクソシストのジャンヌとシャルルのペアが応戦に来たようだ。

彼らも戦闘態勢で、聖明の前に立ち並ぶ。


「うわー面倒くさっ! なんか増えちゃったよ。俺はそこの堕天使から闇をもらえれば十分なんだけどさ」


魔人の言葉を無視するように、聖明は口を開く。


「ジャンヌ、シャルル、悪いが今は私は動けない。領域を解いたら患者が変化して魔物になる危険がある。領域がある限り、闇攻撃であればある程度は弱めることもできる。…治療が終わるまで、守ってくれ」


「承知」

「さっさと終わらせろよ!」


二人は勢いよく空に飛び、魔人に斬りかかる。


「オニーサン! 話はちゃんと聞けって!」


二人の応戦により魔人の動きが鈍くなり、こちらを見ている余裕がなくなったようだ。少しでも保てば良いが……。


「く…っ!」


聖明が突如、膝をつく。


「聖明!?」


彼の肩を掴み、顔を見ると──濃い闇の刻印が侵食している。

……マズイ、発作だ。


「手を出せ!」


俺は聖明の手を出し、腕に抑制剤を打ち込む。

こういう時のために常に持ち歩いているが、領域を解除していない以上、発作を止めることは無理だ。気休めにしかならない。


「聖明、俺に負担を回せ! 今は俺も堕天使だ! 闇の肩代わりくらいできる!」


「ダメだ! 君には負担がデカすぎる……この領域内すべての闇を私に集めているんだ……いくら眷属でも、君は……純粋な堕天使ではないんだ。最悪、君が転化しかねない」


食いしばり、酷い汗をかいている。

なんて無茶を……。


次の瞬間、地面にエクソシストの二人が叩きつけられる。


「クソ……ッ!」

「魔人……とは言え……闇を食らうのは、厳しいですね……!」


彼らは攻撃を喰らったのか、腕や肩を押さえ、どうにか起き上がろうとしている。

服の隙間から、闇の刻印が見える。

やはり闇は厄介だ。身体を簡単に侵食する。


「お前らエクソシストは大して強くもないのに盾突きすぎなんだよ!

今でさえ俺はこんなにも強い。そいつの闇を喰らって、さらなる高みに至るんだ!」


──こんなやつに聖明をくれてやってたまるか。


「ジャンヌ、シャルル、俺がやる。援護を」

「あんた、戦えるのかよ……一応、医者だろ」


確かにカゴノトリは闇魔法専攻の医師集団だ。

しかし、パートナーは堕天使を収める“鞘”としての役割もある。


「カゴノトリを舐めてるのか?」


俺は光の剣を無数に出し、奴に向かって連続的に放つ。


「こんなの、当たらなければどうってことない!」

「そうかな?」


魔人は素早く避け続けるが、避けた剣は遠隔型だ。

軌道を不自然に曲げ、魔人に突き刺さる。


「なっ!?」


一度突き刺さり、動きが鈍化した瞬間──すべての剣が容赦なく奴を串刺しにしていく。


「マジかよ……」


シャルルが唖然とした顔で見上げている。

魔人には多数の穴が空き、ボロボロの状態で地面に落ちる。

俺はとどめを刺そうと、奴に近づき剣を手に持つ。


「終わりだ」


脳天めがけて突き刺そうとしたその時、魔人は笑った。

奴を中心に闇が噴出し、目の前が見えなくなる。


……しまった。


奴の首が、まるで獣のように俺に飛びかかり、首筋を食い千切った。


「なっ……!」

「油断したな!!! お前も闇を持ってるじゃねーか! お前の闇もいただくぜ!」


噛まれたところから闇の刻印が広がり、血がドバドバと地面に流れる。


「あはは! いいぞ! 闇の補給はこれで十分だ!」


ボロボロになった身体は瞬く間に再生し、俺の前に立つ。

首の傷はすぐに塞がったが──この出血量はマズい。


「セレス殿! お逃げください!」

「今度は俺の番だ」


──クソ、身体がまだ動かない。

刹那、奴の腕が消し飛ぶ。


「は!?」


俺も驚き、魔法が飛んできたと思われる方へ視線を向ける。


「魔人風情が……よくも私のものに手を出したな」


とんでもない闇の圧力に、俺さえ身の毛がよだつ。


「は? お前、動けないとか言ってなかったか!?」


そう。あいつはまだ領域魔法を使っている。

しかも、発作を起こしているはず。

それなのに、別の闇魔法を放った?

いったいどうやって……。


彼は一歩、また一歩とこちらに近付く。

あまりの威圧にジャンヌやシャルルさえ、顔を真っ青にして立ち尽くす。

彼は顔を上げると酷く歪んだ笑みを見せる。


「ひッ!来るな!」


本能的に恐怖を感じた魔人は宙を飛び逃げようとする。

しかし、それは許されなかった。


地面から聖明が消えたかと思うと、空中にいる魔人の前に飛び、彼の頭を掴んでいた。


「あは、捕まえた」

「いつの間に!?」


──……いや、それより、この気配……何だこれ。


「──我の声は安らぎの歌。音は血に染まり、血は冷たく誘う!安らかに眠れ!」


夜に響く詠唱。

狂気に満ち、それでいてどこか、優しく響く旋律。


笑いながら詠唱を続ける聖明は、魔人の胸を腕で貫く。

魔人は恐怖した顔のまま暴れる。


「効かねぇよ、そんな攻撃……あ?……身体が、動かねぇ!?

なんでだ、なんで俺の闇が吸い取られてやがる!?」


「あははっお前の闇、全部寄越せよ!」


──この闇、ただの魔法じゃねぇ……感情だ!殺意だ!狂ってやがる……ッ!


聖明の闇の気配が更に強くなり、闇の茨が聖明を中心に伸び、綺麗で大きな薔薇の花を形成する。

そして、徐々に魔人の身体がボロボロと崩れ始める。


「俺は魔人だぞ!?てめぇみたいな奴に……消されるなんて、そんなの……そんなのッ!!!」


「あはははっ!死ね!

──血の鎮魂曲 《ブラッディレクイエム》


世界が、静止した。

時が凍りつくような感覚。

そんな中で狂ったように笑いながら、聖明は消える魔人の顔を掴み、目を合わせる。


「この悪魔がッ!」


──それが、魔人の最期の言葉だった。


彼が消えると大輪の薔薇が散り、花びらが更に小さな花びらに代わり周囲に舞広がりながら空へ溶けていく。

当の本人は一瞬だけ周囲を見渡すと、そのまま静かに崩れ落ちていく。


「聖明!」


俺は彼が落ちる場所まで走り、ぎりぎりのところで抱きとめた。


──危ない……間に合った……。


彼を抱き上げ、様子を見ると気を失っている。

刻印は出ているが、とりあえずは大丈夫だろう。


「お、おい、大丈夫か!?」


領域は消えている。もし治療が完了していなければ……まずい。


「……大丈夫、のようです。領域は消えましたが、転化する者はいないようですね」


それを聞き、安堵する。


「そうか、ありがとう」


徐々に夜が明け、太陽が地平から顔を覗かせる。

どうにか乗り切ったようだ。


「セレス殿、首の傷は問題ないのですか?」


ジャンヌが屈み、こちらを気遣ってくれる。


「ああ、中途半端だが堕天使だからな。傷は塞がってる」


「それなら良いのですが……何かあれば仰ってください。聖明殿も気を失っておられますし……」


嫌われ者の堕天使を気遣うとは……やはり優しい女性だ。

エクソシストも彼女のような人ばかりなら、苦労もしないのだが。


「こいつは、まあ、いつものことだ。あとは俺がどうにかする」


私は腕の中で眠る聖明の顔を見る。

まったく……のんきな寝顔をしている。


「聖明ちゃ〜ん、さっきの凄かったわね!」


「こっちも恙無(つづがな)く終わったぞ!

一匹そちらに通してしまったようだが、大丈夫か?」

「ベレド様〜お願いですから置いてかないで〜!」


どうやらカゴノトリの連中も戻ってきたようだ。

指揮官である聖明は眠っているので、代わりに私が返答する。


「聖明は寝てる。無理し過ぎたようだ」


「あら〜、それはそうよね。あれだけ派手にやってたものね。偉い子ねぇ」


「がっはっはっ!何歳になっても寝顔は可愛い子供だな!」

「ベレド様、一応、上司です!上司!失礼ですよ!」


俺を中心に堕天使たちは集まり、談笑を始める。

その様子を見て、シャルルはドン引きしていた。


「いや、堕天使、怖いって……」


脳裏には、さっきの暴れ狂う姿が焼き付いているのだろう。

身震いしているのが見て取れる。


「シャルル、失礼です。彼らのおかげで乗り切ったのですよ?」


「わかってるよ、ジャンヌ。……ま、起きたら礼ぐらいは言ってやる」


「まったく……素直じゃないんだから」


エクソシストたちも、どこか安堵した表情を浮かべていた。

普段は仲の悪いカゴノトリとエクソシスト。

だが、今日だけはそれを忘れてもいい。


「さて、帰ろう。こいつも治療しないといけないからな」


俺は聖明の顔に浮かぶ刻印を見てそう呟く。

あれだけの闇を吸収したのだ、起きても暫くは発作との戦いになるだろう。


少しでも楽にしてやらねば。


俺の言葉にカゴノトリの皆も頷き、後に続いて現場を後にした。



「なあ、ジャンヌ」

「シャルル、どうしたんです?」


「……俺は闇が嫌いだ。堕天使も苦手だ。でも……あいつらの実力は認めてる」


「ふふ、そうですね。彼らは恐るべき存在です。

ですが今、我々に力を貸してくださっている。

ならば、我々も畏怖するのではなく、肩を並べ、戦う友として認めるべきです。

私は、いつか差別の根が消え、その日が訪れることを願っています」


聡明な彼女は、去っていく堕天使たちの背に、静かに敬礼を送った。

それを見たシャルルも、静かにそれに倣うのだった。



ーーー



「うう……痛い……」


病室で唸る聖明。

複数の点滴を打たれたまま、ベッドの上で涙を浮かべて訴える。


「当たり前だろ。なんであんな無茶をした。あれだけ闇を取り込めば発作が出ることくらい分かるだろ。ったく、復帰して早々これだと困るぞ」


呆れながらも、俺は聖明の脈拍を測る。

少し早いけれど、問題はなさそうだ。


「ごめん……セレスが怪我したの見たら、つい……」


──魔人風情が、よくも私の“もの”に手を出したな。


あの時の言葉が脳裏を過ぎる。

今さらだけど……聖明が、俺を、自分の“もの”だって……。


顔が一瞬で熱くなるのが分かった。

ヤバい、嬉しい。

彼が独占欲をあらわにして、俺のために本気でキレてくれたなんて……。

どれだけ「好き」って囁かれても、どれだけ身体を重ねても、あれほどの激情を見たことがあっただろうか……。


「セレス……?」


名を呼ばれて、はっとする。


「何でもない。……熱はまだ高い。鎮痛剤で抑えてはいるけど、まだ痛むはずだ」

「はぁあ……」


聖明はため息を吐き、辛いのか右腕で顔を覆ってぼやき続ける。


「抑制剤も鎮痛剤も打ってこれか……」

「これだけで済んだのが奇跡だ。魔人一人分の闇を取り込むなんて、聞いたことがない」


実際、俺は聞いたことがないし、過去にそれが成されたかさえ疑わしい。

正直、俺でもドン引きする。

堕天使になってから分かったが、人の闇を引き受けるのは簡単じゃない。

少しでも触れれば、他者の感情や記憶が洪水のように頭に流れ込んでくる。

それを整えて処理するなんて、慣れていたとしても簡単にはできない技術だ。


それを、こいつは平然とやってのけて、堕ちた魔人一人を消し去った。

いったい聖明の構造はどうなってるんだ……。


そう思っていた矢先、病室のドアが開いた。


「聖明!!入院したって聞いたけど!?」


顔を覗かせたのは、風真だった。

急ぎの連絡を受けたため、「入院した」としか聞いていないはずだ。

そもそもカゴノトリの仕事は機密で、内容を話すわけにはいかない。


「あっ、風真……いだっ!」


起き上がろうとした拍子に激痛が走ったらしく、ベッドで蹲(うずくま)る。


「聖明!発作で入院したの!?大丈夫!?」


風真にとっては入院までの発作は初めてのことで、かなり心配しているようだ。

慌てた様子で駆け寄ってくる。


「ああ、仕事で闇を多く吸収しすぎてな。幸い抑制剤が効いている。二日ほど入院すれば問題ないだろう」

「マジか……二日も寝込むくらいなのか」

「うう……」


痛むらしく、涙が目に溢れはじめる。

こればかりはどうしてやることもできない。

耐えてもらうしかない。


「聖明……少しは安心するかと思って、お前のテディベア、持ってきた」


風真は持参した紙袋から、くたびれたテディベアを取り出す。


「あ……パニョくん……っ!」


聖明が名を呼ぶと、テディベアは手足をバタバタと動かし、自力で聖明の元へジャンプした。思わず、俺も目を見張る。


「パニョくん、来てくれたんだね……」


聖明は安心したように、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。


「おい、風真、あれはなんだ……?」

「深く突っ込まないほうがいいと思う」


腕の中でウゴウゴ動くぬいぐるみ。

正直ちょっと不気味だ。


「聖明ちゃーん!エクソシストさんがお見舞いに来たわよ!」


今度はリリスが元気よくドアを開け、二人の男女を案内して入ってくる。


──次から次へと、なんなんだ……。


「聖明殿、失礼します。昨晩はお世話になりました」

「ふん」


入ってきたのは、ジャンヌとシャルル。

どうやら昨晩のお礼に来たらしい。


「お、ガキンチョもいたのか。世話になったからな、これやる」


シャルルは花束を風真に押し付けた。


「へー、意外。あんた、ちゃんとお礼言えるんだ」

「シャルル、ありがと」


「早く元気になりやがれ!」

「シャルル、言い方!」


ジャンヌに殴られ、シャルルが悶える。

……こいつら、夫婦漫才でもしに来たのか?


「やーい、シャルル、また怒られてやんの〜」

「うっせ!堕天使!」


シャルルをからかう聖明は、意地悪そうに笑っていた。

が、無理して動いたせいか、笑顔のまま硬直し、身体をふるふると震わせる。


「おい、聖明、動けるような状態じゃないだろ!寝てろ!」


上体を起こした彼を、そっとベッドに横たえる。


「うう……」

「はいはい、見舞いに来てくれたのはありがたいが、こいつはそれどころじゃない。静かに寝かせてやってくれ」


俺はパン、と二回手を叩きながら皆に告げる。

今は落ち着いているが、また悪化しないとも限らない。

無理はさせられない。


「そうだね。聖明、明日も様子を見に来るから、今日はゆっくり休めよ」

「では、聖明殿。お疲れのところ失礼しました。また仕事でお会いしましょう」

「ま、そのうちな」


ぞろぞろと部屋を出ていく。

まったく、騒がしい連中だ。


皆が出ていくのを見届けた後、俺は聖明を見る。

よほどしんどいのだろう。涙を流しながら目を閉じていた。


「聖明、無理するな。点滴してるとはいえ、気休めに過ぎない」

「ん……でも……皆、来てくれたの……嬉しかったから……」


そう呟く彼の表情は、確かに穏やかだった。

まぁ、聖明が嬉しいなら、それでいい。


俺は少しでも楽になるように、睡眠魔法をかける。


「そうか。良かったな」

「うん……セレスもありがと……守ってくれて……」


そう言って、聖明は静かに眠りについた。

その額に、そっとキスを落とす。



「...最後はお前が片付けたけどな」


まったく……カッコ良すぎて、惚れ直す。

聖明が復帰してから間もないにも関わらず、少しずつ僅かだけど味方が増えてきた。


昔は、どこにいても冷たい視線ばかりだった人種が、今は、人に頼られ、誰かと笑い合っている。

それは、きっと偶然なんかじゃない。


……俺は信じてる。


まだ足元は闇だらけで、簡単には前に進めない。

傷は残ったままで、過去が消えるわけでもない。

けど、それでも。


闇の中で、ほんのわずかに差した灯に──

聖明は確かに、手を伸ばそうとしている。


「おやすみ、聖明。少しでも穏やかに眠れますように」


その祈りが、いつか──闇の向こうに続く道標になると、信じて。

──ああ、外が眩しい。



短編としてもある程度、読めるようにした物語です。

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